黒覆面の若旦那は嘘つき花嫁をほだして愛する

ワタリ

文字の大きさ
26 / 48

第26話

しおりを挟む
 式は滞りなく進められた。

 和室に設けられた神殿を正面に新郎・新婦が着席した。一葉がちらりと横を伺うと保胤が気付いてニコリと目で微笑んだ。保胤は黒五つ紋付き羽織袴に、いつもの黒いマスクを付けていた。

(こんな日でも素顔は晒さないんだ……)

 保胤について分からないことがたくさんあるが、このマスクもその一つだ。

 一葉は何度か保胤の素顔を見ている。
 だが、それは自分と二人きりの時だけ。それ以外ではしっかりと顔を覆い、下げているところを見たことがない。一度、三上に保胤のマスクについて尋ねると、三上はここ何年保胤の素顔を見ていないと言っていた。

『会社でもいつもつけていらっしゃいますよ。恐らく外でお外しになったことはないかと……』

(三上さんはああ言ってたけど、あんみつ屋さんで外してたけどな……)

 何の基準で外しているのだろう。
 今度聞いてみよう。それも何か手掛かりになるかもしれない。

 背後をちらりと見ると、新郎新婦の後ろに両家の親族が座っている。
 といっても喜多治家からは慶一郎と玲子、緒方家は三上の三名のみ。今朝、保胤に緒方家の席に座って欲しいと頼まれた三上は恐縮しきりだった。それでもあなたに見守って欲しいのですと保胤に請われ涙ぐんでいた。一葉も三上がこの場にいてくれることだけは嬉しく思った。

 斎主がお祓いをして、参列者の身を清める。その後は三々九度さんさんくどの杯。保胤と一葉はお神酒を交互に飲み交わした。

「指輪の交換を」

 巫女が台座を持って二人の前に立つ。台座の上には指輪が二つ置かれていた。指輪交換はもともと神前式にはない儀式だが保胤の希望で取り入れることになったのだった。まず保胤が台座から指をとり、一葉の左手をとる。緊張してぴくりと指が跳ねた。

「ふ」

 一葉にしか聞こえないくらいの小さな声で保胤は笑った。一葉は少しムッとした。左手の薬指に指輪が嵌められていく。
 今度は一葉も保胤の動作を真似て、台座から指輪をとる。保胤自ら差し出された左手をそっと持つ。指輪をつけようとして、その手が止まる。

「……一葉さん?」

 差し出された保胤の手を持ったまま、一葉は微動だにしない。

(……この手をとったら、きっともう引き返せない)

 何を今更と思う。それでもこれまでとは違う緊張感があった。なにせこれからは二重スパイになるのだ。保胤と手を組み、喜多治家を騙し続ける。

 一葉は喜多治家での出来事を思い出す。

 初めて喜多治家に連れて来られた時。
 初めて諜報員として手ほどきを受けた時。
 初めて諜報員として任務に当たった時。

 父と母を思い、
 自分のせいで傷つけてしまった人々を思い、
 眠れない日々を過ごした、あの狭くて暗い物置小屋の三年間の日々。

(もう……引き返さない――)

 一葉は俯いていた顔を上げて、保胤の方を見た。そして、満面の笑みを保胤に見せた。

「――ッ」

 一葉の笑顔に保胤は息を飲んだ。一葉はそれを気にする様子もなく、保胤の指に結婚指輪をはめる。一葉と保胤、二人の左手の薬指にはお揃いの銀の指輪が光っていた。

 互いに向かい合っていた二人は神殿に向き直る。

「……」

 保胤は隣に立つ一葉を見た。一葉はピンと背中を伸ばし、まっすぐに前を見て神主の言葉に耳を傾けていた。

「それでは、これより誓詞奉読せいしほうどくを行います」

 保胤は台座に置かれた和紙で出来た手紙を手に取る。誓詞せいしと呼ばれるものだ。誓詞は折りたたんであり、保胤は右手の親指を入れて開いた。そっと一葉が保胤の傍に近寄り、誓詞の左側を自分の左手で持つ。ふたりで一枚の紙を支えあうように持つ形となった。

 誓詞には、結婚の誓いの言葉が書かれていた。

「今日の佳き日に私共は、神谷神宮の大御前で結婚式を挙げました。素晴らしい伴侶に出会えましたことを心から喜び、相和し、相敬い、苦楽を共にし、明るく温かい生活を営み、子孫繁栄のために勤め、終生変わらぬことをお誓いいたします」

 一葉は保胤が読み上げる言葉の数々に聞き入る。

「信頼と愛情を持って、助け合い励まし合いながら、素晴らしい家庭を作っていきます」

 そういうと、誓詞に落としていた目線を上げ、保胤は一葉の方に顔を傾ける。直球な愛の告白を受けているようで一葉は恥ずかしかったが、保胤に微笑み返した。

「何卒幾久しく御守りください。××年×月××日 夫 緒方 保胤」

 自分の名前を読むと、保胤が誓詞を一葉の方へ少しずらした。

「妻 一葉」

 一葉が最後に自分の名前を言い、誓いの言葉を締めくくった。これが夫婦になったふたりの初めての共同作業となった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

病弱な彼女は、外科医の先生に静かに愛されています 〜穏やかな執着に、逃げ場はない〜

来栖れいな
恋愛
――穏やかな微笑みの裏に、逃げられない愛があった。 望んでいたわけじゃない。 けれど、逃げられなかった。 生まれつき弱い心臓を抱える彼女に、政略結婚の話が持ち上がった。 親が決めた未来なんて、受け入れられるはずがない。 無表情な彼の穏やかさが、余計に腹立たしかった。 それでも――彼だけは違った。 優しさの奥に、私の知らない熱を隠していた。 形式だけのはずだった関係は、少しずつ形を変えていく。 これは束縛? それとも、本当の愛? 穏やかな外科医に包まれていく、静かで深い恋の物語。 ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。

押しつけられた身代わり婚のはずが、最上級の溺愛生活が待っていました

cheeery
恋愛
名家・御堂家の次女・澪は、一卵性双生の双子の姉・零と常に比較され、冷遇されて育った。社交界で華やかに振る舞う姉とは対照的に、澪は人前に出されることもなく、ひっそりと生きてきた。 そんなある日、姉の零のもとに日本有数の財閥・凰条一真との縁談が舞い込む。しかし凰条一真の悪いウワサを聞きつけた零は、「ブサイクとの結婚なんて嫌」と当日に逃亡。 双子の妹、澪に縁談を押し付ける。 両親はこんな機会を逃すわけにはいかないと、顔が同じ澪に姉の代わりになるよう言って送り出す。 「はじめまして」 そうして出会った凰条一真は、冷徹で金に汚いという噂とは異なり、端正な顔立ちで品位のある落ち着いた物腰の男性だった。 なんてカッコイイ人なの……。 戸惑いながらも、澪は姉の零として振る舞うが……澪は一真を好きになってしまって──。 「澪、キミを探していたんだ」 「キミ以外はいらない」

片想い婚〜今日、姉の婚約者と結婚します〜

橘しづき
恋愛
 姉には幼い頃から婚約者がいた。両家が決めた相手だった。お互いの家の繁栄のための結婚だという。    私はその彼に、幼い頃からずっと恋心を抱いていた。叶わぬ恋に辟易し、秘めた想いは誰に言わず、二人の結婚式にのぞんだ。    だが当日、姉は結婚式に来なかった。  パニックに陥る両親たち、悲しげな愛しい人。そこで自分の口から声が出た。 「私が……蒼一さんと結婚します」    姉の身代わりに結婚した咲良。好きな人と夫婦になれるも、心も体も通じ合えない片想い。

【書籍化】番の身代わり婚約者を辞めることにしたら、冷酷な龍神王太子の様子がおかしくなりました

降魔 鬼灯
恋愛
 コミカライズ化決定しました。 ユリアンナは王太子ルードヴィッヒの婚約者。  幼い頃は仲良しの2人だったのに、最近では全く会話がない。  月一度の砂時計で時間を計られた義務の様なお茶会もルードヴィッヒはこちらを睨みつけるだけで、なんの会話もない。    お茶会が終わったあとに義務的に届く手紙や花束。義務的に届くドレスやアクセサリー。    しまいには「ずっと番と一緒にいたい」なんて言葉も聞いてしまって。 よし分かった、もう無理、婚約破棄しよう! 誤解から婚約破棄を申し出て自制していた番を怒らせ、執着溺愛のブーメランを食らうユリアンナの運命は? 全十話。一日2回更新 完結済  コミカライズ化に伴いタイトルを『憂鬱なお茶会〜殿下、お茶会を止めて番探しをされては?え?義務?彼女は自分が殿下の番であることを知らない。溺愛まであと半年〜』から『番の身代わり婚約者を辞めることにしたら、冷酷な龍神王太子の様子がおかしくなりました』に変更しています。

私が行方不明の皇女です~生死を彷徨って帰国したら信じていた初恋の従者は婚約してました~

marumi
恋愛
大国、セレスティア帝国に生まれた皇女エリシアは、争いも悲しみも知らぬまま、穏やかな日々を送っていた。 しかしある日、帝都を揺るがす暗殺事件が起こる。 紅蓮に染まる夜、失われた家族。 “死んだ皇女”として歴史から名を消した少女は、 身分を隠し、名前を変え、生き延びることを選んだ。 彼女を支えるのは、代々皇族を護る宿命を背負う アルヴェイン公爵家の若き公子、ノアリウス・アルヴェイン。 そして、神を祀る隣国《エルダール》で出会った、 冷たい金の瞳をした神子。 ふたつの光のあいだで揺れながら、 エリシアは“誰かのための存在”ではなく、 “自分として生きる”ことの意味を知っていく。 これは、名前を捨てた少女が、 もう一度「名前」を取り戻すまでの物語。 ※校正にAIを使用していますが、自身で考案したオリジナル小説です。

最愛の番に殺された獣王妃

望月 或
恋愛
目の前には、最愛の人の憎しみと怒りに満ちた黄金色の瞳。 彼のすぐ後ろには、私の姿をした聖女が怯えた表情で口元に両手を当てこちらを見ている。 手で隠しているけれど、その唇が堪え切れず嘲笑っている事を私は知っている。 聖女の姿となった私の左胸を貫いた彼の愛剣が、ゆっくりと引き抜かれる。 哀しみと失意と諦めの中、私の身体は床に崩れ落ちて―― 突然彼から放たれた、狂気と絶望が入り混じった慟哭を聞きながら、私の思考は止まり、意識は閉ざされ永遠の眠りについた――はずだったのだけれど……? 「憐れなアンタに“選択”を与える。このままあの世に逝くか、別の“誰か”になって新たな人生を歩むか」 謎の人物の言葉に、私が選択したのは――

ハイスぺ幼馴染の執着過剰愛~30までに相手がいなかったら、結婚しようと言ったから~

cheeery
恋愛
パイロットのエリート幼馴染とワケあって同棲することになった私。 同棲はかれこれもう7年目。 お互いにいい人がいたら解消しようと約束しているのだけど……。 合コンは撃沈。連絡さえ来ない始末。 焦るものの、幼なじみ隼人との生活は、なんの不満もなく……っというよりも、至極の生活だった。 何かあったら話も聞いてくれるし、なぐさめてくれる。 美味しい料理に、髪を乾かしてくれたり、買い物に連れ出してくれたり……しかも家賃はいらないと受け取ってもくれない。 私……こんなに甘えっぱなしでいいのかな? そしてわたしの30歳の誕生日。 「美羽、お誕生日おめでとう。結婚しようか」 「なに言ってるの?」 優しかったはずの隼人が豹変。 「30になってお互いに相手がいなかったら、結婚しようって美羽が言ったんだよね?」 彼の秘密を知ったら、もう逃げることは出来ない。 「絶対に逃がさないよ?」

幼い頃に、大きくなったら結婚しようと約束した人は、英雄になりました。きっと彼はもう、わたしとの約束なんて覚えていない

ラム猫
恋愛
 幼い頃に、セリフィアはシルヴァードと出会った。お互いがまだ世間を知らない中、二人は王城のパーティーで時折顔を合わせ、交流を深める。そしてある日、シルヴァードから「大きくなったら結婚しよう」と言われ、セリフィアはそれを喜んで受け入れた。  その後、十年以上彼と再会することはなかった。  三年間続いていた戦争が終わり、シルヴァードが王国を勝利に導いた英雄として帰ってきた。彼の隣には、聖女の姿が。彼は自分との約束をとっくに忘れているだろうと、セリフィアはその場を離れた。  しかし治療師として働いているセリフィアは、彼の後遺症治療のために彼と対面することになる。余計なことは言わず、ただ彼の治療をすることだけを考えていた。が、やけに彼との距離が近い。  それどころか、シルヴァードはセリフィアに甘く迫ってくる。これは治療者に対する依存に違いないのだが……。 「シルフィード様。全てをおひとりで抱え込もうとなさらないでください。わたしが、傍にいます」 「お願い、セリフィア。……君が傍にいてくれたら、僕はまともでいられる」 ※糖度高め、勘違いが激しめ、主人公は鈍感です。ヒーローがとにかく拗れています。苦手な方はご注意ください。 ※『小説家になろう』様『カクヨム』様にも投稿しています。

処理中です...