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六、
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「夕霧姐さん。顔色が悪いですよ。朝ご飯は食べられましたか?」
「……」
夕霧は首を左右に振り、かすかに唇を動かした。
怪訝に思った常盤は首を傾げる。
「お加減でも悪いのですか」
「……」
傍でその様子を見ていた真覚が、はっと表情を硬くした。
「夕霧姐さん?」
夕霧の薄紅色の艶やかな唇が再び動く。
そこから漏れ出るのは、かすかな息の音のみであった。
美しく張った琴のようなあの声は、いくら耳をすませようとも響くことはない。
夕霧は細い手で白い喉を押さえて首を振る。
常盤の面に浮かんでいた色が、疑問からゆっくりと驚愕に変わる。
「……まさか、声が」
夕霧は哀しみを瞳に滲ませて、こくりと首肯した。
常盤は口元を手で覆って絶句した。
「そんな……。何て酷いことを」
夕霧は狼狽しているようだった。
「夕霧殿は、いつから声が出なくなられたのですか。昨夜から?」
真覚は淡々と問う。
夕霧が首を振るのを見て、
「今朝起きたら、声が出なくなっていたのですね」
常盤と夕霧が頷くと、真覚は口元に手を当てて考え込む。
「失礼します。少し喉を見せていただけますか」
夕霧の口をこじ開けて中を覗き込む。常盤は祈るような思いで手を組み合わせた。
「……ひどく腫れていますね。精神的過労から声が出なくこともありますが、これは明らかに食物によるものです」
「ということは」
「昨日わたくしたちは同じ釜から、その場でよそって盛りつけられた夕餉を食べました。皆様方の目がありましたし、あそこに何か仕込むのは不可能だと思います」
閃光が頭を駆け抜けた。
ほかに、夕霧が口にする機会があったのは一度だけ。
「昨日のお茶に、一服盛られたということですね」
昨日、夕霧は戻ってきたとき、「辛くて飲めたものじゃなかった」と言わなかったか。
平気そうだったから、特に気に留めなかった。
――甘かった。
「……」
夕霧は首を左右に振り、かすかに唇を動かした。
怪訝に思った常盤は首を傾げる。
「お加減でも悪いのですか」
「……」
傍でその様子を見ていた真覚が、はっと表情を硬くした。
「夕霧姐さん?」
夕霧の薄紅色の艶やかな唇が再び動く。
そこから漏れ出るのは、かすかな息の音のみであった。
美しく張った琴のようなあの声は、いくら耳をすませようとも響くことはない。
夕霧は細い手で白い喉を押さえて首を振る。
常盤の面に浮かんでいた色が、疑問からゆっくりと驚愕に変わる。
「……まさか、声が」
夕霧は哀しみを瞳に滲ませて、こくりと首肯した。
常盤は口元を手で覆って絶句した。
「そんな……。何て酷いことを」
夕霧は狼狽しているようだった。
「夕霧殿は、いつから声が出なくなられたのですか。昨夜から?」
真覚は淡々と問う。
夕霧が首を振るのを見て、
「今朝起きたら、声が出なくなっていたのですね」
常盤と夕霧が頷くと、真覚は口元に手を当てて考え込む。
「失礼します。少し喉を見せていただけますか」
夕霧の口をこじ開けて中を覗き込む。常盤は祈るような思いで手を組み合わせた。
「……ひどく腫れていますね。精神的過労から声が出なくこともありますが、これは明らかに食物によるものです」
「ということは」
「昨日わたくしたちは同じ釜から、その場でよそって盛りつけられた夕餉を食べました。皆様方の目がありましたし、あそこに何か仕込むのは不可能だと思います」
閃光が頭を駆け抜けた。
ほかに、夕霧が口にする機会があったのは一度だけ。
「昨日のお茶に、一服盛られたということですね」
昨日、夕霧は戻ってきたとき、「辛くて飲めたものじゃなかった」と言わなかったか。
平気そうだったから、特に気に留めなかった。
――甘かった。
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