それがたとえ、死であっても。

帳すず子

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どんな未来にも愛はある

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「こりゃ酷い……」
「……こんなの、今までにない規模なんじゃ……」
 輸送機から地上を見下ろすと、街は紅く燃え上がり焼け野原と化していた。ウィルはマルコと並んで窓から地上を見下ろす。
「……南部戦争を思い出すな……」
 ウィルの隣で呟いたユリシーズは空軍時代の2年間、7年前終戦を迎えたトリステル合衆国と南部の戦争を経験している。
「……この中から、どれだけの人を救えるでしょうか……」
 ウィルの呟きは、輸送機の揺れる音に消えた。

「ウィル、バイロンさんが呼んでるよ」
 ヴィンスに呼ばれ、コックピットに向かう。バイロンはコックピットのドアが開いたのに気づくと真っ直ぐ前を見たまま地上を指差した。
「あそこが極東支部だ。見ての通り、あそこに着陸するのは難しい」
 バイロンは熟練のパイロットだ。そしてレイフの空軍時代の先輩でもある。
「……ええ」
「あっち、あそこなら着陸できるが、およそ支部からは2kmあるな。目測だから正しいか知らんが」
 指を指したのは山間にある学校の校庭だった。もうおそらく今後、この事件のせいで使うことはないだろう。
「……レイフとは連絡ついてるのか」
「……いえ、それが……」
「わかった。とにかくあそこに着陸するから、5分後までに準備を整えておけ」
「わかりました。ありがとうございます」
 ウィルは一礼するとドアを閉めた。そして機内に向けてアナウンスする。
「これより5分以内に着陸する。体制を整えて着陸態勢に入れ!」
 みな自分の体をベルトで機体に固定する。普段はヘリでの移動が多いが、今回は遠方だったため年に一度あるかどうかの輸送機の移動となった。そのため各自がきちんと着陸態勢に入れているか、不備はないかをウィルは目視で確認する。
 ランプが赤く点灯し、機体に大きくGがかかった。


「これより救助・支援をデルタとチャーリーに、侵攻・鎮圧をアルファとブラヴォーで行う。デルタとチャーリーはヴィンスさん、指示を頼みます」
「ああ。ブラヴォーとチャーリー、こっちに来てくれないか!」
 アルファ、ブラヴォーとデルタ、チャーリーに分かれて円になる。
「まず第一に、無茶はしないで下さい。これだけの惨状だ。自分たちが無茶をして助かる人が一人増えるかどうかも怪しい。いくら鎮圧を目的としていても、絶対に捨て身なことはしないで下さい」
 メンバーたちが深く頷く。まさかウィルは、自分が代理で指揮を取るこの2週間にこんな大規模なテロが起こるとは想像もしていなかった。だからこそ、ピンチを乗り越えるための結束を持たなくてはならない。
「チームは全体で4つに分ける。アルファ2とブラヴォー1は協力して極東支部を目指し、武器の調達を。アルファ1とブラヴォー2はオレと一緒に街の鎮圧に向かいます」
 レイフのように堂々と、指揮を取ることは出来ない。時々混じる敬語はそれと動揺の表れなのだろう。だが、怯んだところを見せてはならない。ブラヴォーはまだエリオットが抜けて不均衡な状態だし、ロブの表情を見る限り、いまは恐怖の方が勝っている。
「ロブ、お前はブラヴォー1だったな?俺について来い。絶対に離れるな」
「はい!」
 恐怖を堪えてロブが大きく返事をした。ウィルはロブを安心させるために口角を上げて頷く。
「その他のメンバーも絶対に連絡を怠るな。ここで誰一人失うつもりはない。キャプテンも連れて、全員で生還するんだ」
 街の火事に照らされたウィルの横顔は赤く燃えていた。

”ブラヴォー1よりウィル、極東支部へ到着した。だが…”
 マルコの無線の背景は静かだ。
 ウィル率いるアルファ1とブラヴォー2は山を降り、街を進んでいた。だが一向に敵に出会わないままだった。
「どうしました」
”極東支部はほぼ壊滅。武器はすべて持ち出されたようだ。…おそらく、知能の高いクリーチャーのせいだ”
「知能の高いクリーチャー?」
”極東支部の残したデータで、いま極東のメンバーはみんなここより港湾の方へ市民たちとともに向かったらしいが……恐らくその後をついて行ってる。HQにたくさんの救難信号が届いているのが確認できるんだ、それも全て港湾方面へ時間とともに移動しながら。その記録には知能の高いクリーチャーが多数確認できると書いてある”
 ウィルたちが着陸したのは港湾までは5km程ある山間部だった。ここから港湾まで火の海を進んで行くのは危険すぎる。
「わかりました。そこには敵はいませんか?」
”こっちにはいない”
 ウィルや仲間たちもあたりを見回しているが、物の燃える匂いが鼻につき、動くのはその炎だけだ。
 ウィルはハンドサインで皆に退避の指示を出した。そして進行方向を指差す。
「であれば合流します。一度バイロンさんに港湾付近で着陸出来るところがないか確認してすぐまた無線を飛ばします。一度チャーリーやデルタに連絡を取っていただけませんか? 危険性があればこちらに集合して再移動しましょう」
”わかった。連絡を待ってる”

 港湾付近は火の勢いも落ち着き、やや暗い。上空から見下ろすと山間部から炎の手が囲い込んでいるように見える。
 ウィルは目を凝らした。確かに動く人が上空から確認できた。
「バイロンさん、この辺りで降りられるところありますか?」
 ウィルがコックピットのドアを開ける。
「ああ。だが着陸は難しそうだ、どうする?」
「オレが先に降ります」
「わかった。準備しろ」
 黙って操縦桿を握っているバイロンは、いつも寡黙ながらしっかりメンバーをサポートしてくれた。
 ウィルが、もうこの人と話すのは最後かもしれないと腹をくくったのはこのときだったのだろう。
「ありがとうございます」
「ウィル」
「はい」
「死ぬなよ。レイフと一緒に帰ってこい。必ず」
「……ありがとうございます」
 ウィルの目頭が、何故か熱くなる。この惨事で、実際無事に生きて帰れるとは思っていない。だからこそ、それを願う朴訥としたバイロンの言葉が重かった。そしてレイフがまだ生きていると思ってくれていることも、余計にその涙腺を緩めたのかもしれない。
「みんな聞いてくれ。これからオレが着陸する。オレのサインを確認してからついて来て下さい。ロブごめんな、マルコさんにちゃんとついて行けよ。オレより先輩だから安心して着いて行け、な?」
 ウィルは開閉口の横にあるレバーを引き、ロックを解除、そして下に降りるためのロープを下げた。
「マルコさん、さっきはすみません、オレのせいで時間ロスしてしまいました。あと、頼みます」
 それだけ言うとむせ上がってくる熱気の中に一人、ウィルは降りた。

 着陸したのは港湾近くのホテルの屋上だった。ウィルは下階に繋がる階段をいっきに駆け下りる。
 駆け下りる間に2、3体のクリーチャーに襲われたがそれを退けて地上へと辿り着いた。パニックになっている市民たちが叫びながら走っていくのが見えた。ウィルもそれを追う。
道は死体やクリーチャーの死骸で埋まり、それぞれには弾痕があるのをみた。このまま進んで行けばこの弾痕の元に出会えるかもしれない。
「本部の隊員か!?」
 遠くから叫ばれた自分を呼ぶ声。崖の上でこちらに手を振っている、自分と似た格好の男の姿。おそらく極東支部の隊員だろう。
「そうだ! みんなはどうした!?」
「助かった! この先のコンテナ集積所で身を寄せ合ってるところなんだ! いまからそこへ逃げ遅れた市民と向かう! お前も来い! もうこの辺りで他に生存者はいない!」
 そう言って男が少し先を指差す。そこには古い石段があり、そこから登って来いということらしい。
 ウィルはそちらへ向かった。とりあえずいままででBSOCの制服を着た死体には出会っていない。
 崖上へ登るとそこには50名ほどの市民がいた。それをこの男と向こうにいるもう一人の男二人で統制、守っているらしい。
「俺はテギョン。あいつはジユ、お前の名前は?」
「ウィルだ」
「ウィル、お前の仲間はどうした?」
「まだ上空に待機させてる」
 テギョンはライフルを背負っている。その様子を見ると同じスナイパーのようだ。怯えた市民たちに声をかけながら手当てをしているジユに、テギョンとウィルが歩み寄る。ジユに近づいたみるとまだ幼い顔立ちをしていて、ウィル自身より年下に見えた。
「本部のウィルだ。これからここに仲間を連れてくる」
「ああウィルさん、ありがたい」
「ここから1kmほど先の集積所を目指したいが、……ここから何人犠牲にならず行けるか……」
 テギョンの言葉尻が消えるかというときに、ふと一体の変異型クリーチャーが姿を現した。崖下からいきなり現れたそれは人間のような姿をしている。そして手にはどこから持ってきたのか包丁よりも刀身の長い刃物。
 いっきにパニックに陥る集団の中で、ウィルがすかさずそのクリーチャーの脳天をライフルで仕留めた。
 敵は即死だったのか、倒れたまま動きを見せないが市民たちはいっせいに四方八方に逃げ出した。
「まずい! みんな離れるな!!」
「テギョン! はやく先導を!」
 ウィルはテギョンに指示を出し、テギョンが慌てて集積所方面に駆け出した。
「こっちだ!! こっちに来い!!」
 市民たちにはその声が通らない。どちらに逃げれば安全なのかもわからないまま走り出した集団に、その声が届くわけがなかった。
「ジユ、先に行ってる!! 必ず生きて帰ってこいよ!」
「わかってます! 待ってて下さい!」
 テギョンは話を聞いてくれる市民の何人かを連れて駆け出した。大きくジユとウィルに手を振る。
 テギョンを見送り、しばらくジユと共に敵の掃討に勤しんだ。
「ウィルさんでしたね? 相当の腕の持ち主と見える」
「そんなことないさ。君は優しいな。テギョンは君の上司か?」
「ええ。まだ入隊二年目なんですが、そんな俺にずっと入隊からよくしてくれてて」
 ジユはアサルトライフルを構えながら話す。勿論ウィルもその後ろで背中合わせになりながらライフルを構えていた。
「俺はこの地に、尊敬する上司を探しに来たんだ。勿論極東支部の援護が最優先だけどね」
「まさかあのレイフ隊長のことですか!?」
「ああ、そのまさかだよ」
 残り数匹、1,2,3,4匹と目で数える。人型のクリーチャーが多く、おそらく人間にウイルスを投与し、クリーチャーにしたのだろう。
「彼は俺の憧れです。あの人の下で戦えるなんて!」
「あの人に陸軍から引き抜かれたときは、君と同じことを思ったよ。だから絶対に、あの人と生きて帰らなくちゃならない」
「レイフ隊長とあなたがいれば、BSOCの未来も明るいでしょう」
「ジユ、後ろ!!」
 こちら側の敵を一掃し、ウィルは残りを探そうと振り返る。転んだ女児を抱き上げようとしたジユの背後に、人型のクリーチャーが顔を出した。
「助かりました……」
 ウィルは同じく、ライフルでその身体を撃ち抜いた。一度その変異種は転がったものの、再度立ち上がって来る。
「クソ……これでも死なないのか……。ジユ、その子を連れてはやく逃げろ。オレは生存者をかき集めて最後に行く!」
 もう一度クリーチャーに弾を撃ち込んでからウィルは叫んだ。ようやく変異種の息の根を止められたようだ。
 ウィルは辺りを見回す。もう殆ど生存者はここにはいない。みんなテギョンとジユが連れて行ってくれたようだ。
「こちらウィル! マルコさん聞こえますか!?」
 ライフルを手にマルコへ無線を飛ばす。
”ああ、お前がライフルぶっ放した音も聞こえたよ!”
「こちらに応援をお願いします。クリーチャーの変異種を確認、おそらく人間が元だと思います。ただ、変異がかなり進んでいるので、助からない。理性はありません。大至急応援を頼みます!」
 そういいながら現れた数匹の変異種を確実にヘッドショットで仕留めていく。
”すぐに向かうよ”
「あと、オレの現在位置から海側へ1キロほどいったところにコンテナの集積所があるらしく、そこへ殆どの支部メンバーや生存者は集まっていると聞きました。負傷者がいると思われるのでそちらにデルタ、チャーリーを向かわせてください」
”わかった”
 マルコのその応答を聞いた瞬間、後ろから女児の泣く声が割れんばかりに響いて来た。ウィルが慌てて振り向く。
 そこには首と切り離されたBSOCの制服姿の死体。変異種が、血のついた刀を振り回して威嚇をしている。
「……ジ、ユ……?」
 急激に口が乾いた。変異種は何かを叫んでいるが耳にその声も届かない。
 とても長く感じたその一瞬から、女児の泣く声がウィルを現実に引き戻した。変異種の目が女児を捉える。
「……クソ……ッ!!」
 クリーチャーの脳に弾を撃ち込むとそのままウィルは駆け出した。泣きじゃくる女児をそのまま抱えて走り続ける。切られた首からたくさんの血が流れていた。自分があんな近くにいながら救えなかった。
 熱風がウィルの頬を撫でる。ウィルの目から涙が溢れた。テギョンが走って行った方向へ向かうと、遠くにコンテナが集まっているのが見える。そのコンテナの上空に、さっき自分が乗っていた輸送機が滞空している。
 ウィルがこんなに間近で人の死を見たのはこれが初めてだった。
「ウィル!! 無事だったか! ……ウィル……?」
 コンテナ集積所に入った瞬間声をかけてくれたのはヴィンスだった。ウィルが女児を降ろしそのまま膝を付いたのをみて駆け寄って来てくれた。
「大丈夫か? どこか怪我でも?」
「……い、え……」
 ウィルは顔を上げてテギョンの姿を探す。
 テギョンはユリシーズと話し合っている途中らしく、こちらに気付いていないようだ。ウィルがよろよろと立ち上がる。
「テギョンさん、……」
「おおウィル! 無事だったか! ジユはどうした?」
 テギョンは疑うことなくジユの居場所を尋ねて来る。その視線に耐えかねたウィルが、視線をそらした。
「……おいおいウィル、不吉なところで黙るなよ。な?」
 冗談めかしてテギョンがウィルの肩を叩く。だがその眼差しは、ウィルの真意を探ろうとしている。
ウィルはぐっと拳を握り込んだ。
「……オレがそばにいながら…、本当にすみませんでした……!」
「……おい、……嘘だろ……?」
「あの子を助けようとして……」
 ウィルが振り返った先にはヴィンスに寝かされている女児の姿があった。テギョンが膝から崩れ落ちる。
「あ、いつ……本当にお人好しだな……」
「……すいません……」
 ウィルの目から涙が止めどなく落ちる。テギョンはなんとか堪えようと上を向いた。
「……あいつ、最後はどうやって逝ったんだ……? 親御さんに、伝えてやりたいんだ。骨は拾ってやれないから、せめてな……」
 堪えきれず零れた涙がテギョンの頬を伝う。
「……あの、……変異種に……刀で、首を落とされて……」
 その瞬間、テギョンの表情が強張る。ウィルは俯いたまま、地面に大粒の涙を落としていた。
「……あいつは、そんな呆気なく死んだのか……?」
「……いえ、最後まで……」
「……許さない、絶対に。クリーチャーを、このテロを起こした犯罪者を……!」
 テギョンの感情が悲しみから怒りにギアチェンジした。周りはテギョンの怒りについていけず黙り込んだままだ。
「ウィル、悪いな取り込み中」
 そういってウィルの袖を引くのはマルコだった。
「……すみません、なんですか……?」
 ウィルが涙を拭いながらマルコに向き合った。するとマルコは端末を取り出して同じようにウィルに端末を取り出すよう顎でしゃくる。
「ここから約2km先の山間部に、製薬会社の倉庫とその奥に焼却施設があるらしい。かなりの高温で焼くから燃えないものはないって噂だ。HQ曰く、ここからレイフ隊長の端末の位置情報が一度、検知されたと。かなりそれから時間は、……もう2時間ほど前だな」
 マルコが腕時計を見て付けたした。マルコはウィルの端末にも同じデータを移してくれ、ウィルは自分の端末を見つめる。
「だがこんな山奥だ。ここにキャプテンがまだいるかもしれない。そんで、こんなところで何してるかって言ったら、……もうひとつしかないだろ?」
 恐らくマルコの言いたいことはわかった。レイフは首謀者を突き止めたのだ。そしてそれを追って、ここへ来たに違いない。
「あの人の手前、いまこんなことは言えないが……首謀者は殺さず裁く必要がある。ここへお前先に向かってくれないか? あの極東支部の奴らの面倒はとりあえず俺が引き受ける」
「……わかりました」
 ウィルはこちらに背を向けてユリシーズと打ち合わせを始めたテギョンを見た。完全に我を忘れてしまった瞳だ。
 マルコが頷いて、ウィルの前にその姿を遮るように入ってくれる。ウィルは振り返ることなく走り出した。

 極東支部のヘリに乗り込み、座席に着くとウィルは手を組んだ。その姿は神への祈りにも見える。機体は小さく、英語が得意ではないヘリ操縦士と二人きりの機内には何の言葉もなかった。
 少しずつ夜が近づいて来て、空が紫に染まってゆく。

 巨大な倉庫は、はるかに想像を超えた広さだった。しかも、構内図を見ると焼却場は倉庫部分の下部にあり、かなりの地中深くにあるようだ。倉庫に降り立ってみて、自分の無線が
(廃棄する場所すら公にできないモノを、焼いているってことだ……)
 ウィルは直感的に感じた。しかもHQからの追加の知らせでは、この倉庫部分はカモフラージュらしい。なにか怪しい組織の根城になっているようだと市民が気付いたのは、ここ最近の話だったという。
 ウィルはヘリから降りると巨大な扉の前で一呼吸置いた。ここからどうレイフを探し出す? もしも出会えなかったら? このままもう二度と会えなかったら?
(いや、必ず見つけ出す)
 ウィルはぐっと相棒スナイパーの躯体を握ってから歩き出した。

 しばらく周囲を探索するも、どこも人々が逃げ出した様子しかない。雑然とした世界に取り残され、ウィルは途方に暮れた。
(……レイフさんの発信情報によると、発信機があるのは確かなんだ)
 それしか信じることがない。本人の存命は、神のみぞ知るというもの。
「クソ……」
 ウィルが唇を噛み締めた瞬間、不自然なほどに光るエレベーターのランプが点滅しているのが見えた。それを見て、ウィルの頭の中にあった不安が霧散した気がした。
(そうだ、焼却施設にいる。絶対に)
 この点滅が神の思し召しにも思えた。ウィルはすぐさまエレベーターへ駆け寄り、その中へ入って、何階とも記されない「焼却施設」のボタンを押した。

 地中へ降りる間は、重力の重みを両肩に感じるようだった。やけに長く感じた。思いのほか振動は少なく、ものすごい速さで下っていく。まるで地中に吸い寄せられているようだ。
 そこでウィルは途端にクレイグのことを思い出した。高校時代クレイグとよく海へ行っては潜って遊んだ。潜るつもりがなくても、ついつい勢いで飛び込んでしまうのは海が好きだったからだ。そのときも潜るたびに地中に吸い寄せられる感じがして、どこまでも潜れそうだった。それが楽しかったのだ。それなのに、今はこんなにも怖い。そしてそのクレイグとは、もう会えないかもしれない。なのに最後、喧嘩別れをしてしまった。自分の幼稚さが苛立つ。
 ウィルは胸元のポケットから手帳を取り出した。こんな場所で死んだら、誰にも見つけてもらえないかもしれない。それでも書き残さずにはいられなかった。
 まだ到着までは40秒ほどかかると液晶には表示されている。ウィルはボールペンを取り出すと地面に手帳を押し当ててクレイグに宛てた手紙を書き始めた。
「よし、これであいつに謝ってからいけるな……」
 手紙を書き終えたら自然と言葉が零れた。そのときの感情は、例えるなら安堵に近い感情だろう。このエレベーター内の雰囲気に慣れたのか、もう怖さはない。ポーンと到着を知らせる大きな音が響いて、地中へ到着したのを知らせてくれる。
(……ここからが勝負だ)
 ウィルはぐっと拳を握ると、開き出したドアの向こうを見つめた。

 地下は最新の焼却設備が整った場所だった。噂に聞いていた焼却炉はその何ともしれない存在が不気味だった。しかし人もクリーチャーすらもいない。全員避難できたのだろうか。
 電気が落ちて薄暗い室内に、どうも陰鬱な気持ちが払えない。ジユのことを思い出しては、それに重ねてレイフのことを思う。万が一のことがあったら? レイフの腕は信じていたが、100%ないとは言い切れない。ウィルはそう思うたびに胸に手を当てて落ち着けと自身に暗示をかけるのだった。そうでなくては、また涙が出て来て立ち止まってしまいそうだ。
 ウィルはぐっと拳を握って顔を上げた。レイフに会える可能性が0で無い限り、諦める理由はどこにもなかった。

 長い廊下を進み、”セキュリティエリア”と書かれたドアを押す。どうやら誰かが先に行ったようで、そのセキュリティシステムは銃で破壊されたあとだった。落ちていた薬莢を手に取り、それが自分の持つハンドガンの弾と同じものだと確認する。
 ウィルは確かに、それをしたのが誰なのかわかって高揚した気持ちになった。
 セキュリティエリアは頑丈な防弾コンクリートで作られていた。しかしところどころに傷やなにかの染み(おそらくは血液)がついていて、ここで何かがあったことはわかる。しかし直近のものではない。普段からクリーチャーの研究に使われていたのだろうか。
 人の気配はなかったが、ゆっくり慎重に進んでいく。音の反響がひどく、有事の際音が響いて居場所がばれてしまう。
 歩いていくと、看守のためか寝泊まりするベッドのある個室が並んだ廊下に繋がった。そこでふいに、見覚えのある人影がみえた気がした。
「キャプテン……!?」
 さっきまで敵に見つかることを恐れて物音を立てないように歩いてきたくせに、大きな声で叫んでしまった。
「ウィルか!?」
 その人影が通り過ぎたところを戻ってくる。そして見えたのは、ここまで追って来たレイフの姿だった。
「キャプテン……! 会いたかった……!」
 思わずどちらともなくひしと抱き合う。その腕に込められる力は強く、その相手の思いに答えようと懸命に力を込めた。
「ウィル、どうしてここへ……」
「極東から本部へ出動要請があったんです」
「出動要請? かなり地上は悲惨な状態ということか?」
「はい。ですがうちのチームメンバーたちの応援のおかげで、かなり落ち着いていると思います」
 マルコやヴィンス、ユリシーズたちの尽力のおかげで地上も落ち着いて来ている頃だろう。殆どのクリーチャーたちは幸か不幸か、自身で起こした火災によって命を落としてしまっていた。
「そうか……ちゃんと極東のメンバーを守ってやれなかったのが悔やまれる……。自分が極東にいるときのテロだったのに、こんなことになってしまって……」
「今は後悔するときじゃない。先へ進みましょう。あなたが単独で乗り込んだということは、ここに何かがあるということでしょう?」
「ああ。ここに、オークワイオ・シティ・ビル事件の残党がいる。そして、そいつがこのテロの首謀者だ」
「オークワイオ・シティ・ビル事件?」
(確か、ヴィンスさんとエリオットさんの……?)
「なぜそれがわかったんですか」
「オークワイオのあと、エリオットが妙なマークの入ったケースを持った男たちを見たと言ったんだ。その記録もある。そのマークと同じマークが、この倉庫全体に刻まれてる」
「えっ……」
 すぐ近くにある柱にも、そのマークが刻まれていた。
(そういえば、そんな記録があったような……)
 オークワイオの事件については、それほど印象に残るものはなかった。被害者もそれほど多くなく、現場にてオズウェルとエリオットが迅速に対処したため、被害もそう大きくはならなかったと聞いている。
「なぜオークワイオの連中が……?」
「……わからんが、今は進むしかないな」
 レイフの悔しそうな横顔を見る。ここに至った経緯は後から聞けばいい。今はとりあえず、進むしかない。
「さ、行きましょう」
「ああ」
 2人は目を見合って頷き合った。2人が揃えば、もう怖いことはないとさえ思えた。何があっても、背中を守ってくれる人がそばにいる。ウィルの頬にも、レイフの口元にも、いまは笑みが残っていた。
 ウィルは横開きのドアを、開けたまま左手で固定し、右手でレイフにアサルトライフルを手渡した。その瞬間、けたたましいサイレンが館内に響き渡る。そしてウィルが支えていたドアが勢い良く閉じようとした。
「キャプテン、はやく……!」
 瞬発的にウィルはそのドアを押さえて止めた。レイフもドアを押さえてくれ、そこをなんとか通り抜ける。
「気づかれたか?」
「わかりません。ですがはやく動くに越したことはない」
「ああ、進むぞ」
 二人は並んでその場を後にした。



どんな未来にも愛はある 2



 頑丈なセキュリティを抜けて少し歩くと、焼却施設に出た。ここからは一面のガラス越しに、さらに下層にある焼却場を眺め降ろせるようだ。焼却場は本来「燃えないもの」を燃やして液化したのか、鉄や金属のマグマが煮えたぎっている。レイフはその強い光に目を細めた。
「なんてことだ……」
 レイフの顔も、火に照らされている。その横顔が痛切で、ウィルは思わず目をそらした。軍人なのに想像力が豊かなのは、かえって不利に働くことがある。
 レイフのほうから注意をそらして近くのデスクに目を向けたウィルは、思わず息を呑んだ。
「キャプテン、これ……」
「なんだ?」
 ウィルはそこに落ちていた注射器を指差す。
「おそらくウイルス注射器です。まだ使われていないものも数本あるようですね」
「医療チームに持ち帰って調べてもらおう」
「ハイ」
「俺は誰かいるか探してくるから、重要そうなものはピックアップしておいてくれ」
「わかりました」
 ウィルはハンドガンを取り出し警戒しつつも、近くの研究書類に目を移す。そこには今回出没したtype_Lのクリーチャーによく似たシルエットが記されていた。
(…どうやらこの薬が今回のクリーチャーの変異を生んでいたことは確かなようだな)
 ウィルは腰回りに付けてある防水サブホルダーに、注射器とあわせて折りたたんで仕舞った。
 そして怪しげな論文を見つける。
(type_Lの突然変異を引き起こし人間に戻す方法……?)
 「現在の科学では、この研究を成し遂げたら神の御子だと、奇跡を起こしたと言われる」と続けて記されている。
(これは絶対にクレイグに見せなくちゃな……)
 論文をできる限り折りたたんでサブフォルダーを開けると、中にはクレイグに宛てた手紙も入っていた。
「クソ、あいつらはどこだ」
 少し遠くで舌打ちをしたレイフの横顔を見て、ウィルはとてつもない恐怖を覚えた。それはレイフが恐ろしかったのではない、我を忘れたレイフが、これから重大な何かに巻き込まれていなくなってしまいそうで……戦慄したのだった。
「……キャプテン」
「なんだ? 何かあったか?」
逆サイドを探索するためにウィルの前を通過しようとしたレイフに、ウィルが声をかけた。
「……あなたが、どれだけその首謀者を捕らえたいか、気持は良くわかります。エリオットさんや、ヴィンスさんの敵のようなものだ」
「だからなんだ?」
 探索を邪魔されて、やや苛立ちを含んだレイフが言う。それをみて、ウィルの予感は強い既視感を覚えた気がした。
「ですが、ここは一旦引きましょう。こんな焼却施設じゃ、爆薬一つでも使われたらおしまいだ」
「何を──」
「俺たちにも、大事な人がいるはずです。死んじゃだめだ」
「……」
 一瞬、レイフは虚を突かれたような表情をした。
 できるかぎりレイフに素直な気持ちがそのまま伝わるよう、彼の高ぶった感情を刺激しないようウィルは冷静さを保った。
「……実は俺、クレイグと喧嘩したままここに来てしまったんです。あなたに会うまでは少し後悔していました。もう二度とあいつとも、あなたとも会えないんじゃないかって……」
 緊張でウィルの手が震える。
(この説得がうまくいかなかったら、この人はここで死んでしまう)
「俺たちには、友達や親友、家族……もしかしたら恋人も、いるかもしれません。大事な人が、俺たちの帰りを待っているはずです」
「……ここで俺たちが引いたら、その人達が被害に合うかもしれない」
「……そうかもしれませんね」
 恋人というワードを出したのは、掛けだった。死の恐怖を前にしても、レイフの心の拠り所となる人物がいるのか気になる自分が不思議だった。
「でも、地上にはたくさんの俺達の仲間がいて、今も戦っています。どうにか被害を最小限にしようと、死を覚悟して戦っています」
「……」
「ウイルスに関する重要資料や注射器を持った今の俺達は、地上に帰ってもっとやることがあるはずです。それが、俺たちの大事な人を助けることに繋がる」
「……」
「帰りましょう、一緒に」
 ウィルがそう丁寧に伝えると、レイフは小さく息をこぼしてうなずいた。
「……そうだな。俺は少し強情になっていた」
「少しじゃないですよ」
「おい、少しは遠慮しないか? 普通」
「すみません」
 もう、緊迫した空気はない。レイフも平常心を取り戻したようだった。
「それにしても、クレイグ君と喧嘩したなんてな」
「ええ……だから、謝罪の手紙まで書いて持ってきたんです」
 サブフォルダーをポンと叩いてみせるとレイフがこちらに手を伸ばしてきた。
「何を書いたんだ?」
「やめてください、恥ずかしいですよ」
「少しくらいいいじゃないか」
 レイフがそう言った途端、大きな地鳴りがした。
「なんだ?」
「わかりません。でもここはあまり長く持ちそうにない。早く出ましょう」
「ああ」
 二人は同時に走り出した。地上に出るため、エレベーターホールへと向かう。
「しかし、こんな莫大な資金がどこから…」
「その辺りも調査する必要がありそうですね」
 長い廊下を抜けると、さっきと同様に点滅しているエレベーターホールのランプが見えた。
「あと少しです」
「ああ、見えてるよ」
 そうレイフが口角を上げた瞬間、ウィルの横を2発の銃弾がすり抜けていった。
「なっ……」
 振り向くと、男が一人立っている。しかし、表情は暗くて見えず、二人は目を凝らした。
「レイフ……ベックフォード……」
「なぜ俺の名前を……?」
 怪しんでレイフが聞くものの、男はうつむいたまま何も言わない。レイフがこちらにアイコンタクトを取り、一歩一歩と男に近づく。
 しかし男は先程の拳銃を放ってしまい、床に落ちる。
(抵抗する気がないのか……?)
「ちか、づくな……」
「なんだ?」
 小さく男がつぶやいたあと、男の上半身が奇妙な動きをして巨大化する。慌ててレイフは飛び退いたが、その巨大化のスピードに追いつけず、レイフは巨大化した腕でクリーチャーの腕に絡め取られた。
「くっ……!」
「キャプテン!」
「敵を見ろ!」
 一瞬レイフを見たウィルに、レイフが叫ぶ。そしてすぐにウィルは目の前にいた男だったものに目を向けた。
 すでにそれは人間の形ではなくなっていた。腕が2本よりももっと多く大きく、足はカンガルーのようにたくましい。
「そんな……新種か……?」
 かつて見たことのないクリーチャーの姿を見て、ウィルの頭も真っ白になる。しかしすぐに、ぎゅうと何かが絞られるような音がして、現実に引き戻された。
「ぐっ……」
「キャプテン!」
クリーチャーは軍人の装備すら気にもとめないのか、腕に力を込めてレイフを握りつぶさんとする。
(とにかくあいつを倒さなきゃ)
 ウィルの鼓動がバクバクと音を立てる。近くに落ちたレイフのアサルトライフルを拾い、その頭部めがけて連射する。慣れない反動に耐えていると、急所に近いのかクリーチャーが一瞬怯んだ。そのせいで、レイフが床に叩きつけられる。
「キャプテン!」
「だい、じょうぶだ……」
 しかし、そういうレイフの口からは血がたれている。内蔵をやられたか、だとしたら猶予は長くない。
(だが……さっきのアサルトライフルを食らっても、凄まじい治癒力で治っていく……)
 クリーチャーは奇妙な動きをしつつも、さきほどの弾丸のあとを修復している。
 ウィルはその様子から目をはなさないようにしつつ、レイフに駆け寄った。
「ウィル……」
「なんですか」
「俺はエレベーターには乗れない。ここは任せてくれ」
「えっ……」
 軍人なら誰でも知っている、一人の人間を救うためには一人では無理だということを。重症であれば重症であるほど、戦場においていくのがセオリーなのだということを。
「足と肋骨が折れて、内蔵もやられた」
ひゅうひゅうと、レイフの口から息が漏れる。
「俺はもういいから、お前は帰れ」
「嫌です! さぁ、行きましょう」
 ウィルは男の方を警戒しつつも、レイフの肩を抱えようとする。
「だめだ、来るな!」
「大丈夫です、閃光弾がある」
 クリーチャーたちは総じて耳が悪い。閃光弾で目眩ましをすれば、多くの場合時間が稼げる。
 ウィルは閃光弾の信管を抜いて放り投げ、レイフを脇から支えた。
「簡単にあきらめないでくださいよ、一緒に帰るって言ったのに」
「……悪い──うっ」
 レイフの痛みに呻く声が聞こえたあと、ウィルも左肩に背中に焼け付くような痛みを感じた。
「なん、だ……」
 ざかり、となにかが床に落ちる音がしてウィルは目を細めつつ床に手を伸ばす。それは間違いなくレイフだった。
「キャプテン!? キャプテン!!」
 光が収まると、レイフが気を失って頭部から出血しているのが見えた。
「うそ、だ……」
 しかしすぐさま脈を測る。まだ生きている。このまま、目の前のクリーチャーから逃げられれば二人で生きて帰れる。
(……でも、この目の前のクリーチャーを倒せるか……)
 こちらを見ているようで見ていない、瞳がくるりとトンボのように回っているクリーチャーを見た。
(閃光弾もあまり聞いていないようだ……それとも──)
 そこまで考えて、ようやく左肩の先程の痛みを思い出した。しかし、今はそれがない。床になにか水が垂れる音がするとと思って、それがようやく自分の血液だと知った。
「ク、ソ……!」
 利き手が使えないのは、スナイパーにとって致命傷だ。
 何人もの味方の命を救ってきた左腕が、今は目の前の大事な人さえ守れない。
(……何か、方法は……)
 レイフのアサルトライフルを取り右手で撃とうとしても、その何発もの射撃反発に耐えられない。左腕は神経からやられているせいか、痛みすらなかった。
 クリーチャーがこちらに向かって首を大きくひねりながら近づいてくる。その足元には、拳銃を捨てたあとに使ったのか、使用済みの注射器が落ちていた。
(……もしかして……)
 さっき、クリーチャーは拳銃を捨てたときに「近づくな」といった。多少体の進化が進んだあとでも、理性が生きている証左だった。
(だとしたら……)
ここからエレベーターまでの距離はそう遠くない。しかし意識のないレイフをあそこまで運ぶとしたら……。
(これしかない、よな)
 ウィルは先程サンプルとして取っておいた注射器を、自分の腕に刺したのだった。





どんな未来にも愛はある 3



 あの事件の全貌がわかってきた。
 テロを仕組んだ者の行方は分からないが、世界規模でのテロを企んだ者同士で裏切りや決裂があったようだ。
 恐らくその離反者が今回のことを世に暴こうとして失敗、その者を元凶としてウイルスのかくさんが行われたようだった。
 あの倉庫と焼却施設は封鎖、今後丸ごと埋め立てられることが決まったとレイフの元にさっき、連絡があった。
 カーテンから夕日が差し込む。レイフはあの日から今日まで、休暇を取っていた。
 日付としてはもう3日も前のことなのに、あのときのことが忘れられない。どうしても、思い出してしまうのだ。
 薄れる意識の中、エレベーターに載せられた瞬間、ウィルなのかそうでないのか──しかし声はたしかにウィルだった──バケモノから言われた言葉。
”キャプテン、頼みます……BSOCを、……未来を……”
 あの言葉に、もし”自分のことを引きずらないで生きろ”という意味が込められているのなら、ウィルは言う相手を間違えたのだと思う。こんなに好きになった相手を、引きずらないで生きていくことが出来るほど楽観的じゃない。
 レイフはここのところ、部屋を出ていなかった。ろくに食欲も起きなかった。誰も自分を責めず、あなただけでも生きていてくれてよかったと言う。そんな周りが憎かった。ウィルの存在はそんなものだったのかと、歯を食いしばりたくなる。それがレイフを気遣った言葉だとわかっていても。
 こちらに帰ってきたその足で、クレイグの部屋を訪れた。それは勿論、あの時どさくさに紛れて持って来てしまった手紙と、託された注射器を預けるためだ。
「はい。……ああ、ベックフォード隊長」
「……夜分遅くにすまないが、少し話がしたい」
 ドアをノックして、出てきたクレイグに用件を伝える。勘の鋭いクレイグは、何かをその瞬間に悟ったようだった。だが、何もそれ以上は言わず、黙ってレイフを部屋にあげた。
 目の下にクマを作っているところを見ると、昨日まで寝ずに今回のテロを追っていたのだろう。
「まずはこれだ。これはウィルとともに行った焼却施設で見つけた、今回のテロを引き起こしたウイルスだ。今回のクリーチャーにはいままでと違う特徴がいくつか見られた。また詳しくは調査書にして渡そう」
 クレイグは足を組み、腕を組んだままレイフの話を聞いていた。相槌もなく、ただ黙ってレイフの話の行方を見守っているようだ。
「……それで……」
レイフが口ごもる。大切なことを、伝えなくてはならない。それでも言葉が喉に詰まって出てこなかった。代わりに涙がぽろぽろと落ちる。
「ウィルはどうしたんですか?」
 クレイグの声は低い。レイフは顔が上げられなかった。
「あんたの部下だろ? なんであんたは一人で帰ってきた」
「……すまない……」
 レイフは掠れた声を絞り出すだけで精一杯だった。とめどなく溢れる涙が、2人を隔てるテーブルに水たまりを作る。
「あんたは何のためにあいつを陸軍から引き抜いてきたんだ! 死なせるためか? こんなふうに、俺に泣きながら報告するためなのかよ」
 クレイグの語尾が震えた。レイフは何も答えずただ嗚咽を漏らすだけ。
「ウィルは、俺の唯一無二の親友だ。何ならあんたよりあいつを大事にしていた自信がある。あんたがあいつのこと守るって俺に言ってきたとき、任せたって言ったよな? あれは嘘だったのかよ」

───あれはウィルが遅れてきた日のことだった。二人でしばらく話を進めていたが、クレイグはレイフがなにか言いたそうにしていたのに気づいたのだ。
「なんか隠してます? 言いたいことあったら言って下さいって前も言ったでしょう。知識が浅いからとかナシだって」
 いつもレイフは、物言いたげな顔をしながら言葉を飲む。理由を聞いたら自分のような門外漢が専門家に意見を言うのは畏れ多いと言うのだ。だがアイディアはあらゆる視点の融合から生まれると知っているクレイグはそれを言い訳に口を噤むことはしないとレイフに約束させた。またそんなことでうじうじしているのかとクレイグはため息交じりに言う。
「あー、その、逆に全く関係のないことなんだ……だから、言いづらくて……」
レイフがためらいがちにそう言うので、クレイグは妙に思えて首を傾げた。
「何です? いいですよ、何言っても笑いませんから」
「ホントか……?」
「ええ」
 そういってやると幾分か安心した表情を見せた。何言っても笑わないなんて保証は無いのに、そんな言葉の綾でごまかされてしまうレイフはある意味とびきりのバカだとクレイグは思う。
「実は……お前と、ウィルのことについて聞きたいんだが…」
「俺とウィル?」
「ああ。……いや、その前に、ウィルって、いま恋人とか、いないんだよな……?」
「ええ。これだけ忙しくしてれば彼女も発狂しちまうでしょうね」
 クレイグはレイフの言いたいことが何となく読めたが、自分からはリードしないように迂回ルートを選んだ。何故だかレイフにそれを言わせるのは惜しい気がした。
「…お前と、付き合ってたりは、…しないよな?」
「…付き合ってるって言ったら?」
そうクレイグが言ってやるとドキリとした表情をした。どうせならこのまま付き合っていると言ってやろうかと心底思う。
「なんて、冗談ですよ。好きだったことはありましたがね。何か付き合ってたら、都合が悪いんですか?」
そういってやると、レイフが唇を噛んだ。レイフが言葉を選んでいる時のくせだ。
「…その…実は、俺はウィルが好きなんだ。奴に恋をしてる。だから、…可能性がないとしても、お前には知っておいてほしくて…」
それを言って逆に邪魔をされるという発想はなかったのだろうか。クレイグは首を傾げたくなった。いつかウィルにも聞いていたが、本当に性善説の中で生きているとみえる。
「別に俺に言う必要ないでしょう。俺があいつの恋愛に首を突っ込む義理はない」
「ああ、わかってる。でも、俺から見て君とウィルの関係は特別に見えるんだ。だから、君にも伝えておきたくてな」
「へえ」
「俺は、あいつの笑顔を守りたい。こんな危険な仕事だから、本当はいつ死ぬかも分からないが……俺はあいつを守りたいんだ」
 レイフの眼差しが本物だった。薄々感じてはいたし、ウィルも同じことをレイフに対して思っているのはなんとなく知っている。
 少し面白くない気持ちもあるが、こう正面から言われたら仕方が無い。それにウィルの命を守ってくれるのなら、動機はどうだっていい。レイフの思いを知ってウィルが幸せなら、それでいいとも思えた。
「……頼みますよ、あいつのこと。あなたに任せます。だから、何があっても不幸にはしてやらないでくれ」
「ああ」
 廊下からウィルが走る音が聞こえて来た。規則正しく足を擦らない綺麗なフォームから生じる音だから、どちらともウィルのものだとわかる。
「あー、よし、そういえば今週末の話なんだが……」
レイフが赤面しながら話題を変える。クレイグの心情は複雑に波紋を描いていた──


「本当に……すまない……」
 ただただ涙をこぼしながら謝るレイフをみて、クレイグは少しかっとしていた自分に返った。
 だが、そのレイフが言おうとする事実を、受け入れられないでいるのだ。今もまだ。
「……少し一人にしてください」
「……わかった、……これ、あいつがお前に……最後に書いた手紙だ。これだけ、渡したくて……」
 レイフがそう言いながら置いて行ったのはくしゃくしゃになったウィルの手帳の紙。レイフが出て行った部屋で、クレイグはそっとその紙に手を伸ばした。

”親愛なるクレイグへ

この間のこと、深く反省しながら、いま俺は地中数十メートル下の焼却施設にいます。

もしかしたらもうお前に会えないかもしれないから、ここで謝罪しておく。後悔しながら死ぬのも嫌だしな。
人生最初で最後のお前宛の手紙だから、本当のことを書くよ。

俺にとってお前は、ただの親友じゃなかった。
どんな高いハードルも、どんな入り組んだ迷路でも、お前となら乗り越えられると強気になれる。
最高のパートナーだった。
お前にとって俺は、どうだったんだろう?

本当はお前の結婚式も見てやりたかったんだけど、
それは無理そうだ。
しょうがない、これが仕事だから。
でも心配はしてないよ。
お前のことだから可愛い嫁さんと子どもと、この先もずっと幸せに暮らしていくんだろうし。

俺にはお前の幸せな未来が見えるよ。
こんなこと言うのは照れ臭いけど、
本当にいままでありがとう。
一生分の感謝と幸福を大事な友、クレイグに。

ウィルフレッド・ブラッドバーン”
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