子鹿くんは狼

中山

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米はない。もちろんパンもないし、小麦粉のような材料もあるわけがない。なので主食は段ボール箱に入れられていたマカロニだった。ずいぶん場違いなテンションで可愛らしい、傘やステッキやら様々な色、形をしたマカロニがトマトソースで出てきて、それから大量のポテトサラダが置かれていた。今さらだとは思うが一応雑然と積んでいた雑誌をすみに待避させ、取り込んだまま鴨居にカーテンレールにかけていた洗濯物はクローゼットに突っ込んだ。

「すごい。ちゃんとしてる」

素直に感心した。

「何かやってるの? お仕事お料理関係とか?」

「仕事は全然違うけど、俺食事当番なんやわ。ツレと同居してるんやけど」

「そうなんだ」

「当番つうか、一人は酒ばっか飲むし、一人は放っといたら何も食わんしでな」

「三人で住んでるんだ。…なんか、お母さんみたいだね」

それでやたら面倒見がいいのか。

「やろ。よう言われるわ」

味も良かった。そう言うとトマトソースは冷凍庫から発掘したものだと言われる。酸味の強い風味は、確かに覚えがあった。

「ポテトサラダもおいしいよ」

「やろ? これ、アル中のやつからの直伝。一応料理人やから」

「料理人なのに料理しないの? あ、家ではしたくないってこと?」

「そう。作ってたら寄ってきてあれこれ言うけどな、飲みながら」

正午は何の仕事をしているのだろう。

さっき聞けばよかったと思い、しかしそんなに踏み込んでいっていいものかとも思う。

「しかしさ、紗季ちゃんほんまに料理せんのやな。まな板新品やったやん」

「あーあれか…あれはねえ、実家からの物資に入ってて」

「それでか。えらいきちんとしたのがあると思った」

「料理しないって言ってあるんだけどね。もしよかったら、食材本当に持って帰らない? あの箱の中のなら先週届いたばっかりだから、悪くなってないと思うし」

ポテトサラダにはハムと人参と玉ねぎが入っていた。強めに味がつけてあって、なるほど店で出てくるタイプだ。自分では作れないが食べる方は大好きだし、朝から空腹だったからおかわりを取り分けてもくもくと食べる。普通においしい。ソースをかけてもうまいなどと言うので、即座に買いに行きたくなった。

「持って帰ってあいつらに食わすより、ここに来て紗季ちゃんに食べさせてやりたいけどね。俺は」

いつの間にかきれいに食べ終わった正午はあぐらをかいてベッドにもたれ、実にリラックスした様子でそう言った。ちょうど口いっぱいで喋るに喋れず、紗季は目を白黒させる。

「それだけ食ってくれたら作りがいがあるわ」

残った分は後でタッパーに詰めとくからと言う。タッパーなんかあっただろうか? 

「ほんとにお母さんみたい…」

「お母さんじゃない方がいいんやけど」

唇の片側を歪めてにやりと笑う。困った。悪そうな顔をして笑うのに、ぜんぜんそう思えない。



「今日これからどうすんの?」

洗い物は引き受けたいところだったが、なんと洗剤がなかった。そういえば、前に使っていたものが切れてから買っていない気がする。我ながらちょっとひどい、正午も呆れていた。タッパーも、トマトソースが入ってたやつやでと言われたのに見覚えがなく、親不孝もんがと頬を引っ張られた。何度呆れられればすむのだ?

「え、なんだろ。洗濯して買い物かな…最近仕事忙しくて、コート買いたいのに行く暇なかったし」

「いやコートより洗剤やろ」

「うっ、…はい」

ついでに、とシンク下を指差した。

「多分スポンジもない」

いつの間に。マメだ。

「…なかったかも」

「よう生活できとるな」

「うう…いいでしょ私のことは。そっちこそどうするの」

「俺? そうやな」

訊いてからしまったと思った。まだいると言われたらどうする、いやこれは買い物にもついてくると言い出しそうな…

「帰るよ」

「へっ」

あっさりそう言ったので、拍子抜けして正午の顔をまじまじと見上げた。

「残念?」

にやりと笑うのに試されたと気づいた時には遅かった。約束を盾にも取られていないのに抗えない。

「ならまた来てええ?」

その聞き方は、「…ずるいよ」



メッセージアプリのアカウントを交換して、正午は本当にあっさり帰っていった。

確認のために送られてきたスタンプを見つめながら、さっきまで正午が座っていたクッションで紗季はしばらくぼんやりした。狭い部屋でくつろぐ場所は限られているからで、けして正午の体温の名残を求めているわけではない。ないと思う。

まだ昼前だなんて信じられないぐらい色々あった。

「…洗濯しよ」

機械的に洗濯機を回しておいて部屋着から着替え、紗季はドラッグストアへ出かけることにした。正午が次に来たときに洗剤がないのは恥ずかしいと考えるのがなぜなのか、までは考えなかった。



休日昼のドラッグストアは、混んではいるがなんだか落ち着く。メイクをしておしゃれをして向かう都会はそれはそれで楽しいが、最寄り駅の、ほどよい郊外感も紗季は好きだ。

そういえば、正午の喋り方は西の方のものだった。どこの出身なのだろう? 分かりやすい関西弁ではなくて、北関東から出たことのない紗季にはあたりをつけられなかった。

なんだか可愛い喋り方だったなと思い返す。背が高くて目つきが鋭い、声も低くてどちらかといえば冷たい顔立ちのくせに、どことなくのんびりしてのどかな喋り方。方言の女子は可愛いと主張していた大学の同級生の気持ちが、今なら分かる。

「ネイルでもしよっかな」

洗剤とスポンジをまずかごに入れ、思い付く限りの必要な商品を取っていくと、買い物モードにギアが入る。セルフネイルは好きでよくやっていたのにここのところご無沙汰だったから、新色と書かれたグレーピンクを手に取った。

それから切れかけていたコットンと安売りされていたストッキングを追加して、最後に思い付いて食パンも買った。ポテトサラダにかけて食べるべくソースを買うつもりだったが、どんなソースなのか分からなかったのだ。かわりにポテサラサンドにすることにしたから、ソースのことはまた訊いてみよう。

話の種ができたのを知らず知らず喜んで、連休も晴れていることも嬉しくて、会社の悩みごとをひととき忘れた。



爪のケアをして洗濯物を干して、掃除機をかけてネイルをした。小腹が空いたからポテサラサンドを作って食べた。

その間ずっとちらちらとスマートフォンを気にしていたが、正午からのメッセージはない。

何はなし淋しくなった自分が面倒でベッドに倒れ込んだら眠ってしまい、起きたら夕暮れだ。東向きの部屋だからただ薄暗い。昨日よりも冷え込んできたし、正午からのメッセージはやっぱりないしで、なんだか淋しさが加速する。攻勢かけてこないんじゃん。なんなの。

「こういう時こそ、あえて出かけるべき」

よし、と起き上がって手早く身支度をして、部屋を出た。



コートを探して回る気にはなれなくて、ふと思い立って映画を観た。封切りすぐのアニメ映画がちょうどいい時間にかかっていたからそれを。前宣伝と本編が繋がっていくプロモーションが巧みで話題になった作品だ、ピンキリで言えばキリの方とはいえ、制作会社勤務として観ておきたいという気持ちもあった。

映画はなかなか面白く、なるほどこんな風に布石が活きてくるのかと感心して観たが、主人公の名前がショーゴでまったく集中できなかった。確かにそうだった、ショーゴ君がヒロインを呼ぶシーンばかりCMで流れていたからすっかり忘れていた。



映画館を出てスマートフォンの電源を入れると、正午からメッセージが来ていた。夕食の誘いで思わず足が止まったが、時間を見れば六時過ぎ、映画が始まったあたりではないか。

「タイミング悪かったな…」

二時間経っている。もう一人で済ませてしまっているかもしれないと思いながら、返すつもりがなかったとは誤解させたくなくて返信した。

『ごめん、映画観てた』それだけだと簡潔すぎる気がして、タイトルと今終わったところだと追加する。返事はすぐだった。

『K駅の映画館?』

『そうだよー』

『迎えに行く』

思わぬ展開に固まっていると、いつ着くのかと追撃が来た。
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