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「その婚約破棄、ちょっと待った!」
「ふぇあっ!?」


 人は驚きが連続すると、変な声が出てしまうものらしい。

 長い黒髪が特徴の公爵令嬢、クローディアは学園の卒業パーティにて、王国第二王子から婚約破棄を宣言された。
 しかしクローディアには理由の心当たりがなく、「何故ですか」と尋ねようとした矢先の先ほどの割り込み発言であり、変な声の一つも出よう。

 更に彼女を驚かせる事態として、突如部屋の照明が消されて真っ暗になる。
 これにはクローディア以外のパーティ参加者からもどよめきが起きるが、やがて部屋の中央に一つだけ灯った照明に照らされた、三人の女性の人影。

 いずれも仮面をつけておりその素顔はわからず、体にぴっちり張り付いたカラフルな舞踊服レオタードを着用していた。



「1つ、人の心をもて遊ぶ」

 言いつつ水色っぽいレオタードの女性が、一本指を立て。

「2ぁつ、あっ不埒な婚約破棄ヲ」

 黄色っぽいレオタードの女性は二本指を前に出し、芝居がかった大見得を切る。

「3つ。見過ごすわけには、いかないにゃぁ」

 とピンク色っぽいレオタードの女性はそう言いつつ右手の三本指を猫の爪のような形に曲げ、左手では猫耳の様な形を作って頭の上に立てた。

「知性の藍紫色、ハキシアン」
「希望の真黄色、ハキイエローっ!」
「情熱の紅紫色、ハキマゼンダにゃ」


 シアンは思案するように顎に手を置き、
 イエローは両手でキラキラ星を表現して、
 マゼンダは猫を思わせるポーズで前屈みになり、と三人が三様のポーズを取り、そして。

「「「我ら愛の守護者、
 婚約戦隊、ハキレンジャー!!!」」

 決め台詞と決めポーズでノリノリかつドヤ顔な笑顔を浮かべ、本人たちより見るほうが恥ずかしくなる共感性羞恥を周囲に振り撒いた。


「さて王子、このハキシアンが問おう」

 そんな微妙な空気にも全く動じない強いメンタルと、王子にも敬語を使わない不遜な態度でシアンが尋ねる。


「今回の婚約破棄、そこの公爵令嬢が平民の女性に悪行を働いたからと聞いている」
「そ、そうなのだ!
 彼女はこのメジュームに度重なる虐めを行っていたのだ」
 
 そう言うと王子は、傍らにいた乳白色に近い金髪の三つ編み少女、平民娘のメジュームを抱き寄せる。
 しかし言われたクローディア、確かに平民娘とは同じ学園の生徒ではあるものの虐めなど心当たりがないどころか、そもそもクラスも違い面識すらない。
 逆に彼女にしてみれば、婚約者だった王子と平民娘の距離がやけに近いことの方が衝撃的であった。

「って事は……どうやら転生女テンセーニョ゙が関わってるかにゃ?」
    
 そう口にするマゼンダ。

 テンセーニョ゙。
 この世界の大陸に乱立する数多の王国に、近頃頻繁に出現する女性達。
 彼女達は例外なく「ゼンセノキオク」を持っていて、時に被害者、時に加害者として王国のほぼすべての婚約破棄に絡んでくる。

「クローディア、もしやキミがテンセーニョ゙なのか?」
「いいえ」

 イエローの問いにクローディアは首を横に振る。
 彼女はずっと彼女で、過去に誰かであった記憶はない。
 
「とすると、そこのメジュームという平民が……」
「違いますよ。
 何ですか、私がクローディア様を陥れようとしているとでも?」

 キッパリとメジュームが答える。
 疑われて不機嫌そうな態度であるが、少なくとも嘘をついてる様には見えない。
 しかし、そうなると。

「破棄された側がある日ゼンセノキオクを思い出してそれまでは別人の悪役だったパターンと、被害者側が実は黒幕だったパターンは消えたと……ふむ」

 シアンが再び思案する。

「メジュームが虐められていた、それを証明できる者はこの中にいるかい?」

 イエローの言葉に、パーティに集まった者たちは牽制するように顔を見合わせる。
 しかし、自分が目撃者ですと名乗り出る者は一人もいなかった。

「そんな!私は確かに酷い目に遭ったのに」

 信じられないという表情をするメジューム。
  
「ほらこの傷!
 間違いなくあなたと、その取り巻きにつけられたのよ!」

 そう言って彼女は服の袖をまくって腕を見せる。そこには自演の自傷行為とするには大きすぎる目立つ傷が。

「メジュームがイジめられていたのって、そこの王子以外の誰かに相談したのかにゃ?」
「ええ、懇意にして下さったクラス担任の先生に」

 マゼンダの問いに、ハッキリした口調でメジュームが答える。
 
「そうか成程……謎は総て解けた」
 
 そう言って彼女はポン、と手を叩く。

「ベヒクルはパーティ会場に……いないか。
 よしマゼンダにイエロー、今から奴を拘束するぞ」
「了解!」
「了解だにゃぁ!」

 言うが早いか、ハキレンジャーの三名は会場から姿を消す。

「えっ?あ、あのハキレンジャーさん?!」
「どうして私の学園の先生を……名前すら告げてないのに犯人と特定したの?」

 不思議そうな顔をするクローディアとメジュームを置き去りに。

 
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「くそっ。あの平民の娘め、余計な事を」

 捨て台詞を吐き足早にパーティ会場をあとにする中年の男性。
 普段は親身になって授業を教えてくれると人望も厚いこの学園教師だが、今はちょっと様子が違っていた。

「ベヒクル先生、ごきげんよう。
 どうなさったんですか?そんなに慌てた様子で」
「やあ、イスカリオテさんか」

 教え子に声をかけられ、いつもの温和な態度で接するベヒクル。

「だがすまない、ちょっと急いでいてね。
 またこんど学園で」
「ほう逃げるのかテンセーニョ゙。
 立場が悪くなったら大事な生徒もポイ捨てするんだ」
「な、何を言って……いや、お前はもしや!」
「フフン、気付いたようだね」

 エスカリオテは教師を鼻で笑い、ドレスの胸元から黄色の仮面を取り出し、装着する。
 
「絶望の真黄色、ハキイエロー。
 七変化はわたしの得意技なんだよ」

 彼女の本職は舞台女優。
 やたらオーバーな動作を好むのも、変装や演技が好きなのもそのためであった。

「催眠術の一種だな、自分の暴力を他人がしたかの様に思い込ませる。
 これは前世で催眠の特技があったか、加虐性癖を持っていたか……」

 イエローの背後から現れて、そう分析するシアン。

「あれっ?でもテンセーニョ゙って確か、皆若い女性だったはずにゃ……」

 そして疑問を口にするマゼンダ。

「ああ、転生後に性別や年齢が代わってしまう事はよくある事だ」

 とシアン。

「おおかた、望まぬ転生への腹いせといった所か」

「……にが分かる」
「ハア?
 そんな小声じゃ聞こえないにゃー」

 そう言うと耳に手を当てて、教師に近づくマゼンダ。
 
「だから、お前らにわたしの何が分かるってのよ!!」
「……んにゃんっ!」

 急に耳元で大声を出され、尻餅をつくマゼンダ。

「わたしだって、大好きな乙女ゲームの世界に転生出来たのによりによってモブオッサンとか!
 せめて同じモブでも生徒役になりたかったよォ゙!!」


 そう喚き散らす教師の周囲に、黒い霧のような物が発生していた。

「不味いな、テンセーニョ゙のネガティブな感情の瘴気が集まってる。……来るぞ」

 テンセーニョ゙のストレスが頂点になると形を作る無数の人型の影分身、ハキダメージュ。
 ゆっくりと三人目掛けて襲いかかってくる。

「アレって色合いと言い微妙な溶け具合といい、いつ見ても吐瀉物みたいだにゃあ」
「やめろマゼンダ、後で思い出して飯が食えなくなる」
「おいおい二人共、喧嘩は後にしてくれ」

 無駄話を始める仲間達をシアンがたしなめる。

「はいはい。発現エクスプレッション、コングローブだにゃん」

 マゼンダは両腕に肉球付きの猫のような手袋を出現させてネコパンチの様な攻撃を繰り出し、

発現エクスプレッション、コンシューズ!」

 イエローはバレエシューズの様な靴を出現させて、舞踊のような回転キックで敵を倒す。


「ふむ、ふたりともやるな。だったら……」

 シアンは青いスニーカーのようなシューズを発現、そのパワーを活かして高く跳躍する。

「お、流石はシアン」
「でも、空中に浮いちゃったら方向転換が出来ないにゃ」

 続いて両手に筒状の手を発現させつつ手を振り回し、砲弾の様に衝撃波を大量に打ち出して周囲のハキダメージュを殲滅した。

「あ、あ……」
「さあ、残りはあなただけだ先生」

 放心状態の教師ベヒクルに詰め寄るシアン。
 この世界ではテンセーニョ゙がハキダメージュを生み出すことはあっても、特撮ではお約束の本体の化け物化や巨大化、影の黒幕の存在は今のところない。

「あなたには、この世界では生きづらかろう。『現世に帰れGo back to your original world』」

 そう言ってシアンが両手を広げると、空間に人が一人入れそうな穴が開き、漆黒の闇が広がっていた。

「帰る?嫌よ、あんな憂鬱な場所になんて。
 そもそもこの世界でやりたい事がまだ出来てな……」
「いいからとっとと」
「この世界から出てくにゃん!」

 渋る教師を、イエローとマゼンダが蹴り飛ばす。

「……嫌ぁぁぁ!」

 と言う悲鳴と共に、テンセーニョ゙の教師は穴の奥の空間に落下して行った。


「一件落着……と言いたいところだが、さっきから物陰で様子を見ているクローディア?」
「ふぇあっ!?」

 ハキシアンに指摘され、婚約破棄の当事者は顔を出して反応してしまう。

「跡をつけてきてたのか」
「全然気づかなかったにゃん」

 しかし他のハキレンジャーは、その存在を今知ったらしい。

「さて婚約破棄の元凶は追い出した訳だが、実際のところキミは今後どうしたいんだ?」
「えっ……私、は」

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「探求の深淵色、ハキクロウ!」

 黒の仮面とレオタードでそう名乗り出る、公爵令嬢クローディアことハキクロウ。

 彼女のパーソナルカラーは黒ということで、黒い鳥からクロウを名乗る事にしたらしい。

「……その後彼女がどういう人生を歩むのか、そしてハキレンジャーは今後も増えていくのか、それはまた別のお話、にゃん」
「何だそりゃ」

 マゼンダの言葉にイエローがツッコミを入れ、そんな二人の様子を見たシアンは笑みをうかべるのだった。

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