17 / 57
第2章 新人探索者
9.薄霧の湿原にて
しおりを挟む
翌朝。
快晴に恵まれた王都ノーティオの探索者ギルド前に、赤髪の弓使いと、その使い魔の姿があった。
遂に今日から正式な探索者として活動を開始するザインは、ジルをギルドの出入り口から少し離れた位置に待機させ、気合い充分に会館へと足を踏み入れる。
ここに訪れた目的は、昨夜決めた通り──共にダンジョンを攻略していく仲間を探す為である。
「うーんと……」
ざっと一階フロアを見渡すと、まばらながらも人影が窺えた。
まだ朝だからなのか、そこまで大賑わいしている様子は無いようだ。
基本的に、ギルド所属の探索者は自由にダンジョンへ出入りしても良いようになっており、各々が回収してきたアイテムをここで売却する事も可能である。
時折、放置されすぎた為に魔物が繁殖しすぎてしまったダンジョンに関しては、ギルド側から討伐依頼が来る事もある。それから、民間人や商人からの護衛依頼も舞い込む事も少なくない。
この二種類の依頼、実は密接に関係している。
探索者に放置されたダンジョンでは、繁殖した魔物がダンジョン外へと侵攻を開始するケースが稀にあり、人を襲う危険があるからだ。
これは滅多に発生しない事件ではあるものの、魔物との戦闘に特化した探索者を護衛に……と、念には念を入れる者も多いのだ。
あまりにも攻略が難しいダンジョンになると、年に一度はこういった危機に陥る。探索者も同じダンジョンのみを攻略する訳ではないので、そんな悲劇が積み重なって溢れ出してしまう。
なので緊迫した状況下において、歴戦の探索者が招集され、魔物の駆除にあたる事もあるのだ──と、ガラッシアがその仕事帰りにザインに話した事もあった。
少し話を戻すと、ダンジョンに向かわずここで時間を潰している探索者達は、そんな護衛の依頼が入るのを待ち続けている。
ダンジョンの外で魔物に会うのは稀な事。つまり、探索者にとって護衛依頼はほとんど危険の無い簡単な仕事、という事になるのだ。
高額で買い取ってもらえるアイテムを求めて危険な迷宮に向かうより、ここで傭兵まがいの仕事をのんびり待って小遣い稼ぎをする──特に、人と物の行き来の多い王都にはそんな連中が目立っていた。
(それで、仕事が入らなかったら楽なダンジョンでアイテム集め。それを売ったお金でまたここで時間を潰して、危険手当の付く護衛依頼を待ち続ける……か)
グダグダと仲間内で談笑している探索者達を眺めながら、ザインは小さく溜息を吐く。
(前に母さんの言ってた通り、そんな探索者が本当に居るんだな)
ザインは、彼らの『探索者』としてのあり方に共感出来なかった。
あらゆるダンジョンに挑戦するでもなく、前人未踏の迷宮を探し求めるでもない。何の探究心も冒険心も無い、無味無臭の日々。
そんな退屈で刺激の無い日常を送る事に、どのような楽しみがあるというのだろう。
(でも……あの人達は、それでも楽しそうに笑ってる)
気の合う仲間と、同じペースで歩み続ける。
それはザインの目指す理想のパーティーの姿であり、同時に、あの探索者達が今まさに味わっている日常だった。
「……俺とあの人達とでは、根本的に考え方が違ってるんだろうな」
向いている方向が違うのなら、そこに行き着くまでの道程だって異なるのだろう。
それが悪事ではないのであれば、赤の他人でしかない自分にとやかく言う権利は無い。
偶然、彼らと己との行き先が違っていただけなのだ。
結局、ザインは長居せず会館を出てしまった。
仲間探しは焦らずとも良い。もしかしたら、どこかのダンジョンで意欲的な探索者に出会えるかもしれない。
ザインはモヤモヤした気持ちを振り払うように、心のスイッチを切り替える事にした。
そうしてザインはジルと共に、次の目的地である大通り沿いを歩いて行く。
彼らが足を止めたのは、探索者向けの様々なアイテムが揃った店だった。
中を回ってみると、店内はかなり広かった。携帯食や鞄、ちょっとしたトラップツールなど、豊富な品揃えが売りのようである。
ザインは棚を一つずつ確認しながら、目当ての品が並んだエリアに到着した。ポーション売り場である。
その中から魔力回復効果のあるポーションが纏められた方へ目を向け、棚に貼り付けられた値札に目を通す。
「下級魔力ポーション一本で、銀貨一枚か……」
流通する貨幣は、ブロン銅貨・シルバ銀貨・ゴルド金貨・プラナ白金貨の四種類。
ブロン銅貨一枚で百円分の価値があり、銀貨ならば一枚で千円。金貨一枚で一万円。白金貨なら百万円だと思えば良い。
ちなみに、宿屋の一食分の値段は銅貨二枚で、一日分の宿泊費は銀貨一枚である。
これには宿屋の主人の工夫もあるのだが、銅貨二枚で満足する味と量のある食事を提供してくれるというのは、中々に破格の値段設定なのだ。
一般人からすれば、ポーションなど滅多に必要としない高級品。
尽きる事の無い資源を求めてダンジョンに潜る探索者相手であれば、ある程度は高額に設定しても需要がある。だからこそ、この値段で売れてしまう。
「うーん……。やっぱり、こういうのは自分で作った方が安上がりなんだよなぁ」
実家ではガラッシアもエイルも、自分の手でポーションを作っていた。
材料となる薬草類は母がダンジョンから採って来られるので、必要となるのは作業台や空き瓶などだ。
だが、空き瓶は毎回丁寧に洗って煮沸消毒し、清潔に保って何度もリユースしていた。
ポーションを作る為の知識さえあれば、それを売り物にする事だって出来ていたのだ。そんな光景を見て育ってきたザインからすれば、この値段はぼったくりのように思えてしまう。
(……やっぱり、市販品を買うのは財布に響くよな。こうなったら、最後の手段に出るか)
何も買わずに店を出たザインは、すぐさまジルに跨がり王都を発った。
ザイン達が目指すのは、王都とポポイアの森の中間辺りにあるダンジョン──『ディルの泉』だ。
ここはその昔、聖女と呼ばれた乙女が修行を行なった場所だった。
清らかな水と澄んだ空気。それらの恵みによって生育する数多くの草花が、このダンジョンの神秘性を引き立たせていた。
「ダンジョンの外ですら緑が豊かなんだから、中はもっと沢山の薬草が生えてるんだろうな」
「ワゥフッ!」
ディルの泉への入り口は、ポポイアの森と同じく一ヶ所のみ。
ダンジョン全体が城を囲む堀のような水流で包囲されており、何者かが架けたであろう石橋を渡って行くしかない。
「ポポイアの森は1フロアしかないダンジョンだけど、ここは最深部を含めた3フロア構成だったはずだ。目当ての薬草が生えている場所がどの階層なのか分からないけど、出て来る魔物の弱点は、母さんから何度も聞いてる」
水と草花に満ちたこのダンジョンには、そこに棲むに相応しい魔物が潜んでいる。
つまりは、『水属性』と『植物系』の魔物が多いのだ。
「俺達なら、敵との相性も悪くない。今回も二人で連携していけば、そこまで苦戦する事も無いと思うよ」
「ワフッ、ワフッ!」
ザインがそう言えば、ジルは納得したように鳴いて、返事をした。
橋を渡った先は、薄っすらと霧に包まれた湿原であった。
このダンジョンは最深部に行くにつれて高度が低くなる、すり鉢型の迷宮になっている。
ザインとジルが探索を開始した第一階層は、ちょっとした小遣い稼ぎになるような、安価な薬草が多く生育していた。
それらも勿論ポーションの素材に利用されるので、ザインは薬草の群生地を発見する毎に、丁寧にアイテム回収ポーチへと収納していった。
ポーチも鞄も『拡張』スキル持ちの職人による品である為、見た目よりも多くのアイテムを持ち運ぶ事が出来る、探索者には必須の品物である。
「これだけ薬草が生えまくってるなら、魔力ポーションに必要な材料だってすぐに集められそうだな。ジルー! そっちに青い花あったかー?」
後でギルドに売却する分の薬草も採取しながら、ザインは少し遠くの方で素材探しをするジルに呼び掛けた。
すると、ジルは自身のすぐ側の水辺に向かって唸り声を上げ、激しく警戒しているではないか。
ザインはすぐにそちらへと駆け寄りながら、手に弓を携える。
「グルルルルル……!」
その時、水面から小さな気泡が浮かび上がった。
と同時にそこから高速で姿を現わす、細長い二本の影。
「ジルっ、水中から攻撃して来るぞ!」
「ワフッ‼︎」
そう叫ぶザインは、そこから飛び退くジルの先に揺れる影へと魔力の矢を撃ち放つ。
ブシャンッ! という激しい水音と、大きな飛沫をあげる水面。
ザインの反撃を受けた魔物は、一旦水中へと身を潜め直したらしい。つい先程まで見えていた細長い影は、ここからでは確認出来なかった。
「あの二本の触手……そして、水中からの攻撃……」
それらの特徴から導き出される、とある魔物。
子供の頃から何度も何度も読み返してきた、母から貰った魔物図鑑で得た知識によって、ザインは答えを見つけ出す。
「あいつの正体は──ハナブショウだ!」
ザインは今の内にジルをここから遠ざけさせるよう命じると、目の前に潜む魔物をどう処理していくか、脳をフル回転させる。
ハナブショウという魔物は、このディルの泉をはじめとした湿地帯に多く生息する、植物型の魔物だ。
ゴブリンのように人間を喰らう事は無いが、全く危害を加えない訳でもない。
ハナブショウ達は、殺した人間を養分にするからだ。
「お前は陸上型の魔物が来たら対処してくれ! ここは俺が引き受ける!」
いつハナブショウが水面から出て来ても良いように、あらかじめ弓を構えているザイン。
ジルはそんなザインの背中を見ながら、
「グルル……ワフッ!」
先制攻撃を受けそうになり、気が立っているのだろう。
けれどもジルは、鋭い牙を剥き出しにしつつも、ザインの指示がしっかりと耳に届いている。
ジルは周囲への警戒を行いながら、いつでもザインに加勢出来る距離を保っていた。
(相手は、水中でも活動出来る魔物だ。あのままジルが水底に引きずり込まれでもしていたら、どうなっていた事か……)
ジルの反射神経ならそのような事態にはそうそう陥らないだろうが、可能性はゼロではないのだ。
それは勿論、ザインも同様である。
──息が出来なければ、死ぬ。
至って単純な結論だ。
プツ、プツツ……と、小さく弾ける泡の音。
(来る……!)
その予感通り、ハナブショウは今度こそその全貌を露わにした。
水面から飛び上がるのは、すらりと伸びた緑の茎と、頭部を彩る紫色の花。黄色い斑紋が特徴の、好戦的な魔物である。
するとザインは、ひらりと跳躍するハナブショウに向けて矢を射った。
強力な風の魔力の塊が、ハナブショウ目掛け突進する。
しかし、ハナブショウは自身の根を巧みに操り、それを跳ね除けようとする。
その根こそが、先程ジルを襲った細長い影の正体だった。
だがそんな状況下にあってもなお、ザインの自信に満ちた瞳から輝きは失われていない。
「掛かったな、ハナブショウ!」
「…………!」
ハナブショウの根の鞭は、風神の弓から生み出された風の矢に触れ──勢い良く、空中で四散した。
何故なら、植物型の魔物の弱点は『火』と『風』である。特に、水辺に棲むハナブショウには風の魔力がよく効くのだ。
弱点属性を身体に受けたハナブショウは、上手くバランスを取れずに地面へと墜落した。
そこへザインがすかさず追撃を叩き込むと、遂に相手は動かなくなった。
「……どうやら、これで片付いたみたいだな」
矢に貫かれ、引き千切れたハナブショウ。
無事に討伐する事が出来たザインは、ハナブショウが潜んでいた水辺の奥で、目当ての薬草を発見した。
背丈は低いが、青い花を咲かせたその薬草には魔力が蓄えられている。
それらを優しく摘み取ると、ザイン達は再び王都へ戻っていった。
快晴に恵まれた王都ノーティオの探索者ギルド前に、赤髪の弓使いと、その使い魔の姿があった。
遂に今日から正式な探索者として活動を開始するザインは、ジルをギルドの出入り口から少し離れた位置に待機させ、気合い充分に会館へと足を踏み入れる。
ここに訪れた目的は、昨夜決めた通り──共にダンジョンを攻略していく仲間を探す為である。
「うーんと……」
ざっと一階フロアを見渡すと、まばらながらも人影が窺えた。
まだ朝だからなのか、そこまで大賑わいしている様子は無いようだ。
基本的に、ギルド所属の探索者は自由にダンジョンへ出入りしても良いようになっており、各々が回収してきたアイテムをここで売却する事も可能である。
時折、放置されすぎた為に魔物が繁殖しすぎてしまったダンジョンに関しては、ギルド側から討伐依頼が来る事もある。それから、民間人や商人からの護衛依頼も舞い込む事も少なくない。
この二種類の依頼、実は密接に関係している。
探索者に放置されたダンジョンでは、繁殖した魔物がダンジョン外へと侵攻を開始するケースが稀にあり、人を襲う危険があるからだ。
これは滅多に発生しない事件ではあるものの、魔物との戦闘に特化した探索者を護衛に……と、念には念を入れる者も多いのだ。
あまりにも攻略が難しいダンジョンになると、年に一度はこういった危機に陥る。探索者も同じダンジョンのみを攻略する訳ではないので、そんな悲劇が積み重なって溢れ出してしまう。
なので緊迫した状況下において、歴戦の探索者が招集され、魔物の駆除にあたる事もあるのだ──と、ガラッシアがその仕事帰りにザインに話した事もあった。
少し話を戻すと、ダンジョンに向かわずここで時間を潰している探索者達は、そんな護衛の依頼が入るのを待ち続けている。
ダンジョンの外で魔物に会うのは稀な事。つまり、探索者にとって護衛依頼はほとんど危険の無い簡単な仕事、という事になるのだ。
高額で買い取ってもらえるアイテムを求めて危険な迷宮に向かうより、ここで傭兵まがいの仕事をのんびり待って小遣い稼ぎをする──特に、人と物の行き来の多い王都にはそんな連中が目立っていた。
(それで、仕事が入らなかったら楽なダンジョンでアイテム集め。それを売ったお金でまたここで時間を潰して、危険手当の付く護衛依頼を待ち続ける……か)
グダグダと仲間内で談笑している探索者達を眺めながら、ザインは小さく溜息を吐く。
(前に母さんの言ってた通り、そんな探索者が本当に居るんだな)
ザインは、彼らの『探索者』としてのあり方に共感出来なかった。
あらゆるダンジョンに挑戦するでもなく、前人未踏の迷宮を探し求めるでもない。何の探究心も冒険心も無い、無味無臭の日々。
そんな退屈で刺激の無い日常を送る事に、どのような楽しみがあるというのだろう。
(でも……あの人達は、それでも楽しそうに笑ってる)
気の合う仲間と、同じペースで歩み続ける。
それはザインの目指す理想のパーティーの姿であり、同時に、あの探索者達が今まさに味わっている日常だった。
「……俺とあの人達とでは、根本的に考え方が違ってるんだろうな」
向いている方向が違うのなら、そこに行き着くまでの道程だって異なるのだろう。
それが悪事ではないのであれば、赤の他人でしかない自分にとやかく言う権利は無い。
偶然、彼らと己との行き先が違っていただけなのだ。
結局、ザインは長居せず会館を出てしまった。
仲間探しは焦らずとも良い。もしかしたら、どこかのダンジョンで意欲的な探索者に出会えるかもしれない。
ザインはモヤモヤした気持ちを振り払うように、心のスイッチを切り替える事にした。
そうしてザインはジルと共に、次の目的地である大通り沿いを歩いて行く。
彼らが足を止めたのは、探索者向けの様々なアイテムが揃った店だった。
中を回ってみると、店内はかなり広かった。携帯食や鞄、ちょっとしたトラップツールなど、豊富な品揃えが売りのようである。
ザインは棚を一つずつ確認しながら、目当ての品が並んだエリアに到着した。ポーション売り場である。
その中から魔力回復効果のあるポーションが纏められた方へ目を向け、棚に貼り付けられた値札に目を通す。
「下級魔力ポーション一本で、銀貨一枚か……」
流通する貨幣は、ブロン銅貨・シルバ銀貨・ゴルド金貨・プラナ白金貨の四種類。
ブロン銅貨一枚で百円分の価値があり、銀貨ならば一枚で千円。金貨一枚で一万円。白金貨なら百万円だと思えば良い。
ちなみに、宿屋の一食分の値段は銅貨二枚で、一日分の宿泊費は銀貨一枚である。
これには宿屋の主人の工夫もあるのだが、銅貨二枚で満足する味と量のある食事を提供してくれるというのは、中々に破格の値段設定なのだ。
一般人からすれば、ポーションなど滅多に必要としない高級品。
尽きる事の無い資源を求めてダンジョンに潜る探索者相手であれば、ある程度は高額に設定しても需要がある。だからこそ、この値段で売れてしまう。
「うーん……。やっぱり、こういうのは自分で作った方が安上がりなんだよなぁ」
実家ではガラッシアもエイルも、自分の手でポーションを作っていた。
材料となる薬草類は母がダンジョンから採って来られるので、必要となるのは作業台や空き瓶などだ。
だが、空き瓶は毎回丁寧に洗って煮沸消毒し、清潔に保って何度もリユースしていた。
ポーションを作る為の知識さえあれば、それを売り物にする事だって出来ていたのだ。そんな光景を見て育ってきたザインからすれば、この値段はぼったくりのように思えてしまう。
(……やっぱり、市販品を買うのは財布に響くよな。こうなったら、最後の手段に出るか)
何も買わずに店を出たザインは、すぐさまジルに跨がり王都を発った。
ザイン達が目指すのは、王都とポポイアの森の中間辺りにあるダンジョン──『ディルの泉』だ。
ここはその昔、聖女と呼ばれた乙女が修行を行なった場所だった。
清らかな水と澄んだ空気。それらの恵みによって生育する数多くの草花が、このダンジョンの神秘性を引き立たせていた。
「ダンジョンの外ですら緑が豊かなんだから、中はもっと沢山の薬草が生えてるんだろうな」
「ワゥフッ!」
ディルの泉への入り口は、ポポイアの森と同じく一ヶ所のみ。
ダンジョン全体が城を囲む堀のような水流で包囲されており、何者かが架けたであろう石橋を渡って行くしかない。
「ポポイアの森は1フロアしかないダンジョンだけど、ここは最深部を含めた3フロア構成だったはずだ。目当ての薬草が生えている場所がどの階層なのか分からないけど、出て来る魔物の弱点は、母さんから何度も聞いてる」
水と草花に満ちたこのダンジョンには、そこに棲むに相応しい魔物が潜んでいる。
つまりは、『水属性』と『植物系』の魔物が多いのだ。
「俺達なら、敵との相性も悪くない。今回も二人で連携していけば、そこまで苦戦する事も無いと思うよ」
「ワフッ、ワフッ!」
ザインがそう言えば、ジルは納得したように鳴いて、返事をした。
橋を渡った先は、薄っすらと霧に包まれた湿原であった。
このダンジョンは最深部に行くにつれて高度が低くなる、すり鉢型の迷宮になっている。
ザインとジルが探索を開始した第一階層は、ちょっとした小遣い稼ぎになるような、安価な薬草が多く生育していた。
それらも勿論ポーションの素材に利用されるので、ザインは薬草の群生地を発見する毎に、丁寧にアイテム回収ポーチへと収納していった。
ポーチも鞄も『拡張』スキル持ちの職人による品である為、見た目よりも多くのアイテムを持ち運ぶ事が出来る、探索者には必須の品物である。
「これだけ薬草が生えまくってるなら、魔力ポーションに必要な材料だってすぐに集められそうだな。ジルー! そっちに青い花あったかー?」
後でギルドに売却する分の薬草も採取しながら、ザインは少し遠くの方で素材探しをするジルに呼び掛けた。
すると、ジルは自身のすぐ側の水辺に向かって唸り声を上げ、激しく警戒しているではないか。
ザインはすぐにそちらへと駆け寄りながら、手に弓を携える。
「グルルルルル……!」
その時、水面から小さな気泡が浮かび上がった。
と同時にそこから高速で姿を現わす、細長い二本の影。
「ジルっ、水中から攻撃して来るぞ!」
「ワフッ‼︎」
そう叫ぶザインは、そこから飛び退くジルの先に揺れる影へと魔力の矢を撃ち放つ。
ブシャンッ! という激しい水音と、大きな飛沫をあげる水面。
ザインの反撃を受けた魔物は、一旦水中へと身を潜め直したらしい。つい先程まで見えていた細長い影は、ここからでは確認出来なかった。
「あの二本の触手……そして、水中からの攻撃……」
それらの特徴から導き出される、とある魔物。
子供の頃から何度も何度も読み返してきた、母から貰った魔物図鑑で得た知識によって、ザインは答えを見つけ出す。
「あいつの正体は──ハナブショウだ!」
ザインは今の内にジルをここから遠ざけさせるよう命じると、目の前に潜む魔物をどう処理していくか、脳をフル回転させる。
ハナブショウという魔物は、このディルの泉をはじめとした湿地帯に多く生息する、植物型の魔物だ。
ゴブリンのように人間を喰らう事は無いが、全く危害を加えない訳でもない。
ハナブショウ達は、殺した人間を養分にするからだ。
「お前は陸上型の魔物が来たら対処してくれ! ここは俺が引き受ける!」
いつハナブショウが水面から出て来ても良いように、あらかじめ弓を構えているザイン。
ジルはそんなザインの背中を見ながら、
「グルル……ワフッ!」
先制攻撃を受けそうになり、気が立っているのだろう。
けれどもジルは、鋭い牙を剥き出しにしつつも、ザインの指示がしっかりと耳に届いている。
ジルは周囲への警戒を行いながら、いつでもザインに加勢出来る距離を保っていた。
(相手は、水中でも活動出来る魔物だ。あのままジルが水底に引きずり込まれでもしていたら、どうなっていた事か……)
ジルの反射神経ならそのような事態にはそうそう陥らないだろうが、可能性はゼロではないのだ。
それは勿論、ザインも同様である。
──息が出来なければ、死ぬ。
至って単純な結論だ。
プツ、プツツ……と、小さく弾ける泡の音。
(来る……!)
その予感通り、ハナブショウは今度こそその全貌を露わにした。
水面から飛び上がるのは、すらりと伸びた緑の茎と、頭部を彩る紫色の花。黄色い斑紋が特徴の、好戦的な魔物である。
するとザインは、ひらりと跳躍するハナブショウに向けて矢を射った。
強力な風の魔力の塊が、ハナブショウ目掛け突進する。
しかし、ハナブショウは自身の根を巧みに操り、それを跳ね除けようとする。
その根こそが、先程ジルを襲った細長い影の正体だった。
だがそんな状況下にあってもなお、ザインの自信に満ちた瞳から輝きは失われていない。
「掛かったな、ハナブショウ!」
「…………!」
ハナブショウの根の鞭は、風神の弓から生み出された風の矢に触れ──勢い良く、空中で四散した。
何故なら、植物型の魔物の弱点は『火』と『風』である。特に、水辺に棲むハナブショウには風の魔力がよく効くのだ。
弱点属性を身体に受けたハナブショウは、上手くバランスを取れずに地面へと墜落した。
そこへザインがすかさず追撃を叩き込むと、遂に相手は動かなくなった。
「……どうやら、これで片付いたみたいだな」
矢に貫かれ、引き千切れたハナブショウ。
無事に討伐する事が出来たザインは、ハナブショウが潜んでいた水辺の奥で、目当ての薬草を発見した。
背丈は低いが、青い花を咲かせたその薬草には魔力が蓄えられている。
それらを優しく摘み取ると、ザイン達は再び王都へ戻っていった。
0
あなたにおすすめの小説
最低のEランクと追放されたけど、実はEXランクの無限増殖で最強でした。
MP
ファンタジー
高校2年の夏。
高木華音【男】は夏休みに入る前日のホームルーム中にクラスメイトと共に異世界にある帝国【ゼロムス】に魔王討伐の為に集団転移させれた。
地球人が異世界転移すると必ずDランクからAランクの固有スキルという世界に1人しか持てないレアスキルを授かるのだが、華音だけはEランク・【ムゲン】という存在しない最低ランクの固有スキルを授かったと、帝国により死の森へ捨てられる。
しかし、華音の授かった固有スキルはEXランクの無限増殖という最強のスキルだったが、本人は弱いと思い込み、死の森を生き抜く為に無双する。
ただのFランク探索者さん、うっかりSランク魔物をぶっとばす 規格外ダンジョンに住んでいるので、無自覚に最強でした
むらくも航
ファンタジー
旧題:ただのFランク探索者さん、うっかりSランク魔物をぶっとばして大バズりしてしまう~今まで住んでいた自宅は、最強種が住む規格外ダンジョンでした~
Fランク探索者の『彦根ホシ』は、幼馴染のダンジョン配信に助っ人として参加する。
配信は順調に進むが、二人はトラップによって誰も討伐したことのないSランク魔物がいる階層へ飛ばされてしまう。
誰もが生還を諦めたその時、Fランク探索者のはずのホシが立ち上がり、撮れ高を気にしながら余裕でSランク魔物をボコボコにしてしまう。
そんなホシは、ぼそっと一言。
「うちのペット達の方が手応えあるかな」
それからホシが配信を始めると、彼の自宅に映る最強の魔物たち・超希少アイテムに世間はひっくり返り、バズりにバズっていく──。
田舎農家の俺、拾ったトカゲが『始祖竜』だった件〜女神がくれたスキル【絶対飼育】で育てたら、魔王がコスメ欲しさに竜王が胃薬借りに通い詰めだした
月神世一
ファンタジー
「くそっ、魔王はまたトカゲの抜け殻を美容液にしようとしてるし、女神は酒のつまみばかり要求してくる! 俺はただ静かに農業がしたいだけなのに!」
ブラック企業で過労死した日本人、カイト。
彼の願いはただ一つ、「誰にも邪魔されない静かな場所で農業をすること」。
女神ルチアナからチートスキル【絶対飼育】を貰い、異世界マンルシア大陸の辺境で念願の農場を開いたカイトだったが、ある日、庭から虹色の卵を発掘してしまう。
孵化したのは、可愛らしいトカゲ……ではなく、神話の時代に世界を滅亡させた『始祖竜』の幼体だった!
しかし、カイトはスキル【絶対飼育】のおかげで、その破壊神を「ポチ」と名付けたペットとして完璧に飼い慣らしてしまう。
ポチのくしゃみ一発で、敵の軍勢は老衰で塵に!?
ポチの抜け殻は、魔王が喉から手が出るほど欲しがる究極の美容成分に!?
世界を滅ぼすほどの力を持つポチと、その魔素を浴びて育った規格外の農作物を求め、理知的で美人の魔王、疲労困憊の竜王、いい加減な女神が次々にカイトの家に押しかけてくる!
「世界の管理者」すら手が出せない最強の農場主、カイト。
これは、世界の運命と、美味しい野菜と、ペットの散歩に追われる、史上最も騒がしいスローライフ物語である!
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
ギャルい女神と超絶チート同盟〜女神に贔屓されまくった結果、主人公クラスなチート持ち達の同盟リーダーとなってしまったんだが〜
平明神
ファンタジー
ユーゴ・タカトー。
それは、女神の「推し」になった男。
見た目ギャルな女神ユーラウリアの色仕掛けに負け、何度も異世界を救ってきた彼に新たに下った女神のお願いは、転生や転移した者達を探すこと。
彼が出会っていく者たちは、アニメやラノベの主人公を張れるほど強くて魅力的。だけど、みんなチート的な能力や武器を持つ濃いキャラで、なかなか一筋縄ではいかない者ばかり。
彼らと仲間になって同盟を組んだユーゴは、やがて彼らと共に様々な異世界を巻き込む大きな事件に関わっていく。
その過程で、彼はリーダーシップを発揮し、新たな力を開花させていくのだった!
女神から貰ったバラエティー豊かなチート能力とチートアイテムを駆使するユーゴは、どこへ行ってもみんなの度肝を抜きまくる!
さらに、彼にはもともと特殊な能力があるようで……?
英雄、聖女、魔王、人魚、侍、巫女、お嬢様、変身ヒーロー、巨大ロボット、歌姫、メイド、追放、ざまあ───
なんでもありの異世界アベンジャーズ!
女神の使徒と異世界チートな英雄たちとの絆が紡ぐ、運命の物語、ここに開幕!
※不定期更新。
※感想やお気に入り登録をして頂けますと、作者のモチベーションがあがり、エタることなくもっと面白い話が作れます。
親友と婚約者に裏切られ仕事も家も失い自暴自棄になって放置されたダンジョンで暮らしてみたら可愛らしいモンスターと快適な暮らしが待ってました
空地大乃
ファンタジー
ダンジョンが日常に溶け込んだ世界――。
平凡な会社員の風間は、身に覚えのない情報流出の責任を押しつけられ、会社をクビにされてしまう。さらに、親友だと思っていた男に婚約者を奪われ、婚約も破棄。すべてが嫌になった風間は自暴自棄のまま山へ向かい、そこで人々に見捨てられた“放置ダンジョン”を見つける。
どこか自分と重なるものを感じた風間は、そのダンジョンに住み着くことを決意。ところが奥には、愛らしいモンスターたちがひっそり暮らしていた――。思いがけず彼らに懐かれた風間は、さまざまなモンスターと共にダンジョンでのスローライフを満喫していくことになる。
嵌められたオッサン冒険者、Sランクモンスター(幼体)に懐かれたので、その力で復讐しようと思います
ゆさま
ファンタジー
ベテランオッサン冒険者が、美少女パーティーにオヤジ狩りの標的にされてしまった。生死の境をさまよっていたら、Sランクモンスターに懐かれて……。
懐いたモンスターが成長し、美女に擬態できるようになって迫ってきます。どうするオッサン!?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる