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九、
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しおりを挟む秋月家の長男、政信は性向好色にして残虐。
権勢と栄華をほしいままにし、放埓な生活と非道の限りを尽くしていた。
対して次男の京次郎は聡明利発、目から鼻へ抜けるような先見の明と、広く意見を容れるだけの度量を持ち合わせていた。
当主の器は明らかに京次郎のほうだった。
だが秋月の一の門家である倉橋家は、兄君を当主にと押し立てようとしていた。
浴びるように金を使う放蕩息子は傀儡には相応しい。
それよりも賢すぎる若君の方が、政事に参画されては厄介だと危険視した。
手に負えない大樹となる前に芽を摘み取ろうとした倉橋家は、適齢期であった京次郎に一の姫である初姫を嫁がせることを考えた。
奥と呼ばれる場所は、城中で最も毒殺や不審死が頻発する。
隙を突いて京次郎を殺し、姉は未亡人として秋月家に居座り、妹である次姫を改めて当主政信に嫁がせる算段であった。
婚礼の儀の際、京次郎には全ての目論見が手に取るように見えていた。
めでたいめでたいと祝うは口先ばかり、白々しい笑顔と虚偽に満ちたお追従、どの顔も能面のように不気味に思えた。
花嫁は申し分のない美しさであった。
輿入れの着物や家財道具たるや壮観で、それだけで城一つ買えそうな富裕を見せびらかしていた。
「殺したければ殺すがいい」
初夜の床で、横になった京次郎はそっと懐剣を握り締めた初姫に告げた。
ぎくりと緊張する背中に向けて語りかける。
「だが、そのような危なっかしい手つきで俺は殺せまいよ」
そう言って寛容に微笑み、刃の握り方を教えてやった。
「あまり下手な手つきで刺さんでくれよ。苦しみが長引くのは嫌だからな」
物心ついた時から兄と比べられ、命を脅かされることにいつしか馴れていた。
冷たい食膳に盛られた毒で、三日三晩転げ回って苦しんだこともある。
殺すか殺されるまで、永遠に気の休まる日はやってこない。
死にたくはない。だが、兄を殺すほどの覚悟もない。
気力を失った京次郎は、自らの手で運命を放り投げた。
「若様」
初姫は打たれたような顔で、刃を手から取り落とした。
愛せる者、心の底から気を許せる者が誰一人としていない。
妻でさえ己が命を狙っている。その壮絶な孤独。
彼の生きる地獄を目にしてしまった。
「お許しください。……お許しください」
額づいて身を伏し詫びた。
――殺せない。どうしてこのような方を殺せよう。
もう、死んでいるも同然なのに。
その瞬間、初姫は家の命令に背き、京次郎を支える真の正室となることを決めた。
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