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第四章 傀儡師と緑瞳の王
26 暗殺の依頼主
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◇◇◇
城は約二世紀前に建てられた石造りだ。巨大なだけあって侵入口も多い。入り口という入り口には兵が立ち、いつか聞いたように通行者の顔を確認している。王都の真ん中にある城だ。グンギや他の傀儡達はまた来れてくる訳にはいかなかった。ずっと深い地中のワームは何体か解放した。最悪、必要ならば俺が強制傀儡の術を使ってゼノを助ける。
俺達はまた男女の恋人変装で歩いている。
高い塀の方に行くと俺はゼノの脚力を操って飛び越すように操作する。俺自身は自分の体を傀儡のように操って脚力を増幅させる。自分の脚力の最大限を引き出し、一気に跳ね上がる。
塀の反対側にいるゼノは最初に出会った頃のような無表情に戻っている。姿勢を正し、誰も寄せ付けようとしない。そして相手を見下すような、冷たい視線。
――――シアン王子に戻ったか
だが、心は俺と繋がっている。
そして側に寄ると俺しか分からないぐらい、緊張が解ける。
発見されないよう静かに壁沿いを歩く。大きな中庭のバラ園を通った先にいつも開いている大きな窓があるらしい。廊下の端にあるそこからシアン王子の部屋は近い。
――――城の中でも端の方へと追いやられてやがる
「大丈夫だと思う。私の部屋には、もう何年も誰も尋ねに来ていない。私がいない間は掃除すらされないと思う」
――――王族なのに。自分の出生なんてゼノのコントロール外なのに、それで彼を罰するような扱い。きつい幼少期だったんだろうな
想像するだけで心が痛む。
「そうか――――」
「まだ見つからないの?」
突然、俺達のいるすぐ横で力強く澄んだ女性の声がする。反射的に立ち上がろうとするゼノの口を塞ぎ、地面へと引っ張り下ろす。彼は少し頭を振るが、俺は彼を押さえ、姿勢を低くして広く覆い茂ったバラの低木に身を隠す。
濃厚なバラとむせ返るような土の匂い。
敵陣の中でどこもかしこも気配が蠢いていると、近くに人がいるのを探知出来ない。俺は舌打ちしたいのを我慢して気配を消す。
「申し訳ございません。彼の逃げそうなルートを予測しておりましたが、まだ報告が入ってきておりません」
「所詮ガゥルー家はこの程度? もしシアンが戻ってきたとしても、婚約は見直した方がいいのかしら」
「こんな事はございません! 必ず私達がシアン王子を見付けますわ。ですからお約束の件をよろしくお願いいたします」
「シアンの遺体と交換よ。急いで。ザハルがもうすぐ動き出してしまうわ。私の立場ももうすぐ悪くなる」
俺はゼノの体を押さえ付けたまま息を潜めている。足音が遠ざかるまでその姿勢を保つ。
バラの低木にいた小さな芋虫が腕にくっ付いている。それを優しく払って頭を上げる。
「行ったぞ。……ゼノ?」
彼は地面に伏せたまま青白い顔で俺を見上げる。頬は涙で濡れている。
「……今のは、母上と多分婚約者」
「……そうか」
俺は反応しなくなったゼノを立たせ、雲った緑瞳を覗き込む。
「取り敢えず部屋までは我慢してくれ。無事に隠れるまでだ」
彼は無言で頷く。
流れる涙が顎から滴り、引き裂かれるような心の痛みが流れ込んでくる。
警備兵が何人か通るのをやり過ごし、城の中へと侵入する。深い藍色のカーペットが廊下いっぱいに広がっている。角を曲がった所に一人の警備兵の気配を感知する。
手を小さく振ってその警備兵を立たせたまま、意識を操る。
「ここの角を曲がった部屋か?」
ゼノが小さく頷く。目を開けたままの警備兵を見掛け、彼はビクッと体を強張らせる。それでも反応のない兵に俺の顔を疑問形で振り向く。
「俺達だけ認識しないようにした。姿と音だ。誰か廊下を通ればちゃんと挨拶はするから、俺達が部屋に入ったのは誰にもばれない」
それでも気になるらしく、ゼノは兵をちらちらと見ながら部屋を開ける。
カチャッ
その部屋は広い。広いが、狭い。
この国の皇子の寝室の割には質素で飾り気がない。物も極端に少ない。温かみはないが、机の方は使い込んできた痕跡が残っている。ゼノが自分の居場所を一生懸命自ら頑張って築こうとしてきた痕跡だ。テーブルの上を軽く撫でると埃が指先に付く。彼が言っていたように掃除すらされていない。
「……母上が……母上が、私の暗殺を企てたのか? ……私が……嫌いだったのか? ……母上も……私に死んで貰いたがっていたのか」
俺は無言でゼノを抱き締める。彼は震えながら俺の背にしがみ付き、音のない悲鳴を何度も何度も、放つ。
窓から入ってくる明かりがゆっくりと傾き始める。
ずっと抱き締めていたゼノはもう脱力して俺に寄り掛かっている。俺達は先程ソファに移動をした。彼は俺に触れていると落ち付くらしくずっとしがみ付いている。そんな彼の背中をずっと静かに擦っている。
やがて夜は息を潜め、王都の明かりが一つ、また一つと消えていく。白銀の月が石畳に冷たく光り、遠くで蹄の音が響く。
俺達はそんな遠くの景色を王子の部屋の窓から無言で見つめる。
俺達がこの部屋に入ってから半日ぐらい経った。その間に部屋の前を通った者は一人もいない。本当にゼノはずっと隅に追いやられていたのだ。それが不憫で、悔しくて、悲しくてしょうがない。
「母上は……母上だけは、ずっと私の味方だと思っていた。思い返せば……母上は王への自分の影響力が好きだ。私は使いやすい駒であり……駒でなくなると邪魔になったのか」
「最近何か母君に反抗したのか?」
「婚約を解消したいと母上に話した。暗殺されそうになったのはその翌朝だ」
――――疑いようのないタイミングだな
城は約二世紀前に建てられた石造りだ。巨大なだけあって侵入口も多い。入り口という入り口には兵が立ち、いつか聞いたように通行者の顔を確認している。王都の真ん中にある城だ。グンギや他の傀儡達はまた来れてくる訳にはいかなかった。ずっと深い地中のワームは何体か解放した。最悪、必要ならば俺が強制傀儡の術を使ってゼノを助ける。
俺達はまた男女の恋人変装で歩いている。
高い塀の方に行くと俺はゼノの脚力を操って飛び越すように操作する。俺自身は自分の体を傀儡のように操って脚力を増幅させる。自分の脚力の最大限を引き出し、一気に跳ね上がる。
塀の反対側にいるゼノは最初に出会った頃のような無表情に戻っている。姿勢を正し、誰も寄せ付けようとしない。そして相手を見下すような、冷たい視線。
――――シアン王子に戻ったか
だが、心は俺と繋がっている。
そして側に寄ると俺しか分からないぐらい、緊張が解ける。
発見されないよう静かに壁沿いを歩く。大きな中庭のバラ園を通った先にいつも開いている大きな窓があるらしい。廊下の端にあるそこからシアン王子の部屋は近い。
――――城の中でも端の方へと追いやられてやがる
「大丈夫だと思う。私の部屋には、もう何年も誰も尋ねに来ていない。私がいない間は掃除すらされないと思う」
――――王族なのに。自分の出生なんてゼノのコントロール外なのに、それで彼を罰するような扱い。きつい幼少期だったんだろうな
想像するだけで心が痛む。
「そうか――――」
「まだ見つからないの?」
突然、俺達のいるすぐ横で力強く澄んだ女性の声がする。反射的に立ち上がろうとするゼノの口を塞ぎ、地面へと引っ張り下ろす。彼は少し頭を振るが、俺は彼を押さえ、姿勢を低くして広く覆い茂ったバラの低木に身を隠す。
濃厚なバラとむせ返るような土の匂い。
敵陣の中でどこもかしこも気配が蠢いていると、近くに人がいるのを探知出来ない。俺は舌打ちしたいのを我慢して気配を消す。
「申し訳ございません。彼の逃げそうなルートを予測しておりましたが、まだ報告が入ってきておりません」
「所詮ガゥルー家はこの程度? もしシアンが戻ってきたとしても、婚約は見直した方がいいのかしら」
「こんな事はございません! 必ず私達がシアン王子を見付けますわ。ですからお約束の件をよろしくお願いいたします」
「シアンの遺体と交換よ。急いで。ザハルがもうすぐ動き出してしまうわ。私の立場ももうすぐ悪くなる」
俺はゼノの体を押さえ付けたまま息を潜めている。足音が遠ざかるまでその姿勢を保つ。
バラの低木にいた小さな芋虫が腕にくっ付いている。それを優しく払って頭を上げる。
「行ったぞ。……ゼノ?」
彼は地面に伏せたまま青白い顔で俺を見上げる。頬は涙で濡れている。
「……今のは、母上と多分婚約者」
「……そうか」
俺は反応しなくなったゼノを立たせ、雲った緑瞳を覗き込む。
「取り敢えず部屋までは我慢してくれ。無事に隠れるまでだ」
彼は無言で頷く。
流れる涙が顎から滴り、引き裂かれるような心の痛みが流れ込んでくる。
警備兵が何人か通るのをやり過ごし、城の中へと侵入する。深い藍色のカーペットが廊下いっぱいに広がっている。角を曲がった所に一人の警備兵の気配を感知する。
手を小さく振ってその警備兵を立たせたまま、意識を操る。
「ここの角を曲がった部屋か?」
ゼノが小さく頷く。目を開けたままの警備兵を見掛け、彼はビクッと体を強張らせる。それでも反応のない兵に俺の顔を疑問形で振り向く。
「俺達だけ認識しないようにした。姿と音だ。誰か廊下を通ればちゃんと挨拶はするから、俺達が部屋に入ったのは誰にもばれない」
それでも気になるらしく、ゼノは兵をちらちらと見ながら部屋を開ける。
カチャッ
その部屋は広い。広いが、狭い。
この国の皇子の寝室の割には質素で飾り気がない。物も極端に少ない。温かみはないが、机の方は使い込んできた痕跡が残っている。ゼノが自分の居場所を一生懸命自ら頑張って築こうとしてきた痕跡だ。テーブルの上を軽く撫でると埃が指先に付く。彼が言っていたように掃除すらされていない。
「……母上が……母上が、私の暗殺を企てたのか? ……私が……嫌いだったのか? ……母上も……私に死んで貰いたがっていたのか」
俺は無言でゼノを抱き締める。彼は震えながら俺の背にしがみ付き、音のない悲鳴を何度も何度も、放つ。
窓から入ってくる明かりがゆっくりと傾き始める。
ずっと抱き締めていたゼノはもう脱力して俺に寄り掛かっている。俺達は先程ソファに移動をした。彼は俺に触れていると落ち付くらしくずっとしがみ付いている。そんな彼の背中をずっと静かに擦っている。
やがて夜は息を潜め、王都の明かりが一つ、また一つと消えていく。白銀の月が石畳に冷たく光り、遠くで蹄の音が響く。
俺達はそんな遠くの景色を王子の部屋の窓から無言で見つめる。
俺達がこの部屋に入ってから半日ぐらい経った。その間に部屋の前を通った者は一人もいない。本当にゼノはずっと隅に追いやられていたのだ。それが不憫で、悔しくて、悲しくてしょうがない。
「母上は……母上だけは、ずっと私の味方だと思っていた。思い返せば……母上は王への自分の影響力が好きだ。私は使いやすい駒であり……駒でなくなると邪魔になったのか」
「最近何か母君に反抗したのか?」
「婚約を解消したいと母上に話した。暗殺されそうになったのはその翌朝だ」
――――疑いようのないタイミングだな
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