許された危険

凪子

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【1】アリオン

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「ねえ、江本さん呼んできてくれない?」

販売部の先輩、冴島慶子さえじま・けいこに声をかけられたときから嫌な予感はしていた。

賢明な英理は、あえて何の用か詮索することはせず、終業時刻を終えて帰り支度をしていた弥生を呼びに行った。

自販機とテーブルのある休憩室にやってきた弥生の前に立ちはだかり、慶子は高圧的な口調で切り出した。

「急な話で悪いんだけど、今晩の榊商事との合コン、江本さんも参加してほしいの」

枕詞程度に謝ってはいるものの、悪いと思っている様子は全く見受けられない。

英理は苦笑した。

弥生は黙って、入念な化粧の施された慶子の顔を見つめている。

服装だけとってもブランド物の派手なスーツにシルバーのネックレスという出で立ちの慶子と、量販店で安価に売られている無地のシャツに黒いスカート、薄手のカーディガンという弥生では、天と地ほどの違いがあった。

反応の薄さに苛立ってか、慶子はマニュキアでコーティングされた爪を弾いて言った。

「あなたも話くらいは聞いてたでしょう。うちの部長が、取引先に勝手に請け合ってセッティングしたって話。
本当は販売部の女の子たちだけで行くつもりだったんだけど、派遣の子が一人風邪引いて休んでるの。人数揃えないと、相手方にも失礼でしょう。だから、悪いけどお願い」

「お断りします」

弥生は透きとおった声で言った。

面と向かって反抗されることは想定していなかったらしく、慶子の頬は見る間に紅潮した。

「ちょっと。人がこれだけ頼んでるのに、その返事は何よ」

鋭い目つきで睨みつけ、一歩詰め寄る。

慶子はすらりと長身なため、自然と見下ろす格好になった。

彼女の陰に入ったところで、弥生は表情も変えずに平然としている。

一触即発の空気に割って入ることも、かといって今さら立ち去ることもできず、英理はうろたえた。

「いい機会だから先輩として言わせてもらうけど、江本さん、あなた感じ悪いよ。社内でも皆が言ってる。
挨拶しても返事しないし、愛想悪いし、飲み会にも参加しないし。
学生だったら好きな人とだけつるんでればいいのかもしれないけど、社会人なんだから少しは人付き合いってものを考えなさいよ。

私だって今日の合コン、乗り気じゃないんだからね。でも部長が話進めちゃって、今後も仕事で取引することのある相手だから、ここで先方の顔を潰すわけにはいかないでしょう。分かる?そういうふうに社会って回ってるの。

仕事だけして帰りたいんなら、派遣でも何でもやりなさい。正社員なら、円滑に仕事を進めていくためのコミュニケーションも仕事の一つと思って、ちゃんと社外活動にも参加しなさい。

ねえ?向井君」

唐突に話の矛先を向けられて、英理は「へ?」とすっとんきょうな声を上げた。

慶子から貫くような視線を向けられ、しどろもどろになる。

「え、いや、はあ、そ、そうっすね。そういうのも大事というか、何というか」

要領を得ない答えに見切りをつけてか、慶子は「で、どうなの?」と首を傾げる。

弥生はきょとんとした顔で、ウサギのように目を丸くする。

「何がでしょう」

「何がでしょうじゃないわよ。合コン。もう時間ないんだから、さっさとしてよ」

洒落た外国製の腕時計に目を落とし、慶子は足踏みして催促する。

弥生はちらりと英理のほうを見ると、再び慶子に視線を戻し、静かに、しかし有無を言わせぬほどきっぱりと言い切った。

「お断りします」

慶子は絶句した。

「お先に失礼します。お疲れさまです」

軽く会釈して踵を返し、咎める視線をすり抜けてエレベーターホールへ歩いていく。

英理は大慌てでその後を追いかけた。
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