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「あれ? 準備してくれてた?」
キッチンにコーヒーが出ていた。正午に訊けば、準備だけして忘れていたと言う。
「じゃあご飯食べたら淹れようか、ありがとう」
なぜか頭を撫でられた。
正午ぐらい上背のある人物は紗季の周りにはいない。元彼達も、高くてもちょっと目線を上げる程度のものだった。正午は並んで立てば首ごと動かして見上げなければならない。新鮮だ。
定位置になったベッド前にあぐらをかいて二枚のトーストを食べる彼を、ちらちらと観察する。目付きの悪いヤンキー上がりだと思ったのに、バイオレンス映画に無口で冷酷な悪役として出ていても違和感がないと思ったのに、もうかっこいいとしか思えなくなってしまった。
いかにもセットをする気のない黒髪は伸び気味で、前髪は眉をほぼ隠している。細めの素っ気ない目に一重の瞼、鋭く高い鼻梁、角ばった顎。薄い唇を軽く歪めてにやりと笑う癖。トータルの印象は冷たいかこわいあたりなのだが、みんな胸をきゅっとさせる。それに紗季を呼ぶ低い声やなんだかのどかな喋り方や、優しい手やキスや、妙にまめで律儀なところや。我ながら単純だ。
「何?」
早々と食べ終わった彼は、紗季の視線にとっくに気がついていた。えー、と往生際が悪いごまかし方で逃げようとする。
「何よ」
逃げられはしないのだが。
「…かっこいいなって。思って」
「どこが?」なぜ訊く。生き様についてなど普通はここで言わないだろう。
「顔が」
顔? と聞き返されて、珍しいものでも見るようにまじまじと見つめられた。
「あんま言われんわ」
「…でもかっこいいもん」
「そりゃどうも」
いいのだ、紗季がかっこいいと思うのだから。
テレビがなく静かな部屋には、前の道路の音がよく響く。会話が途切れたところへ通行人の電話の声が上がってきて、結婚して名前が変わったんですと聞こえてきた瞬間正午のフルネームを知らないことを思い出した。あんなことまでした後なのに、自分も教えていないままだ。メッセージアプリは、二人とも下の名前だけだった。
「ねえ、正午くん」
「ん?」
「正午くんって名字なんていうの?」
難しい顔が返ってきた。え? なんで?
「私はね」
「知っとるよ。福田やろ」
その通りだ。なぜ知っている?
紗季の困惑をよそに、正午は財布から免許証を出してきた。苦々しいことこの上ない顔で。
「音読はせんように」
目の前に出されたそこには、子鹿正午とあった。
子鹿。バンビの?
似合わない。いや名字に似合わないも何もないのだが。
「…読み方って」
「今紗季ちゃんが想像したんで合ってる」
「…もし名字で呼んだら」
「とりあえずむちゃくちゃ機嫌悪くなるな」
「呼ばない」
「そうして」
「…福田と交換してあげられたらいいのにね」
「なんでや。そこはじゃあ福田になる? とかやろ言うなら」
「ほんとだ」
変なことを言ってしまって自ら流したが、なるほど名乗らないわけだ。この人が子鹿ですなんて言ってきたらリアクションに困る。
「でも免許証まで見せてくれなくてもいいのに。まさかいつもこうしてるの? 住所とかまで分かっちゃうじゃん」
「そんなわけないやろ。大体先に見してくれたん紗季ちゃんの方やで」
「はっ?」
「やから俺、紗季ちゃんの生年月日も知っとるよ」
正午は詳しく説明してくれたが、聞かなければよかった。自動販売機前での黒歴史を知らずにすんだのに。
「…あ、そうだ。今名前しか見てなかった、正午くんっていくつなの? 歳下…だよね?」
「もうすぐ二十六」
「えっ」
思ったより下だった。
「歳下と付き合うの、初めて…」言ってしまってからしまったと思う。
「俺あんま歳上って感じしとらんけど」
言いたいことはなんとなく分かる。しかし紗季のうっかり発言をスルーしてくれたので、何も言い返さずにおいた。
「紗季ちゃん、今日予定ないんやろ? なんかしたいことあるん?」
話が和やかなものに変わった。
キッチンにコーヒーが出ていた。正午に訊けば、準備だけして忘れていたと言う。
「じゃあご飯食べたら淹れようか、ありがとう」
なぜか頭を撫でられた。
正午ぐらい上背のある人物は紗季の周りにはいない。元彼達も、高くてもちょっと目線を上げる程度のものだった。正午は並んで立てば首ごと動かして見上げなければならない。新鮮だ。
定位置になったベッド前にあぐらをかいて二枚のトーストを食べる彼を、ちらちらと観察する。目付きの悪いヤンキー上がりだと思ったのに、バイオレンス映画に無口で冷酷な悪役として出ていても違和感がないと思ったのに、もうかっこいいとしか思えなくなってしまった。
いかにもセットをする気のない黒髪は伸び気味で、前髪は眉をほぼ隠している。細めの素っ気ない目に一重の瞼、鋭く高い鼻梁、角ばった顎。薄い唇を軽く歪めてにやりと笑う癖。トータルの印象は冷たいかこわいあたりなのだが、みんな胸をきゅっとさせる。それに紗季を呼ぶ低い声やなんだかのどかな喋り方や、優しい手やキスや、妙にまめで律儀なところや。我ながら単純だ。
「何?」
早々と食べ終わった彼は、紗季の視線にとっくに気がついていた。えー、と往生際が悪いごまかし方で逃げようとする。
「何よ」
逃げられはしないのだが。
「…かっこいいなって。思って」
「どこが?」なぜ訊く。生き様についてなど普通はここで言わないだろう。
「顔が」
顔? と聞き返されて、珍しいものでも見るようにまじまじと見つめられた。
「あんま言われんわ」
「…でもかっこいいもん」
「そりゃどうも」
いいのだ、紗季がかっこいいと思うのだから。
テレビがなく静かな部屋には、前の道路の音がよく響く。会話が途切れたところへ通行人の電話の声が上がってきて、結婚して名前が変わったんですと聞こえてきた瞬間正午のフルネームを知らないことを思い出した。あんなことまでした後なのに、自分も教えていないままだ。メッセージアプリは、二人とも下の名前だけだった。
「ねえ、正午くん」
「ん?」
「正午くんって名字なんていうの?」
難しい顔が返ってきた。え? なんで?
「私はね」
「知っとるよ。福田やろ」
その通りだ。なぜ知っている?
紗季の困惑をよそに、正午は財布から免許証を出してきた。苦々しいことこの上ない顔で。
「音読はせんように」
目の前に出されたそこには、子鹿正午とあった。
子鹿。バンビの?
似合わない。いや名字に似合わないも何もないのだが。
「…読み方って」
「今紗季ちゃんが想像したんで合ってる」
「…もし名字で呼んだら」
「とりあえずむちゃくちゃ機嫌悪くなるな」
「呼ばない」
「そうして」
「…福田と交換してあげられたらいいのにね」
「なんでや。そこはじゃあ福田になる? とかやろ言うなら」
「ほんとだ」
変なことを言ってしまって自ら流したが、なるほど名乗らないわけだ。この人が子鹿ですなんて言ってきたらリアクションに困る。
「でも免許証まで見せてくれなくてもいいのに。まさかいつもこうしてるの? 住所とかまで分かっちゃうじゃん」
「そんなわけないやろ。大体先に見してくれたん紗季ちゃんの方やで」
「はっ?」
「やから俺、紗季ちゃんの生年月日も知っとるよ」
正午は詳しく説明してくれたが、聞かなければよかった。自動販売機前での黒歴史を知らずにすんだのに。
「…あ、そうだ。今名前しか見てなかった、正午くんっていくつなの? 歳下…だよね?」
「もうすぐ二十六」
「えっ」
思ったより下だった。
「歳下と付き合うの、初めて…」言ってしまってからしまったと思う。
「俺あんま歳上って感じしとらんけど」
言いたいことはなんとなく分かる。しかし紗季のうっかり発言をスルーしてくれたので、何も言い返さずにおいた。
「紗季ちゃん、今日予定ないんやろ? なんかしたいことあるん?」
話が和やかなものに変わった。
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