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人魚ちゃんと拷問~中期~
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「……」
どれほど藻掻いたのかはわからない。いつの間にか焼け付く痛みは消えていた。
「……」
人魚ちゃんは声を出すことなく、涙だけを流して静かに泣いていた。のたうち回って疲れ果てていたのだ。
「やぁ、痛みは引いたかな」
スッと扉が開き、昨日の二人組が入ってきた。
「ひっ、こ、な……ぃ……でっ!」
掠れ声で何とか拒絶の意志を示す。流石に、彼らが自分に優しくないことだけは分かっていた。
「そういえば自己紹介をしていなかったと思ってね。私は藤川。彼女は河野と言う。まぁ、君にはどうでもいいことだね」
「ふじかわ、こーの」
「おっと、君は人間を呼び捨てにしてはいけないよ。必ず名前の後ろにさん、を付けるんだ。必要があれば様、を付ける。そして返事は、はい」
「ぎゅぇっ」
(喉が締まる!…それに熱い?)
首輪からの電流による、首が締め付けられる感覚にうろたえる。声に誇りを持つ人魚のプライドを折り、美しい声を失うかもしれないという恐怖を与えられる拷問だ。何体もの人魚がこの器具の過剰使用で人魚の歌を歌えなくなり、心を殺された。
「苦しそうだね。僕の名前を呼んでくれたら止めてあげよう」
「ふ、ふじか、わさん」
「よし」
「ゴホっ、ゲホッ」
「涎と涙に塗れた顔は惨めだけど綺麗なもんだ。河野君、撮っておこう」
「はい」
髪を掴まれ上を向かされる。河野はパシャパシャと人魚ちゃんの顔を撮る。よく分からないものを向けられ、何をされるのか怖くて目を瞑ってしまう。
「目を開けなさい」
「は、はい」
(怖い)
「……っ、ぐす」
撮り終えると蹲り、再び静かに泣き出す人魚ちゃん。
「ありゃ、大分参ってるね。やっぱり、かなり弱いねこの個体は」
「プラン変更しますか?」
「いや、これ以上下げると将来調子に乗るかもしれない。ストレス症状が限界になるまではそのままで」
「はい」
「た、すけて、おねがい…」
尾をくるりと折り曲げ身を小さくして、口を手で覆った。これは人魚なりの降伏のポーズだ。尾を畳みこれ以上動かないこと、口を塞いで攻撃歌を歌わないこと、手を動かさず波を起こさないこと。この三つを示すことで攻撃の意志が無いことを伝えるのだ。実際この状態の人魚にできることは何も無い。海の頂点の生き物として生きているが故に基本人魚はプライドが高い彼らに人にとっての土下座に近い屈辱感を覚えるポーズだ」。
「はははっ、情けないものだ。早くも降伏するとはね。けどね、そんなことしたって私たちは仕事を止めないよ。君がちゃんとオーナーにふさわしくなるまでね」
「そ、そんな!や、いやっ」
「なんだ抵抗する元気があるじゃないか」
「あがっ!!」
藤川が人魚ちゃんに専用のスタンガンを容赦なく当てた。スタンガンは痛みもなく、一瞬で気絶できる代物と思われがちだがそうではない。大の大人が悶絶するほど強い痛みを感じるが、あくまで電流が体の電気信号を阻害し、短時間筋肉を硬直させるだけなので気絶をすることはまず無い。
「あ…う」
人魚用に改造しているため、硬直時間は長いがしっかり意識はある。体の自由を失われた状態の人魚ちゃんに目隠し、手錠、自害防止と、ちょっとした工夫が施された口枷が付けられる。これも拷問の一環だ。あえて意識を残して作業を行うことで、お前たち人魚は陸では何もできないのだということを植え付けるのだ。
「ぅー……ぅー」
人魚ちゃんは目を塞がれたため、声を出してその反響音で周囲の状況を把握しようとする。それすら口枷のせいでやりにくい。
(何か置いていった訳じゃない…、それに誰もいない)
部屋に変化は無い。それに誰もいないとなると、何をするつもりなのだろうか。人魚ちゃんは考えを巡らせるがさっぱり分からない。
ギ、 ギ
「ぅうッ?!ぅー!!」
壁に埋め込まれたスピーカーから音が鳴り始めた。人間には聞き取れない高周波の音だが、人魚にとっては本能的に不快に感じる音だ。背筋がゾクゾクして、咄嗟に耳を塞ごうとするが手枷がそれを阻む。
ギギ ギギギギい ギギギギギギキキキ
音が段々と大きく、鳴る感覚が短くなっていく。
「うぅぅうううううううううう!!!!!」
人魚にとって聴覚は視覚と同じくらい重要な感覚である。人よりも状況把握や思考において重要な役割を担っているため、その感覚をかき乱されるストレスは計り知れない。音による拷問は人にも有効であるが、人魚はその比にならない苦痛を覚える。個体にもよるが、その影響は人よりも身体的な症状に出やすい。
「う、えあッ…!あ、あ、あ」
(地面、が、柔らかい?やっぱり硬い?へや、ゆがんで?ゆれて?)
人魚ちゃんに最初に出た症状は空間把握能力の低下だった。海中では考えられない大きさの音であるため、脳が処理しきれず反響時間把握認知にバグが生じることが原因で起こる症状だ。視覚を遮られていることも相まって症状は重い。
「ぅ……うぇ…え」
情報のズレは吐き気、頭痛を生む。
「ぅぇええ…えっぇ」
ゴボリと吐瀉物が喉奥から溢れ出る。口枷には穴があり、そこから吐瀉物は排出されるので窒息の心配ない優れものだ。その上、センサーも付いているので吐き終えるとオートでペナルティーが科せられる。
「ぅああああ!…ん?…ッうぅうう!!」
部屋の排気口から甘い匂いの気体が出された。それはあっという間に部屋に充満する。自分の吐瀉物の臭いが混じりやや不快であるが、特に問題は無いと人魚ちゃんは思った。鳴り続ける異様な音に比べれば大したことではない、と。
「あぁッ!…ひゅっ…ぃああああ!!」
不快音は緩急を交えながらも確実に大きくなっていく。時間経過につれ苦しみは膨れ上がり、人魚ちゃんの藻搔きは激しさを増す。海の中で摩擦など知らずにいた柔らかい肌には至る所に擦り傷ができ、桜色の鱗はいくつかひび割れてしまった。だが、その痛みは異様な聴覚以上に気を取られて感じてはいなかった。
「ッ!…あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ッ!!!!!」
ガスは痛覚を鋭敏化する代物だった。それなりに傷ついてから効果が出るように遅効性。薄れていた痛覚が牙をむき、痛みが通常の何倍にも膨れ上がる。
「いぃいいいいいっ!!!!!あああああああぁッ!!!!!」
頭が壊れそうな程の大きさの不快音、そして耐え難いほどの痛み。いっそ気を失えればいいのだが、全ての刺激が強過ぎてそれは叶わなかった。気絶をしても、すぐに意識は現実に引きずり戻される。
(あたまがわれそうひふがさけるうろこがわれてるこわいこわいこわいこわいいたいいたいたすけてたすけてたすけて)
「お…ッあー」
音とガスによる拷問は約10時間続いた。この時点で人魚ちゃんが調教施設に来て二日が経過していた。たった二日、されど二日。人魚ちゃんはボロボロになっていた。サラサラだった髪の毛は荒れ、もちもちとした肌は藻掻いてできた擦り傷と青あざだらけ。鱗はひび割れ削れ、光沢を失っている。糞尿をする場所は無かったため、垂れ流しで体も汚れていた。そんな状況のため、その顔に生気は無く、目は焦点があっていない。
「お疲れ様。気分はどうかな、と聞くまでもなさそうだね」
「……………」
「ストレス反応は、軽度の脱毛、鱗の乾燥…、口腔内の唾液量も減っています。血液中のストレス物質も…限界近いですね」
「簡易検査でこれなら、もう無理だろうね。教育に移ろう。心もとないが、漁師たちから攻撃性能も反抗心も弱い個体だと報告されているからね。これでいいだろう」
「はい」
昨日までなら助けてくれと嘆願し、人間から何かをされれば拒絶していた人魚ちゃんだがぐったりして動かない。検査のため、河野に体を触られたり、採血器具で血液検査をされたりしても無抵抗だ。
「ほら、もう苦しいことは終わりだよ。この部屋からも出よう」
「……」
「返事は?」
「ッ…は、ぃ」
「なんだ、覚えていたのか。記憶力は案外悪くないのかな」
嘲笑われても反骨心は欠片も湧かなかった。尾の先を掴まれ、乱暴に台車に乗せられ運ばれる。どこに行くのかはもう気にならない。どうせ酷い目にまた遭わせられるのだ。
「しかし、人魚はこんなになっても綺麗なものだ」
「見た目だけは、そうですね」
「……ああ。そうだね。こいつらの本性は海の略奪者だ。漁船だろうが旅客船だろうが見境なしに、自分の快楽のためだけに襲う。今まで何人の人間が犠牲になってきたか」
「見た目が美しい、ただそれだけでこんな生き物を飼いたがるなんて……上流階級の人間の気は知れません」
「確かにね。調教後の状態しか知らないというのもあるんじゃないかな」
彼らの言っていることは真実である。人魚飼いは上流階級の高貴なお遊び。世界的に身分制度が色濃く残っているこの世界では日本も例外ではない。一応一般家庭からの成り上がりは可能だが、教育格差のおかげでそれは難しい。不平等にも感じる者もいると言えばいるのだが、多くの者は納得している。上流階級の人間は徹底的な英才教育、もとい教育虐待に近い環境で育てられ、将来を選ぶことはかなり難しい不自由な人生を歩まされることが殆どだ。その優秀で不自由な人間味が総じて薄い彼らが自分たちが暮らしやすい社会を作ってくれる。自分たちは多少の勉学は必要だが、大した努力をせずとも平凡な幸せなら手に入る。そんな社会に過半数が満足しているのだ。
「じゃ、体の洗浄は雌の個体だから君に任せるよ」
「はい」
しばらく運ばれると、人魚ちゃんは大きな浴槽のある浴場に連れてこられた。湯は既に張られており、その色は傷薬が入っているため薄緑だ。日に十分ほどこの薬品風呂に浸からせれば、今回の人魚ちゃんのような外傷は一日もあれば治る。人魚は人間と比べ丈夫で傷の治りも早いのだ。これはかつて流行った人魚の肉の不老不死伝説の原因だったりする。
「…っ!…ぅうううぅ」
だが丈夫といっても痛覚が鈍いわけではない。傷だらけの体を石鹸で、しかもブラシを使って洗われれば沁みる。その手つきが荒ければなおの事痛い。
「…悲鳴だけは、人間と同じですね」
汚れを落としきると河野は呟いた。彼女の瞳に憐みだとか憐憫といった感情は一切ない。人魚ちゃんの腕を掴み、浴槽へ引き摺っていく。肩が外れそうで人魚ちゃんの顔が歪む。
「きゃっ」
浴槽の傍まで来るとガッと両肩を掴まれ持ち上げられ、上半身を押し込まれる。そのまま尾ひれを蹴り飛ばし浴槽に人魚ちゃんを叩き込み、素早く上からさすまたで抑え込む。
「いたっ、いたいいたいたいいたいっ!!」
「暴れるなっ!!」
「ぎゃぁッ」
河野はさすまたを器用に使い、人魚ちゃんを何度も浴槽の底に叩きつける。ガンッガンッガンッと鈍い打撃音が浴室に木霊する。
「はぁ、やっと大人しくなった。ちょっと痣が増えたけどこれくらいなら一晩で治るでしょ」
音が鳴り終わるころには、人魚ちゃんは浴室の中でぐったりと沈んでいた。
どれほど藻掻いたのかはわからない。いつの間にか焼け付く痛みは消えていた。
「……」
人魚ちゃんは声を出すことなく、涙だけを流して静かに泣いていた。のたうち回って疲れ果てていたのだ。
「やぁ、痛みは引いたかな」
スッと扉が開き、昨日の二人組が入ってきた。
「ひっ、こ、な……ぃ……でっ!」
掠れ声で何とか拒絶の意志を示す。流石に、彼らが自分に優しくないことだけは分かっていた。
「そういえば自己紹介をしていなかったと思ってね。私は藤川。彼女は河野と言う。まぁ、君にはどうでもいいことだね」
「ふじかわ、こーの」
「おっと、君は人間を呼び捨てにしてはいけないよ。必ず名前の後ろにさん、を付けるんだ。必要があれば様、を付ける。そして返事は、はい」
「ぎゅぇっ」
(喉が締まる!…それに熱い?)
首輪からの電流による、首が締め付けられる感覚にうろたえる。声に誇りを持つ人魚のプライドを折り、美しい声を失うかもしれないという恐怖を与えられる拷問だ。何体もの人魚がこの器具の過剰使用で人魚の歌を歌えなくなり、心を殺された。
「苦しそうだね。僕の名前を呼んでくれたら止めてあげよう」
「ふ、ふじか、わさん」
「よし」
「ゴホっ、ゲホッ」
「涎と涙に塗れた顔は惨めだけど綺麗なもんだ。河野君、撮っておこう」
「はい」
髪を掴まれ上を向かされる。河野はパシャパシャと人魚ちゃんの顔を撮る。よく分からないものを向けられ、何をされるのか怖くて目を瞑ってしまう。
「目を開けなさい」
「は、はい」
(怖い)
「……っ、ぐす」
撮り終えると蹲り、再び静かに泣き出す人魚ちゃん。
「ありゃ、大分参ってるね。やっぱり、かなり弱いねこの個体は」
「プラン変更しますか?」
「いや、これ以上下げると将来調子に乗るかもしれない。ストレス症状が限界になるまではそのままで」
「はい」
「た、すけて、おねがい…」
尾をくるりと折り曲げ身を小さくして、口を手で覆った。これは人魚なりの降伏のポーズだ。尾を畳みこれ以上動かないこと、口を塞いで攻撃歌を歌わないこと、手を動かさず波を起こさないこと。この三つを示すことで攻撃の意志が無いことを伝えるのだ。実際この状態の人魚にできることは何も無い。海の頂点の生き物として生きているが故に基本人魚はプライドが高い彼らに人にとっての土下座に近い屈辱感を覚えるポーズだ」。
「はははっ、情けないものだ。早くも降伏するとはね。けどね、そんなことしたって私たちは仕事を止めないよ。君がちゃんとオーナーにふさわしくなるまでね」
「そ、そんな!や、いやっ」
「なんだ抵抗する元気があるじゃないか」
「あがっ!!」
藤川が人魚ちゃんに専用のスタンガンを容赦なく当てた。スタンガンは痛みもなく、一瞬で気絶できる代物と思われがちだがそうではない。大の大人が悶絶するほど強い痛みを感じるが、あくまで電流が体の電気信号を阻害し、短時間筋肉を硬直させるだけなので気絶をすることはまず無い。
「あ…う」
人魚用に改造しているため、硬直時間は長いがしっかり意識はある。体の自由を失われた状態の人魚ちゃんに目隠し、手錠、自害防止と、ちょっとした工夫が施された口枷が付けられる。これも拷問の一環だ。あえて意識を残して作業を行うことで、お前たち人魚は陸では何もできないのだということを植え付けるのだ。
「ぅー……ぅー」
人魚ちゃんは目を塞がれたため、声を出してその反響音で周囲の状況を把握しようとする。それすら口枷のせいでやりにくい。
(何か置いていった訳じゃない…、それに誰もいない)
部屋に変化は無い。それに誰もいないとなると、何をするつもりなのだろうか。人魚ちゃんは考えを巡らせるがさっぱり分からない。
ギ、 ギ
「ぅうッ?!ぅー!!」
壁に埋め込まれたスピーカーから音が鳴り始めた。人間には聞き取れない高周波の音だが、人魚にとっては本能的に不快に感じる音だ。背筋がゾクゾクして、咄嗟に耳を塞ごうとするが手枷がそれを阻む。
ギギ ギギギギい ギギギギギギキキキ
音が段々と大きく、鳴る感覚が短くなっていく。
「うぅぅうううううううううう!!!!!」
人魚にとって聴覚は視覚と同じくらい重要な感覚である。人よりも状況把握や思考において重要な役割を担っているため、その感覚をかき乱されるストレスは計り知れない。音による拷問は人にも有効であるが、人魚はその比にならない苦痛を覚える。個体にもよるが、その影響は人よりも身体的な症状に出やすい。
「う、えあッ…!あ、あ、あ」
(地面、が、柔らかい?やっぱり硬い?へや、ゆがんで?ゆれて?)
人魚ちゃんに最初に出た症状は空間把握能力の低下だった。海中では考えられない大きさの音であるため、脳が処理しきれず反響時間把握認知にバグが生じることが原因で起こる症状だ。視覚を遮られていることも相まって症状は重い。
「ぅ……うぇ…え」
情報のズレは吐き気、頭痛を生む。
「ぅぇええ…えっぇ」
ゴボリと吐瀉物が喉奥から溢れ出る。口枷には穴があり、そこから吐瀉物は排出されるので窒息の心配ない優れものだ。その上、センサーも付いているので吐き終えるとオートでペナルティーが科せられる。
「ぅああああ!…ん?…ッうぅうう!!」
部屋の排気口から甘い匂いの気体が出された。それはあっという間に部屋に充満する。自分の吐瀉物の臭いが混じりやや不快であるが、特に問題は無いと人魚ちゃんは思った。鳴り続ける異様な音に比べれば大したことではない、と。
「あぁッ!…ひゅっ…ぃああああ!!」
不快音は緩急を交えながらも確実に大きくなっていく。時間経過につれ苦しみは膨れ上がり、人魚ちゃんの藻搔きは激しさを増す。海の中で摩擦など知らずにいた柔らかい肌には至る所に擦り傷ができ、桜色の鱗はいくつかひび割れてしまった。だが、その痛みは異様な聴覚以上に気を取られて感じてはいなかった。
「ッ!…あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ッ!!!!!」
ガスは痛覚を鋭敏化する代物だった。それなりに傷ついてから効果が出るように遅効性。薄れていた痛覚が牙をむき、痛みが通常の何倍にも膨れ上がる。
「いぃいいいいいっ!!!!!あああああああぁッ!!!!!」
頭が壊れそうな程の大きさの不快音、そして耐え難いほどの痛み。いっそ気を失えればいいのだが、全ての刺激が強過ぎてそれは叶わなかった。気絶をしても、すぐに意識は現実に引きずり戻される。
(あたまがわれそうひふがさけるうろこがわれてるこわいこわいこわいこわいいたいいたいたすけてたすけてたすけて)
「お…ッあー」
音とガスによる拷問は約10時間続いた。この時点で人魚ちゃんが調教施設に来て二日が経過していた。たった二日、されど二日。人魚ちゃんはボロボロになっていた。サラサラだった髪の毛は荒れ、もちもちとした肌は藻掻いてできた擦り傷と青あざだらけ。鱗はひび割れ削れ、光沢を失っている。糞尿をする場所は無かったため、垂れ流しで体も汚れていた。そんな状況のため、その顔に生気は無く、目は焦点があっていない。
「お疲れ様。気分はどうかな、と聞くまでもなさそうだね」
「……………」
「ストレス反応は、軽度の脱毛、鱗の乾燥…、口腔内の唾液量も減っています。血液中のストレス物質も…限界近いですね」
「簡易検査でこれなら、もう無理だろうね。教育に移ろう。心もとないが、漁師たちから攻撃性能も反抗心も弱い個体だと報告されているからね。これでいいだろう」
「はい」
昨日までなら助けてくれと嘆願し、人間から何かをされれば拒絶していた人魚ちゃんだがぐったりして動かない。検査のため、河野に体を触られたり、採血器具で血液検査をされたりしても無抵抗だ。
「ほら、もう苦しいことは終わりだよ。この部屋からも出よう」
「……」
「返事は?」
「ッ…は、ぃ」
「なんだ、覚えていたのか。記憶力は案外悪くないのかな」
嘲笑われても反骨心は欠片も湧かなかった。尾の先を掴まれ、乱暴に台車に乗せられ運ばれる。どこに行くのかはもう気にならない。どうせ酷い目にまた遭わせられるのだ。
「しかし、人魚はこんなになっても綺麗なものだ」
「見た目だけは、そうですね」
「……ああ。そうだね。こいつらの本性は海の略奪者だ。漁船だろうが旅客船だろうが見境なしに、自分の快楽のためだけに襲う。今まで何人の人間が犠牲になってきたか」
「見た目が美しい、ただそれだけでこんな生き物を飼いたがるなんて……上流階級の人間の気は知れません」
「確かにね。調教後の状態しか知らないというのもあるんじゃないかな」
彼らの言っていることは真実である。人魚飼いは上流階級の高貴なお遊び。世界的に身分制度が色濃く残っているこの世界では日本も例外ではない。一応一般家庭からの成り上がりは可能だが、教育格差のおかげでそれは難しい。不平等にも感じる者もいると言えばいるのだが、多くの者は納得している。上流階級の人間は徹底的な英才教育、もとい教育虐待に近い環境で育てられ、将来を選ぶことはかなり難しい不自由な人生を歩まされることが殆どだ。その優秀で不自由な人間味が総じて薄い彼らが自分たちが暮らしやすい社会を作ってくれる。自分たちは多少の勉学は必要だが、大した努力をせずとも平凡な幸せなら手に入る。そんな社会に過半数が満足しているのだ。
「じゃ、体の洗浄は雌の個体だから君に任せるよ」
「はい」
しばらく運ばれると、人魚ちゃんは大きな浴槽のある浴場に連れてこられた。湯は既に張られており、その色は傷薬が入っているため薄緑だ。日に十分ほどこの薬品風呂に浸からせれば、今回の人魚ちゃんのような外傷は一日もあれば治る。人魚は人間と比べ丈夫で傷の治りも早いのだ。これはかつて流行った人魚の肉の不老不死伝説の原因だったりする。
「…っ!…ぅうううぅ」
だが丈夫といっても痛覚が鈍いわけではない。傷だらけの体を石鹸で、しかもブラシを使って洗われれば沁みる。その手つきが荒ければなおの事痛い。
「…悲鳴だけは、人間と同じですね」
汚れを落としきると河野は呟いた。彼女の瞳に憐みだとか憐憫といった感情は一切ない。人魚ちゃんの腕を掴み、浴槽へ引き摺っていく。肩が外れそうで人魚ちゃんの顔が歪む。
「きゃっ」
浴槽の傍まで来るとガッと両肩を掴まれ持ち上げられ、上半身を押し込まれる。そのまま尾ひれを蹴り飛ばし浴槽に人魚ちゃんを叩き込み、素早く上からさすまたで抑え込む。
「いたっ、いたいいたいたいいたいっ!!」
「暴れるなっ!!」
「ぎゃぁッ」
河野はさすまたを器用に使い、人魚ちゃんを何度も浴槽の底に叩きつける。ガンッガンッガンッと鈍い打撃音が浴室に木霊する。
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