黒覆面の若旦那は嘘つき花嫁をほだして愛する

ワタリ

文字の大きさ
25 / 48

第25話:旦那様との婚礼

しおりを挟む
 雲一つない見事な秋晴れだった。

 朝早くから斎主さいしゅである神主と巫女が緒方家へ訪れ、婚礼の儀の準備を始めていた。館に二つある和室の内、旅館の宴会場かと思うほどの広い和室は神前式の神殿に様変わりした。

 もう一つの和室では、丁度一葉の着替えが終わったところだった。

「あの……髪が結わえるほどなくてごめんなさい」

 黒引き振袖の帯を整えている女性に向かって一葉は申し訳なさそうに頭を下げた。本来なら新婦は高いわげを結った髪の上に角隠しの白布を被るものだ。しかし、一葉の髪は耳に掛かるほどで結わえるような長さはない。保胤の好みだからと半ば無理やり髪を切ることになってしまったが、こんなことなら婚礼まで待ってもらえば良かったと一葉は心の中で後悔した。

「大丈夫ですよ。私にお任せください」

 着付をしてくれている女性は代々緒方家御用達の呉服店の若女将だと三上が教えてくれた。先代から代を引き継いだばかりだが、着付の腕が良く本来は理容師に頼む髪結いの技術も持っており、そのアレンジがご婦人の間で評判だという。

 帯を整え終えた後、今度は一葉の髪に取り掛かる。一葉は鏡台に映る彼女の手慣れた手付きに釘付けになった。

「いかがですか、一葉様」

 一葉は息を飲む。顔を少し横に傾け鏡台に映る自分の髪にそっと触れた。

「す……すごい……髪がちゃんと結ってある」

 あれほど短かかった髪はきっちりと結い上げられたように綺麗に上がっていた。

「魔法みたい……」
「ふふ、ありがとうございます」

 子どものような言い方をしてしまったと一葉は少し自分が恥ずかしくなったが、若女将は優しい笑顔を向けてくれた。

「長さが足りない分てっぺん部分はこれ以上膨らんで見せるのは難しいですがちゃんと後ろを上げれば全体的に結ってあるように見せることは出来ます。いかがでしょうか? 気になるところがあれば、一応カツラもご用意してきましたが……」
「全然気にならないです……! 私はこのままがいいです……!」
「良かった……! 一葉様は髪がとてもお綺麗ですから私もこのままの方がいいと思います。かんざしを付けさせていただきますね」

 角隠しの上に琥珀色のかんざしがつけられる。

「保胤様にお見せするのが楽しみですね」

 保胤の名前が出てきて、一葉は言葉に詰まった。見せたいどころか今すぐここから逃げ出したいような、そんな気持ちを抱えながら今日の日を迎えた。

(結局取引に応じる形になってしまった……)

 納得して承諾したわけではなかった。けれど、あの場を収めるには頷く以外の方法が見つからなかった。

(どの道、早く情報を掴まなければ喜多治家に連れ戻されてしまうもの……やるしかない)

 一葉は自分を納得させる理由をあれこれ考える。そして、これから自分がなすべきことも。

『明日、式が終わったら僕の部屋へ来てください。鍵を開けて待っています』

 昨日、保胤はそう言ってようやく一葉を解放した。諜報員だと正体がバレてしまい、情報を与える代わりに身体を差し出せと命じられた。

(つまり……今夜……するってことなのかな……)

 俯いて膝の上に乗せた白いハンカチをもじもじといじる。

「一葉様、お暑いですか? うちわお持ちいたしますね」
「えっ!?」

 鏡台越しで心配そうに呉服屋の若女将が一葉の様子を伺っていた。鏡に映る一葉の顔は真っ赤だった。

「だ、だ、だ、大丈夫です!! あのっ……き、緊張してて……」
「そうですよね。お式、もうすぐ始まりますからもうしばらく堪えてくださいね」
「は、はい!」

 にっこり微笑まれて元気よく返事をする。

「この髪型、カツラではなく地毛で結い上げる方法はないかと保胤様からご相談いただいたんです」
「えっ……?」
「一葉様がきっと髪が短くて結えないことを気にされるだろうから出来れば活かす方法を考えてほしいとご依頼いただきました。本当にお優しい方ですね」
「……」

 優しい人、だとは思う。
 だけど、本心までは分からない。
 現に、昨日の保胤は怖かった。

 そして、これからもっと恐ろしいことが自分の身に起こるのだと考えると、一葉の顔は沈んでいった。

(これが任務だもの……)

 諜報員としての未熟さを保胤に指摘されて情けないのに言い返すことができなかった。あの男の言ったとおりだったから。覚悟していたつもりなのに、自分の立場を分かっていなかったのだ。

(大丈夫……大丈夫よ……)

 自分を鼓舞するように何度もそう言い聞かせながら、膝の上のハンカチをぎゅっと強く握った。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

病弱な彼女は、外科医の先生に静かに愛されています 〜穏やかな執着に、逃げ場はない〜

来栖れいな
恋愛
――穏やかな微笑みの裏に、逃げられない愛があった。 望んでいたわけじゃない。 けれど、逃げられなかった。 生まれつき弱い心臓を抱える彼女に、政略結婚の話が持ち上がった。 親が決めた未来なんて、受け入れられるはずがない。 無表情な彼の穏やかさが、余計に腹立たしかった。 それでも――彼だけは違った。 優しさの奥に、私の知らない熱を隠していた。 形式だけのはずだった関係は、少しずつ形を変えていく。 これは束縛? それとも、本当の愛? 穏やかな外科医に包まれていく、静かで深い恋の物語。 ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。

押しつけられた身代わり婚のはずが、最上級の溺愛生活が待っていました

cheeery
恋愛
名家・御堂家の次女・澪は、一卵性双生の双子の姉・零と常に比較され、冷遇されて育った。社交界で華やかに振る舞う姉とは対照的に、澪は人前に出されることもなく、ひっそりと生きてきた。 そんなある日、姉の零のもとに日本有数の財閥・凰条一真との縁談が舞い込む。しかし凰条一真の悪いウワサを聞きつけた零は、「ブサイクとの結婚なんて嫌」と当日に逃亡。 双子の妹、澪に縁談を押し付ける。 両親はこんな機会を逃すわけにはいかないと、顔が同じ澪に姉の代わりになるよう言って送り出す。 「はじめまして」 そうして出会った凰条一真は、冷徹で金に汚いという噂とは異なり、端正な顔立ちで品位のある落ち着いた物腰の男性だった。 なんてカッコイイ人なの……。 戸惑いながらも、澪は姉の零として振る舞うが……澪は一真を好きになってしまって──。 「澪、キミを探していたんだ」 「キミ以外はいらない」

片想い婚〜今日、姉の婚約者と結婚します〜

橘しづき
恋愛
 姉には幼い頃から婚約者がいた。両家が決めた相手だった。お互いの家の繁栄のための結婚だという。    私はその彼に、幼い頃からずっと恋心を抱いていた。叶わぬ恋に辟易し、秘めた想いは誰に言わず、二人の結婚式にのぞんだ。    だが当日、姉は結婚式に来なかった。  パニックに陥る両親たち、悲しげな愛しい人。そこで自分の口から声が出た。 「私が……蒼一さんと結婚します」    姉の身代わりに結婚した咲良。好きな人と夫婦になれるも、心も体も通じ合えない片想い。

私が行方不明の皇女です~生死を彷徨って帰国したら信じていた初恋の従者は婚約してました~

marumi
恋愛
大国、セレスティア帝国に生まれた皇女エリシアは、争いも悲しみも知らぬまま、穏やかな日々を送っていた。 しかしある日、帝都を揺るがす暗殺事件が起こる。 紅蓮に染まる夜、失われた家族。 “死んだ皇女”として歴史から名を消した少女は、 身分を隠し、名前を変え、生き延びることを選んだ。 彼女を支えるのは、代々皇族を護る宿命を背負う アルヴェイン公爵家の若き公子、ノアリウス・アルヴェイン。 そして、神を祀る隣国《エルダール》で出会った、 冷たい金の瞳をした神子。 ふたつの光のあいだで揺れながら、 エリシアは“誰かのための存在”ではなく、 “自分として生きる”ことの意味を知っていく。 これは、名前を捨てた少女が、 もう一度「名前」を取り戻すまでの物語。 ※校正にAIを使用していますが、自身で考案したオリジナル小説です。

【書籍化】番の身代わり婚約者を辞めることにしたら、冷酷な龍神王太子の様子がおかしくなりました

降魔 鬼灯
恋愛
 コミカライズ化決定しました。 ユリアンナは王太子ルードヴィッヒの婚約者。  幼い頃は仲良しの2人だったのに、最近では全く会話がない。  月一度の砂時計で時間を計られた義務の様なお茶会もルードヴィッヒはこちらを睨みつけるだけで、なんの会話もない。    お茶会が終わったあとに義務的に届く手紙や花束。義務的に届くドレスやアクセサリー。    しまいには「ずっと番と一緒にいたい」なんて言葉も聞いてしまって。 よし分かった、もう無理、婚約破棄しよう! 誤解から婚約破棄を申し出て自制していた番を怒らせ、執着溺愛のブーメランを食らうユリアンナの運命は? 全十話。一日2回更新 完結済  コミカライズ化に伴いタイトルを『憂鬱なお茶会〜殿下、お茶会を止めて番探しをされては?え?義務?彼女は自分が殿下の番であることを知らない。溺愛まであと半年〜』から『番の身代わり婚約者を辞めることにしたら、冷酷な龍神王太子の様子がおかしくなりました』に変更しています。

ハイスぺ幼馴染の執着過剰愛~30までに相手がいなかったら、結婚しようと言ったから~

cheeery
恋愛
パイロットのエリート幼馴染とワケあって同棲することになった私。 同棲はかれこれもう7年目。 お互いにいい人がいたら解消しようと約束しているのだけど……。 合コンは撃沈。連絡さえ来ない始末。 焦るものの、幼なじみ隼人との生活は、なんの不満もなく……っというよりも、至極の生活だった。 何かあったら話も聞いてくれるし、なぐさめてくれる。 美味しい料理に、髪を乾かしてくれたり、買い物に連れ出してくれたり……しかも家賃はいらないと受け取ってもくれない。 私……こんなに甘えっぱなしでいいのかな? そしてわたしの30歳の誕生日。 「美羽、お誕生日おめでとう。結婚しようか」 「なに言ってるの?」 優しかったはずの隼人が豹変。 「30になってお互いに相手がいなかったら、結婚しようって美羽が言ったんだよね?」 彼の秘密を知ったら、もう逃げることは出来ない。 「絶対に逃がさないよ?」

幼い頃に、大きくなったら結婚しようと約束した人は、英雄になりました。きっと彼はもう、わたしとの約束なんて覚えていない

ラム猫
恋愛
 幼い頃に、セリフィアはシルヴァードと出会った。お互いがまだ世間を知らない中、二人は王城のパーティーで時折顔を合わせ、交流を深める。そしてある日、シルヴァードから「大きくなったら結婚しよう」と言われ、セリフィアはそれを喜んで受け入れた。  その後、十年以上彼と再会することはなかった。  三年間続いていた戦争が終わり、シルヴァードが王国を勝利に導いた英雄として帰ってきた。彼の隣には、聖女の姿が。彼は自分との約束をとっくに忘れているだろうと、セリフィアはその場を離れた。  しかし治療師として働いているセリフィアは、彼の後遺症治療のために彼と対面することになる。余計なことは言わず、ただ彼の治療をすることだけを考えていた。が、やけに彼との距離が近い。  それどころか、シルヴァードはセリフィアに甘く迫ってくる。これは治療者に対する依存に違いないのだが……。 「シルフィード様。全てをおひとりで抱え込もうとなさらないでください。わたしが、傍にいます」 「お願い、セリフィア。……君が傍にいてくれたら、僕はまともでいられる」 ※糖度高め、勘違いが激しめ、主人公は鈍感です。ヒーローがとにかく拗れています。苦手な方はご注意ください。 ※『小説家になろう』様『カクヨム』様にも投稿しています。

俺と結婚してくれ〜若き御曹司の真実の愛

ラヴ KAZU
恋愛
村藤潤一郎 潤一郎は村藤コーポレーションの社長を就任したばかりの二十五歳。 大学卒業後、海外に留学した。 過去の恋愛にトラウマを抱えていた。 そんな時、気になる女性社員と巡り会う。 八神あやか 村藤コーポレーション社員の四十歳。 過去の恋愛にトラウマを抱えて、男性の言葉を信じられない。 恋人に騙されて借金を払う生活を送っていた。 そんな時、バッグを取られ、怪我をして潤一郎のマンションでお世話になる羽目に...... 八神あやかは元恋人に騙されて借金を払う生活を送っていた。そんな矢先あやかの勤める村藤コーポレーション社長村藤潤一郎と巡り会う。ある日あやかはバッグを取られ、怪我をする。あやかを放っておけない潤一郎は自分のマンションへ誘った。あやかは優しい潤一郎に惹かれて行くが、会社が倒産の危機にあり、合併先のお嬢さんと婚約すると知る。潤一郎はあやかへの愛を貫こうとするが、あやかは潤一郎の前から姿を消すのであった。

処理中です...