黒覆面の若旦那は嘘つき花嫁をほだして愛する

ワタリ

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第43話:旦那様の傷

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 このところ保胤の様子がおかしい。

 そう一葉が気付いたのは、喜多治家に任務報告へ行った日から数日ほど経った頃だった。

「一葉さん、ただいま」
「お……お帰りなさいませ」

 最初こそたまたまそういう日が続いているだけかと思ったが、どうやらそうではないと8日目にして確信した。

「今日も随分とお早いですね……」
「うん。午前中で会議は終わったし残りは会社でないと出来ない仕事でもないから。午後からは書斎で仕事をします」
「午後……?」

 一葉は時計を見る。まだ午前10時を回ったところだった。朝、保胤が自宅を出てから3時間しか経っていない。

 保胤はこのところずっとこうだ。やけに早く帰宅する。昨日も朝出掛けて行ったと思ったら昼前に帰ってきた。この家の主は彼なのだから早く帰ってこようと何も問題はないのだが、こうなっている原因が自分にあると分かっているから一葉は気が気でなかった。

(これは……監視されているのよね)

 保胤は一葉が入手した情報を外部へ報告したことに気付いたのだろう。手に入れた情報は飼い主に勝手に報告すればいいと保胤自身そう言って許してはいたが、本当にみすみす見過ごすとは考えにくいと一葉は思っていた。

(私の行動を監視して裏で誰が手を引いているのか掴むつもりかしら……)

 保胤の在宅中に下手に動けば情報を流している先が喜多治家であるとバレてしまう。

(困ったな……だからと言って報告を滞らせる訳にもいかないし……この状況を誰かに伝えられたらいいんだけど)

 状況を打破する方法を考えながら一葉は昼餉の準備を始めた。米をざるに二合分あげ、水道の蛇口に手を掛けた。

「今日のお昼はなんですか?」
「きゃっ!」

 突然背後から保胤に話し掛けられた。いや、話し掛けられているというよりもたれ掛かられている。流し台の縁に両手を置いて一葉の身体を囲む。

「び……びっくりした! 普通に話し掛けてください!」
「普通に話し掛けましたよ。今からご飯炊くの?」

 一葉の肩に顎を置いて、保胤はさらに身体を密着させる。

「ちょっ……近いです……洗いにくいから……あ……ッ!」

 保胤はうなじに唇を寄せる。

「ねぇ、お昼はまだ先でいいよ。それより僕の書斎へ来て」
「だ、だめです! ととというか! あなた今お仕事中でしょう!?」
「今は早めの休憩中」

 流し台に置いていた手を片方外し、一葉の太ももあたりに触れる。保胤の意図していることを理解して一葉はもがく。

「み、三上さんに見られでもしたら……!」
「庭師と話していたから当分台所へは来ないよ。ほら、嫌なら来て。そうじゃなきゃここで続けます」
「ずるい!!」
「そうですよ?」

 あっけらかんと言いのけ、保胤は一葉の着物の裾をまくり上げた。ふくらはぎが露わになり、はだけた合わせ目から保胤は手を差し込む。

「…………ッ!」

 直に肌に触れられ一葉は涙目になる。保胤の腕を掴んで止めようとするがビクともしない。それどころか保胤はお構いなしに一葉の太ももの内側を弄る。マスクを少しずらしてうなじに吸いつく。

「こんな場所でなんて嫌です……保胤さん……お願いですから……」

 震える膝を必死で踏ん張りながら顔だけ振り返り、止めてほしいと保胤に訴える。一葉の濡れた眼差しに保胤は無意識に自分の唇を舐めた。

「だったら部屋へ行きましょう。君だってそろそろ欲しいんじゃないですか?」
「へ、へ、変な言い方しないでくださいよ!!」
「えー。僕は新しい情報のことを言っただけです。ねぇ、何だと思ったの? いやらしいなぁ、一葉さん」
「いい加減に……!!」
「ほらほら、大きな声を出すと三上さんが心配して来ちゃうかもしれないよ?」
「うぅ……!!」

 敵わない。これ以上抵抗しても無駄だ。保胤なら本当にこのまま台所でことを進めそうで恐ろしかった。

「分かりました! 分かりましたから! あなたの部屋に行きますからもう止めて……!」

 一葉の承諾を得た瞬間、保胤はぱっと身体を離した。一葉は乱れた着物を急いで整える。

「どうせ脱ぐのに」
「馬鹿言わないでください!!」
「ふふ……馬鹿って人生で初めて言われました」

 怒られているのに嬉しそうに保胤は笑っている。
 その笑顔の分だけ自分はこれから目の前の男にとんでもないことをされるのだと思うと益々気が重い。ならばせめて自分の目的を果たしたい。

「……絶対……絶対に! 絶対に! 私が聞いたこと教えてくださいよ!」
「一葉さん、等価交換の法則って知っていますか? 何かを得るためにはそれと同等の代価を払う必要があります。まずはお代を頂戴しないと」
「~~~~~~~~!!!!」
 
 もう何も言わない方が得策だと一葉は思った。

(あ、いやせめてこれだけは……)

 一葉はざるにあけた米を見る。

「……あの、本当にお昼が遅くなるからせめてお米だけでも洗わせてください」
「ああ、大丈夫。一葉さんは僕と急用だと三上さんに伝えてありますから。あと、今日は庭師さんも来ていらっしゃるからお昼は蕎麦を頼んであります」

 一葉は絶句した。
 保胤は最初から何がなんでも自分を部屋に連れ込む気でいたのだ。

「あなたって本当に………………」
「あ、その軽蔑の眼差しそそりますね。僕の部屋でもっと睨んでください」

 上機嫌な覆面の変人に肩を抱かれ一葉は重い足取りで書斎へと向かった。



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