未明書房

はぐ

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第一章

第九話

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第九話「ページ綴じ目とじめ

未明書房の扉は、今夜も変わらず、音もなくそこにあった。
けれど、姉にとっては初めてだった。
自分の意思で戻ってきたのは。

道すがら、手の中には小さく折りたたんだ紙片。
それは、木霊で渡された――否、置かれていたと言った方が正確かもしれない――妹の言葉だった。

“火のあとは、灰にならなかったことだけが残る”

その一文が、何度も脳裏に響いていた。

カラン。扉の鈴が、かすかに鳴る。
音は変わらないのに、今日は少し違って聞こえた。

「おかえりなさい」

店主の声はいつも通り。だが、それはまるで、長い旅の帰着を受け入れるような響きだった。

姉は深く息を吸い込み、ふと棚へ目をやる。
前よりもほんの少し奥に手を伸ばしてみたくなった。
すると、一冊の文集が静かに飛び出すようにして、床へ落ちた。

拾い上げた瞬間、微かに甘い香りがした。
ページを開くと、見覚えのある筆跡――
妹の短い詩が、そこに綴られていた。

”はじめてごめんねが言えた夢を見た
 でも声はどこか擦れていて
 あなたはきっと聞こえなかった”

姉は喉の奥が熱くなるのを感じた。
それでもページをめくる手は止まらない。

ある頁の余白にだけ、誰かの走り書きが重なっていた。

”だから、きみに聞いてもらえる場所をつくった”

それは、あの子の声ではなかった。けれど、たしかに妹の言葉を、誰かが拾ってくれたことが伝わってくる。

姉はゆっくりと閉じた本を胸に抱えた。
「……まだ続き、あるんですよね」

店主は微笑む。
「言葉が途切れていたとしても、物語はまだ終わっていません」

静かな空気の中で、姉は小さくうなずいた。
次に来るときは、たぶん話すためではなく、聞くためになるだろう。
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