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月明かりの魔法
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モルガン伯爵家での夜会以来、レオニーとブランシュは何度か手紙のやりとりをし、やがてはお互いの家に招き合って小さなお茶会をするほど仲良くなった。
「リュカやマティアスと騒ぐのも好きだけど、こうやって女同士でゆっくりするのも素敵よね。ずっと憧れてたの」
「私も。こんなに仲良くなった女の子は初めてだから嬉しいわ」
「本当? 良かった。レオニーって優しくて聞き上手で、一緒にいて落ち着くっていうか。最高のお友達よ」
「ありがとう。私もブランシュみたいに可愛らしい人と親しくなれて幸せだなぁって思ってるの。これからも仲良くしてね」
「レオニー! 大好き!」
天真爛漫で感情豊かで、思ったことをすぐ口にするブランシュといると、レオニーはそれに振り回されつつも胸の奥がほっこり温かくなる気がした。
社交界への苦手意識もかなり薄らいできていた。もちろん、今までずっと敬遠していたのだから突然上手く立ち回れるようになるわけではない。友人たちの力を借りながら、少しずつ色んな人と会話を楽しめるようになり、自然と多くの舞踏会に参加するようになった。
「お嬢様、明るくなられましたね」
「そうかしら。何も変わってないと思うけど」
「ご自分のことはわからないものです。ブランシュ様のおかげでしょうか」
心なしか、クロエの機嫌もここ最近はずっと良好のようだ。そろそろまた舞踏会用の新しいドレスを作ろうかと、いそいそ準備してくれたりしている。
そんな中、長らく家を留守にしていた父が無事隣国での務めを終え、帰宅するとの連絡があった。
「半年ぶりかしら。もういないのが当たり前になってて忘れてたわ」
母は口ではそんなことを言いながらも、うきうきした様子で自ら父の書斎の掃除をしている。
知らせが入った数日後、父の帰還を祝し、我が家で久しぶりに舞踏会を開こうと提案したのも母だった。長く放置していた大広間を綺麗に磨き上げなければ、お花はどうする、食事はどうする、と屋敷中の者が慌ただしくあちこち動き回り、ホワイト家は急に賑やかになった。
数年前にホワイト家で舞踏会が開かれた際はほんの数分参加しただけで、すぐに自室に下がったレオニーも、今回はそわそわと落ち着かなかった。取り急ぎ友人達に招待状を送るとすぐに、ぜひ行きたいという返事がそれぞれ返ってきた。
「お嬢様、今度の舞踏会ではこちらを着られてはいかがですか」
レオニーと同じようにそわそわ落ち着かない様子のクロエも、あれやこれやと細かな準備に余念がない。
クロエが出してきたのは、濃紺のマーメイドドレスだった。
深い色合いでありながら、あちこちに輝かしいパールが散りばめられていて華やかなデザインとなっている。オーダーした時は控えめなカラーのドレスで自分好みだと思っていたのに、いざ完成品を合わせてみると予想以上に派手で、下半身のラインもしっかり出てしまう。自分には華やかすぎると、一度試着しただけでそのまましまい込んでしまったドレスだ。
「このドレスはせっかくだけど、私には派手すぎて着こなせない気がするわ」
「とても素敵ですよ。今回は主役のご息女として出席なさるのですから、いつもより華やかに着飾るべきかと存じます」
「そうかしら」
あれこれ押し問答を繰り返し、結局当日はそのドレスを着ることになった。ドレスに合わせた靴やアクセサリーが次々とクロエの手によって選ばれていった。
任務を終えた父が無事に帰宅し、舞踏会の準備も滞りなく進められいよいよ明日と迫ったところで、リュカから手紙が届いた。領地内でトラブルがあり、兄と共に急にそちらに赴かなければならなくなったため、明日は行けないという知らせだった。
(そういうことであれば仕方ないわよね)
気を落としつつ。また今度会いましょうと返事をしたためているところで、今度はブランシュから、ひどい腹痛に見舞われていて明日は行けないかもしれないという手紙が届いた。おそらく侍女の代筆で、特に病気ではなさそうなので心配いらないと書かれている。ブランシュにもお見舞いの言葉を添えた手紙を書きつづった。
「とすると、明日はマティアスだけだわ」
4人の誰かが欠けるのは特段珍しいことではない。それぞれ他に予定がある場合もあるし、レオニーも何日か連続で大きな夜会に参加した後は、疲労が溜まって家でゆっくりしたい時もある。
その時はレオニーも特に気にすることなく、2通の手紙をクロエに渡して届けさせた。
そうして迎えた舞踏会当日。
父を労ってくれる方々にレオニーも笑顔で挨拶を返す。侯爵令嬢らしく堂々と明るく挨拶を交わす娘に、父は嬉しそうに目を細めた。
「私がいない間にすっかり立派になったようだな」
「そうなのよ。レオニーには素敵なお友達がたくさんできたんだから」
レオニー本人よりも母親の方が、誇らしげに胸を張った。レオニーは曖昧に笑っておいた。
「レオニーご苦労様。もう挨拶は良いから、友人のところにでも行っておいで」
「ありがとうございます、お父様」
堅苦しいやりとりに内心はすっかり疲弊していたレオニーは、お言葉に甘えてそっとその場を離れ、辺りを見回した。周りより頭一つ抜きん出ているマティアスはすぐに見つかった。
「マティアス」
「お、レオニーお勤めご苦労」
わざとらしく敬礼するマティアスに、レオニーも笑いながら軽く手を上げた。
「先にいただいてるぞ。レオニーは何飲む?」
「うーん、今日はレモネードにしておこうかな」
「なんだ、休肝日か。つまらん」
マティアス達に出会った王宮での夜会以来、アルコールは飲んだり飲まなかったりで、飲むとしてもグラス2杯までと決めている。
今夜は気を張っていてちょっと疲れたので、アルコールは控えておくことにした。
レモネードの入ったグラスを受け取り、2人はどちらともなくバルコニーの方へ移動した。
「うちのロゼは今夜は出さないんだな」
「ええそうなのよ。私も何度もお母様にお願いしたんだけど、あれはとっておきだから出したくない、って」
「あれだけ買い上げたんだから大盤振る舞いしたってまだ充分余るだろうに。一体どこで使ってるんだ?」
「さあ。内々のお食事会では出したりしてるみたいだけど詳しくは」
そうか、と短く返事して赤ワインを仰ぐマティアスの横顔が、ふと雲の切れ間から漏れた月光に照らされた。彫りの深い顔立ちが薄闇に映し出される幻想的なその光景に、レオニーは思わず見惚れた。
考えてみたら、4人の中の誰かが欠けることはあっても、こうしてマティアスと2人きりになることは初めてだ。
そう気づいた途端、なんだか妙に気恥ずかしくなってきて、レオニーはぐっとレモネードのグラスを握りしめ俯いた。
(どうしよう。何話したら良いかわかんなくなってきた。いつもどうしてたっけ)
今までできていた取り留めのない会話、たわいない冗談のやりとり。それが喉の奥に引っかかって全然出てこない。気まずい沈黙が流れ、ますます焦るレオニーの手に冷や汗がじんわりと浮かぶ。
そこへ、マティアスの落ち着いた声音が優しく響いた。
「レオニー」
「な、何?」
「その……今日はいつもと雰囲気が違うなと思って」
視線を感じて恐る恐る顔を上げると、マティアスの視線はレオニーの腰から太腿の辺りを行ったり来たりしていた。ちょうどドレスに縫い付けられた大粒のパールが、月明かりに照らされて流れ星のように煌めいていた。
「このドレスのこと? 私には似合わないって言ったんだけど、侍女に強く勧められて断れなかったの。やっぱりちょっと派手よね」
早口でそうまくし立てた。マティアスは今夜はいつもよりずっと格好良く見えるのに、自分はいつもよりやたら派手な格好をして浮いている。そう思うとますます恥ずかしくなってきて、まともに顔を上げられない。
また2人の間に妙な沈黙ができる。
もう今夜はダメだ。マティアスも他に話したい人がいるかもしれないし、さっさと部屋に戻ろう。
そう思いレオニーが口を開きかけたところで、マティアスがぼそっと何か呟いた。
「え、何? ごめんなさい。よく聞こえなかった」
「だから」
マティアスの顔はアルコールのせいか、ほんのり赤く染まっていた。
「似合ってるよ。すごく綺麗だ」
(……ん? 今、何て?)
びっくりして石のように固まってしまったレオニーに構わず、じゃあ俺はこれで、とか何とか雑な挨拶を済ませてマティアスは早々とホールの方へ戻っていった。
「何、あれ……」
人懐こいリュカならともかく、口の悪いマティアスが。
(え、どういうこと? 何?)
混乱してその場から一歩も動けないまま、身体中の熱が顔に集中する。
どうしよう。次に会う時、どんな顔をしたら良いのかわからない。
たっぷりワルツ1曲分ほどその場で呆然と突っ立ったまま時間が流れ、曲が変わったところでようやくレオニーはのろのろと部屋に戻ることができた。
「リュカやマティアスと騒ぐのも好きだけど、こうやって女同士でゆっくりするのも素敵よね。ずっと憧れてたの」
「私も。こんなに仲良くなった女の子は初めてだから嬉しいわ」
「本当? 良かった。レオニーって優しくて聞き上手で、一緒にいて落ち着くっていうか。最高のお友達よ」
「ありがとう。私もブランシュみたいに可愛らしい人と親しくなれて幸せだなぁって思ってるの。これからも仲良くしてね」
「レオニー! 大好き!」
天真爛漫で感情豊かで、思ったことをすぐ口にするブランシュといると、レオニーはそれに振り回されつつも胸の奥がほっこり温かくなる気がした。
社交界への苦手意識もかなり薄らいできていた。もちろん、今までずっと敬遠していたのだから突然上手く立ち回れるようになるわけではない。友人たちの力を借りながら、少しずつ色んな人と会話を楽しめるようになり、自然と多くの舞踏会に参加するようになった。
「お嬢様、明るくなられましたね」
「そうかしら。何も変わってないと思うけど」
「ご自分のことはわからないものです。ブランシュ様のおかげでしょうか」
心なしか、クロエの機嫌もここ最近はずっと良好のようだ。そろそろまた舞踏会用の新しいドレスを作ろうかと、いそいそ準備してくれたりしている。
そんな中、長らく家を留守にしていた父が無事隣国での務めを終え、帰宅するとの連絡があった。
「半年ぶりかしら。もういないのが当たり前になってて忘れてたわ」
母は口ではそんなことを言いながらも、うきうきした様子で自ら父の書斎の掃除をしている。
知らせが入った数日後、父の帰還を祝し、我が家で久しぶりに舞踏会を開こうと提案したのも母だった。長く放置していた大広間を綺麗に磨き上げなければ、お花はどうする、食事はどうする、と屋敷中の者が慌ただしくあちこち動き回り、ホワイト家は急に賑やかになった。
数年前にホワイト家で舞踏会が開かれた際はほんの数分参加しただけで、すぐに自室に下がったレオニーも、今回はそわそわと落ち着かなかった。取り急ぎ友人達に招待状を送るとすぐに、ぜひ行きたいという返事がそれぞれ返ってきた。
「お嬢様、今度の舞踏会ではこちらを着られてはいかがですか」
レオニーと同じようにそわそわ落ち着かない様子のクロエも、あれやこれやと細かな準備に余念がない。
クロエが出してきたのは、濃紺のマーメイドドレスだった。
深い色合いでありながら、あちこちに輝かしいパールが散りばめられていて華やかなデザインとなっている。オーダーした時は控えめなカラーのドレスで自分好みだと思っていたのに、いざ完成品を合わせてみると予想以上に派手で、下半身のラインもしっかり出てしまう。自分には華やかすぎると、一度試着しただけでそのまましまい込んでしまったドレスだ。
「このドレスはせっかくだけど、私には派手すぎて着こなせない気がするわ」
「とても素敵ですよ。今回は主役のご息女として出席なさるのですから、いつもより華やかに着飾るべきかと存じます」
「そうかしら」
あれこれ押し問答を繰り返し、結局当日はそのドレスを着ることになった。ドレスに合わせた靴やアクセサリーが次々とクロエの手によって選ばれていった。
任務を終えた父が無事に帰宅し、舞踏会の準備も滞りなく進められいよいよ明日と迫ったところで、リュカから手紙が届いた。領地内でトラブルがあり、兄と共に急にそちらに赴かなければならなくなったため、明日は行けないという知らせだった。
(そういうことであれば仕方ないわよね)
気を落としつつ。また今度会いましょうと返事をしたためているところで、今度はブランシュから、ひどい腹痛に見舞われていて明日は行けないかもしれないという手紙が届いた。おそらく侍女の代筆で、特に病気ではなさそうなので心配いらないと書かれている。ブランシュにもお見舞いの言葉を添えた手紙を書きつづった。
「とすると、明日はマティアスだけだわ」
4人の誰かが欠けるのは特段珍しいことではない。それぞれ他に予定がある場合もあるし、レオニーも何日か連続で大きな夜会に参加した後は、疲労が溜まって家でゆっくりしたい時もある。
その時はレオニーも特に気にすることなく、2通の手紙をクロエに渡して届けさせた。
そうして迎えた舞踏会当日。
父を労ってくれる方々にレオニーも笑顔で挨拶を返す。侯爵令嬢らしく堂々と明るく挨拶を交わす娘に、父は嬉しそうに目を細めた。
「私がいない間にすっかり立派になったようだな」
「そうなのよ。レオニーには素敵なお友達がたくさんできたんだから」
レオニー本人よりも母親の方が、誇らしげに胸を張った。レオニーは曖昧に笑っておいた。
「レオニーご苦労様。もう挨拶は良いから、友人のところにでも行っておいで」
「ありがとうございます、お父様」
堅苦しいやりとりに内心はすっかり疲弊していたレオニーは、お言葉に甘えてそっとその場を離れ、辺りを見回した。周りより頭一つ抜きん出ているマティアスはすぐに見つかった。
「マティアス」
「お、レオニーお勤めご苦労」
わざとらしく敬礼するマティアスに、レオニーも笑いながら軽く手を上げた。
「先にいただいてるぞ。レオニーは何飲む?」
「うーん、今日はレモネードにしておこうかな」
「なんだ、休肝日か。つまらん」
マティアス達に出会った王宮での夜会以来、アルコールは飲んだり飲まなかったりで、飲むとしてもグラス2杯までと決めている。
今夜は気を張っていてちょっと疲れたので、アルコールは控えておくことにした。
レモネードの入ったグラスを受け取り、2人はどちらともなくバルコニーの方へ移動した。
「うちのロゼは今夜は出さないんだな」
「ええそうなのよ。私も何度もお母様にお願いしたんだけど、あれはとっておきだから出したくない、って」
「あれだけ買い上げたんだから大盤振る舞いしたってまだ充分余るだろうに。一体どこで使ってるんだ?」
「さあ。内々のお食事会では出したりしてるみたいだけど詳しくは」
そうか、と短く返事して赤ワインを仰ぐマティアスの横顔が、ふと雲の切れ間から漏れた月光に照らされた。彫りの深い顔立ちが薄闇に映し出される幻想的なその光景に、レオニーは思わず見惚れた。
考えてみたら、4人の中の誰かが欠けることはあっても、こうしてマティアスと2人きりになることは初めてだ。
そう気づいた途端、なんだか妙に気恥ずかしくなってきて、レオニーはぐっとレモネードのグラスを握りしめ俯いた。
(どうしよう。何話したら良いかわかんなくなってきた。いつもどうしてたっけ)
今までできていた取り留めのない会話、たわいない冗談のやりとり。それが喉の奥に引っかかって全然出てこない。気まずい沈黙が流れ、ますます焦るレオニーの手に冷や汗がじんわりと浮かぶ。
そこへ、マティアスの落ち着いた声音が優しく響いた。
「レオニー」
「な、何?」
「その……今日はいつもと雰囲気が違うなと思って」
視線を感じて恐る恐る顔を上げると、マティアスの視線はレオニーの腰から太腿の辺りを行ったり来たりしていた。ちょうどドレスに縫い付けられた大粒のパールが、月明かりに照らされて流れ星のように煌めいていた。
「このドレスのこと? 私には似合わないって言ったんだけど、侍女に強く勧められて断れなかったの。やっぱりちょっと派手よね」
早口でそうまくし立てた。マティアスは今夜はいつもよりずっと格好良く見えるのに、自分はいつもよりやたら派手な格好をして浮いている。そう思うとますます恥ずかしくなってきて、まともに顔を上げられない。
また2人の間に妙な沈黙ができる。
もう今夜はダメだ。マティアスも他に話したい人がいるかもしれないし、さっさと部屋に戻ろう。
そう思いレオニーが口を開きかけたところで、マティアスがぼそっと何か呟いた。
「え、何? ごめんなさい。よく聞こえなかった」
「だから」
マティアスの顔はアルコールのせいか、ほんのり赤く染まっていた。
「似合ってるよ。すごく綺麗だ」
(……ん? 今、何て?)
びっくりして石のように固まってしまったレオニーに構わず、じゃあ俺はこれで、とか何とか雑な挨拶を済ませてマティアスは早々とホールの方へ戻っていった。
「何、あれ……」
人懐こいリュカならともかく、口の悪いマティアスが。
(え、どういうこと? 何?)
混乱してその場から一歩も動けないまま、身体中の熱が顔に集中する。
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