心の破壊者ーCordis Destruction

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:001/Archangel

:007 月読命計器

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***

 橋を超えた世界は、それまでよりも更に酷く荒廃していた。
 木々は一部侵食を受けていて、鬱屈とした乾いた森から時折ペイシェントが見える。
 それでも崩壊した景色を進み続けると、やがて人工的なものが見えてきた。

 山を抜け、街の瓦礫が転がる区域。
 それらは三年前の“Emotion Bigbangエモーションビッグバン”以降手付かずで転がっているだけだったが、その中にも僅かに人の営みの見える場所もあった。



 かつての商業施設やオフィスビルを改築、改装を施して人々が住む、第七区最大の町。
 手入れされていない旧ハイウェイの途上、バリケードとして横たわるビルを避けて下道に降りると、そんな住居が並んでいた。

「止まれ」

 旧ハイウェイ出口は町の入り口として検問になっていたが、見張りらしき男に車を止められた。
 来訪の連絡など入れていないのだから、警戒されるのも最もだとキイチもスキアも思っていた。
 が、ヴィルだけは別。

「よお!ここ集落になってんのか?俺らシリウスから来たんだけどさ」

「シリウスだと……本気で言っているのか?北部は見捨てられたと聞いたぞ」

「解放が決まったのさ。ペイシェント“大天使アークエンジェル”を討伐するってね。そうすりゃ更に北と繋がるし侵食地域の拡大も止まる」

 ヴィルは車から降りて、握手を求めている。喜んでもらえると考えていた。

「……」

 しかし男は握手には応えず、代わりに苦々しい顔を見せた。
 後部座席からその様子を見ていたスキアは、自分達が決して歓迎されていない事を感じ取っていた、

 と、

「シリウスか、何しに来た」

 検問の背後、二階建ての建物から声がした。
 その屋上から飛び降り、地面に降り立ったのはスーツ姿の優男。

 この時代に何処で調達したのか上質な生地のスーツに、亜麻色の短髪がそのみやびかさを際立たせるが、ポケットに手を入れて歩く姿が上品さを台無しにしている。

「ここは我が社“月読命計器ツクヨミ”の管轄地域である。かき回さないで頂きたいな」

「ペイシェントをいつまでも野放しにしておくようでは何も良くなりませんから」

 キイチが、間を割って入った。

「おいキイチ、穏便にいこーぜ穏便にさ」

「市民相手ならそうしますが、月読命とやらは胡散臭いですね」

「おいおい……」

「構いませんよ」

 優男はそう穏やかな口調で言いつつ、笑いもしない。

「あの大天使を、倒せるのなら」

──敵意

 車内のスキアはそれを感じ取った。
 理屈ではない。ただ勘で身体が勝手に動いた。

「キイチさん、離れて!」

 キイチの前にスキアの獣の爪、それは優男の持つ銅色の“杭”を受け止めていた。
杭の長さは30センチ程だが通常のそれとは明らかに異質な強度を持ち、スキアの爪は弾かれた。

 それでもスキアは食いかかり、何度も杭と爪をぶつけ合った。

「!」

 やがて、杭の先端がスキアの喉元に突きつけられた時、

「なるほど」

 優男は、ようやく表情を崩し軽く笑みを見せた。
 対してスキアは、睨みを向けている。

「デストロイヤーであるか。腑抜けではないようだ」

「……そうですよ、覚悟して来ていますからね」

 杭が、三つに分かたれて地面に落ちた。スキアの爪はあしらわれているようで、確実に杭を削っていた。
 優男は背を向け、二歩離れた。

「大天使には我々も迷惑していたのだ。排除してくれるのなら助かる……と、そうであった」

 再びスキアに向け、懐に手を入れた。
 スキアは武器を出すのかと警戒したが、優男が出したのは一枚のカード。
 そこに書かれていたのは、社名“月読命計器”と、氏名。

「自己紹介が遅れてしまった。私はハクジ=アマクサという者である」

 自己紹介をされ、一気に緊張感が抜け落ちる。
 そして反射的にその名刺を手に取った。

「あ......どうも」



***

 黒うさぎは廃墟の街を歩いていた。
 目的地までにはまだ距離がある。
 アリエスの乗っていたバイクを探していたが、消えていた。
 ぬいぐるみという都合上歩幅が短い。
 歩いて帰らなければならないその距離に、辟易していた。

「......」



***

 百年以上昔に建てられたのであろう、半壊し傾いているビル。その屋上から遠く北方を見て、キイチは行末を憂いた。

 およそ100キロ遠方の丘陵地が、完全に暗黒物質の汚染地域と化している。ペイシェント“大天使”を討たなければ更にそれは広がり、浄化もままならない。

(思ったよりも日数がかかりそうですね……)

 キイチは階段を使って地上へ降りた。
 ヴィルは車で入り口につけていたが、どうにも様子がおかしい。

「ヴィルさん、何処かに泊まりましょう。幸い此処には人もいますし拠点とするのもいいでしょう」

「いやあそれがさあ」

 ヴィルが言いかけた時、遠くから石が投げつけられた。
それは二人には命中しなかったが、飛んできた方向を見れば家の扉が勢いよく閉められた。

「何か嫌われてるみたいだぜ、俺ら」

(月読命計器に何か吹き込まれてますか……)



***

 人々は少し伏し目がちで、町は暗く見えた。
それでもスキアにとっては新鮮なものばかりで、歩くだけでも刺激があった。

「人はこういう場所に住んでいるんだ……」

 しかし理由はわからないが、スキアを見ると人々は逃げていく。
 嫌われているようでスキアは少し胸の奥がきゅうっと締め付けられる感じがした。

「出ていけ!」

 一人の女性が、刺股を持ってスキアに言った。

「あの、僕達は決して危害を加えようとは……」

「私達はシリウスの施しなど受けない!かき乱すようなら出ていけ!」

 雨が振り始めた。
 出て行けと言われ、スキアは、走ってその場を去っていった。



 まだ、片付けられていない瓦礫はそこかしこに山積みになっている。
 スキアはその中で、ちょうど折り重なって屋根になっている箇所を見つけ、雨宿りする事にした。

 雨は強くなっていく。にわか雨であろうが、スキアにはずっと降り続くように思えた。

(まいったな……ヴィルさんの車に戻らないといけないのに)

「あの……」

 不意に、瓦礫の奥から声がした。
 見れば、少女がうずくまっていた。

「君も雨宿り?」

「うん……でも、早く帰らないと……」

 抱えた紙袋に食料品を詰まっている。おつかいだったのだろう。

 外はまだ日が暮れる時間ではないが、雨雲が厚く暗い。女の子の一人が出歩くには向かない。

(この子、不安がっている……)

スキアは何故だか、それが分かった。

「おうちに帰りたい?」

スキアがそう訊くと、

「……」

 少女は黙って、頷いた。

 スキアは自らの左手を見た。
 戦う時には異形の爪へと変化するその左手。

──もっと、優しいモノに──

 そう願うと。
 その暗黒の左手は、薄く広がり、傘という程ではないが雨を防げる形へと変化していった。



***

「だからオープンカーなんて嫌だと言ったんです!!」

「しょうがねーじゃねーかもう乗ってきちゃったんだから!!」

 突然の雨にヴィルとキイチは、後部トランクのルーフを手作業で開いていた。
 車ごと雨を凌げる都合良い空間など簡単には見つかるものでもなく、雨は容赦なく二人の全身を濡らした。

「しかもルーフ手動で開閉って……いつの時代の車ですかこれ!」

「20世紀って事しか分かんねえって。気にすんなよそんな細かい事!」

「言っときますけど一世紀は百年あるんですからね!」



***

「ただいまー」

と少女が言うと同時に、

「こんにちはー」

と、スキアも挨拶をした。

 少女の家はそれ程広くはないが、家財道具は一通り揃っていた。住むのに不自由はしないだろう。
 ストーブもある。少し濡れた少女のスカートの裾も乾かせるだろう。

「おかえりなさい……って、あ」

「あ」

 奥から出てきた母親と目を合わせて、二人は思わず声を上げた。
 先程、刺又でもってスキアに「出ていけ」と言った女性だった。

「ちょっとリタ!駄目じゃない知らない人連れてきて!それにあの人は……」

「連れてきたんじゃないよ、濡れないように傘差してくれたんだよ。あの人が」

「だからって……」

 母親はスキアを見た。
 娘は殆ど濡れていないが、娘が連れてきたその少年は全身が雨に濡れている。

「あ、いや、僕の事はいいですから……それじゃあ」

 スキアはそう言って背を向け、出ていこうとした。
と、タオルが投げられ、再び振り返った。

「……風邪でも引かれたら寝覚め悪いわ。乾かしていきなさい」



***

「あの黒髪の少年、何者なのであろうか」

 町の最北の建物内。事務所として使っているその場所で、ハクジは、手に持った計器を見ていた。
計器の針は、メモリを振り切っている。それは“大天使”のいる汚染地帯でも有り得ない事だった。

「シリウスも今頃になって北部解放とは。何か画期的な状況の好転でもあったか、或いは先送りが“限界”と判断したのか」

 ハクジは机の上の資料を退かし、埋もれていた無線機を取った。

「……後者であろうな」

 周波数を合わせ、通信を始める。

「こちら第七区旧第二中核市拠点、シリウス来訪。障壁の一時解除を実行致します」
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