心の破壊者ーCordis Destruction

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:001/Archangel

:006 境界監視塔

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***

 ヴィルの運転する車は、枯れ山を登っていた。
 後部座席のスキアは外の景色を見ていた。崩壊した世界だったとしても、記憶のないスキアにとっては新鮮に映った。
 全ての景色が初めてで初めてでないようで、不思議な感覚としてスキアを刺激する。
 
 感情も希薄で記憶もない。でも草花の美しさと肌を撫でるぬるい風を愛する人間にとって、この何気ない風景は一体どう映るのだろう。

 そんな事をぼんやりと考えていた。


 ──第九区“奈落川”。

 海溝よりも深いと言われる暗い峡谷。幅は約60メートル。それを渡る為の跳ね橋は、ここニ年間、降ろされていない。橋の下部は岩に埋まってすらいる。
 跳ね橋の傍らにシリウスの出先機関、第九区境界監視塔がある。
 山の斜面に建てられた建物は要塞化されており、武装化もされている。それだけ重要な境界だった。

 入り口は分厚いシャッターで閉ざされている。内部から開けてもらわなければ容易には侵入出来ない。
 キイチとスキアはその前に立ち、開かれるのを待っていた。
 入り口上部の、来訪者に向けられた機銃を見て、気分は良くない。

 対してヴィルは何やら車のボンネットを開けて一人作業している。

「ヴィルさん、何しているんですか」

 キイチが呆れ声で訊いた。

「いや電気系統が調子悪くてさ。これだから20世紀型の車ってのは手間がかかる」

 緊張感の無いような事を言う。
 楽観視出来ない状況だと知っているのかいないのか、とキイチは思う。しかし知っていたとしても、変わらない男だろう。
 こんな暗い世界でも仲間を信じていられるような、呆れた男。

「だから他の車にするべきだったんですよ。任務だっていうのに趣味で足を選んで……貴方のアホさには呆れます」

 キイチはそう言いつつも、ヴィルの生き方を否定する事はない。



 その様子を、内部の人間達は監視カメラ越しの映像で見ていた。

「三人だけか?」

 監視室でそう言ったのは、この監視塔を任されている男――アリエス。
 壮年のこの男はオールバックの髪型に、シリウス制服がいまいち似合っていない。

「他には誰もいませんね」

 部下が答えた。

「いいだろう、開けろ」



 シャッターが、甲高い金属音を立てて開いた。

「行きますよ」

「先行っててくれ、もうちょっとでこれ直るから、そしたら行くからさ」

 ヴィルはそう言って作業を続ける。
 キイチは溜め息を吐いた。第九区監視塔のアリエスは、シリウス極東支部本部をよく思っていない事を知っている。突然襲われる事はないだろうが、内部は敵地のようなもの。単身では対応しきれない事もあるかもしれない。
 しかしヴィルの作業を持ってはいられない。この男の“もうちょっと”は信用出来ない事を、キイチは知っている。

「……じゃあ、二人で行きましょう」

 キイチは、スキアにそう言った。



***

「承諾は出来ねえと言った」

 キイチとロネリーは会議室へと通されたが、そこでアリエスは敵意を隠そうともしなかった。
 日当たりの悪い北向きのその部屋は、薄暗い。
 水の一つも出されず、明らかに歓迎されていない。

「俺はニヴィスを信用してねえ。なんで奴が極東本部のリーダーぶってんだ?なあ?」

 周りに武装した数人の男を立たせ、言葉遣いは乱暴だった。
 キイチはアリエスとは初対面だが、彼もまた暗黒物質ダークマターの能力者であると聞いている。それが敵意を見せているのだから、その動きに警戒もしていた。
 式神を、床に這わせる。

「……跳ね橋を下ろして貰いに来ただけですが」

「無理だな、あっち側はこっちとは比較にならない程に危険だ。お前らの心配をしてるんじゃないぞ?お前らにペイシェントにでもなられたら面倒だって言っている」

「それは分かってますよ。しかし」

 キイチはポケットから小型ホログラム装置を取り出した。
 スイッチを入れると、白く光る石が映し出された。ロネリーが白樹から回収した物質が硬質化した石。
 見せる事には気が進まなかった。シリウスは程度の差こそあれ誰もが信念に命を懸けている。
 それはロネリーだって例外ではない。彼が命を懸けたのは、小細工を手助けする為などではない。

 アリエスは石を見て目の色を変えた。それが持つ意味を知り、故にこちらの要求を聞いてくれるだろう。
 矮小な男だと、キイチは思っていた。

「僕らは進まなければならないんです。この世界には再生の可能性がある」

「……!」

 キイチは表情を変えはしないが、内心苦々しいものを感じていた。
 それはアリエスにではなく、キイチを派遣する事を決定した“あの男”に対してだった。
 石を見せる事もキイチに命じた。手駒になる事に今更不満も無いが、何処か自分の及ばぬものを持たれている事が快くない。

「フン……いいだろう」

 アリエスは立ち上がり、背後の窓を開けた。跳ね橋が見える。
 拳銃を取り出すと、跳ね橋下部の岩に向けて撃った。
 弾丸は着弾と同時に岩全体に黒い亀裂を走らせ、やがてそれが全体に広がったと同時に岩は砕けた。

「あとは電子ロックを解除すれば橋は降りる。こっちで操作するから先に行ってろ」

「……始めからそうしてくれれば、面倒がなくて良かったんですけどね」

 キイチの言葉にアリエスは舌打ちをした。あからさまな不快感を見せている。
 他人に優位に立たれる事を嫌うこの男は、嫌味一つも聞き流せない。

「とっとと行って死んで来い。ペイシェントになったら俺が屠ってやる。どうせシリウス本部なんて出涸らしの人材だらけだ、お前等だって生きてるだけ無駄だろう」

「その言葉、そのまま返しますよ」

「あぁ?」

「自分が何故本部ではなく辺境の監視塔に置かれているか分かりますか?人手不足のシリウスにあって尚、邪魔な人材なんですよ、貴方は」

 キイチが言うと同時に、式神がアリエスの肩に登っていた。
 式紙の手で頬を殴打すると、大袈裟な音が響きアリエスの頬は赤く腫れあがった。

「……てぇ」

 式神がキイチの手に戻った時アリエスは血走った目を向け、周囲の部下達と共に銃器を取り出した。

 と。

「よぉキイチおまたせ! 車直ったぜ!」

 状況を知らないヴィルの、軽薄な声。
 だが向けられている銃口を見て、流石に危険を察知した。

「あれ、ちょっと取り込み中か?」

 銃声と同時にキイチとヴィルは逃げ出していた。
 スキアはその場に残り、右腕を“獣の爪”とし銃弾を防いでいたが、

「逃げるぞ!」

「わっ!」

 ヴィルに襟首を掴まれ引っ張られ、そのまま連れて行かれた。





 ――床に空薬莢が落ちる音が響いていた。
 銃を撃ち終え、アリエス達はキイチ達を追う事はしなかった。
 椅子に座り、銃も戻した。冷静さを失う程愚鈍ではない。

「あいつら、デストロイヤーだったな」

「さあ?そうなんじゃないですか。一人は銃弾防いでいましたし」

「つまりシリウスは手薄って事だ、今が好機だな」

 アリエスの言葉に、部下達は察した。
 日頃シリウス極東本部に対し恨み言を言っている。自意識の高いアリエスは自らが最高指揮を執るべきとすら思っている。 
 シリウスの研究設備と人材、そしてキイチがホログラムに映したあの石を手にすれば、世界を望む形に出来るかもしれない。それだけの膨大な可能性を秘めている。

「……やるんですか」

「あの石を奪う。シリウスはもう用済みだ、潰せば今度は俺達に運が向く」

「橋はどうします?」

「……異変に気付かれて戻られても面倒だ、下ろしてやれ。但しゆっくりとな」



***

 跳ね橋の前に車を着けていた。
 キイチ達三人はゆっくりと下りるその橋を車内から見ていたが、あまりの遅さに耐えかねた。

「……嫌がらせですよね、これ」

「間違いねえだろ! キイチ、お前あいつらに何やったんだよ?」

「挨拶しただけですよ」

 しびれを切らした三人は、跳ね橋横の制御室に入った。
 本来跳ね橋の操作はこの制御室で行う。監視塔内から操作出来るようにされているのはアリエスが独断でそうしたからだった。

「やっぱり貴方がやった方が早いですよ、ヴィルさん。これ、電気制御で動いてます」

 言われてヴィルは、頭を掻きながら進み出た。

「……仕方ねえな」

 呟くと、ヴィルの左手袖から五指に沿って電気を帯びた鉄糸が伸びた。
 人差し指から伸びた鉄糸が、制御盤に突き刺さる。ヴィルは神経が通っているかのように鉄糸を器用に動かし、制御盤内部を探る。

「コントロール取れますか」

「いや面倒くせえ」

 制御盤が軽い破裂音と共にショートを起こした。火花を散らしエラー音を立てている。
 そんな煙を上げる制御盤から鉄糸を戻しヴィルが外を見ると、跳ね橋は速度を上げて下りていた。

「じゃ、行くか」

 三人は車に乗り込み、跳ね橋が完全に下りたのを確認すると奈落川の先へと向かった。



***

 ──真夜中。

 灯りのない廃墟の街は暗闇。
 その中をバイクで走るアリエスは、前方に一人の少年を見つけ急ブレーキをかけた。
 その白髪の少年は、剣を持っている。明らかに戦闘態勢だった。

 ──何故ここにいる?

 タイヤを滑らせながら左手で銃を取り出し、少年に向ける頃には既にその場には誰もいない。

 少年──ロネリーは跳躍し、アリエスの死角、上方から剣を突き下ろした。
 アリエスは左腕を裂かれ銃を落とし、バイクからも転げ落ちた。
 不覚を取った。視界の限定されたこの暗闇での不意打ち、相手は周到に用意していただろう。アリエスには自身の能力を使う間も与えられなかった。

「テメエ……どうして!」

「敵が来ると言われた……いや、正確には“ここに来たのなら敵”だと。監視塔に閉じこもっていれば手は出さないが」

 ──嵌められた。

 全身を強く打ち呼吸も苦しい中、アリエスは思った。誘き出されたのだと。

「あの石の存在を知ってここに来るのなら、止めろとの命令だ」

 石を見せた事もデストロイヤーを派遣し手薄に思わせたのも、アリエスの野心を試す為。

 着いてきた筈の部下が追い付いてこない。遠方から微かに銃声が聞こえていた、狙撃されたのだろう。この暗闇の中で。
 奇襲をかけるつもりが、逆に奇襲をかけられた形になる。

(武装化されている監視塔から俺を引き出し、そして俺が能力を使う間もなく銃を無力化する……まんまと絵に描いた通りに動いた俺が間抜けか。しかしだとしたら、ニヴィスの野郎は……)

 考えている間に、ロネリーは闇夜に消えていた。
 代わりにアリエスの前に立っていたのは、仮面の男だった。

「聞きたい事があるんだけど、いいかな?」

 その声は静かに、まるで幼子に言う様に。それでいて何処か、残酷な響きを感じた。
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