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天文28年

第三十二話 八咫鏡と失われた命

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 その光景に、私は茫然自失した。
 
 倉庫の警備をお願いしていたのは川那部かわなべちよほさんで、身体に大量の穴が空いて出血している。
 顔には傷がないのが不幸中の幸いだけど。

 …え。
 これ、何?

 何が起きているのか目には見えているのに、脳味噌の理解が追いついていない。
 そして、ちよほさんを手にかけたオルガン砲が、今度は銃口をこちらに向けていて……

 ズガガガッ!!

 銃声と共にオルガン砲の弾丸が発射され、一斉に私に襲いかかる!

蒼玉サファイアっ!」
「応っ!」
 銀ちゃんの声に、私の腰に下げた円鏡が反応する。

 刹那、蒼光で菱形の大楯が私の目の前に出現、弾丸を全て・・弾き返す!
 さらに大楯は蒼光の光の矢に変化し、お返しとばかりにオルガン砲を強襲する!

 穴だらけになり、使用不可になったオルガン砲。
 そしてその背後から、鉛色髪の女性が現れる。

「やはりお前か!社家郷しゃけごう同盟、用心棒のレド
「ふむ、やはり銀がいたら一筋縄ではいかないか」
 銀色と鉛色の髪の二人が言葉を交わす。


「何の騒ぎでありん……えっ!?」
「そんな……嘘でおすよな?」
「嫌ぁっ、ちよほさんがぁ!!」

 学校の生徒たちも駆けつけ、その場が大騒ぎになる。

「……まあいい、目的は果たした」
 そういうと鉛が、ふっとその場から姿を消した。

「イチ先生!ちよほを、助けてあげてぇ!」
「せんせえっ!!」
 生徒の何人かが、私に助けを求めて縋り付いてくる。

 けど一つだけ確信を持って言える。
 ちよほさんはもう、


 やがて騒動を聞きつけて薬科の生徒数名と、教師の瀬名ちゃんも駆けつける。
 彼女達ならきっと何とかしてくれる、他の女生徒が期待を込めて様子を見守るが。

「ちょっと瀬名センセイ!それはダメです!!」
 先日薬科の生徒になった眼鏡娘の浅井 鞠さんが、普段の冷静な態度からは想像出来ないような悲痛な声をあげて、瓶に入った薬を飲ませようとする瀬名ちゃんをひき止める。

「鞠さん……。
 これ以上苦しませても、彼女が辛いだけですよ」
 静かに瀬名ちゃんは返答する。

 ああ、彼女にも分かってしまったんだ
 そして、安楽死出来る薬をちよほさんに処方するんだね。
 
「だからこれが……グスッ、彼女のためです……」

 そして、そのまま泣かずに、クールに言い切ったらカッコ良かったのに、締まらないなあ瀬名ちゃん。

「……お市先生?」
 瀬名ちゃんが驚いたように振り返る。
 私は気がつけば彼女の頭を撫でていて、ちよほさんの手を取っていた。

 ちよほさん、今まで本当にありがとう。

 そう言って私が彼女に薬を飲ませると、彼女の唇が「どういたしまして」と動いたような気がした。
 
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