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ロゼワインは魅惑の色
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採寸して生地や飾りを選んでドレスをオーダーし、それに合わせたアクセサリーや靴を選び、髪やボディの手入れを念入りに行い、慌ただしく過ごしているうちに王宮主催の舞踏会の日はやってきた。
「クロエ、おかしなところはない?」
「お綺麗でございます」
何着かまとめて作ったドレスの中から、散々迷った末に今夜はクリーム色のドレスを選んだ。
純白のフリルレースで隙間なく飾り立て可愛らしいデザインながらも、ウエスト部分の漆黒のリボンで全身がきゅっと締められ、メリハリの効いたデザイナーのセンスが光るドレス。それに合わせてヘアスタイルも、普段家にいるときはまずしない編み込みのアップスタイルにまとめてもらった。
何度も鏡で身だしなみを確認して、最後に黒の手袋をはめる。
「よし、行ってきます」
「お気をつけて」
父は外交官で今は隣国にいるため、今夜は母と2人で王宮に向かう。馬車の中で向かい合わせに座ると、母は何か言いたげな様子で薄笑いを浮かべていたが、レオニーはつんとそっぽを向いて窓の外を見つめた。
暗闇の中、向こうの高台に浮かぶ眩しい光。前にあそこに足を踏み入れたのは、レオニーの社交界デビューの時。あの時はユーグがすぐ隣にいて、手を握ってくれていた。作法からダンスから会話から初めてのことばかりで、ただでさえ人見知りのレオニーは緊張しっぱなしだったが、握られた手の温かさが幾分か気持ちを落ち着かせてくれた。
今夜はそのぬくもりはどこにもない。1人きりで挑む社交界。けれど不思議とレオニーの心は落ち着いていた。
母は王宮関係の知り合いが多い。会場に着くなり、わっと人並みに囲まれてあっという間にどこにいるかわからなくなってしまった。元々ずっと一緒に行動してあれこれ指図されたくもなかったので、レオニーにとっては丁度良い。
数えるほどしか舞踏会に参加したことがないレオニーは物珍しい存在なのか、何人かの男性が立て続けにダンスを申し込んできた。不躾に断るのもどうかと、何とか作り笑いを浮かべながらお相手をした後、さり気なく会場の隅に移動した。
中央のダンスエリアから離れた壁際のエリアは食事のサーブスペースで、王宮のシェフ達が忙しなくお皿に料理を盛り付けている。その角に位置するのが、レオニー念願のスイーツエリアだ。
軽く俯き誰にも話しかけられないように警戒しながら、無事にスイーツエリアまで辿り着くと、レオニーは目を輝かせた。
一度口にして以来忘れられなかったギモーヴは、クロエが確認してくれた通りしっかり用意されている。置物のように美しく芸術的な見た目のフルーツのテリーヌ、香ばしい香りを漂わせるフィナンシェ、可愛らしいラングドシャ、レオニー大好物のマカロンまで、選り取り見取りだ。
ギモーヴ、テリーヌとマカロンをいくつか選びお皿に乗せてもらうと、すぐ隣の飲み物のエリアに足を向けた。こちらも色とりどりのあらゆる種類の飲み物がグラスに注がれ綺麗に並べられている。
レオニーの興味を惹いたのは、明るいピンク色の透き通った液体が注がれたグラスだった。
(これはアルコールかしら)
レオニーはそれほどお酒に弱いわけではないが、夕食でたまに出される食前酒くらいしか飲んだことがない。大好きな色をした可愛らしいこの飲み物に手を出して大丈夫か、悩む。
「ロゼワインですよ」
しばらくその場で1人悩んでいると、ふいに後ろから声をかけられた。振り返ると、小柄で丸顔の人懐こそうな青年が、にこにことレオニーを見つめていた。
「貴方は確か……ハワード様?」
「もう覚えてくださったんですか。嬉しいなぁ。どうぞリュカとお呼びください」
リュカ・ハワード。今夜の夜会で1番にレオニーをダンスに誘った青年だった。
「ロゼワインというのは?」
「一言で表すと、#赤ワイン_ルージュ__#と#白ワイン_ブラン__#の良いとこ取りをしたワインですね。レオニー嬢はワインは飲んだことは?」
「白ワインなら少し」
「それなら大丈夫だと思いますよ。ロゼは飲み口が爽やかで今の季節には持ってこいです。良かったらお持ちします」
スイーツの乗ったプレートを大事そうに両手で持っているレオニーを見て、リュカは満面の笑みでロゼワインの注がれたグラスを2つ手にした。
「あちらのバルコニーならチェアもあってゆっくり食べられますよ」
断るタイミングもなく、リュカに促されるままレオニーは覚束ない足取りでバルコニーに出た。
(もしかして私、口説かれてるの? バルコニーなんていかにも、じゃない?)
なんて考えは、すぐに自惚れだとわかった。
リュカが連れてきてくれたバルコニーはレオニーの家のそれとは違ってとても広く、テーブルとチェアがいくつも並べられ多くの紳士淑女がそこで寛いでいた。さながら街のカフェのようだ。
「リュカ!」
低く重みのある声がして振り向くと、少し離れたところで手を振っている大柄な男性がいた。そちらに向かってリュカも手を振り返す。
「僕の友人です。良かったらレオニー嬢もご一緒にいかがですか」
そう言われて辺りを見回すと、誰も使っていないテーブルセットはなさそうだった。見ず知らずの人と相席するよりは、彼と一緒の方が安全だろう。人懐こい笑みを浮かべるリュカをじっと見つめる。
(うん、悪い人ではなさそう)
「では、ご一緒させていただいてもよろしいですか?」
「もちろん」
テーブルに近づくと、座ってリュカを待っていた男性は軽く眉を顰めた。
「リュカ、そちらは?」
「レオニー・ホワイト嬢。このロゼを手に取るか迷われていたから、僕が誘ったんだ。このテーブルに花を添えてくださるってさ。レオニー嬢、こちらは僕の友人のマティアス・ロバーツ」
「初めまして、レオニー・ホワイトと申します。どうぞお見知り置きを」
「堅苦しい挨拶は良いから。そのロゼを気に留めるなんて、お目が高いお嬢様だな」
機嫌が悪そうに見えた男性ーーマティアスが、ロゼの入ったグラスを目の端に映しながら、楽しそうにくしゃりと表情を崩して笑った。他のテーブルに移った方が良いかと一瞬恐縮したレオニーだったが、その様子を見て、安心して彼らのテーブルに腰を落ち着けた。
これがレオニーにとって、人生を大きく揺るがす運命的な出会いだったということは、今はまだ誰も知る由もない。
「このワインが何か?」
「マティアスの領地で作られたものなんだよ。片田舎の小さなワイナリーで限定生産されているものなんだけど、試飲させてもらったらこれがなかなかの一品で。これは絶対世間に広めるべきだってことになって、今回の舞踏会でぜひ使ってほしいって、僕が王太子殿下に必死に売り込んだんだ。で、念願叶って今夜、盛大に振る舞われることになって、レオニー嬢がそれを手にした第一号」
「領地って言っても今はまだ父親が治めてるけどな。ロゼは世界的にはポピュラーだが、国内で生産してるのはまだうちのワイナリーだけで、全然知られていない。今後の販売戦略の参考にぜひとも感想を聞かせてほしい」
「そう言うと思ったんだ。仲間内じゃ評判だけど、女性の評価はどうか知りたいって気にしてただろう」
2人の熱い視線を感じて、これは大変なことになったとレオニーは内心冷や汗ものだった。軽い気持ちで選んだロゼワインが、まさかそんなものだったなんて。
「悪かった。そんなに気負わなくてもいい。ただどんな感じか印象を聞きたいだけだから。まだまだ改良が必要だとは思ってるしな」
レオニーのプレッシャーを感じ取ったのか、マティアスは少し上擦った声でそう告げた。こんな声も出せるのか、この人。すぐ横でリュカもにこにの笑って頷いている。
「じゃあ……いただきます」
意を決して、グラスに口をつける。さらっとした液体が口内に流れ、芳しい香りが鼻の奥をつんと抜けていく。ほのかな甘さがしつこくなくて、心地良い。
「美味しい……かも」
「かも?」
「ごめんなさい! 美味しいです」
「いや気にしなくていい、すまない」
「いえ、あのなんていうか、実はワインってそんな飲み慣れてなくてどういうものを美味しいっていうのかよくわからないんだけど」
どう言ったらいいかわからず言い淀むレオニーに、男性2人は黙ってただ次の言葉を待つ。
「葡萄ジュースより甘ったるくなくて軽い感じで飲みやすくて、あんまりアルコールって印象もなくて。とっても飲みやすいです。飲みやすすぎて、いくらでもいけちゃいそう」
マティアスとリュカは顔を見合わせた。
「まあ確かに飲みやすすぎるんだよな、これ。高級感ゼロ」
「王宮の舞踏会には相応しくなかったかもね。でも女性受けはまずまずってことで良いんじゃない?」
「収穫ありとするか」
「あの、私何か変なこと言いました?」
不安げに男性2人の顔を交互に見比べるレオニーに、2つのグラスが同時に掲げられた。
「全然。さあ今夜は飲もう」
「素敵な出会いに乾杯」
「クロエ、おかしなところはない?」
「お綺麗でございます」
何着かまとめて作ったドレスの中から、散々迷った末に今夜はクリーム色のドレスを選んだ。
純白のフリルレースで隙間なく飾り立て可愛らしいデザインながらも、ウエスト部分の漆黒のリボンで全身がきゅっと締められ、メリハリの効いたデザイナーのセンスが光るドレス。それに合わせてヘアスタイルも、普段家にいるときはまずしない編み込みのアップスタイルにまとめてもらった。
何度も鏡で身だしなみを確認して、最後に黒の手袋をはめる。
「よし、行ってきます」
「お気をつけて」
父は外交官で今は隣国にいるため、今夜は母と2人で王宮に向かう。馬車の中で向かい合わせに座ると、母は何か言いたげな様子で薄笑いを浮かべていたが、レオニーはつんとそっぽを向いて窓の外を見つめた。
暗闇の中、向こうの高台に浮かぶ眩しい光。前にあそこに足を踏み入れたのは、レオニーの社交界デビューの時。あの時はユーグがすぐ隣にいて、手を握ってくれていた。作法からダンスから会話から初めてのことばかりで、ただでさえ人見知りのレオニーは緊張しっぱなしだったが、握られた手の温かさが幾分か気持ちを落ち着かせてくれた。
今夜はそのぬくもりはどこにもない。1人きりで挑む社交界。けれど不思議とレオニーの心は落ち着いていた。
母は王宮関係の知り合いが多い。会場に着くなり、わっと人並みに囲まれてあっという間にどこにいるかわからなくなってしまった。元々ずっと一緒に行動してあれこれ指図されたくもなかったので、レオニーにとっては丁度良い。
数えるほどしか舞踏会に参加したことがないレオニーは物珍しい存在なのか、何人かの男性が立て続けにダンスを申し込んできた。不躾に断るのもどうかと、何とか作り笑いを浮かべながらお相手をした後、さり気なく会場の隅に移動した。
中央のダンスエリアから離れた壁際のエリアは食事のサーブスペースで、王宮のシェフ達が忙しなくお皿に料理を盛り付けている。その角に位置するのが、レオニー念願のスイーツエリアだ。
軽く俯き誰にも話しかけられないように警戒しながら、無事にスイーツエリアまで辿り着くと、レオニーは目を輝かせた。
一度口にして以来忘れられなかったギモーヴは、クロエが確認してくれた通りしっかり用意されている。置物のように美しく芸術的な見た目のフルーツのテリーヌ、香ばしい香りを漂わせるフィナンシェ、可愛らしいラングドシャ、レオニー大好物のマカロンまで、選り取り見取りだ。
ギモーヴ、テリーヌとマカロンをいくつか選びお皿に乗せてもらうと、すぐ隣の飲み物のエリアに足を向けた。こちらも色とりどりのあらゆる種類の飲み物がグラスに注がれ綺麗に並べられている。
レオニーの興味を惹いたのは、明るいピンク色の透き通った液体が注がれたグラスだった。
(これはアルコールかしら)
レオニーはそれほどお酒に弱いわけではないが、夕食でたまに出される食前酒くらいしか飲んだことがない。大好きな色をした可愛らしいこの飲み物に手を出して大丈夫か、悩む。
「ロゼワインですよ」
しばらくその場で1人悩んでいると、ふいに後ろから声をかけられた。振り返ると、小柄で丸顔の人懐こそうな青年が、にこにことレオニーを見つめていた。
「貴方は確か……ハワード様?」
「もう覚えてくださったんですか。嬉しいなぁ。どうぞリュカとお呼びください」
リュカ・ハワード。今夜の夜会で1番にレオニーをダンスに誘った青年だった。
「ロゼワインというのは?」
「一言で表すと、#赤ワイン_ルージュ__#と#白ワイン_ブラン__#の良いとこ取りをしたワインですね。レオニー嬢はワインは飲んだことは?」
「白ワインなら少し」
「それなら大丈夫だと思いますよ。ロゼは飲み口が爽やかで今の季節には持ってこいです。良かったらお持ちします」
スイーツの乗ったプレートを大事そうに両手で持っているレオニーを見て、リュカは満面の笑みでロゼワインの注がれたグラスを2つ手にした。
「あちらのバルコニーならチェアもあってゆっくり食べられますよ」
断るタイミングもなく、リュカに促されるままレオニーは覚束ない足取りでバルコニーに出た。
(もしかして私、口説かれてるの? バルコニーなんていかにも、じゃない?)
なんて考えは、すぐに自惚れだとわかった。
リュカが連れてきてくれたバルコニーはレオニーの家のそれとは違ってとても広く、テーブルとチェアがいくつも並べられ多くの紳士淑女がそこで寛いでいた。さながら街のカフェのようだ。
「リュカ!」
低く重みのある声がして振り向くと、少し離れたところで手を振っている大柄な男性がいた。そちらに向かってリュカも手を振り返す。
「僕の友人です。良かったらレオニー嬢もご一緒にいかがですか」
そう言われて辺りを見回すと、誰も使っていないテーブルセットはなさそうだった。見ず知らずの人と相席するよりは、彼と一緒の方が安全だろう。人懐こい笑みを浮かべるリュカをじっと見つめる。
(うん、悪い人ではなさそう)
「では、ご一緒させていただいてもよろしいですか?」
「もちろん」
テーブルに近づくと、座ってリュカを待っていた男性は軽く眉を顰めた。
「リュカ、そちらは?」
「レオニー・ホワイト嬢。このロゼを手に取るか迷われていたから、僕が誘ったんだ。このテーブルに花を添えてくださるってさ。レオニー嬢、こちらは僕の友人のマティアス・ロバーツ」
「初めまして、レオニー・ホワイトと申します。どうぞお見知り置きを」
「堅苦しい挨拶は良いから。そのロゼを気に留めるなんて、お目が高いお嬢様だな」
機嫌が悪そうに見えた男性ーーマティアスが、ロゼの入ったグラスを目の端に映しながら、楽しそうにくしゃりと表情を崩して笑った。他のテーブルに移った方が良いかと一瞬恐縮したレオニーだったが、その様子を見て、安心して彼らのテーブルに腰を落ち着けた。
これがレオニーにとって、人生を大きく揺るがす運命的な出会いだったということは、今はまだ誰も知る由もない。
「このワインが何か?」
「マティアスの領地で作られたものなんだよ。片田舎の小さなワイナリーで限定生産されているものなんだけど、試飲させてもらったらこれがなかなかの一品で。これは絶対世間に広めるべきだってことになって、今回の舞踏会でぜひ使ってほしいって、僕が王太子殿下に必死に売り込んだんだ。で、念願叶って今夜、盛大に振る舞われることになって、レオニー嬢がそれを手にした第一号」
「領地って言っても今はまだ父親が治めてるけどな。ロゼは世界的にはポピュラーだが、国内で生産してるのはまだうちのワイナリーだけで、全然知られていない。今後の販売戦略の参考にぜひとも感想を聞かせてほしい」
「そう言うと思ったんだ。仲間内じゃ評判だけど、女性の評価はどうか知りたいって気にしてただろう」
2人の熱い視線を感じて、これは大変なことになったとレオニーは内心冷や汗ものだった。軽い気持ちで選んだロゼワインが、まさかそんなものだったなんて。
「悪かった。そんなに気負わなくてもいい。ただどんな感じか印象を聞きたいだけだから。まだまだ改良が必要だとは思ってるしな」
レオニーのプレッシャーを感じ取ったのか、マティアスは少し上擦った声でそう告げた。こんな声も出せるのか、この人。すぐ横でリュカもにこにの笑って頷いている。
「じゃあ……いただきます」
意を決して、グラスに口をつける。さらっとした液体が口内に流れ、芳しい香りが鼻の奥をつんと抜けていく。ほのかな甘さがしつこくなくて、心地良い。
「美味しい……かも」
「かも?」
「ごめんなさい! 美味しいです」
「いや気にしなくていい、すまない」
「いえ、あのなんていうか、実はワインってそんな飲み慣れてなくてどういうものを美味しいっていうのかよくわからないんだけど」
どう言ったらいいかわからず言い淀むレオニーに、男性2人は黙ってただ次の言葉を待つ。
「葡萄ジュースより甘ったるくなくて軽い感じで飲みやすくて、あんまりアルコールって印象もなくて。とっても飲みやすいです。飲みやすすぎて、いくらでもいけちゃいそう」
マティアスとリュカは顔を見合わせた。
「まあ確かに飲みやすすぎるんだよな、これ。高級感ゼロ」
「王宮の舞踏会には相応しくなかったかもね。でも女性受けはまずまずってことで良いんじゃない?」
「収穫ありとするか」
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