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第二王子の前日譚
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「あ~!もぉ~う、セドリック様ってばぁ~!こんなところにいたんですかぁ?ずっと待ってたんですよぉ?」
耳障りな粘っこい声で現実に引き戻され、瞼を上げる。せっかくリリーディアに恋をした日を思い起こして、さらに続けて婚約者になるまでの出来事や婚約してからのちょっぴり甘いアレコレの思い出にも浸りたかったのに、台無しだ。
教室の前方入口を見遣ると、一人の小柄な女生徒がセドリックを指差しながら立っていた。その背後には二人の男子学生。レイミナ=モリスと自分の友人たちだ。
王族を指差すことが不敬だとわからないのだろうか。それもどうかと思うが、彼女を注意しない友人たちにも呆れ返る。舌打ちの一つでもしたいところだが気合いで堪え、優しげな笑みを作った。あの日、リリーディアが教えてくれたように。昔と比べ、すっかり仮面を被るのが上手くなった。日頃の訓練の賜物である。父母や兄姉レベルになるにはまだまだではあるが。
セドリックの気も知らず三人は近くへと寄ってくる。
「殿下、今度の生徒総会の準備があと少しありますので生徒会室に行きましょう。アンバート先生も待っています」
「レイミナ、よく殿下がいらっしゃるところがわかったな」
「ウフ、私はみんなのことならなぁんでもわかるんですよ!」
「流石は俺のレイミナだな」
「ああ、可愛らしいだけでなく聡明だ、私のレイミナは」
ツッコミどころしかない。
将来の側近候補であるはずの友人たちに、不安が募る。二人はレイミナが現れてからおかしくなったように思う。
元々彼らにはそれぞれ婚約者がおり、彼女たちをそれなりに大切に扱っていた。ところがレイミナが現れてから一変、婚約者を放置してレイミナにばかりかまけるようになる。
レイミナはカシムたちと交流を持ち始めたかと思うと、人手不足だった生徒会長にセドリック、副会長にクラヴィス、書記にカシムを擁する生徒会に自称・助手として生徒会室にまで入り浸るようになった。その流れから教師で生徒会顧問であるアンバート侯爵家のブラッドレイとも仲良くなり、気づいたときにはブラッドレイまでもが婚約者をほったらかしにしてレイミナに執心していた。
これを良しとしなかったセドリックは、何度も彼らに自分の婚約者を蔑ろにするなと注意をした。だが、『レイミナは素晴らしいので仕方ない』だの、『レイミナだけが自分を本当に理解してくれる唯一の女性なのです』、『殿下にもすぐにレイミナさんの良さがわかります』だのと言って浮気男共は全く聞き入れなかったので、説得に疲れて匙を投げてしまった。
程なくしてカシムとクラヴィスの婚約者たちは彼らに見切りをつけ、婚約を見直すことにしたと聞いた。ブラッドレイの婚約者だけはしばらく追い縋っていたようだが、先日彼女もとうとう諦めて新たな相手を探し始めたらしい。彼らのあの有様では仕方ないだろう。
彼らは婚約者を失った。もう誰とどうなろうが彼らの自由だ。どちらでもいいからさっさとレイミナを引き取ってほしい、争奪戦でも何でも勝手にしてくれと思いながら放置した。だが、この判断は過ちだった。まさか自分に実害が出るとは思っていなかったのだ。
セドリックが何も言わなくなったのをいいことに、カシムとクラヴィスは学園内でレイミナをいつも傍に置くようになった。 第二王子の側近候補たる彼らはセドリックに着いて回る。すると、必然的にレイミナも着いてくる。
レイミナは元々馴れ馴れしかったが、これを機に更に馴れ馴れさが増した。触れてこようとさえする。他の男子生徒は嬉しそうにしているが、セドリックは違う。とにかく不快で仕方ない。それを顔に出さないようにさりげなく回避するのも一苦労だ。
鬱陶しさのあまり幾度となく貼り付けた笑顔の仮面が外れかけたが、ぎりぎり耐えた。忍耐力の修行だと思って頑張ってはいるものの、正直しんどい。
一番腹立たしいのはリリーディアに接触しようとするたびに邪魔をしてくるところだ。
リリーディアと二人で昼食をとろうと思っていても毎回生徒会の話し合いと称して三人に拉致され、彼らと一緒に昼食をとる羽目になったり、レイミナがセドリックがいないと悲しいと泣いたばかりにカシムとクラヴィスがグループを組むときは必ず四人で組まされたりする。その他諸々いろいろな理由をつけては邪魔をされた。理由があるならば無下にするわけにもいかないので、渋々受け入れるしかなかった。
そうして心ならずもレイミナと共有する時間が増えたセドリックは、彼女の言動を改めて観察してみた。しかし、レイミナの『良さ』とやらが微塵もわからない。
彼女はカシム相手に話している時とクラヴィス相手に話している時で振る舞いが違う。端から見ているとよくわかる。
レイミナはそれぞれの相手が好むような言動をする。相手により言動が変わるなど、人格障害か意図的にそうしているかどちらかだが、レイミナは後者だろう。明らかに自分の意思で切り替えている。
その切り替えによって幾らかの矛盾が生まれて人格に整合性が取れていないのだが、残念ながら未来の側近候補たちにはそれが分からないらしい。
ついこの間までは彼らは優秀な部下でもあり、気の置けない友人でもあった。それがレイミナと接することで一気に崩れ去った。ぽっと出の小娘にいいように転がされ、安易に近づけたりセドリックの個人情報を勝手に横流ししたりしては、臣下としても友人としても失格としか言いようがない。信用は地に落ちてしまった。
もしレイミナが隣国の間者や暗殺者だったらどうするのだ。
友人二人の顔に目をやれば、双方しまりのない顔でレイミナを褒め称え合っている。恋は盲目と言うし、そうなる気持ちはわからないでもない。セドリックとて恋に関しては暴走することもある。しかし、流石に正常な判断と行動が出来なくなるならば話は別だ。これから共に第一王子を支え国の運営に携わるはずの人間がそんな体たらくでは、国が傾きかねない。
(矯正、できるだろうか……)
思案する。
もし矯正可能ならば厳重注意で将来も引き続き側近として取り立てられる。幼少からの友人なのだ、情はある。セドリックとて出来れば切り捨てたくはない。
「クラヴィスもカシムも私のこと褒めすぎだよ? 嬉しいけど恥ずかしいから……あんまり言いすぎないで? ね?」
「……っ! レイミナは本当に可愛いな。俺はお前以上の可愛い女を見たことがない」
「その通りです、カシム。ああ、レイミナ。謙遜しなくてもいい。褒め言葉が出てきてしまうのは君が素晴らしすぎるが故の自然の摂理さ。だから恥ずかしがることなんてないんだよ、私の女神」
「やーん、クラヴィスったら! 女神だなんて言いすぎよ!」
どう見ても無理そうだった。
(馬鹿だ……!! 馬鹿たちの空間だ……っ!)
目の前で繰り広げられるやり取りに、ひどい頭痛を覚える。
セドリックは疼くこめかみを押さえながら、無言で席を立った。
三人に気づかれないよう、教室の後方のドアに気配を殺して進む。
一刻も早く彼らから離れたい。
その一心で教室を出ると、足早に生徒会室へと向かった。
耳障りな粘っこい声で現実に引き戻され、瞼を上げる。せっかくリリーディアに恋をした日を思い起こして、さらに続けて婚約者になるまでの出来事や婚約してからのちょっぴり甘いアレコレの思い出にも浸りたかったのに、台無しだ。
教室の前方入口を見遣ると、一人の小柄な女生徒がセドリックを指差しながら立っていた。その背後には二人の男子学生。レイミナ=モリスと自分の友人たちだ。
王族を指差すことが不敬だとわからないのだろうか。それもどうかと思うが、彼女を注意しない友人たちにも呆れ返る。舌打ちの一つでもしたいところだが気合いで堪え、優しげな笑みを作った。あの日、リリーディアが教えてくれたように。昔と比べ、すっかり仮面を被るのが上手くなった。日頃の訓練の賜物である。父母や兄姉レベルになるにはまだまだではあるが。
セドリックの気も知らず三人は近くへと寄ってくる。
「殿下、今度の生徒総会の準備があと少しありますので生徒会室に行きましょう。アンバート先生も待っています」
「レイミナ、よく殿下がいらっしゃるところがわかったな」
「ウフ、私はみんなのことならなぁんでもわかるんですよ!」
「流石は俺のレイミナだな」
「ああ、可愛らしいだけでなく聡明だ、私のレイミナは」
ツッコミどころしかない。
将来の側近候補であるはずの友人たちに、不安が募る。二人はレイミナが現れてからおかしくなったように思う。
元々彼らにはそれぞれ婚約者がおり、彼女たちをそれなりに大切に扱っていた。ところがレイミナが現れてから一変、婚約者を放置してレイミナにばかりかまけるようになる。
レイミナはカシムたちと交流を持ち始めたかと思うと、人手不足だった生徒会長にセドリック、副会長にクラヴィス、書記にカシムを擁する生徒会に自称・助手として生徒会室にまで入り浸るようになった。その流れから教師で生徒会顧問であるアンバート侯爵家のブラッドレイとも仲良くなり、気づいたときにはブラッドレイまでもが婚約者をほったらかしにしてレイミナに執心していた。
これを良しとしなかったセドリックは、何度も彼らに自分の婚約者を蔑ろにするなと注意をした。だが、『レイミナは素晴らしいので仕方ない』だの、『レイミナだけが自分を本当に理解してくれる唯一の女性なのです』、『殿下にもすぐにレイミナさんの良さがわかります』だのと言って浮気男共は全く聞き入れなかったので、説得に疲れて匙を投げてしまった。
程なくしてカシムとクラヴィスの婚約者たちは彼らに見切りをつけ、婚約を見直すことにしたと聞いた。ブラッドレイの婚約者だけはしばらく追い縋っていたようだが、先日彼女もとうとう諦めて新たな相手を探し始めたらしい。彼らのあの有様では仕方ないだろう。
彼らは婚約者を失った。もう誰とどうなろうが彼らの自由だ。どちらでもいいからさっさとレイミナを引き取ってほしい、争奪戦でも何でも勝手にしてくれと思いながら放置した。だが、この判断は過ちだった。まさか自分に実害が出るとは思っていなかったのだ。
セドリックが何も言わなくなったのをいいことに、カシムとクラヴィスは学園内でレイミナをいつも傍に置くようになった。 第二王子の側近候補たる彼らはセドリックに着いて回る。すると、必然的にレイミナも着いてくる。
レイミナは元々馴れ馴れしかったが、これを機に更に馴れ馴れさが増した。触れてこようとさえする。他の男子生徒は嬉しそうにしているが、セドリックは違う。とにかく不快で仕方ない。それを顔に出さないようにさりげなく回避するのも一苦労だ。
鬱陶しさのあまり幾度となく貼り付けた笑顔の仮面が外れかけたが、ぎりぎり耐えた。忍耐力の修行だと思って頑張ってはいるものの、正直しんどい。
一番腹立たしいのはリリーディアに接触しようとするたびに邪魔をしてくるところだ。
リリーディアと二人で昼食をとろうと思っていても毎回生徒会の話し合いと称して三人に拉致され、彼らと一緒に昼食をとる羽目になったり、レイミナがセドリックがいないと悲しいと泣いたばかりにカシムとクラヴィスがグループを組むときは必ず四人で組まされたりする。その他諸々いろいろな理由をつけては邪魔をされた。理由があるならば無下にするわけにもいかないので、渋々受け入れるしかなかった。
そうして心ならずもレイミナと共有する時間が増えたセドリックは、彼女の言動を改めて観察してみた。しかし、レイミナの『良さ』とやらが微塵もわからない。
彼女はカシム相手に話している時とクラヴィス相手に話している時で振る舞いが違う。端から見ているとよくわかる。
レイミナはそれぞれの相手が好むような言動をする。相手により言動が変わるなど、人格障害か意図的にそうしているかどちらかだが、レイミナは後者だろう。明らかに自分の意思で切り替えている。
その切り替えによって幾らかの矛盾が生まれて人格に整合性が取れていないのだが、残念ながら未来の側近候補たちにはそれが分からないらしい。
ついこの間までは彼らは優秀な部下でもあり、気の置けない友人でもあった。それがレイミナと接することで一気に崩れ去った。ぽっと出の小娘にいいように転がされ、安易に近づけたりセドリックの個人情報を勝手に横流ししたりしては、臣下としても友人としても失格としか言いようがない。信用は地に落ちてしまった。
もしレイミナが隣国の間者や暗殺者だったらどうするのだ。
友人二人の顔に目をやれば、双方しまりのない顔でレイミナを褒め称え合っている。恋は盲目と言うし、そうなる気持ちはわからないでもない。セドリックとて恋に関しては暴走することもある。しかし、流石に正常な判断と行動が出来なくなるならば話は別だ。これから共に第一王子を支え国の運営に携わるはずの人間がそんな体たらくでは、国が傾きかねない。
(矯正、できるだろうか……)
思案する。
もし矯正可能ならば厳重注意で将来も引き続き側近として取り立てられる。幼少からの友人なのだ、情はある。セドリックとて出来れば切り捨てたくはない。
「クラヴィスもカシムも私のこと褒めすぎだよ? 嬉しいけど恥ずかしいから……あんまり言いすぎないで? ね?」
「……っ! レイミナは本当に可愛いな。俺はお前以上の可愛い女を見たことがない」
「その通りです、カシム。ああ、レイミナ。謙遜しなくてもいい。褒め言葉が出てきてしまうのは君が素晴らしすぎるが故の自然の摂理さ。だから恥ずかしがることなんてないんだよ、私の女神」
「やーん、クラヴィスったら! 女神だなんて言いすぎよ!」
どう見ても無理そうだった。
(馬鹿だ……!! 馬鹿たちの空間だ……っ!)
目の前で繰り広げられるやり取りに、ひどい頭痛を覚える。
セドリックは疼くこめかみを押さえながら、無言で席を立った。
三人に気づかれないよう、教室の後方のドアに気配を殺して進む。
一刻も早く彼らから離れたい。
その一心で教室を出ると、足早に生徒会室へと向かった。
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