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15 月琴(side Garret)
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「いや、ガレス……俺の部屋から、月琴を持って来てくれ。もしかしたら、窮状にあると言うメートランド侯爵家で、何かあったのかもしれない。婚約者と言えど、まだ間もない。良く知らない男に、家族の辛い事情を説明させてしまうのも可哀想だ」
「ああ……すぐに持ってこよう。久しぶりじゃないか。あれを弾くのは」
似合わないのに可愛い楽器を弾くのだとガレスは揶揄うようにそう言って、俺の宮へと走って行った。
王太子妃となる彼女の宮も、ほど近い。
だが、宮の中には侍女も居るだろうし、抜け出してこんな所で泣いているとは。
ガレスに持って来て貰った月琴を持って、俺は物陰に隠れて演奏を始めた。
男の癖に女々しい趣味だと言われそうだが、数年前に亡くなった母がこれを弾くのが好きだったので、俺も彼女と一緒に演奏したものだ。
気苦労の絶えない王妃に向いていなかった母が泣いている時には、俺は何も言わずに月琴を弾いて慰めた。あまり器用な性分でもなくそう上手くはなかったが、優しい音色を聞くと泣くのを止めて笑ってくれたものだった。
「おい。ギャレット……彼女は周囲を見回した。泣き止んでいる」
ガレスも身を潜めているものの、木から大きな体がはみ出してしまっている。近くに来て彼の姿を見れば、滑稽に思われるかもしれない。
「どうだ……笑ったか?」
「ああ。手巾で涙を拭って、微笑んでいるようだ……良かったな」
俺も彼女が笑う光景が見たかったのだが、ローレンがここを去るまでは弾いていたかった。彼女の顔を見るためには立ち上がらなければならず、それでは音色が途切れてしまう。
「笑ってくれたなら、それで良いんだ……こんな場所で泣いているなんて、何かあったらどうするつもりなんだろうな」
この庭園は、居住する宮からは離れている。か弱い女性なのに何かあればどうするつもりだったんだろうと、心配になった。
「ここは王族の居住している場所で、堅固に守られている……万が一にも近道で通り抜けようとした王太子と護衛騎士に、偶然会うくらいじゃないか。とは言え、彼女の家の状況はあまり芳しくないようだな……現メートランド侯爵は何年か前に妻を喪ってから、人が変わってしまったと聞いたが」
メートランド侯爵は社交界でも、美形な男性として知られていた。もし、妻が亡くなったのなら、自分こそが後妻になりたいと望んでいた女性も多かったはずだ。
しかし、賭け事で身を持ち崩し家まで傾けるとは……ローレンを俺の婚約者とすることを良しとした父も、古い貴族のひとつであるメートランド侯爵家を救済したかったのかもしれない。
今の当主は確かに違うかもしれないが、我が国に対し何代も献身的な忠義を果たしてくれた貴族が、賭け事の借金で潰れてしまうなど、君主たる王族としては見ていて楽しいものでもない。
ローレンは父親を支え、気丈にもいろんな物を抱えているのだろう。俺はそういった事情を察することも出来ずに、短慮で彼女を決めつけてしまっていたのかもしれない。
「愛する者を喪い、正気を失うか……それほど愛されれば、女性は嬉しいのだろうか」
父は母を喪っても、泣き暮らすことは許されなかった。かと言って、許されていたならそうしたかというと、それは疑問だ。
国王には私情を仕事に持ち込むことは、許されない。父は感情を殺すことには、慣れているだろうから。
「どうだろうか……俺ならば、たとえ先に自分が死んだとしてもその後は幸せで暮らして欲しいと思うが……ああ、あの子は帰って行ったよ。ギャレット。良い仕事したな。ご苦労さん」
ガレスは人目のあるところでは護衛らしい言葉使いになるのだが、二人になるとこうして砕けた口調になる。
そうしてくれた方が良い。常に何もかもが堅苦しければ、解き放たれたい思いも強くなるだろうから。
とは言え、それからというもの俺はあんな風に泣いていたローレンが俺の月琴を聞いて笑ってくれた光景を想像しては、思い出し笑いをしてしまい嬉しくなった。
どんな風に笑ってくれたのだろう、と。見られなかったからこそ、見たくなったのだ。彼女の心からの笑顔を。
俺がローレンが気になり出したのは、はっきりとこの夜からだったと言える。はっきりとした、区切りがこの時だ。
何の意識もしていなかった若い女の子が、俺の恋愛対象へと変わった時だった。
「ああ……すぐに持ってこよう。久しぶりじゃないか。あれを弾くのは」
似合わないのに可愛い楽器を弾くのだとガレスは揶揄うようにそう言って、俺の宮へと走って行った。
王太子妃となる彼女の宮も、ほど近い。
だが、宮の中には侍女も居るだろうし、抜け出してこんな所で泣いているとは。
ガレスに持って来て貰った月琴を持って、俺は物陰に隠れて演奏を始めた。
男の癖に女々しい趣味だと言われそうだが、数年前に亡くなった母がこれを弾くのが好きだったので、俺も彼女と一緒に演奏したものだ。
気苦労の絶えない王妃に向いていなかった母が泣いている時には、俺は何も言わずに月琴を弾いて慰めた。あまり器用な性分でもなくそう上手くはなかったが、優しい音色を聞くと泣くのを止めて笑ってくれたものだった。
「おい。ギャレット……彼女は周囲を見回した。泣き止んでいる」
ガレスも身を潜めているものの、木から大きな体がはみ出してしまっている。近くに来て彼の姿を見れば、滑稽に思われるかもしれない。
「どうだ……笑ったか?」
「ああ。手巾で涙を拭って、微笑んでいるようだ……良かったな」
俺も彼女が笑う光景が見たかったのだが、ローレンがここを去るまでは弾いていたかった。彼女の顔を見るためには立ち上がらなければならず、それでは音色が途切れてしまう。
「笑ってくれたなら、それで良いんだ……こんな場所で泣いているなんて、何かあったらどうするつもりなんだろうな」
この庭園は、居住する宮からは離れている。か弱い女性なのに何かあればどうするつもりだったんだろうと、心配になった。
「ここは王族の居住している場所で、堅固に守られている……万が一にも近道で通り抜けようとした王太子と護衛騎士に、偶然会うくらいじゃないか。とは言え、彼女の家の状況はあまり芳しくないようだな……現メートランド侯爵は何年か前に妻を喪ってから、人が変わってしまったと聞いたが」
メートランド侯爵は社交界でも、美形な男性として知られていた。もし、妻が亡くなったのなら、自分こそが後妻になりたいと望んでいた女性も多かったはずだ。
しかし、賭け事で身を持ち崩し家まで傾けるとは……ローレンを俺の婚約者とすることを良しとした父も、古い貴族のひとつであるメートランド侯爵家を救済したかったのかもしれない。
今の当主は確かに違うかもしれないが、我が国に対し何代も献身的な忠義を果たしてくれた貴族が、賭け事の借金で潰れてしまうなど、君主たる王族としては見ていて楽しいものでもない。
ローレンは父親を支え、気丈にもいろんな物を抱えているのだろう。俺はそういった事情を察することも出来ずに、短慮で彼女を決めつけてしまっていたのかもしれない。
「愛する者を喪い、正気を失うか……それほど愛されれば、女性は嬉しいのだろうか」
父は母を喪っても、泣き暮らすことは許されなかった。かと言って、許されていたならそうしたかというと、それは疑問だ。
国王には私情を仕事に持ち込むことは、許されない。父は感情を殺すことには、慣れているだろうから。
「どうだろうか……俺ならば、たとえ先に自分が死んだとしてもその後は幸せで暮らして欲しいと思うが……ああ、あの子は帰って行ったよ。ギャレット。良い仕事したな。ご苦労さん」
ガレスは人目のあるところでは護衛らしい言葉使いになるのだが、二人になるとこうして砕けた口調になる。
そうしてくれた方が良い。常に何もかもが堅苦しければ、解き放たれたい思いも強くなるだろうから。
とは言え、それからというもの俺はあんな風に泣いていたローレンが俺の月琴を聞いて笑ってくれた光景を想像しては、思い出し笑いをしてしまい嬉しくなった。
どんな風に笑ってくれたのだろう、と。見られなかったからこそ、見たくなったのだ。彼女の心からの笑顔を。
俺がローレンが気になり出したのは、はっきりとこの夜からだったと言える。はっきりとした、区切りがこの時だ。
何の意識もしていなかった若い女の子が、俺の恋愛対象へと変わった時だった。
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