会えないままな軍神夫からの殺人的な溺愛

待鳥園子

文字の大きさ
3 / 60

03 今すぐ帰りたい①

しおりを挟む
 一年前にエタンセル伯爵家より今は亡きアーロンへ嫁入りして、私は名実共にキーブルグ侯爵家の一員。

 旦那様に幼い頃から仕えていたという、若く優秀な執事クウェンティンの指導によって、キーブルグ侯爵家での書類仕事は板に付いていた。

 貴婦人であればあまり見ない領地管理や財務管理などの仕事ぶりを夫の居ない未亡人である私に付随する価値として見出してくれる人が居るのならば、すぐにでも再婚相手は決まってくれるはず。

 これまで一年間分の報酬として、それなりの持参金だけは頂き、キーブルグ侯爵家を出て義弟であるヒルデガードへ、アーロンから遺産として残された私が権利を持つ家督を全て譲るつもりだ。

 先のキーブルグ侯爵に勘当されてから何年間もの放浪の末、数ヶ月前に帰還した義弟ヒルデガードは、亡くなった兄アーロンの妻だった私と結婚して、妻と共に全てを手にするつもりだったらしいけど……ヒルデガードの粗暴な性格などを含む諸事情から、私は受け入れることは難しかった。

 けれど、結婚生活が一日たりともないのに私に残された亡き夫の遺産は、本来それを手にするはずの弟の元へ行くべきだとも考えていた。

 だから、喪明けした私は裕福な貴族男性をなんとか自力で誘惑して、早々に庇護を頼むつもりで居た。

 けど……ほんの数分も経たぬうちに、なんて弱虫で腰抜けだと罵られても良いから、この夜会会場から足早に立ち去りたい。

 ただ、こうして歩いているだけだと言うのに、物欲しげな男性から複数の視線は、あちらこちらから投げかけられ、私の身体中へと纏わり付くようだった。

 ぞくりとしたものが冷たいものが背筋を走って、まるで飢えた狼に狙われ囲まれた獲物になったような気分だった。

 初夜だって、まだで……なんなら、恋愛だってしたことがない私に、見た目だけで男性を釣れるような色気などあるはずがないのに。

 ……こんな穴だらけで行き当たりばったりの作戦が、上手くいくはずもなかったわ。

 うん。帰りましょう。ええ。もう一度……幸せな再婚作戦を練り直すために、ここは一旦出直しましょう。

 亡き夫のように優れた軍師は、撤退をする時期を、決して見逃さないと聞くわ。逃走も立派な作戦なのだと。

 帰ろうと思い直し、ドレスの裾を掴み振り返ると、そこには思いもよらぬ男性が居て目を見開き驚いてしまった。

 私からほど近くに居たのは、私より少し年上で、婚約者が一昨年亡くなるという悲劇に見舞われたらしいモラン伯爵だ。

 モラン伯爵は系統でいうならば、多くの女性に好まれるような正統派と言える美しい男性で、たおやかな貴族的で洗練された容姿を持っている。茶色の髪も丁寧に撫で付けられ、緑色の瞳も輝いていた。

「これはこれは、とてもお美しい……キーブルグ侯爵夫人。以前から、ダンスにお誘いしたいと思っていました。もし良ろしければ、僕と踊って頂けないでしょうか」

 モラン伯爵はやけに熱っぽい眼差しで、私を見ていた。それとなく彼の目線を辿ると、大きく開かれている剥き出しの胸元の方へ。

 駄目だわ。一秒でも一緒に居たくない。

「いえ。申し訳ありません……実は、もう帰ろうかと思っておりまして……」

 しどろもどろの断り文句を口にしても、彼は縋るように胸に手を当てた。

「それでは、たった一曲だけでも構いません。このように美しい女性と踊る栄誉を僕にお与えください」

 流れるような優雅な所作で右手を取られて、私は触れられてもいない手袋の中の肌から順に、全身が粟立つような気がした。

 これは、たった一曲だけ踊るだけだとしても、むっ……無理かもしれない。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

初夜に暴言を吐いた夫は後悔し続ける──10年後の償い【完結】

星森 永羽(ほしもりとわ)
恋愛
王命により、辺境伯ロキアのもとへ嫁いだのは、金髪翠眼の美しき公爵令嬢スフィア。 だが、初夜に彼が告げたのは、愛も権限も与えないという冷酷な宣言だった。噂に踊らされ、彼女を「穢れた花嫁」と罵ったロキア。 しかし、わずか一日でスフィアは姿を消し、教会から届いたのは婚姻無効と慰謝料請求の書状──。 王と公爵の怒りを買ったロキアは、爵位も領地も名誉も奪われ、ただの補佐官として生きることに。 そして十年後、運命のいたずらか、彼は被災地で再びスフィアと出会う。 地位も捨て、娘を抱えて生きる彼女の姿に、ロキアの胸に去来するのは、悔恨と赦しを乞う想い──。 ⚠️本作はAIの生成した文章を一部に使用しています。

半世紀の契約

篠原皐月
恋愛
 それぞれ個性的な妹達に振り回されつつ、五人姉妹の長女としての役割を自分なりに理解し、母親に代わって藤宮家を纏めている美子(よしこ)。一見、他人からは凡庸に見られがちな彼女は、自分の人生においての生きがいを、未だにはっきりと見い出せないまま日々を過ごしていたが、とある見合いの席で鼻持ちならない相手を袖にした結果、その男が彼女の家族とその後の人生に、大きく関わってくる事になる。  一見常識人でも、とてつもなく非凡な美子と、傲岸不遜で得体の知れない秀明の、二人の出会いから始まる物語です。

拝啓、婚約者さま

松本雀
恋愛
――静かな藤棚の令嬢ウィステリア。 婚約破棄を告げられた令嬢は、静かに「そう」と答えるだけだった。その冷静な一言が、後に彼の心を深く抉ることになるとも知らずに。

王宮地味女官、只者じゃねぇ

宵森みなと
恋愛
地味で目立たず、ただ真面目に働く王宮の女官・エミリア。 しかし彼女の正体は――剣術・魔法・語学すべてに長けた首席卒業の才女にして、実はとんでもない美貌と魔性を秘めた、“自覚なしギャップ系”最強女官だった!? 王女付き女官に任命されたその日から、運命が少しずつ動き出す。 訛りだらけのマーレン語で王女に爆笑を起こし、夜会では仮面を外した瞬間、貴族たちを騒然とさせ―― さらには北方マーレン国から訪れた黒髪の第二王子をも、一瞬で虜にしてしまう。 「おら、案内させてもらいますけんの」 その一言が、国を揺らすとは、誰が想像しただろうか。 王女リリアは言う。「エミリアがいなければ、私は生きていけぬ」 副長カイルは焦る。「このまま、他国に連れて行かれてたまるか」 ジークは葛藤する。「自分だけを見てほしいのに、届かない」 そしてレオンハルト王子は心を決める。「妻に望むなら、彼女以外はいない」 けれど――当の本人は今日も地味眼鏡で事務作業中。 王族たちの心を翻弄するのは、無自覚最強の“訛り女官”。 訛って笑いを取り、仮面で魅了し、剣で守る―― これは、彼女の“本当の顔”が王宮を変えていく、壮麗な恋と成長の物語。 ★この物語は、「枯れ専モブ令嬢」の5年前のお話です。クラリスが活躍する前で、少し若いイザークとライナルトがちょっと出ます。

物置部屋に追いやられた伯爵令嬢ですが、公爵様に見初められて人生逆転しました〜妹の引き立て役だったのに、今では社交界の花と呼ばれています〜

丸顔ちゃん。
恋愛
伯爵家の令嬢セレナは、実母の死後、継母と義妹に虐げられて育った。 与えられた部屋は使用人以下の物置、食事は残飯、服はボロ。 専属侍女も与えられず、家の運営や帳簿管理まで押し付けられ、 失敗すれば鞭打ち――それが彼女の日常だった。 そんなある日、世間体のためだけに同行させられた夜会で、 セレナは公爵家の跡取りレオンと出会う。 「あなたの瞳は、こんな場所に閉じ込めていいものではない」 彼はセレナの知性と静かな強さに一瞬で心を奪われ、 彼女の境遇を知ると激怒し、家族の前で堂々と求婚する。 嫁ぎ先の公爵家で、セレナは初めて“人として扱われ”、 広い部屋、美味しい食事、優しい侍女たちに囲まれ、 独学で身につけた知識を活かして家の運営でも大活躍。 栄養と愛情を取り戻したセレナは、 誰もが振り返るほどの美しさを開花させ、 社交界で注目される存在となる。 一方、セレナを失った伯爵家は、 彼女の能力なしでは立ち行かず、 ゆっくりと没落していくのだった――。 虐げられた令嬢が、公爵の愛と自分の才能で幸せを掴む逆転物語。

【完結】仲の良かったはずの婚約者に一年無視され続け、婚約解消を決意しましたが

ゆらゆらぎ
恋愛
エルヴィラ・ランヴァルドは第二王子アランの幼い頃からの婚約者である。仲睦まじいと評判だったふたりは、今では社交界でも有名な冷えきった仲となっていた。 定例であるはずの茶会もなく、婚約者の義務であるはずのファーストダンスも踊らない そんな日々が一年と続いたエルヴィラは遂に解消を決意するが──

【本編完結】伯爵令嬢に転生して命拾いしたけどお嬢様に興味ありません!

ななのん
恋愛
早川梅乃、享年25才。お祭りの日に通り魔に刺されて死亡…したはずだった。死後の世界と思いしや目が覚めたらシルキア伯爵の一人娘、クリスティナに転生!きらきら~もふわふわ~もまったく興味がなく本ばかり読んでいるクリスティナだが幼い頃のお茶会での暴走で王子に気に入られ婚約者候補にされてしまう。つまらない生活ということ以外は伯爵令嬢として不自由ない毎日を送っていたが、シルキア家に養女が来た時からクリスティナの知らぬところで運命が動き出す。気がついた時には退学処分、伯爵家追放、婚約者候補からの除外…―― それでもクリスティナはやっと人生が楽しくなってきた!と前を向いて生きていく。 ※本編完結してます。たまに番外編などを更新してます。

家出したとある辺境夫人の話

あゆみノワ@書籍『完全別居の契約婚〜』
恋愛
『突然ではございますが、私はあなたと離縁し、このお屋敷を去ることにいたしました』 これは、一通の置き手紙からはじまった一組の心通わぬ夫婦のお語。 ※ちゃんとハッピーエンドです。ただし、主人公にとっては。 ※他サイトでも掲載します。

処理中です...