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しおりを挟む豆を挽いてコーヒーをいれる。ふわりといい香りがして、夏の陽気に混じった。
マグに入れたコーヒーを持っていくとソファに座っていた香澄は「ありがとう」と言って微笑んで受け取った。両手で包むようにマグを持ってる。薄い唇の口元。筋の細い大きめの鼻。
その目元が、彼がなんなのかをわからなくしてる。
「これ、おみやげだよ」
そう言って差し出されたものを両手のひらをくっつけて受け取った。押し花の栞だった、この部屋に本はないけど、僕は読書が好きだったから「ありがとう」と言ってイーゼルの脇に置いた。今コーヒーを入れているマグも、香澄が持ってきた物だ。
前に会ったのはいつだっけ。よく思い出せない、赤い花の咲いていた線路、通い詰めたはずの白い病室、ドアのノックの音。あの時はまだ日の入り方が少し急だった。
「傷、よくなったんだ」
僕の手を見て香澄はまだ微笑んでいる。傷、なんのことか一瞬わからなくて、香澄が見ている僕の手に包帯が巻かれていないことに気づいた。この前会った時にはまだ、ガーゼを変えてもらっていた。
怪我をしても自分では放置するだけで、治ったかどうかも怪我をしたかどうかも気にしないまま時間が過ぎる。だから僕は今まで、何かを思い出す時に…それがいつのことだったとか、どのくらい経ったかなんて…考えずに過ごしてきた。ずっと僕の前には「今」だけがあった。
たかだか釘の二、三本で今まで意識したことがない感覚を突きつけられて、少し目眩がする。
ふう、と香澄がコーヒーに息を吹きかける音がして、ゆらりと湯気が湧き上がって飛ばされる。
「おいしい」
その顔 湯気の向こうに一瞬の間隠れて、それでテクスチャが溶け落ちた後に現れる 荒れた木肌のような傷痕
繊細に幾重にも入り組んだ皮膚の裂傷 ひび割れめくれ、抉れて盛り上がり
埋もれるように奥から 花のような虹彩が 榛色のひとみに咲いていた。
目眩が強くなって、僕は思わず膝をついた。
「直人?大丈夫?」
ガタン、と音を立ててマグが転がって 自分が持っていた方のマグだ、コーヒーが床に溢れて広がる
こんなことは初めてじゃないから、香澄は全然動じずに僕のそばに自分も膝をついて支えた。背をゆっくりとさすりながら「マグ割れなくてよかったね」なんて穏やかに拾い上げる。そして僕が立ち直るより先に立ち上がって、ティッシュを持ってきてコーヒーを吸い取り始めた。
香澄から目を背けて俯いているうちに次第に目眩がおさまってくる。
「…ありがとう。香澄」
「いいよ」
声だけできっとまた優しく微笑んでいるような気がして、そう思ったことに戸惑った。
目を開けてそっと確かめると薄い唇はやはり弧を描いていた。
僕のせいで事故にあったはずの香澄は、どうしてだかここへ通い詰めてる。まるで僕が病室に通い詰めたののお返しみたいに。
見たところ学生のようだし、自由のきく身分なんだろう。足繁く訪れる割に口数が多いわけじゃない、ただ必ずお土産をくれて、いつも微笑んでいて、自分の元気な姿を見せに来ているだけみたいだった。
何かを話すのは苦手だ。ただそばにいるだけの香澄は僕にとって…居心地のいい存在だった、嫌じゃないのは確かだった、僕はいつ来られても用事があるわけでもないし。
…拒む理由が特になかった。
だけど 来てもらわなきゃ困る理由が 本当はあるのかも
日に日に衝動が抑えきれなくなっている。
目眩も 酷くなった。こういうことはよくある、これは知ってる目眩だ。
香澄の顔を見るたびに …正確には、彼の顔にある傷跡を見るたびに起きる目眩。
美しい破壊
僕は、あれを描きたかった。
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