世利衆は呪われし本を釈く

きいろ餅あんこ

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一章

日本霊異記の草双紙

 『日本霊異記』
 正式名称は『日本国現報善悪霊異記』。
 平安時代初期に作られた、日本初の仏教説話集。
 作者は景戒けいかい
 内容は『報いを受ける話』だ。

「日本霊異記⋯の、草双紙?」
 日本霊異記は平安時代から存在する説話集なので、巻物から本の形に姿は変えたが珍しくはない物だ。しかし『草双紙』と言うのは見た事が無かった。仮名交じりの物もあるにはあるが、通常は漢文で書かれている漢籍のはずだ。
 仮名で書かれ絵も入っている、子供向けの草双紙の日本霊異記なんて物があったとは。
「本の内容も、まあ普通とは違うんですよ。『小子部栖軽ちいさこべのすがる』や次章の『狐を妻として子を生ましめし縁』は書かれているが、所々話を丸ごと無くして、上中下からなるはずの日本霊異記を一冊に纏めている。外された話は……まあ、傾向はわかるんですがね。そんで問題なのは、段々と
「文章が狂う⋯⋯ですか?それは、狂人が書いた様な支離滅裂な文と言う事で?」
「いんや。文字通り、文章が狂ってくるんだ」
 とめに触る事を再度禁じ、ナニガシはページを捲っていく。十数ページを捲り、何も変な所はないなとぼんやり思っていた時だ。
 何となく、文字の間隔が乱れてきたような気がした。
「⋯⋯文字が」
 次第に間隔だけではなく、行もくねり始めてきた。どんどんどんどん文字が渦を巻く様に、紙の中央へと。
 呑み込まれる様な。

 そして、
『バタン』

 本に集中していた意識が一気に現実へと戻された。本を閉じたのはナニガシで、和泉屋もとめも周りが見えない程に本に意識が持って行かれていた。
「と、まぁ⋯⋯こういう本なんですわ。もう見ない方が良いですよ。
 何を、と聞かなくても和泉屋は察した。

 この本は駄目だ。自分から読みたいと思う本ではない。

 本が自ら、読む事を誘い、落とし込もうとする本だ。
「⋯⋯買わないでおく。そんな物、買う人間が居るのか?」
「そりゃあ。人間、好奇心の塊みたいなお人も居ますからねぇ」
 二人のやり取りを傍らで聞いているとめは、二人の声が耳に入らない程、己の心臓の音が大きく響いた。
「俺は触ったところでどうともなりませんが、こいつは紙を作る糊から穢れていますから、普通の人は触れただけで⋯⋯いや、店先に勝手に置かれた店主も触ってなかったが穢れたか」
「お前⋯⋯これ、俺達にも穢れが付いたんじゃねぇのか?」
 こんな怪談の様な体験を昼にもなっていない明るい時間帯の、大勢の人が居る場所の、自分の店先で起きるとは。
「⋯⋯私、もうナニガシ様が持ってくる本は、無闇矢鱈と見ない事に致します」
「それが良いですよぉ。自分で言うのも可笑しな話ですが、俺は曰く付きの本を進んで集める人間なんでね。呪いを視たくないのならば、近づかない方が賢明ですわ。あ、お二方に穢れは付いてないですから。俺が居るので」
 カラカラ笑うナニガシと反対に、とめは笑えなかった。
 きっと恐らく、本当に呪われる物があるのだろうから。
「その本が売れない事を祈ります⋯⋯絶対に呪われますもの」
「お嬢。良く知ってますねぇ。この本は呪われた本であり、持ち主を呪う為の本ですよ」
 とめの言葉にニヤリと笑うナニガシ、ゾッと顔を青くするとめ。二人を見ながら溜め息を吐く和泉屋。
 とめのその願いは叶わないんだなと和泉屋は自身の本を並べながら考えていた。厄介な事が起きる前に去る様にと言葉を掛けようとナニガシの方を振り向く。

 誰かがナニガシととめの間に立っていた。

 ギョッとする和泉屋ととめを気にすることなく、その人間は先程の日本霊異記を指差した。

「それ、売って下さい」

 ナニガシはその人間の目を見て、ニヤリと笑った。
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