氷霜とワインのマリアージュ 〜無自覚お嬢様は誰からも愛される?!〜

Futaba

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ロールケーキで手を打とう

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 気まずい。
 マティアスに会いたくない。

 我が家での夜会の後、部屋で塞ぎ込むこと3日。

(もうやだー)

 レオニーはあれから何度も何度もあの夜のことを思い出しては、息苦しい気持ちになって1人ベッドで悶え回っている。

 あの夜、初めてあんなに間近で見たマティアスの顔は月明かりの下で、はっとするほど凛々しくて、それまで気安く話していたのが恐れ多いと感じるほど、素敵だった。
 さらさらと靡く黒髪も、すらりと通った鼻筋も、鋭く光る藍色の瞳も、マティアスのすべてがレオニーの胸を高鳴らせた。
 そして普段は意地悪なことばかり言うあの唇で、レオニーを綺麗だと言ってくれた。

「あーもう」

 思い出すともう身体中が熱くなってきてじっとしていられず、ベッドの上をころころと転げ回る。飽きずにずっとこんなことばかり繰り返している。
 
「お嬢様、ブランシュ様からお手紙が届いております」

 侍女のクロエは何も訊かず、ただ淡々と身の回りの世話をこなしてくれている。
 クロエの言葉にレオニーはぴくりと反応し、無言で起き上がると手紙を受け取った。ソファに座り直して封を開ける。そこには体調が回復したことと、舞踏会に行けなかったお詫びにお茶会を開くから来ないかというお誘いの言葉が、ブランシュらしい丸い文字で書かれていた。ちょうどリュカも家のごたごたが無事解決して戻ってきたので、マティアスも呼んで4人で集まろうという内容だった。

 あの夜のことをブランシュに相談しようかと一瞬考えたこともあったが、彼女の体調を気遣ってすぐに思い止まった。
 というのは建前で、本当はあのことを思い出すだけで顔面が熱くなってきて爆発しそうなくらい恥ずかしくて、とても自分の口からは伝えられそうになかった。
 
(マティアスとは顔を合わせづらいけれど、いつもの4人で会うなら大丈夫かな。でもマティアスと目が合ったらすぐ逸らしちゃうかも。かといって最初から一度も目を合わせないのも不自然だし。どうしよう)

 ブランシュに何と返事をしようか悩んでいると、クロエが筆と紙の入った木箱をすっと差し出してきた。

「お返事を今すぐ書かれるようでしたら、テーブルにご用意致しますが」
「そうね、お願い。あ、そうだクロエ」

 ふと思いつき、長年一緒に暮らしている大切な侍女を呼び止めた。

 めったなことでは動揺しないクロエ。彼女がもし自分の立場だったらどうするだろう。侍女とは言え、あんまりあの夜のことは詳しくは話したくない。恥ずかしい。でも聞いてみたい。

「いかがされましたか」
「あのね、私のこと綺麗だって言った人がいるんだけど……どう受け止めるべきかしら」

   レオニーが少し考えて絞り出した問いに、クロエは特に考える様子もなく即答した。

「受け止めるも何も、お嬢様は本当にお綺麗なのですから、言われて当然です」
「あ、そう……」

 クロエはそのまま何事もなかったかのようにテーブルの準備をし始めた。
 
 主人に忠実に働いてくれる侍女というのも、度を超えるとやや気恥ずかしい。期待していたような答えが得られず、レオニーはがっかりしてソファにだらしなくもたれかかった。

 けれどよくよく考えてみれば、クロエの言うことはもっともだ。貴族社会において、綺麗だとか美しいだとかいう女性への褒め言葉は、社交辞令として山ほど飛び交っている。

 マティアスはそういう類の言葉をほいほい気軽に口にするようなタイプではないけれど、あの日はホワイト家が主催する夜会の場だったのだ。内心どう思っているかはともかく、ホストの1人であるレオニーに賛辞の言葉を贈るのは、ごく自然な流れではある。

「そういうことか」

 納得がいったレオニーは、思わず大きな独り言が漏れた。

 そう、きっとそういうことだ。普段親しくしてるから、雑な口調のマティアスが当たり前になってるから、言われ慣れなくてびっくりしたのだ。マティアスからしたら、ただ常識的な発言をしただけなのに。変な反応をしたレオニーを見てどう思っただろう。それはそれで恥ずかしい。弁解した方が良いのだろうか。

「お嬢様?」 
「何でもない。手紙を書くからしばらく下がってもらって大丈夫よ」

 何にしろ、4人で会うのは問題ない気がしてきた。すると急に、大好きな友人達に早く会いたくなってきた。

(お茶会大歓迎。楽しみね)

 レオニーは意気揚々とテーブルにつき筆を手に取った。





 数日と経たないうちに、ブランシュの屋敷で優雅なお茶会が催されることとなった。

「レオニーと私はともかく、貴方達は何でこんな近々の予定が空いてたの? 何、仕事してないの? もしかして解雇された?」
「今日は図書館の定休日なんですー。しかも僕はちゃんと、家の揉め事を見事に解決してきたんだからちょっとは褒めてよね」
「じゃあ俺は何もしてない暇人とでも言いたいのか、お前らは」

 相変わらずのたわいないやりとりに、レオニーはすっかり楽しくなってにこにこしっぱなしだ。

「そういうことを言う奴らには、これはお預けだな」

 そう鼻を鳴らしながらマティアスがテーブルの上に載せたのは、ふわふわでクリームがたっぷり入ったロールケーキだった。

「美味しそう」
「早く食べよう」
「え、暇人じゃなかったって、もしかしてこれマティアスが作」
「んなわけあるか。来る前に買ってきたんだ」

 きっちり4等分に切り分けられたケーキを、熱い紅茶とともにいただく。

「わーとろけるー」

 頰に手を当ててレオニーがにこにこと満面の笑みを浮かべ味わっていると、マティアスがじっと見つめていた。

「レオニーは本当にスイーツ好きだな。ちなみにこのケーキもうちのワインとは素晴らしく相性が良い」

 にやりと、いつも通りマティアスは口の端だけで意地悪く笑って見せた。

「うん、わかる。合いそう。そんなこと言われたら昼間から飲みたくなっちゃうから言わないでよね」
「おいマティアス、大事なお得意様の機嫌損ねてどうする」
「悪かった。俺の分のケーキで手を打たないか」
「乗った」

 おかしそうに、ブランシュがお腹を抱えて笑っている。

(良かった。普通に会話できた)

 マティアスも普段と全然変わらない。

(やっぱり私が過剰に反応しすぎてただけだったのね。恥ずかしい……)

 そう安堵しつつも、レオニーには、日の光を浴びて小さく笑っているマティアスが今までとは少し違って見えた。
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