恋連鎖ヘキサゴン

朝月 桜良

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連鎖

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 二日後、僕は放課後に出雲を探して校内を走り回っていた。
 昨日も同じく探し回ったが、結局見つからなかった。
 放課後の前に、あらかじめ話があるとでも言っておければ手っ取り早いんだけど、それで怪しまれたらと思うと、さすがにそういうわけにもいかない。僕の行動はあくまでさり気なくだ。
 だからこうして、放課後に出雲が教室を出たのを見計らい、追いかけて探し回っているというわけだ。

 そして、今日も今日とて出雲を見失っている。
 まったく、どこに行ったんだろうか。
 下駄箱を確認したところ、すでに靴は履き替えられていた。
 昨日はそれを確認するや、すぐさま外を探し回ったが見つからなかった。
 だから、恐らく出雲はまだ校内にいるはず。
 今日はとことんまで校内を調べてみよう。
 靴は履き替えられていたから、校舎内にはまずいないはずだ。
 まずはグラウンドに向かおう。

 グラウンドでは、各運動部がすでに部活動をしていた。野球部にサッカー部、陸上部、テニス部……何部か分からないのもいる。それに格好から部活動じゃなさそうなやつらもグラウンドで遊んでいた。
 残念ながら、出雲の姿は見当たらない。
 そもそも出雲は帰宅部のはず。
 誰かとグラウンドで遊ぶようなやつでもない。

 出雲はいつも一人だ。
 一匹狼とでも言えばいいだろうか。
 周りに一線を引いていて、どこか距離感じさせるようなやつだ。
 無口なところも相まって、僕たちよりも大人びて見える。
 ただそのせいでみんなからも少し敬遠されがちだ。
 誰に対しても距離を取って壁をつくっているから、挙句には、不良だとかそういった関係の噂まで流れている始末である。
 本当は人付き合いが苦手なだけなのだろう。
 実際、周りに人が少ない時は、言葉こそ少なめだが普通に話してくれる。
 無口で無愛想だから、どうしても冷たい印象を与えるが、決してそんなことはない。
 根は良いやつだ。
 少なくとも僕はそれを知っている。
 だけど悲しきかな、それを知らないやつらは多くて、だから一人のところをよく見る。
 そんな彼だから、きっと静かな場所にいると思う。
 そう思ってそういう場所を重点的に探し回った。
 けれど見つからない。
 
 最後に食堂を見たが、やはり出雲はいなかった。
「ここにもいないか」
 果たしてどこに行ったのか。
 もう今日は諦めようか、などと思いつつ何となく教室を見上げる。
 そこには窓から外を見下ろす件の成瀬さんがいた。
 今日も最後まで教室に残っているようだ。
「……待てよ」
 ふと、あることに思い至った。
 僕は頭に浮かんだ場所へ向かった。

──成瀬さんが放課後に一人で残っている理由は?
 まさか理由も無く毎日残るとは思えない。
 だとしたら、その理由は何だ?
 誰もいない教室、窓から外を見下ろす成瀬さん。
 彼女は何を見ているのか。
 もしも僕の推測が正しければ……。

 うちの学校には校舎が三つある。
 一年から二年の教室が主立った第一校舎。三年の教室と、保健室や図書室などの静かな教室が多くある第二校舎。そして多くの部室が入った部室棟。
 僕たちが使っている第一校舎の脇には、池のあるビオトープへと続く細い道があるのだが、その細道の途中に、ベンチ代わりの切り株が置かれた、ちょっとした広めの空間がある。
 今も向けたられた成瀬さんの視線は、ちょうどその辺りを差していた。

 探す必要も無く、一人の先客が目に入る。
「やっぱりここにいた」
 予想通り、出雲は切り株に腰掛けて黄昏ていた。
 つまり成瀬さんは、放課後に出雲がどこにいるか知っていて、彼を見るために放課後の教室に一人でいたということだ。
 先に言ってくれよ、と心の中で不満を吐く。
 とりあえず、出雲は見つかったので良しとしよう。
 出雲は静けさの中、ぼんやりと空を見上げていた。一人静かに佇む彼の姿に、僕は邪魔しないようにと物音を立てぬように近づく。
 だが、すぐに見つかってしまった。
 気づいた僕を一瞥するが、視線はすぐにまた上を目指す。
「何か用か?」
「いや、そういうんじゃないけど」
「ふーん」
 最初から薄かった僕への関心が、一気に失せたのを感じる。唐突に現れたアンノウンがクラスメートと分かり、その相手は自分に用があったわけじゃないと知れば当然かもしれない。
 見つけたはいいけど、ここからどう話そう。
 探すのに躍起になってたせいで、今になって話の筋道を考えていなかったことに気づいた。成瀬さんの時と同じ轍は踏むまいと思っていたのに。
 まさかこんな人気の無い場所で偶然を装ったりするわけにもいかない。
 いきなり来て、好きな人がいるか聞く、なんてのはさすがにアウトだ。
 まずは簡単な会話を交わして、そういう話の流れに持っていくのが無難だろう。そのためには会話の出だしが大事なわけで……。

 気が急いてしまって言葉が出てこない。
 なんとも微妙な空気が流れている。
 用もないのに二人きりで立ち尽くしていたら当たり前か。
 ひどく気まずい。
 居心地の悪さから出雲に目を向ける。彼の視線は今も上を向いたままだった。何かあるのか、と視線を追う。
 方向は第二校舎。
 高さは上空──……いや、違う?
 視界に入ったのは第二校舎の屋上だった。
 ふと、人影が見える。さすがによく見えないが、シルエットから一つだけ分かった。
「スカート……女子か」
 なるほど、女子の誰かが第二校舎の屋上にいると。
(いや、だから何だよ)
 何で屋上に入れたのか、なんて疑問はあるにはあるが、まぁ気に留めるほどでもない。 
 あまり見てるのもどうかと思い、視線を下げるが──するとなぜか出雲と目が合った。その目は大きく見開かれている。驚き──というより、どこか困惑のようなもとが感じられた。
「おい、鷲崎」
「どうかした?」
「あ、いや……べつに」
 出雲はぷいとそっぽを向く。今度は視線を上に向かわせず、ただ僕から逃げるように逸らしてる。
 何となく気になり、もう一度、第二校舎に目をやった。屋上にはまだ例の女子が見えた。
(そういえばこんなこと、さっきあったような……)
 デジャヴを覚えた瞬間、脳裏に二つの事が噛み合った。
「あれ?もしかして……」
 見上げた視線を出雲に戻す。するとまた自然と目が合い、背けられた。
 確信というほどではないが、察してしまった。
 僕が──いや、成瀬さんが知りたがっていたことを、偶然知ってしまったのだ。
「出雲、あの人のこと……」
「それ以上言うな!」
 その一言で完全に確信した。
 分かってしまった。
 出雲は屋上にいるあの女子に恋をしている。
 心苦しいけど、成瀬さんには「出雲には好きな人がいるかも」と言うしかない。それで成瀬さんは出雲を諦めてくれるだろう。そうすると、もしかしたら響平にもチャンスがあるかもしれない。もしそうなったら、二人の頼みを両方とも叶えたことになる。これで問題は解決したかもしれない。
 とりあえず、僕がこの場にいる理由もう無くなった。
「ごめん、それじゃ」
「──待てよ」
「えっと……何か?」
「何か、じゃねぇよ」
「……誰にも言わないよ?」
「そうじゃない。いや、それもあるけど……」
 出雲はガシガシと乱暴に頭を掻きむしった。
「あのよ、お前に折り入って頼みあるんだ」
 言いにくそうにそう言った。
 その瞬間、またも強いデジャヴが心臓を鷲掴む。
 猛烈に嫌な予感がした。いいや、予感なんてものじゃない。これも確信がある。彼の言葉を聞いてしまえば、きっと今よりもっと面倒なことになってしまう。
「あの、出雲、その……」
「俺とアイツの仲、取り持ってくんねぇかな」
 言わせまいとした言葉は、結局抵抗虚しく発せられてしまった。
「アイツって、もしかして……」
 出雲は僕の視線を読み、頷いた。
「あそこにいるやつだ」

 どうやら僕は、事もあろうに出雲からも恋愛相談をされてしまった。
 相手は第二校舎屋上にいるという、誰とも知らぬ女子。

「いやいや、ちょっと待ってよ、無理だって!知り合い同士とかならまだしも、僕の知らない相手となんて……」
 響平も成瀬さんも、あくまで相手はクラスメートだった。だからこそ僕も渋々ながら相談に乗ることを了承した。けれど今回は違う。
 だが、そんな僕の言葉に出雲は眉根を寄せた。
「は?何言ってんだ、お前?」
「えっ?いや、だから……」
「……そうか、こっからじゃよく見えないからな。それに関しては安心しろ。あそこにいるのはお前も知ってるやつだよ。同じクラスの新道だ」
「なんだそうか、同じクラスの新道さ……ん?」
 ちょっと待て。今、何て言った?
「新道、さん……?」
 彼女の名前を聞き、頭の中が真っ白になった。
 もう何も考えたくないと逃げ出す思考を、不安という刺客が追い、やがて捕まえて停止する思考を力ずくで復活させる。

 三人からの、まるで道を辿るような恋愛相談の猛攻。
 今回こそさすがに断りたかった。
 だが、いつも周りと距離を取っている出雲が、真剣な様子で僕を頼っている。そんな彼の頼みを無下にする勇気が僕にあれば、そもそも響平の段階で断れていただろう。
 知ってしまった手前、という理由もある。
 もしも頼みを受け入れたら、抱えている厄介な面倒事の種はより大きく育つだろう。そんなことは分かっている。だけどやっぱり僕には、切実な頼みを断ることは出来ないらしい。
 本当に僕というやつは、周りに振り回されてばかりだ。
 悩みに悩んだ末、仕方なく頷いた。

 まさか普通の片想いから三角関係に発展し、果ては四角関係にまでなるなんて。
 こんなこと、誰が予想出来ただろう。
 きっとこれが恋愛小説であったとしても、読者の僕は予想も出来なかったに違いない。
 安堵する出雲を尻目に、僕は深い溜め息をつくのだった。

 これでもし、新堂さんも──などという邪推はやめておこう。うん。
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