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【4】トランジット
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今さら――そう、本当に今さらだ。
命以外何一つ与えることなく、まるで物のように自分たち家族を捨て去った男に、思慕も未練も欠片ほども感じない。
だが、問題はこれからだ。
あの男が死んで初めて、さまざまな問題がうじゃうじゃと湧き上がってくるのだろう。
静は、自分がそれに巻き込まれてやる気など毛頭なかった。
だが、向こうから接触してくる可能性は大いにある。
自分だけでなく――恵果にも。
ふとスマホを見つめる。しばらく連絡を取らない間に、妹はどうしていたろうか。
アドレス帳を開いて通話ボタンを押そうとした途端、図ったかのようなタイミングでチャイムが鳴った。
静は嫌な予感に襲われた。
自分には恵果のような特殊な才能はないが、こういうときの勘だけはよく当たる。
ドアを開ければ、幼い頃の面影を残したままの男がそこにいた。
「こんにちは。……いや、こんばんはかな」
「相変わらず抜け目ないな。藤森の若様」
静は心底不快そうに顔を歪めた。
だが、それをものともせずに、比呂はずかずかと部屋に踏み込んだ。
「上がらせてもらうよ」
「断ると言ったって上がるんだろう」
比呂は勝手に椅子に腰かけたが、静は茶を出してやる気などさらさらなかった。
不機嫌な静の様子を見て、比呂はますます面白そうに笑う。
「何がおかしい」
「いや?君って昔から変わらないな、と思って」
「お前も、その腐った性根は年を取っても変わらないようだな」
「相変わらず手厳しいね。恵果は優しいのに」
突然出てきた言葉に、静は音がするほどのまばたきをした。
「……何でお前の口から恵果の名前が出てくる」
立ち上がり、詰め寄ってきた静を見て、比呂は薄く笑った。
「お兄ちゃんと似てるって、言われたよ。恵果に」
静は「けっ」と吐き捨てた。
こんな男と似てしまえば、自分も終わりだ。
「二度と恵果に関わるな。お前のようなクズが恵果に近づくな」
「それはどうかな?恵果のほうから俺に寄ってくるかもしれないよ」
軽い調子で返ってきた意味深な言葉に、静は一瞬絶句した。
みるみるうちに眉間に皺が寄り、その形相が険しくなる。
「……お前、まさか、言ってないのか」
比呂は肯定も否定もしなかった。
静は業を煮やして、彼の襟首を掴んで持ち上げた。
「どこまで腐れば気がすむんだ」
命以外何一つ与えることなく、まるで物のように自分たち家族を捨て去った男に、思慕も未練も欠片ほども感じない。
だが、問題はこれからだ。
あの男が死んで初めて、さまざまな問題がうじゃうじゃと湧き上がってくるのだろう。
静は、自分がそれに巻き込まれてやる気など毛頭なかった。
だが、向こうから接触してくる可能性は大いにある。
自分だけでなく――恵果にも。
ふとスマホを見つめる。しばらく連絡を取らない間に、妹はどうしていたろうか。
アドレス帳を開いて通話ボタンを押そうとした途端、図ったかのようなタイミングでチャイムが鳴った。
静は嫌な予感に襲われた。
自分には恵果のような特殊な才能はないが、こういうときの勘だけはよく当たる。
ドアを開ければ、幼い頃の面影を残したままの男がそこにいた。
「こんにちは。……いや、こんばんはかな」
「相変わらず抜け目ないな。藤森の若様」
静は心底不快そうに顔を歪めた。
だが、それをものともせずに、比呂はずかずかと部屋に踏み込んだ。
「上がらせてもらうよ」
「断ると言ったって上がるんだろう」
比呂は勝手に椅子に腰かけたが、静は茶を出してやる気などさらさらなかった。
不機嫌な静の様子を見て、比呂はますます面白そうに笑う。
「何がおかしい」
「いや?君って昔から変わらないな、と思って」
「お前も、その腐った性根は年を取っても変わらないようだな」
「相変わらず手厳しいね。恵果は優しいのに」
突然出てきた言葉に、静は音がするほどのまばたきをした。
「……何でお前の口から恵果の名前が出てくる」
立ち上がり、詰め寄ってきた静を見て、比呂は薄く笑った。
「お兄ちゃんと似てるって、言われたよ。恵果に」
静は「けっ」と吐き捨てた。
こんな男と似てしまえば、自分も終わりだ。
「二度と恵果に関わるな。お前のようなクズが恵果に近づくな」
「それはどうかな?恵果のほうから俺に寄ってくるかもしれないよ」
軽い調子で返ってきた意味深な言葉に、静は一瞬絶句した。
みるみるうちに眉間に皺が寄り、その形相が険しくなる。
「……お前、まさか、言ってないのか」
比呂は肯定も否定もしなかった。
静は業を煮やして、彼の襟首を掴んで持ち上げた。
「どこまで腐れば気がすむんだ」
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