秋月の鬼

凪子

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五、

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「そうですか。では、あなたは」

常盤は改めて点てられ、勧められた茶器を見つめる。

初姫からも、お芙沙からも、痛いほどの視線が注がれる。

茶道の心得はないが、どうやら、これはそもそも様式の正誤を問うているのではないということだけは分かった。

これは、姫たちの度胸と覚悟を試しているのだ。

正室という並びなき位につけば、命を狙われることもあろう。

そうなったとして、簡単に離縁など許されるはずもない。

それに――常盤は苦笑する。

そもそも、自分には帰る家がない。

ここで若様の妻になるか、さもなくば都で野垂れ死ぬという道しか残されていないのだ。

ならば、すべきことは決まっている。

常盤は茶器を取ると、見よう見真似で二度回し、ためらためらいなく口をつけた。

周囲がはっと息を飲む。

そのままそれを一気に喉へ流し込み、あまりの苦さに眉を寄せた。

毒――ではない。

まずい。口の中でじゃりじゃりと不快な音がする。

舌が苦さと喉ごしの悪さに悲鳴を上げている。

自分はこの感触を知っている。これは――この味は――

泥だ。

茶ではない。色のついた泥水を飲まされている。

認識した途端、猛烈な吐気が襲った。

御目付役は鋭い目でこちらを見つめている。

吐き出したり、むせたりするわけにはいかない。

残った泥水を見つめると、常盤は口を大きく開いてとうとうそれを飲み干した。

驚きに満ちた瞳で、お芙沙が常盤を穴があくほど見つめている。

常盤が血を吐いて倒れないことを疑っている。

常盤は悠然と微笑み、茶器を回して御目付役に戻す。

「結構なお手前でした」

目つきの中に込められた感情を即座に読み取り、初姫は驚嘆の息をついた。

――信じられない。

なんたる度胸。なんたる豪胆ぶり。

飲めば死ぬと分かっている茶を、少しのためらいもなく一気に飲み干した。

いや。常盤のぴんぴんした様子を眺め、初姫は考えを入れ替える。

そもそも、茶に毒など入っていないのだとしたら。

一人目は私達を驚かせ、恐怖にすくませるためだけに用意した、ただの見せ駒だったのだとしたら?

そうだ。あのとき即座に男衆が来て遺体を引き取って行ったのも、今思えば不自然だ。

あれは、あまり長い時間置いてあっては、死んでいないと悟られてしまうからだったのでは?

それが分かっていたというのか、この子どもは。

否、と心の内で否定する。

恐らくそうではないだろう。この娘は、気力と胆力で恐怖をねじ伏せたのだ。

初姫はゆるりと問うた。

「そなたの名は?」

「常盤と申します」

応える少女は、まだ子供の域を抜け出ないあどけない相貌に理知的な光を湛えている。

静かな声から聡明さが滲むようだ。

「年は」

「今年で十二になります。初姫様」

何気なくつけ加えられた言葉に、御目付役がぴくりと眉を動かすのを、常盤は見逃さなかった。





































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