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第33話
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「こうして見てると逆に誘われてるみたいな気持ちになるね」
「……?」
「早く触れて欲しいと震えて、僕を誘っているみたいだ」
「……そんなことッ」
少し手を伸ばせば触れられる距離にいるのに、保胤は動かない。ゆっくりと煙草を吸いながら、ただ目だけで一葉を辱める。
「……一葉は吠えない代わりによく泣くね」
一葉は泣いていた。かすかな嗚咽を漏らしながらぽろぽろとこぼれる涙を拭うこともできず、絨毯に幾つものシミを作っていく。極度の緊張と羞恥と恐怖で混乱状態だった。
「はぁ……」
保胤は側にあった灰皿に煙草を押し付けて腰を上げた。一葉はびくりと肩をあげて思わずぎゅっと目を閉じる。その瞬間、乱暴に顎を捕まれる。
「目を閉じるなと言っただろう?」
冷たく言い放った瞬間、保胤は一葉の唇に自分の唇を重ねた。
乱暴な手付き、乱暴な言葉とは正反対の、ほんの一瞬触れるだけの優しい口づけだった。
「あ……」
唇を離すと歪んだ保胤の顔がそこにあった。傷ついたような、泣き出しそうな顔だった。
(どうして……)
戸惑う一葉から顔を背けて保胤は浴室に続く扉へと向かった。
――ガチャリ
鍵の開く音に一葉は耳を疑って振り返る。保胤は浴室に投げ捨てた自分のシャツを拾って部屋へと戻り、一葉の肩にかけた。
「もう……いい。自分の部屋へ戻りなさい」
保胤はそのまま一葉の横を通り過ぎて、再び煙草の箱を手に取る。新しく一本取り出して火をつけた。
突然解放され一葉は一層混乱したが、ゆっくり足を動かして鍵の開いた扉へと歩いていく。
一歩一歩、歩きながら保胤のことを考えていた。
(どうして……あんな……悲しそうな顔を……)
一葉はそっと後ろを振り返る。保胤は一葉に背中を向けたまま俯き加減で煙草を吸っていた。細い煙がゆらゆらと天井へと登っていくのが見えた。保胤に掛けられた彼のワイシャツをきゅっと握る。
「……」
パタン、と扉の締まる音がして保胤は目を瞑った。そのまま鼻から深く空気を吸って、ため息を混じりの煙を吐く。窓辺に映る自分の顔を見ると、情けない男の顔がそこにあった。
吸ったばかりの煙草を消して振り向く。そして目を見開いた。
「……何してるの」
扉の前に、出て行ったはずの一葉が立っていた。
「保胤さん……ごめん……なさ――」
「それは何の謝罪?」
保胤は一葉の声を遮るように問う。
「あ……あなたとの契約を破ったことと……あなたを傷つけたこと……」
一葉はそういうと寝室へと戻っていく。
「あなたに抱かれるのが嫌だからとか……そんなつもりじゃありませんでした……」
保胤の顔には傷がある。
その傷がどういう理由でついたのか一葉は知らない。
だが、今の保胤の傷は顔だけではないことに一葉はようやく気付いた。そして、その傷を誰がつけたのかも。
(私が……あんな顔をさせてしまったんだ……)
口づけの後に見た、保胤の悲痛な表情。本当はもっと自分のことを乱暴に扱うつもりだっただろうに保胤はそうしなかった。そう出来ないほど失望し、同時に納得したのだろう。自分の顔がこうだから一葉は契約を破ったのだと。
「信じてもらえないかもしれませんが……」
一歩、一歩、一葉は保胤の元へと戻る。
「緒方商会の製鉄事業に堂薗様が関わっていると知ったのは偶然です……私がお酒を飲み過ぎてバルコニーで休んでいたところに堂薗様がお水を持ってきてくださいました。それから自己紹介の流れで堂薗様の方から緒方商会の製鉄事業に関わっているのだと仰いました……」
保胤からすれば言い訳にしか聞こえないだろうと分かっていたが、それでも一葉は素直にありのままを話す。
「どのような形で携わっていらっしゃるのかと私から聞きました。そのあと、保胤さんが私たちに声を掛けたから具体的なことは何も知りません」
保胤に触れられる距離まで近づいて一葉は立ち止まった。
「私は……どうしても今夜中に緒方商会の情報を掴む必要がありました……だから、あなたを出し抜くような真似をしたんです」
「それは君の飼い主にそう命じられたから?」
「……はい」
「どうして今夜中なの?」
「……私がまだ何も成果を上げていないからです。このまま何も掴めないなら撤退して別の任務に着くことになります」
保胤は腕を組んで、壁にもたれ掛かる。
「……どうしてそれを早く僕に言わなかった?」
「……ごめんなさい……その……何を言っても聞いてもらえない気がして……」
豹変した保胤が怖くて言えなかった。
保胤は深くため息をつき、今度は自分から一葉に近づき強く抱きしめた。
「……ごめん。怖がらせたね」
聞いたこともない保胤のか細い声に一葉は胸がきゅうっと痛む。遠慮がちに自分も保胤の背中に手を回して彼を抱きしめる。
「私も……ごめんなさい……」
抱きしめていた腕を離して、保胤は一葉の顔を覗き込む。
「ダメ」
「え?」
「言葉だけじゃなくてちゃんと誠意を見せて。そしてたら……そうだな、ご褒美あげるよ」
「え、え?」
「君は結局任務を遂行していない。このままじゃまずいのでしょう? 誠意次第で欲しがっている情報を教えてあげる」
気付けばいつもの保胤の顔に戻っていた。
「またあなたは……すぐそういういじわるを……」
「そうだよ?」
微笑み、大きな掌で一葉の頬を撫でる。
「だからちゃんとおねだりして」
*********
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「……?」
「早く触れて欲しいと震えて、僕を誘っているみたいだ」
「……そんなことッ」
少し手を伸ばせば触れられる距離にいるのに、保胤は動かない。ゆっくりと煙草を吸いながら、ただ目だけで一葉を辱める。
「……一葉は吠えない代わりによく泣くね」
一葉は泣いていた。かすかな嗚咽を漏らしながらぽろぽろとこぼれる涙を拭うこともできず、絨毯に幾つものシミを作っていく。極度の緊張と羞恥と恐怖で混乱状態だった。
「はぁ……」
保胤は側にあった灰皿に煙草を押し付けて腰を上げた。一葉はびくりと肩をあげて思わずぎゅっと目を閉じる。その瞬間、乱暴に顎を捕まれる。
「目を閉じるなと言っただろう?」
冷たく言い放った瞬間、保胤は一葉の唇に自分の唇を重ねた。
乱暴な手付き、乱暴な言葉とは正反対の、ほんの一瞬触れるだけの優しい口づけだった。
「あ……」
唇を離すと歪んだ保胤の顔がそこにあった。傷ついたような、泣き出しそうな顔だった。
(どうして……)
戸惑う一葉から顔を背けて保胤は浴室に続く扉へと向かった。
――ガチャリ
鍵の開く音に一葉は耳を疑って振り返る。保胤は浴室に投げ捨てた自分のシャツを拾って部屋へと戻り、一葉の肩にかけた。
「もう……いい。自分の部屋へ戻りなさい」
保胤はそのまま一葉の横を通り過ぎて、再び煙草の箱を手に取る。新しく一本取り出して火をつけた。
突然解放され一葉は一層混乱したが、ゆっくり足を動かして鍵の開いた扉へと歩いていく。
一歩一歩、歩きながら保胤のことを考えていた。
(どうして……あんな……悲しそうな顔を……)
一葉はそっと後ろを振り返る。保胤は一葉に背中を向けたまま俯き加減で煙草を吸っていた。細い煙がゆらゆらと天井へと登っていくのが見えた。保胤に掛けられた彼のワイシャツをきゅっと握る。
「……」
パタン、と扉の締まる音がして保胤は目を瞑った。そのまま鼻から深く空気を吸って、ため息を混じりの煙を吐く。窓辺に映る自分の顔を見ると、情けない男の顔がそこにあった。
吸ったばかりの煙草を消して振り向く。そして目を見開いた。
「……何してるの」
扉の前に、出て行ったはずの一葉が立っていた。
「保胤さん……ごめん……なさ――」
「それは何の謝罪?」
保胤は一葉の声を遮るように問う。
「あ……あなたとの契約を破ったことと……あなたを傷つけたこと……」
一葉はそういうと寝室へと戻っていく。
「あなたに抱かれるのが嫌だからとか……そんなつもりじゃありませんでした……」
保胤の顔には傷がある。
その傷がどういう理由でついたのか一葉は知らない。
だが、今の保胤の傷は顔だけではないことに一葉はようやく気付いた。そして、その傷を誰がつけたのかも。
(私が……あんな顔をさせてしまったんだ……)
口づけの後に見た、保胤の悲痛な表情。本当はもっと自分のことを乱暴に扱うつもりだっただろうに保胤はそうしなかった。そう出来ないほど失望し、同時に納得したのだろう。自分の顔がこうだから一葉は契約を破ったのだと。
「信じてもらえないかもしれませんが……」
一歩、一歩、一葉は保胤の元へと戻る。
「緒方商会の製鉄事業に堂薗様が関わっていると知ったのは偶然です……私がお酒を飲み過ぎてバルコニーで休んでいたところに堂薗様がお水を持ってきてくださいました。それから自己紹介の流れで堂薗様の方から緒方商会の製鉄事業に関わっているのだと仰いました……」
保胤からすれば言い訳にしか聞こえないだろうと分かっていたが、それでも一葉は素直にありのままを話す。
「どのような形で携わっていらっしゃるのかと私から聞きました。そのあと、保胤さんが私たちに声を掛けたから具体的なことは何も知りません」
保胤に触れられる距離まで近づいて一葉は立ち止まった。
「私は……どうしても今夜中に緒方商会の情報を掴む必要がありました……だから、あなたを出し抜くような真似をしたんです」
「それは君の飼い主にそう命じられたから?」
「……はい」
「どうして今夜中なの?」
「……私がまだ何も成果を上げていないからです。このまま何も掴めないなら撤退して別の任務に着くことになります」
保胤は腕を組んで、壁にもたれ掛かる。
「……どうしてそれを早く僕に言わなかった?」
「……ごめんなさい……その……何を言っても聞いてもらえない気がして……」
豹変した保胤が怖くて言えなかった。
保胤は深くため息をつき、今度は自分から一葉に近づき強く抱きしめた。
「……ごめん。怖がらせたね」
聞いたこともない保胤のか細い声に一葉は胸がきゅうっと痛む。遠慮がちに自分も保胤の背中に手を回して彼を抱きしめる。
「私も……ごめんなさい……」
抱きしめていた腕を離して、保胤は一葉の顔を覗き込む。
「ダメ」
「え?」
「言葉だけじゃなくてちゃんと誠意を見せて。そしてたら……そうだな、ご褒美あげるよ」
「え、え?」
「君は結局任務を遂行していない。このままじゃまずいのでしょう? 誠意次第で欲しがっている情報を教えてあげる」
気付けばいつもの保胤の顔に戻っていた。
「またあなたは……すぐそういういじわるを……」
「そうだよ?」
微笑み、大きな掌で一葉の頬を撫でる。
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