(R18完結)傀儡師(かいらいし)は闇の中で啼く肉壺を激しく愛す

如月紫苑

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第二章 記憶の扉

9 固い殻

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    ◇◇◇
 住処の一つにしている空き家の扉を押し開けると、ひんやりとした埃っぽい空気が流れ出す。
 グンギが先に入って見回り、灯りを灯してくれる。少し汚いが寝るには困らない。ゼノは窓際の椅子に腰を下ろし、外の闇を見ている。ふと部屋の中見回す。
「……ここは君の家なのか」
「住むほどでもなかったけどな。男を抱く時に使ってた部屋だ」
 彼が顔を顰めるのを見て低く笑う。
「君はやはり最低だな」
「ゲスで最低。けどそれが俺なんだってもう先に知っていただろ」
 ゼノは黙る。膝の上の指が、わずかに固く組まれる。
「だけど誰よりもゼノの事は大切にする」
 彼が俺から目を背ける。

――――流石に人間はなかなか心を開いてくれないな。ちょっとずつ揺さぶっていくか

 俺は鞄を放り投げて椅子に腰掛け、片足を机に乗せて笑う。
「お前は本当に必要以上しゃべらないよな」
「話す必要がないからな」
 ゼノの返しは冷たい。視線も向けずに外を睨む。
 俺は鼻で笑った。
「人との付き合い方が下手だな。遊びの女も友もいた事がなさそうな感じ」
「……」
 彼は答えない。だがわずかに顎が強張ったのを俺は見逃さない。実際にいたかどうかは覚えていないのだろうし大事なのはそこではない。
「俺の事は信じられないか?」
 軽く挑発混じりに言うと、ゼノはやっと俺に視線を向ける。その瞳は相変わらず冷たいが、どこか刺すような光を孕んでいる。
「君が何者かも知らない。セックス以外に何故私を傀儡にしたがったのかも分からない。どうして信頼が出来ると思う?」
 吐き捨てるでもなく、ただ淡々と。だがその奥に、まだ消えない拒絶が滲む。
 俺は笑いを深める。
「そう疑いながらも、君は俺を受け入れた。自分でも分かってんだろ、俺を必要だからっていう理由だけじゃない。俺に興味があるんだ」
「……」
 ゼノは答えずに視線を逸らす。拳が屈辱を感じているかのように震える。
 俺は片肘を机につき、彼の方へと身を乗り出す。
「今のそれ、いい表情だ。信じたくないけど俺に興味がある顔。それでいい。少しずつでいいから俺を受け入れろ」
「……気持ちの悪い言い方だな、ゲス野郎」
 ようやく返してきた声には、うっすら苛立ちが混じっている。
「だからそれは褒め言葉だって言っているだろ」
 俺は喉を鳴らして低く笑う。
 沈黙が返ってくる。男は呼吸を整えるように目を伏せた。だがその無表情はもう俺に対しては崩れ始めてきている。
 その横顔を暫く眺めて堪能していたが、ふと声を落とす。彼を不安にさせたいわけではない。
「安心しろ。俺は傀儡を裏切った事は一度もない。……お前の事も絶対に裏切る事はない。繋がりが強くなれば俺の気持ちもゼノに流れ始める。俺の心の中、気持ち、考え、全部感じられるようになる」
 彼は不快なように眉を顰める。だがその瞳の奥では俺の言葉を何度も反芻している。
 それは信じたい気持ちと、信じればまた裏切られるという恐怖。彼の無意識の自衛の為の拒絶を感じる。

――――お前もこっ酷く裏切られたのか?

 俺をどう受け止めればいいのか分からない混乱と恐怖が引き起こす狭間で、彼は無言のまま苦しんでいる。

――――多少の流れてくる感情は読めるんだが、俺を完全に信用してくれるまで繋がりは悪いだろうな。俺の傀儡に対する気持ちを何度も見せていくしかねぇかな
 
 俺はふと視線を横に流す。グンギが遠慮気味に視線を合わせる。彼の熱の籠った潤んだ目。
 この場でゼノをそれ以上追い詰めず、椅子から立ち上がる。笑いながらグンギの首を引き寄せる。
「どうした? 甘えたいのか?」
 指先で顎を押さえ、唇を重ねる。何度も優しく舌を絡める。グンギが長い右脚を俺の腰に絡ませる。
 その素直な可愛さに笑いながら唇を舐める。
 ぐっと息を呑む音が背後でする。
 視線だけ窓の方へ向けると、ゼノは椅子に腰掛けて俺達を見ている。表情は冷たいのに、その瞳の奥には焚火の前にいた時とは違う色が揺らいでいる。
 俺はそれに気付かない振りをしながら彼から目を逸らし、グールを後ろのベッドに押し倒す。服を剥ぎ、喉を鳴らさせながら熱い体を抱き締める。
「可愛いよ、グンギ。今度はゼノを混ぜて抱き合うか?」
 グールを抱き締めながら笑うと、ゼノが硬直する。やがて低く吐き出すように向こうで呟く。
「……最低野郎だな」
 やたらと緊張をし、声は硬く張り詰めている。俺を酷く意識している反応。
 俺は笑いを深める。
「ああ。だが……それでもまだ俺を見ているじゃねぇか」
 その瞬間、ゼノの指先が微かに震えるのを俺は見逃さない。
「何故見ているんだ、毎回? 最初から最後まで」
 挑発を重ねる俺の声に、彼は返事をしない。たが冷たい瞳は相変わらず俺と傀儡を映し、逸らされない。
「……君の下品な性格には吐き気がする」
 唇から零れた声は冷ややかで、氷の刃のように鋭い。
 だがその指先はまだ震えている。拒絶と混乱と、言葉では言い表せない熱が入り混じる。
 俺はあえてそれにはもう何も言わず、グンギを優しく抱き寄せて後頭部を優しく撫でる。グンギは俺の体に抱き付く。
「はは、本当に可愛いだろ。素直で可愛い傀儡はな、こうやって好きなだけ甘やかす事にしているんだ」
「ジーク様が望むならば、いい」
 突然胸元のグンギが小さな声で遠慮気味に囁く。
 俺達は彼を見るとグールは伸び上がって俺の首に両腕を巻き付ける。
「ジーク様が望むならば、ゼノもいい」
 俺は少し目を見開く。
「はは、本当に健気過ぎてもっと優しくしたくなる。大丈夫だ。そんな事は絶対にしない。グンギを抱く時はグンギしか見ないよ。ゼノを抱く時もゼノだけだ。じっくりと一人一人愛し合うのが好きなんだ。悪い冗談だったな。悪かった」
 グールの口元で囁きながら、唇を寄せる。
 男は顔を背ける。だが赤く染まっていくの耳が灯りに浮かぶ。
「……ゲスでも謝るんだな」
「当たり前だ。自分が悪ければ謝るのは普通だろ。俺のイメージ、どれだけ最悪なんだよ」
「自業自得だろ」
 吐き捨てるような言葉の後、彼は立ち上がり、完全に背を向ける。月明かりの下で、細い肩がかすかに震えている。

――――時間が欲しいな。あまり記憶も関係も急がせたくない。だがあの王の使者の反応から考えるとゆっくりする余裕はないだろうな
 
 ベッドに横たわり、グンギが俺に沿うように身を寄せてくる。その愛おしい体を抱き寄せて足を絡ませる。
「おやすみ、グンギ。おやすみ、ゼノ」
 傀儡に囁き背中を優しく撫でながら、視線を窓辺に送る。
 彼はまだ月を見つめている。その硬い表情の睫毛が微かに揺れるのを、俺は見逃さなかった。
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