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第25話:旦那様との婚礼
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雲一つない見事な秋晴れだった。
朝早くから斎主である神主と巫女が緒方家へ訪れ、婚礼の儀の準備を始めていた。館に二つある和室の内、旅館の宴会場かと思うほどの広い和室は神前式の神殿に様変わりした。
もう一つの和室では、丁度一葉の着替えが終わったところだった。
「あの……髪が結わえるほどなくてごめんなさい」
黒引き振袖の帯を整えている女性に向かって一葉は申し訳なさそうに頭を下げた。本来なら新婦は高い髷を結った髪の上に角隠しの白布を被るものだ。しかし、一葉の髪は耳に掛かるほどで結わえるような長さはない。保胤の好みだからと半ば無理やり髪を切ることになってしまったが、こんなことなら婚礼まで待ってもらえば良かったと一葉は心の中で後悔した。
「大丈夫ですよ。私にお任せください」
着付をしてくれている女性は代々緒方家御用達の呉服店の若女将だと三上が教えてくれた。先代から代を引き継いだばかりだが、着付の腕が良く本来は理容師に頼む髪結いの技術も持っており、そのアレンジがご婦人の間で評判だという。
帯を整え終えた後、今度は一葉の髪に取り掛かる。一葉は鏡台に映る彼女の手慣れた手付きに釘付けになった。
「いかがですか、一葉様」
一葉は息を飲む。顔を少し横に傾け鏡台に映る自分の髪にそっと触れた。
「す……すごい……髪がちゃんと結ってある」
あれほど短かかった髪はきっちりと結い上げられたように綺麗に上がっていた。
「魔法みたい……」
「ふふ、ありがとうございます」
子どものような言い方をしてしまったと一葉は少し自分が恥ずかしくなったが、若女将は優しい笑顔を向けてくれた。
「長さが足りない分てっぺん部分はこれ以上膨らんで見せるのは難しいですがちゃんと後ろを上げれば全体的に結ってあるように見せることは出来ます。いかがでしょうか? 気になるところがあれば、一応カツラもご用意してきましたが……」
「全然気にならないです……! 私はこのままがいいです……!」
「良かった……! 一葉様は髪がとてもお綺麗ですから私もこのままの方がいいと思います。かんざしを付けさせていただきますね」
角隠しの上に琥珀色のかんざしがつけられる。
「保胤様にお見せするのが楽しみですね」
保胤の名前が出てきて、一葉は言葉に詰まった。見せたいどころか今すぐここから逃げ出したいような、そんな気持ちを抱えながら今日の日を迎えた。
(結局取引に応じる形になってしまった……)
納得して承諾したわけではなかった。けれど、あの場を収めるには頷く以外の方法が見つからなかった。
(どの道、早く情報を掴まなければ喜多治家に連れ戻されてしまうもの……やるしかない)
一葉は自分を納得させる理由をあれこれ考える。そして、これから自分がなすべきことも。
『明日、式が終わったら僕の部屋へ来てください。鍵を開けて待っています』
昨日、保胤はそう言ってようやく一葉を解放した。諜報員だと正体がバレてしまい、情報を与える代わりに身体を差し出せと命じられた。
(つまり……今夜……するってことなのかな……)
俯いて膝の上に乗せた白いハンカチをもじもじといじる。
「一葉様、お暑いですか? うちわお持ちいたしますね」
「えっ!?」
鏡台越しで心配そうに呉服屋の若女将が一葉の様子を伺っていた。鏡に映る一葉の顔は真っ赤だった。
「だ、だ、だ、大丈夫です!! あのっ……き、緊張してて……」
「そうですよね。お式、もうすぐ始まりますからもうしばらく堪えてくださいね」
「は、はい!」
にっこり微笑まれて元気よく返事をする。
「この髪型、カツラではなく地毛で結い上げる方法はないかと保胤様からご相談いただいたんです」
「えっ……?」
「一葉様がきっと髪が短くて結えないことを気にされるだろうから出来れば活かす方法を考えてほしいとご依頼いただきました。本当にお優しい方ですね」
「……」
優しい人、だとは思う。
だけど、本心までは分からない。
現に、昨日の保胤は怖かった。
そして、これからもっと恐ろしいことが自分の身に起こるのだと考えると、一葉の顔は沈んでいった。
(これが任務だもの……)
諜報員としての未熟さを保胤に指摘されて情けないのに言い返すことができなかった。あの男の言ったとおりだったから。覚悟していたつもりなのに、自分の立場を分かっていなかったのだ。
(大丈夫……大丈夫よ……)
自分を鼓舞するように何度もそう言い聞かせながら、膝の上のハンカチをぎゅっと強く握った。
朝早くから斎主である神主と巫女が緒方家へ訪れ、婚礼の儀の準備を始めていた。館に二つある和室の内、旅館の宴会場かと思うほどの広い和室は神前式の神殿に様変わりした。
もう一つの和室では、丁度一葉の着替えが終わったところだった。
「あの……髪が結わえるほどなくてごめんなさい」
黒引き振袖の帯を整えている女性に向かって一葉は申し訳なさそうに頭を下げた。本来なら新婦は高い髷を結った髪の上に角隠しの白布を被るものだ。しかし、一葉の髪は耳に掛かるほどで結わえるような長さはない。保胤の好みだからと半ば無理やり髪を切ることになってしまったが、こんなことなら婚礼まで待ってもらえば良かったと一葉は心の中で後悔した。
「大丈夫ですよ。私にお任せください」
着付をしてくれている女性は代々緒方家御用達の呉服店の若女将だと三上が教えてくれた。先代から代を引き継いだばかりだが、着付の腕が良く本来は理容師に頼む髪結いの技術も持っており、そのアレンジがご婦人の間で評判だという。
帯を整え終えた後、今度は一葉の髪に取り掛かる。一葉は鏡台に映る彼女の手慣れた手付きに釘付けになった。
「いかがですか、一葉様」
一葉は息を飲む。顔を少し横に傾け鏡台に映る自分の髪にそっと触れた。
「す……すごい……髪がちゃんと結ってある」
あれほど短かかった髪はきっちりと結い上げられたように綺麗に上がっていた。
「魔法みたい……」
「ふふ、ありがとうございます」
子どものような言い方をしてしまったと一葉は少し自分が恥ずかしくなったが、若女将は優しい笑顔を向けてくれた。
「長さが足りない分てっぺん部分はこれ以上膨らんで見せるのは難しいですがちゃんと後ろを上げれば全体的に結ってあるように見せることは出来ます。いかがでしょうか? 気になるところがあれば、一応カツラもご用意してきましたが……」
「全然気にならないです……! 私はこのままがいいです……!」
「良かった……! 一葉様は髪がとてもお綺麗ですから私もこのままの方がいいと思います。かんざしを付けさせていただきますね」
角隠しの上に琥珀色のかんざしがつけられる。
「保胤様にお見せするのが楽しみですね」
保胤の名前が出てきて、一葉は言葉に詰まった。見せたいどころか今すぐここから逃げ出したいような、そんな気持ちを抱えながら今日の日を迎えた。
(結局取引に応じる形になってしまった……)
納得して承諾したわけではなかった。けれど、あの場を収めるには頷く以外の方法が見つからなかった。
(どの道、早く情報を掴まなければ喜多治家に連れ戻されてしまうもの……やるしかない)
一葉は自分を納得させる理由をあれこれ考える。そして、これから自分がなすべきことも。
『明日、式が終わったら僕の部屋へ来てください。鍵を開けて待っています』
昨日、保胤はそう言ってようやく一葉を解放した。諜報員だと正体がバレてしまい、情報を与える代わりに身体を差し出せと命じられた。
(つまり……今夜……するってことなのかな……)
俯いて膝の上に乗せた白いハンカチをもじもじといじる。
「一葉様、お暑いですか? うちわお持ちいたしますね」
「えっ!?」
鏡台越しで心配そうに呉服屋の若女将が一葉の様子を伺っていた。鏡に映る一葉の顔は真っ赤だった。
「だ、だ、だ、大丈夫です!! あのっ……き、緊張してて……」
「そうですよね。お式、もうすぐ始まりますからもうしばらく堪えてくださいね」
「は、はい!」
にっこり微笑まれて元気よく返事をする。
「この髪型、カツラではなく地毛で結い上げる方法はないかと保胤様からご相談いただいたんです」
「えっ……?」
「一葉様がきっと髪が短くて結えないことを気にされるだろうから出来れば活かす方法を考えてほしいとご依頼いただきました。本当にお優しい方ですね」
「……」
優しい人、だとは思う。
だけど、本心までは分からない。
現に、昨日の保胤は怖かった。
そして、これからもっと恐ろしいことが自分の身に起こるのだと考えると、一葉の顔は沈んでいった。
(これが任務だもの……)
諜報員としての未熟さを保胤に指摘されて情けないのに言い返すことができなかった。あの男の言ったとおりだったから。覚悟していたつもりなのに、自分の立場を分かっていなかったのだ。
(大丈夫……大丈夫よ……)
自分を鼓舞するように何度もそう言い聞かせながら、膝の上のハンカチをぎゅっと強く握った。
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