子鹿くんは狼

中山

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27(終)

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「あー…これは」

郵便受けからはみ出していた薄い封筒は、裏返すと想像した通り先日面接を受けた企業からだった。手応えがなかったと思っていたから、さほどショックもなく落ちたなと呟く。

「なんで分かるん」

「履歴書が返ってきてる。と、思う。この大きさなら」

部屋に入り、行儀が良くないが部屋に持ち込むより手前で済ませてしまいたくてキッチンの前で封を開けた。案の定の文面と、紗季が送った履歴書が入っている。見ない方がいいかと言うので構わないと答えると、正午は邪魔にならないようにと思ったのか顎だけ紗季の肩に乗せて後ろから見ていた。

「あんま落ち込んどらん」

「予想はしてたんだ。なんか、行ってみたら募集要項と現場で求めてる仕事内容がちょっと違ってて、話もあんまり噛み合わなかったから」

「ふうん」

ろくに使っていないから乾きっぱなしの流しに封筒を置いて、ふっと息をつく。

「どうなん、転職」

「まだ分かんないなあ、正直。でも絶望的って感じじゃないと思う」

就業中の身なので次から次へというわけにもいかず、かなり絞り込んで面接を受けているからまだいくつかの企業としかやり取りをしていない。

「大丈夫だよ」

「なんかできることあったら言い」

「…ありがと」

絞り込みというのは、正午には言っていないが収入より勤務時間を優先して探しているからだ。

紗季の職種は割合転職先の選択肢が多く、登録したエージェントでも経験がある分選べる立場だと言われている。

しかしそれは仕事内容を選ばない場合の話だ。だいたい制作系の職は終わりの時間にルーズで、残業が少ないことを最優先にしている今の紗季の希望だと一気に少なくなる。なかなか希望に合う条件のところがまずないので悠長なことをしているような気がして焦りもするのだが、この先のことを考えた時、今のように終電もあるような職場はきつくなるだろうと考えたのだ。

長丁場になるだろうなと、既に覚悟している。それまでは営業部の仕事もなんとかこなして、それも経験になると割り切るしかない。

「まあなるようになるよね」

「そうやな」

仕事のことは仕事のことだ。紗季がどうにかするしかない。けれど恋人がそう言ってくれるのは素直に嬉しかった。

気持ちが切り替わったのを鋭く察知したのか抱きついてきて、紗季は後ろからべったりと抱きしめられながら部屋のドアを開けた。彼は痩せているが、こう体重を乗せられるとさすがによろめく。

「歩きにくい」

「まあまあ」

ええやんなどと言いながら肩に顔を埋めて、すんすんと紗季のにおいを嗅いでいる。動けないからやめてと言うと喉の奥で笑いながら嫌だと言った。部屋でバッグを置いてコートを脱いで落とし、紗季のコートを脱がせながらもずっと器用にくっついていた。自分の分は床に投げたくせに紗季の持ち物はきちんと置くのがおかしい。しかしこんなに急がなくてもいいだろうに、明日はだめでも今日はまだ明るい時間で先は長いのだから。

「正午くん」

「何」

「おすわり」

「犬か」

いいからシッダウンと言うと素直に離れたが、なぜかきちんと正座するので笑ってしまった。

「なんでかしこまってるの」

「おすわりって人間でやったらこんな感じやろ」そうなの?

いやまあいいけど、と思いながら紗季も彼の前に座った。ちょうどいいので正座で。

「バッグから直出しっていうのもなんなんだけど…お誕生日おめでとう。ちょっと早いけど」

どうも格好がつかないが、ショップの紙袋からごそごそと箱を取り出す。小さなものだったからか、崩れてはいなくてほっとした。両手で渡すとアリガトウゴザイマスと言いながら両手で受け取られ、おかしな授与式のような感じになった。噴き出しそうになったが正午が若干照れているような気もしたのでこらえる。

あげることには慣れていてももらうことには不慣れなようなところが時折彼にはあって、言及することはないがそう気づく度になんだか不思議な気持ちになる。まだあまり聞いたことのない彼のこれまでに思いを馳せたくなるような胸苦しさと、彼の喜ぶことをたくさんしてあげたい愛しさと。

「開けていい?」

「もちろんもちろん!」

どうぞと手で促しながら正座をとくと正午も膝を崩す。シンプルなラッピングを外して、彼の手に乗ったのは短いストラップ状になったレザーのキーホルダーだ。何もないと言っていいような素っ気なさで、メーカーマークだけが小さく型押ししてある。色はブラックだ。ブラックしかないだろうと思ってそうした。

「おお」

「すっごいシンプルだけど」

「いやこういうのがええ」だろうなと思った。

彼はさっそくポケットから車のキーを出し、それまでつけてあった原型のもう分からないアクリル製らしきキーホルダーから取って替えた。

「…それ、今まで何つけてたの?」

「なんやったかな。…忘れた」

途中からが折れてなくなっているぼろぼろの物体にはごくうっすらと文字のへこみが残っていて、ニューと読める。これはもしかしてホテル、しかも古式豊かなタイプのビジネスホテルか何かの鍵についているあれではないか。そう言ってみると、あー思い出したとどうでもよさそうな反応があった。

「社長が出張でパチってきたやつや」

「パチって…ダメじゃん」

「そうやな」

裸で鍵持っとくとなくすっつってくれたんやとのことだが、社長さんもなかなか豪快である。正午の方は平然と紗季ちゃんがくれて良かったわなどと言い、可哀想な元ホテルのキーホルダーはゴミ箱へ投げられてしまった。いつものベッド前に座り直した彼は紗季も座れと(例によってあぐらの上に)促すが、もうひとつ渡すものがあるので紗季は首を振った。

小さなテレビボードの引き出しの、何かの空き箱に入れていたスペアキーを取り出す。いざ渡すとなるとどきどきしてきた。

「ちょっと待ってね」

引っ越してきた時に二つ貰っていたスペアキーは、片方を親に渡してある。残ったのがこれだ。恋人がいた時期にも渡したことのないまま、ずっとこの箱に眠っていた。

正午はすぐ近くに自分の部屋があるし、ここへ来る時には必ず紗季と一緒だ。これを渡したところで、彼に特段の利便性はない。だから部屋の鍵を渡すのがどういう意思表示になるなのかはよく分かっていて、それでも紗季は受け取ってほしかったのだ。

受け取ったときのまま管理会社の札がついていて、外そうと正午に背を向けてしばしがんばってみたのだが、ずいぶん固くて無理だった。ちょっと予定が狂ってせっかく買ったラッピング材も出せなかったしぐだぐだだ。けれどそれもまあいいかと苦笑いして、そのまま彼のそばへ戻ってなんでもない顔をして渡した。

「…これも」

「ここの?」

受け取った正午が鍵を見ながら訊くのでそうだと答えた。

「いつも迎えに来てくれるからいらないんだけど…でも、持っててくれたら嬉しいなって思って」

なんかほら気持ちが、とかもごもご言っているとすごい勢いで引き寄せられて、背に手が回ってきつく抱きしめられた。耳元でぼそりとありがと、と聞こえてきて、ふっと安心して紗季も抱きしめ返した。鍵を置く音がして、そのままぐいと体ごと倒れ込まされる。下から見上げてくる正午は新鮮だと思いながら、膝をついたままキスをした。

「…シャワー浴びたい…」

「後で」

「ひゃ」

手が冷たくて声が出た。悪い、と言って正午は手を引っ込めかけたが、いいからと止めた。どうせすぐ熱くなる。

服の下に滑り込んできた手のひらが少し遠慮気味に背を這って、それからブラジャーのホックが外された。

「もっとくっついて」

「…ん」

正午の体を跨ぐように体勢を変える間にも彼の手が少しずつ胸の方へ移動してきて、両胸を下から持ち上げるようにやわやわと揉まれた。先端には触れずに、指でゆっくりほぐすように。

何度も体を重ねていると、始まったばかりのゆるい愛撫でも火がつくようになる。紗季はそのことを正午に会って初めて知った。先端の周り、膨らみのきわを指がかすめるだけでも。

「あ、…っ」

「服邪魔やな」

そう言って下着もインナーも一緒くたに引き抜かれて、改めて引き寄せられた。体重をもっとかけろと言われて、恥ずかしかったが素直にその通りにする。自分だっていつも彼の重みに乗られると幸せな気分になるのだから、正午もそうなのかもしれないと思ったのだ。密着した体同士は温かくて気持ちがいい。

キスを続けながら指がじわじわと胸の先端に近づいてきて、その周りの膨らみを何度も撫でる。早く触ってほしいような、もっと焦らしてめちゃくちゃに溶かしてほしいような。背筋をぞくぞくと期待が這い上がった。

「…鍵」

「え?」

首筋に吸い付いて、柔らかく食むように口づけながら耳元で正午が呟く。

「後で紗季ちゃんがつけて」

どっちにと訊くとどっちでもええと返ってきて、耳たぶの先に歯を立てられた。噛んだ後を舌が這って、複雑な形の耳を調べるように吐息混じりに舐め回される。初めはくすぐったかったのに今はもう気持ちの良さの方が勝っていて、すっかり正午のやり方に慣らされてしまった。

「あ…!」

耳朶を唇に弄ばれながら、立ち上がった両の乳首がそっとつままれた。つまんだままふにふにと動かされながら突端を軽く引っかかれ、胸先に欲しくてたまらなくなっていた甘い刺激を受けてスカートの奥が疼く。長くて骨ばった指が自分の胸の一番敏感なところをいじっていると思うと、それだけでも胸がきゅうっと切なくなる。

「あ、ん…正午く、あ…っ」

「我慢せんで。声聞きたい」

興奮を孕んだ声音でそう言いながら、ざらついた指は胸の先を責め立てる。もっと聞かせろと言うように先端を人差し指で押し込んでくりくりと潰し、かと思えば立ち上がりを軽く引っ張ってはしごく。触れるか触れないなのソフトタッチと織り交ぜる、達者な指。

「…っ、はぁ…」

「下も邪魔やな」

脱いで、と言われて半端なところで手を離された。ベッドへは行かないのかと逡巡するうちに正午の方はさっさと下だけ脱いでしまって、ついでにそばのチェストからコンドームを取り出す。慣れたものだ。タイツだけになるのはみっともないしスカートを履いたままの方が隠してくれると思って下着も合わせて脱ぐと、いやスカートも邪魔ときっぱり言われてかあっと頬が熱くなった。

「…ちょっと寒い」

「ああ」

ここでは恥ずかしいのでベッドでと促したつもりだったのだが、正午は脱ぎ捨てていた彼のモッズコートを手にした。

「えっ」着ろと言うのだ。

「はい下脱いで」

「なんか変態っぽいよ」

「誕生日」

「うっ」それを言われると。

脱いで脱いで、とスカートを引っ張られてしぶしぶ脱いだ。ほんのり彼の体温が残っているコートを着せられて、温かいのだが素肌にこれは恥ずかしい。

「ええな」

「もう…」にやにやしないでほしい。

コンドームの袋をぴっと開けて着けようとする、のだが、手持ち無沙汰と興味もあって装着するのをつい見ていたら手渡された。ん?と首をかしげると着けてと言われる。

「ここ持ってこう」

「ここ持ってこう…?」

完成形がああなるからええとと迷いながら、それでもご要望にお応えした。正午は手を床について、おぼつかない手付きの紗季を妙に面白そうに見ている。こうやって自分の方から何かすることはさほどなかったから、気恥ずかしいのだがなんだか新鮮な気がした。コートの袖が長すぎるのを察して折り返してくれるのが変なところまでマメだ。

「よくできました」

頭を撫でられて、ちゅっとひとつキスをくれる。

「…このままするの?」

「する」

そう言いながら今度は胸元に口づけて、そのままいつものところをきつく吸い上げて跡をつけた。満足そうにキスマークを検分して、それからまた唇が戻ってくる。ふとこちらを見上げて目が合ったので、思わず腕で顔を隠した。隠すなと案の定言われる。

「紗季ちゃんが俺の服着とる」

ええなと楽しそうに言って、固くなった胸の突端に舌を這わせた。

「…ほんとに変態っぽ…あ、やあっ…!」

もう片方へは指がやってきて、先端を軽くはじく。さっき愛撫されたそこはもう刺激を待ち受けていて、期待通りの甘い感覚に背がのけぞった。空いた腕でぐっと引き止められる。押し潰すようにうごめく舌先と弄ぶ指先に足の付け根のそのまた奥が疼いて、膝立ちの力が入らなくなって正午に縋り付いて、ひんやりした硬い髪に顔を埋める。

紗季を抱いた腕がそろりと動いて、長いコートの裾を割って入ってきた。冷たく感じる指がお尻をひと撫でして、あぐらをかいた彼に跨っているから何も遮るものはないぬかるんだ場所へ滑り込む。濡れとる、とぼそりと言われた。

「…だって…」

「だって何」

指が前後に動く。割れ目を広げるようにしてはなぞって、入りかけてはそれて、くぐもった水音が小さく聞こえる。だって何ともう一度問われて、気持ちいいからと小声で答えると同時に長い指がそっと潜り込んできた。さっき胸元にいたずらをしていた、いつも軽く第一関節のところで煙草を持つ、細くて長いあの指が。

「ふ、…んっ、あ」

奥まで侵入してきて、ゆるく紗季の中を乱す。いつもと違う角度から入れられて、互いに抱きしめられながら探られるといつもと違う快感がそこから広がっていく。抜けていった指が増えて戻ってきて、広げられる感覚にきつく正午に抱きついた。

「…コート、あ、やっ…コート汚れちゃう…からっ…」

ぐちぐちと音を立てるそこで抜き差しを繰り返す彼の指は、もう手のひらまできっとべちゃべちゃになっている。

「ええよ」

「…よく、ないっ…」

平然と言いながらぺろりと舐められた敏感になったままの乳首は、外気に触れてひやりとした。ベッドにもたれて紗季を見つめながら、マーキングしといてなどと言う。脱いでやろうとすると止められて、離れていった両手がそのまま紗季の腿に回り込んだ。

「このまま」

そう言われた。腿を撫で回す手がぐいぐいと押してきて、少し体勢を変えた正午の腿の上を跨ぐようになる。さっきまで指でぐちゃぐちゃにされていたところが、硬く立ち上がったものへ押し付けられた。動かしてと囁かれて、今日はもう欲しがられたことをぜんぶしてあげようとぎこちなくすりつける。目を閉じて熱い息をひとつつかれて、もっとしてあげたくなってしまった。

「…可愛い、正午くん」

ゆるゆる動きながら思わずそう言うと、瞼を開いた正午がほうという顔をして無言で紗季のお尻を掴んだ。そのまま誘導されて硬い彼のものにあてがわれる。

「自分で入れてみ」

「え…」

ほら、とじっと見つめる目はもう完全に火がついていて、その熱に紗季まで浮かされるようになる。一度だけ紗季からキスをして、じっと待っている彼の上に少しずつ腰を沈めていった。紗季も正午も、キスをした後の間近な距離で浅い熱い息をする。息と息が混じる近さで、正午の声にならない呻きがかすかに聞こえて煽られた。

「…入った、よ」

そう囁いてもう一度唇を寄せると、応えた正午に下唇をやんわり食まれる。何度も吸うようにキスをされながら、いつの間にかまた胸元に伸びてきた両手で先端を優しくつままれる。甘い声が喉の奥から出て、彼の入っているところにきゅっと力が入った。それなのにすぐに手は離れていって、腰に回された。鼻先が触れ合うところで低い声がいたずらっぽく言う。

「まだ」

「あ…!」

腰に回った手が力強く紗季を押さえつけて、もう入らないと思っていたのにもっと奥まで貫かれた。ずくんと深く深くまで衝撃が走って、びりびりと重く甘い痺れが走る。その勢いのまま揺さぶられて、奥に当たる度に声が出た。

「あっ、や、あっ」

「そうそう」

正午の動きに合わせるように腰を落としては上げ、時々彼の手で引き下ろされて一番奥まで強く突かれる。それでも自分の動きがもどかしくて、もっと激しく翻弄されたくて、着たままの正午のスウェットの裾を引いた。

「…ベッド、いきたい」

我ながら甘ったるい声に正午はおかしそうにふっと唇を歪めて、ええよと言った。言ったなりそのまま紗季を持ち上げようとするので慌てて逃げる。それは無理だと前にも言ったのに懲りないな。

「あ、着たままで」

「ええ?」

今度こそ脱ぎかけたのにまた止められて、なぜと訊くと興奮するからとストレートな答えが返ってきた。紗季を押し倒して覆い被さって、首筋へ鎖骨へ何度もキスしながらとんでもないことを言う。

「紗季ちゃんの色んなものがつくと思うと」

「やめてよ!」

「もう洗わん」

「洗って!」

思い出したようにスウェットを脱ぎ捨てて、熱い体温が紗季にのしかかる。がちがちになった硬いものがさっきまでいた場所に戻ってきて、ずぶりと奥まで一気に入ってきた。勢いのままに何度も奥まで叩きつけるように動かされて、抑えようとしても抑えられない快感が高い声になる。くたびれかけたコートのフードに埋もれるようにして正午の熱を受けた。打ち付けられる肌と肌が音を立てる。

「…やばい」

すぐイキそうと呟いた声が可愛くてならなくて、いいよと言って無理やり首を起こしてキスをした。膝裏を大きな手が押さえつけて足をもっと広げて、彼の動きが激しくなる。もうこれ以上好きになんかなれないと思うのに、いつもそう思うのに、どうしていいか分からないぐらいどんどん正午を好きになると今もまた思う。

「あ、あ…、正午く、あっ、あっ…!」

寸前になると、同じように動いているはずなのに紗季の方もなぜか快感が増す。重だるいような腰の奥の甘さと胸を締め付ける恋しさに、ああもうすぐだと思いながら欲情を身一杯に受け止める。彼の動きが少し激しくなって、荒い息に混じって自分を呼ぶ声に正午の名前を呼びながら応えて、一際強く突いたまま動きを止めてゆっくり倒れ込んできた背に腕を回した。汗ばんだ背中を撫でると軽く正午の腰が震えて、耳元で声にならない声と熱い息が吐かれる。

可愛いなと思う。どういう言葉で言えばいいのか分からないぐらいに持ち切れないけれど、強くそう思う。

大好きだと言うと俺もと返ってきて、だるそうな身を起こしてキスをくれた。



正午は上に乗ったまま何度も何度もキスをして、名残惜しそうに紗季の中からずるりと出ていった。手を伸ばしてティッシュを取って面倒くさそうに終わった後の処理をして、そのまま横にずれて紗季を抱きしめる。抱きしめる、というかむしろ抱きついているというか足を体に巻き付けて絡みついているというか。汗と、それからちょっと言いにくいものでコートが汚れてしまいそうな気もするが、気にもしないのだろう。

「…お誕生日、おめでとう」

至近距離で閉じていた正午の瞼が開いて、まっすぐにこちらを見てありがとうと言った。

「今までで最高の誕生日かもしれん」

「ほんとは火曜でしょ」

そう言って笑うと、もう今日でええと言って彼も笑った。よいせと体ごと横になって正午の方へ向き直ると、じゃあと言わんばかりにいそいそと太腿を持ち上げられた。乗せろと言いたいのである。そして挟めと。

「いっつもこうするー」

「ずっとしといて」

何を思ったかくっと笑って、何?と訊くと初めて会った日もこうして寝たと言われて赤面した。不意打ちだ。

「…それはなんとも…」

コメントしづらくて言葉に詰まった。

「我慢すんのすげえ大変やった」

「…でも我慢したんだもんね」

送り狼という言葉があるが、そうなっていたっておかしくない場面だったのに(まあコンドームがなかったからなどと以前言っていたが)。そう言うとえらいやろと得意げにするのがなんだかまた可愛くて、胸元に潜り込んでくっついた。見上げると正午の方も身を屈めてきて、腕枕の中に抱き込まれた。

「紳士やからな俺は」

「さっきまでは狼だったじゃん」

「その方がええやろ?」

たしかに。しかしまともに認めるのも気恥ずかしくて、軽く鼻をつまんでやった。

「子鹿のくせに」

「言うたな」

笑いながらのキスは、すぐにまた熱を孕んでいった。

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感想 1

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みんなの感想(1件)

樹 史桜(いつき・ふみお)

大好きな作品になりました。この二人かわいすぎます!正午くんの関西弁が優しくてすきです。
これからも楽しみにしてますが、●●●とか流行っておりますので、作者さま、どうかお身体にお気をつけくださいませ~❗

解除

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