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20 義母の訪問②
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何もかも、油断していた私が悪い。使用人に良くして貰っているなど、義母に対しては決して言ってはいけなかったのに。
「座りなさい。ブランシュ……どうすれば良いか、お前には良くわかっているでしょう?」
「……はい」
私は服が汚れることも気にせず、地面に膝をついた。両手を差し出し、ぎゅっと目を閉じる。
ヒュンっと風を切る音に、身体が震えてしまった。
……怖い。逃げ出したい。怖い。すぐに終わる。怖い。我慢していれば、すぐに……。
手に鞭を打つ音が聞こえて、義母が十数えるのを待った。
「……使用人は、もっと厳格に躾けなさい。ブランシュ」
「はい……ありがとうございます」
終わった……私は手のひらにある熱い痛みに悲鳴をあげそうな口を一旦閉じて、義母にお礼を言った。
「帰るわ……わかっているわね? ブランシュ」
「はい。わかっております。ご指導ありがとうございました」
妙に優しげな猫撫で声を出す義母に無理矢理微笑み、私は膝をついたままで頭を下げた。
「奥様……」
足音が遠ざかり、誰かが私の元へと駆け付けた。そちらへと目を向けると普段は愛想のないサムが、血相を変えていた。
「……大丈夫よ。気にしないで。私が貴方を雇っているのだもの。責任は私にあるわ……けれど、このことは誰にも言わないで。他言無用よ。絶対に言わないと約束して……クウェンティンにも」
「奥様……しかし!」
「それを聞いた誰かにも、貴方も、危険があるかもしれないから。良いわね。巻き込みたくないの」
私の真剣な言葉を聞いたサムは息を呑み、しわが刻まれた目に涙を浮かべた。
「必ず、約束いたします……なんと、おいたわしい。奥様は何も悪くないのに。こんなことが、許されて良いのでしょうか」
黒い手袋をしているにも関わらず生地が破れ、皮膚がめくれた私の手を見て、悲しそうだ。
私はぎゅっと手を閉じて、じんじんとした痛みから気を逸らした。
大丈夫……こんな怪我、すぐに治る。けれど、サムのような平民の命は、義母にとっては気にするほどもないものだった。
彼の命に比べれば、こんな傷……なんでもない。
「ねえ。サム。私、もうすぐここを出ていくの。もうすぐ、亡くなった旦那様の喪が明けるから……だから、そういう意味でも問題を起こしたくないの。お願いだから、黙っていてね?」
そうだ。問題は起こしたくない。だって、もし誰かと再婚するのなら、そうであった方が良い。
涙ぐんだサムは何度も頷き、握った私の手を覆うように手で包んだ。
「何も出来ず、本当に申し訳ありません。もし、旦那様が生きておれば、きっと奥様を守ってくださったでしょう」
「……ふふ。そうね……旦那様は、恐ろしい二つ名のあるほど強い将軍だもの……本当に、生きていてくれれば、良かったのに」
心から、そう思う。夫が生きて居てくれたなら、私がここまで思い悩むことだってなかったはずだ。
義母からだって、守ってくれた。
「奥様……」
生きていれば……私はこれまでも、何度も何度もそう思った。
けど、何年も前に亡くなったお母様が生き返るはずもなくて、会う前に亡くなってしまった夫も蘇って助けてくれるはずもない。
だから、私はここから自分の手で抜け出さなくては……白馬に乗った王子様なんて、どこにも居るはずもなく、誰も助けてなんてくれないのだから。
ぽたりと地面に涙が落ちた。
こんな悲しい日々も、もう少しで自分の手で終わりにする。
自分の手で、幸せになる。
「座りなさい。ブランシュ……どうすれば良いか、お前には良くわかっているでしょう?」
「……はい」
私は服が汚れることも気にせず、地面に膝をついた。両手を差し出し、ぎゅっと目を閉じる。
ヒュンっと風を切る音に、身体が震えてしまった。
……怖い。逃げ出したい。怖い。すぐに終わる。怖い。我慢していれば、すぐに……。
手に鞭を打つ音が聞こえて、義母が十数えるのを待った。
「……使用人は、もっと厳格に躾けなさい。ブランシュ」
「はい……ありがとうございます」
終わった……私は手のひらにある熱い痛みに悲鳴をあげそうな口を一旦閉じて、義母にお礼を言った。
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「はい。わかっております。ご指導ありがとうございました」
妙に優しげな猫撫で声を出す義母に無理矢理微笑み、私は膝をついたままで頭を下げた。
「奥様……」
足音が遠ざかり、誰かが私の元へと駆け付けた。そちらへと目を向けると普段は愛想のないサムが、血相を変えていた。
「……大丈夫よ。気にしないで。私が貴方を雇っているのだもの。責任は私にあるわ……けれど、このことは誰にも言わないで。他言無用よ。絶対に言わないと約束して……クウェンティンにも」
「奥様……しかし!」
「それを聞いた誰かにも、貴方も、危険があるかもしれないから。良いわね。巻き込みたくないの」
私の真剣な言葉を聞いたサムは息を呑み、しわが刻まれた目に涙を浮かべた。
「必ず、約束いたします……なんと、おいたわしい。奥様は何も悪くないのに。こんなことが、許されて良いのでしょうか」
黒い手袋をしているにも関わらず生地が破れ、皮膚がめくれた私の手を見て、悲しそうだ。
私はぎゅっと手を閉じて、じんじんとした痛みから気を逸らした。
大丈夫……こんな怪我、すぐに治る。けれど、サムのような平民の命は、義母にとっては気にするほどもないものだった。
彼の命に比べれば、こんな傷……なんでもない。
「ねえ。サム。私、もうすぐここを出ていくの。もうすぐ、亡くなった旦那様の喪が明けるから……だから、そういう意味でも問題を起こしたくないの。お願いだから、黙っていてね?」
そうだ。問題は起こしたくない。だって、もし誰かと再婚するのなら、そうであった方が良い。
涙ぐんだサムは何度も頷き、握った私の手を覆うように手で包んだ。
「何も出来ず、本当に申し訳ありません。もし、旦那様が生きておれば、きっと奥様を守ってくださったでしょう」
「……ふふ。そうね……旦那様は、恐ろしい二つ名のあるほど強い将軍だもの……本当に、生きていてくれれば、良かったのに」
心から、そう思う。夫が生きて居てくれたなら、私がここまで思い悩むことだってなかったはずだ。
義母からだって、守ってくれた。
「奥様……」
生きていれば……私はこれまでも、何度も何度もそう思った。
けど、何年も前に亡くなったお母様が生き返るはずもなくて、会う前に亡くなってしまった夫も蘇って助けてくれるはずもない。
だから、私はここから自分の手で抜け出さなくては……白馬に乗った王子様なんて、どこにも居るはずもなく、誰も助けてなんてくれないのだから。
ぽたりと地面に涙が落ちた。
こんな悲しい日々も、もう少しで自分の手で終わりにする。
自分の手で、幸せになる。
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