Sorry Baby

ぴあす

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2.つながり

身勝手

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「ああ、おかえり。」

「…ただいま。
一ヶ月一度も家に帰ってないみたいだけど部屋でも借りたの?」

せっかく明日は久しぶりに楽しみな予定があったのに家に入る前から重い空気が漂っている気がした。

黒光りしてるダサい車が外に停まってるのを見てなんとなく帰ってきてるのは察したけど…。

「昼間に物取りに戻ってきたりはしてたけど未蘭乃は学校だっただろ?」

ごめんだけどそれは帰ってきたとは言わない。
そして質問には答えないで質問で返すんだ。

ため息しか出ない。

「休み取れたから明日はどこか行かないか?
未蘭乃も明日は学校休みだろ?」

そっちの都合で帰ってこなかっただけなのになんであたしがわざわざ学校が休みの日に付き合わなきゃいけないの?

てかそもそも明日は…。

「悪いけど明日は予定が入ってるから無理。」

「友達か?」

自分のこと優先してあたしに興味がないから家に帰ってこないんでしょ?
なのにどうしてそんなにあたしに今日は干渉してくるの?
パパの自分勝手さにさすがのあたしも限界だよ。

「パパだって好き勝手やってるんだからあたしだって好きなことしたっていいじゃん。」

シワシワのシャツの背中にそう吐き捨ててあたしは部屋に入った。

ソファの足元にはお酒があったからやけ酒してリビングで寝るんだろうな。
家が荒れてないといいけど。

「おい未蘭乃!」

ドンドンと部屋のドアが力強くノックされるけど、あーもう全部どうでもいい。
いままで連絡だって寄越さなかったんだからほっとけばいいじゃんあたしなんて。

「うるさい…!」


昨日の夜にハルキからチケットスタンドのスタッフに言えばチケットを渡してくれるってメッセージがきた。

『結構いい席だから期待しておいて。』

トーク履歴見返すだけでパパのことがちょっとどうでも良くなったりする。

…でもそんなのほんの一瞬なの。

ドアの向こうから鈍い音が聞こえた。
モノに当たるとかホント最低。

パパからは女の人が使うような香水…柔軟剤?
なんか高そうな香りがした。
多分、その人が今の女。

「サイテー。」

なんとなく投稿しようとしてSNSを見るとフォロワーが13000人になっていた。
さすがに…一般人なのに1万超えはびびる。

カリナとの写真は高評価の数が20,000にもなった。
フォロワーよりも多い高評価がなんか怖くなった。

毎日のようにDMが来る。
会いませんか?、どこ住みですか?、学校どこですか?だとか。

もちろんアンチもいて。
整形ですか?、同じような投稿ばっかり、ナルシストすぎ(笑)だとか。
匿名で普通に送られてくる。

基本シカト。
パパと一緒で相手にしてたらキリがないんだから。

色々考えるのもめんどくさくなって、なんか疲れた。

【疲れたもう寝る。】

ストーリーにそれだけ書いてあたしは意識を手放した。

久々にパパと会ったからか、小さい頃のあたしとパパとの夢を見ていた気がする。

…内容は全然覚えてないけど。
夢ってそんなもんだよね。

目覚めてスマホの時計を見ると朝の9時すぎ。
ハルキの試合は14時からだからシャワー浴びて準備しよう。

あたしの部屋からバスルームへはリビングとは別のドアから繋がってる。
だから、パパと顔を合わせることはない。

なんなら家には2つバスルームがあるから、あたしとパパはバスルームも別だし。

今日は初めてこの家の間取りをいいと思ったかも。

シャワー浴びてそれなりにおしゃれして、メイクもして。
…実は今日すごく楽しみにしてた。

チケットを取ってくれたのが何よりも嬉しかった。

軽くご飯を食べたらいい時間になったのでバスに乗り込む。
スタジアムまではバスで30分。
スタジアムのバス停から歩いて5分くらいだ。

サッカーの試合見に行くなんて本当に何年ぶり?
チケットスタンドのお姉さんに声をかける。

「すみません、チケット取り置いてもらってるんですけど…。」

「はい。お名前と身分証明書ありますか?」

カバンの中から生徒手帳を取り出す。

「白崎未蘭乃です。」

お姉さんはあたしの顔をじっと見つめ、生徒手帳のおそらく名前の部分を指で一直線になぞった。

「はい、大丈夫です。
失礼だったらすみません、あなたのお父様って…。」

「あ、そうです。
白崎浩志の…。」

「私、現役時代すごくファンだったの!
お父様元気にしてる?」

…元気なのかどうかはなんかよくわからないけど。

「はい、元気です。」

あんまりパパの名前も聞きたくないし、話もしたくないけどとりあえず精一杯の作り笑顔。
お姉さんに笑顔で手を振って見送られ、スタジアムに入る。

ハルキはいい席だと言ってたけど…どこの席なんだろう?
自分の席番号に続く矢印を見て、それに沿って歩く。

「え、この席…。」

思わず声が出た。
前から5番目、何このスタンド席…。
シートフカフカじゃん…。

「ようこそ当スタジアムへ。
お飲み物はいかがでしょうか?
軽食もありますよ。」

やけに丁寧な言葉遣いの男性があたしに話しかけてきた。

「いえ、水は持ってきているので大丈夫です…。」

「失礼致しました。」

…普通こういうスタジアムって他の席見るとビールとかジュース売る売り子さんが席まわってるのにさっきのおじさんはまるで高級ホテルのレストランのウェイターさんみたいだった…。

もしかしてここまで持ってきてくれるってこと?
待って? やっぱり変だよね?
確かに最後に試合見に行ったのは5年以上前のことだけど全席に飲み物聞いて回ったりとかシートがこの5年の間に全席フカフカになるとかありえない話だよね?
なんなら通路挟んで隣の席は普通の客席の椅子だし…。

もしかして…。

思い立ったあたし派入ってきた出入り口よりも上にあるもう一つの出入り口から通路へ出た。

「…マジ?」

VIPSEAT

嘘でしょ…?
VIPって普通の座席の何倍の値段…?

「いい席だろ?」

「ハルキ!」

着替えとトイレついでに寄ったんだとハルキは笑った。
Tシャツの首元が汗で濡れている。

「あ、なんかほんとすごい席でびっくり…。そういえば、今日はスタメン?」

「もちろん。めったにこんな席で見れないだろうからちゃんと見とけよ。」

ハルキがあたしの頭を優しくなでてそう言ってくれたのにあたしは目も見れずに頷くことしかできなかった。
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