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【4】トランジット
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都心の小さな学生専用マンションから、佐伯静は夕焼けに染まる外を見下ろしていた。
先ほどの会話を改めて反芻し、自分の中で整理し、咀嚼して飲み干してしまおうとする。
けれど、濁流のような思考と感情の波は、そう思ったようにはならないのだった。
電話が鳴ったのは、まだたった数分前の出来事だった。
『――もしもし』
スマホではなく自宅にかけてくる人物には、静には二人しか心当たりがなかった。
生意気な妹と、おっとりとたおやかな恋人。
『もしもし。佐伯静様でいらっしゃいますか?』
電話の先で喋っているのは、そのどちらでもなかった。
いかにも仕事ができますといった風貌の、スーツの似合う女性像を、静は瞬時に脳内で想像することができた。
女の声は、それほどまでに洗練されていた。
『あんたに番号を教えた覚えはないな。先に名乗るのが礼儀だろう』
かなり冷然と対応したのだが、女は一ミリも動揺せず恐縮しなかった。
まるで、そういう反応が返ってくると予測していたかのような対応だった。
『大変無礼な真似をいたしました。申し訳ございません。わたくしは、藤森恵吾様の秘書をしております、灰村有紗と申します』
静は半ば以上、話の内容に想像がついていた。
女の背後から聞こえてくる独特の喧騒に聞き覚えがあった。
嗅げば、消毒液の匂いがしそうな気がした。
『悪いが、もうかけてこないでくれ。俺はあの男とは関係ない』
受話器を下ろそうとしたとき、有紗と名乗る女は押し殺した声で言った。
『今夜が山です』
静は、自分の手が寸前で止まるのが分かった。
そして、そんな自分のみっともなさに辟易した。
『お話ができるのは、これが最期かもしれません』
静は、自分の唇が皮肉に歪むのが分かった。
『……話すことなんてない』
今度は躊躇なく受話器を下ろした。
女は、それきり電話をかけてくることはなかった。
先ほどの会話を改めて反芻し、自分の中で整理し、咀嚼して飲み干してしまおうとする。
けれど、濁流のような思考と感情の波は、そう思ったようにはならないのだった。
電話が鳴ったのは、まだたった数分前の出来事だった。
『――もしもし』
スマホではなく自宅にかけてくる人物には、静には二人しか心当たりがなかった。
生意気な妹と、おっとりとたおやかな恋人。
『もしもし。佐伯静様でいらっしゃいますか?』
電話の先で喋っているのは、そのどちらでもなかった。
いかにも仕事ができますといった風貌の、スーツの似合う女性像を、静は瞬時に脳内で想像することができた。
女の声は、それほどまでに洗練されていた。
『あんたに番号を教えた覚えはないな。先に名乗るのが礼儀だろう』
かなり冷然と対応したのだが、女は一ミリも動揺せず恐縮しなかった。
まるで、そういう反応が返ってくると予測していたかのような対応だった。
『大変無礼な真似をいたしました。申し訳ございません。わたくしは、藤森恵吾様の秘書をしております、灰村有紗と申します』
静は半ば以上、話の内容に想像がついていた。
女の背後から聞こえてくる独特の喧騒に聞き覚えがあった。
嗅げば、消毒液の匂いがしそうな気がした。
『悪いが、もうかけてこないでくれ。俺はあの男とは関係ない』
受話器を下ろそうとしたとき、有紗と名乗る女は押し殺した声で言った。
『今夜が山です』
静は、自分の手が寸前で止まるのが分かった。
そして、そんな自分のみっともなさに辟易した。
『お話ができるのは、これが最期かもしれません』
静は、自分の唇が皮肉に歪むのが分かった。
『……話すことなんてない』
今度は躊躇なく受話器を下ろした。
女は、それきり電話をかけてくることはなかった。
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