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第4章 怪しい影
9.雛鳥の見る空
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セッカのメモによれば、この『カピア洞窟』というダンジョンは第四階層まで続いているのだという。
第一階層……岩山の裂け目からダンジョンに突入したザイン達を待ち受けていたのは、洞窟の名に相応しい暗闇であった。
入り口から射し込む日光は、ザイン達の背中を照らすばかりだ。この先に何があるのか、人間の目ではその暗闇の中を見通す事は出来ない。
「ここは普通に洞窟型のダンジョンなんだな」
「ええ、真っ暗ですね……」
「『スズランの花園』では、ダンジョンに入ったら真夜中でも明るい空の下でしたよね? やっぱりこういうのも、それぞれのダンジョンの特色なんでしょうか」
ダンジョンとは、膨大な魔力によって組み上げられた特殊空間だ。
そこは迷宮に潜む魔物達が好む、特別な環境に作り替えられている。
フィルが言ったように、『スズランの花園』では常に日の光に恵まれた青空が続く春の楽園が。
そしてこの『カピア洞窟』では、このような暗く狭い空間を好む魔物達に合わせたダンジョンが構築されているのだ。
「そうよ。つまりこのダンジョンには、こういった環境を好む魔物が多いという事。だから……ライト!」
フィルの疑問に答えながら、カノンが右手の上に白い光の球を出現させる。
彼女が生み出した球体は、小さいながらも辺りを充分に照らしてくれる、魔力によって維持される明かりだ。
「こんな風に魔法で光を作り出すか、ランタンなんかを持って行かないとまともに攻略出来ないダンジョンでもあるのよ」
すると、カノンの魔法を見たエルが目を輝かせて言う。
「ライトの魔法……という事は、カノンさんは光属性を扱えるのですね! 人間族では滅多に適性を持てないとされているという、あの……!」
「あら、よく知っているじゃないの。光属性持ちは、主にエルフ族に多いと言われているものね。この国では珍しい属性だろうから、あまり見る機会も無いでしょう?」
ザインやカノン、エル達は人間族と呼ばれる人類種の一つに数えられる。
人類種には人間やエルフ、ドワーフ等の種族が挙げられ、それぞれが得意とする技能や身体能力にも様々な特色がある。
人間族は主に基本六属性──その中でも特に、地水火風のいずれかの魔力属性を持って産まれる者が多いのだ。
そして新生属性に分類される雷属性持ちのエルと、氷属性持ちのフィル……そして人間の中では希少な光属性持ちのカノンが揃ったこのメンバーは、かなり特殊な面々であると言えるだろう。
ただし、基本六属性の全てに適性を持つザインという存在が、彼らの中において圧倒的に規格外な人物ではあるのだが……。
「そういえば、ワタシ以外にライト系の魔法を扱える人は居るのかしら? 光か火……後は雷属性なら、これと似たような事が出来るはずだけれど」
「姉さんが雷属性持ちですよ!」
「光源として使う機会はそれ程ありませんでしたけれど……やろうと思えば、わたしにも使えますね」
姉弟の発言を受けて、カノンはちらりとザインに目をやった。
ザインの手に握られているのは、カノンが尊敬する探索者の一人であるガラッシアより譲り受けた武器──風神の弓だ。
元はエルフの国が管理していたとされる、風の神の力を宿す伝説級の武器である。
(あれをガラッシア様から託されたという事は、きっとザインの魔力属性は風なんでしょうね。それなら、戦闘面以外ではあまり役立ちそうにもないかしら……)
そんな事を胸の内で呟きながら、カノンはザインから視線を外したのだった。
────────────
カノンが先頭に立ち、洞窟内を進んでいく。
例のメモの情報通りであれば、セッカに頼まれた竜翡翠があるのは、最下層の第四階層が最も多いのだという。
彼らが今移動している第一階層には、仮にあったとしても豆粒程度の石がちらほらあるのが精々らしい。
持ち込んだ食料にも限りがあるうえに、このような洞窟内では、木の実や魚も調達出来ないだろう。
なのでザイン達は、なるべく早く下の階層へと到達しなくてはならないのだった。
すると、ザイン達は少し開けた空間に出た。
ゴツゴツとした大きな岩がいくつか転がっており、その奥には下階へ続く階段らしき穴が遠くに見える。
それを指差して、フィルが嬉しそうに笑って言う。
「あっ、師匠! あそこに階段っぽいものがありますよ!」
「おお、そうみたいだな」
「……でも妙よね? この状況」
「え……?」
階段らしきものを発見したものの、警戒を解かないカノンにフィルが首を傾げた。
けれども、彼女の意見にはザインも内心で賛同していた。
ザイン達はダンジョンに入ってしばらく歩き続けてきたが、これまで一度も敵に遭遇していないのだから。
それにはエルも気付いていたらしい。手にした長杖を両手でギュッと握り込みながら、声を抑えて囁いた。
「ここに来る少し前から、嫌な気配を感じます……。この気配は、魔物のものでしょうか……?」
「……うん、そうだろうな。それも一つだけじゃなく、あちこちから殺気を感じるよ」
言いながら、ザインはクッと弓を構えて攻撃体制に入る。
身体の奥から魔力を引き出し、いつでもそれを矢の形にさせて発射出来るよう意識を集中させていく。
それとほぼ同時に、エルとカノンもそれぞれの武器を握り直していた。
けれどもフィルはというと、そんな三人の様子を見てもあまり実感が湧いていないようだった。
そんな空色の髪をした少年を叱るように、カノンが横に立って戸惑うフィルを一睨みして言う。
「殺気の類いを感じ取れないのは、剣士としては三流以下よ。魔法が出来ないからアナタは剣の道を選んだのでしょうけど……敵の魔力感知も出来ず、殺気も読めないなら、アナタはまだここに来るべきではなかったわね」
「……っ!」
その発言にショックを受けるフィルを無視して、カノンはフロアの中央にライトの魔法で生み出した光球体を放った。
球体はそのまま地面の上で静止し、周囲を照らしている。
それが放たれたのを合図にして、散らばる岩の陰から次々と何者かが飛び出して来る。
細長く動きの素早い小さな体躯をしたそれは地底蛇と呼ばれ、主に洞窟系ダンジョンに生息する魔物達であった。
「行くわよ、ザイン! エルはフィルに魔物が寄らないように、注意して戦いなさい!」
「はいっ!」
指示を飛ばしながら駆け出したカノンは、白いポニーテールを揺らしながら自慢の愛剣を振るう。
その剣は瞬く間に地底蛇を両断し、噛み付く隙すら微塵も与えない。
「そこだっ!」
麗しの女剣士が舞うすぐ横を風の矢が走り抜け、ザインの矢は見事に敵を貫いた。
カノンの剣の及ばぬ範囲から飛び掛かろうとする地底蛇達は、ザインによる正確な遠距離射撃からは逃れられない。
単純な剣の腕前ではカノンに劣るザインだが、彼が放つ矢の正確さは、ブロンズランクの探索者だとは到底思えない匠の技術だ。
これは正しく、その域までザインを鍛え上げた母ガラッシアの熱心な指導と、そんな厳しい訓練の日々を耐え抜いたザイン自身の努力が実を結んだ賜物である。
そんなザインとカノンの手に掛かれば、地底蛇の群れはたちまち骸と化していく。
「これで……最後よっ!」
大きく口を開き、そこから地属性魔法を放とうとしていた地底蛇に剣を振り下ろすカノン。
魔法発動までの隙を狙われた子蛇は、そのまま……。
待ち伏せていた魔物を全て倒し終えたカノンは、刃に付着した血を払って階段へと歩いていく。
「さあ、早く次の階へ向かうわよ」
カノンは呆然とするフィルに背を向けたまま、更に言葉を続ける。
「……油断は死を招くわ。早死にしたくないのなら、ザインに頼んで先にダンジョンを出る事をお勧めするわ」
そう言い残して、彼女は一足早く第二階層へと降りていった。
階段前のフロアに残されたフィルが、ザインが静かに問い掛ける。
「師匠……ぼく、きっとカノン先輩に嫌われちゃいましたよね。魔物が隠れていた事にも気付けないのに、探索者になんてなるべきではなかったんじゃ……」
「それは違うよ、フィル」
「ど、どうして……どうしてそんな事が言えるんですか!? だってぼくは──」
「最初から何でもかんでも完璧にこなせるような人なんて、どこにも居ないさ」
目に涙を溜めてザインの服を掴んだフィルの頭を、ザインはくしゃくしゃと撫でながら笑って返した。
「俺だって子供の頃は弓も剣も下手くそで、兄さんにいつも一歩届かなかったんだぞ?」
「し、師匠にもそんな頃があったんですか……?」
「あるに決まってるだろ~? それでもいっぱい練習して、雨が降っても外に出てこっそり訓練して……思いっ切り風邪引いて、母さんに叱られたりしながらさ。そうやってちょっとずつ強くなろうとして、何だかんだで今に至る……って感じだな!」
すると、服を握っていたフィルの手が少しだけ緩む。
「だからさ、フィルもそうやって……ゆっくりでも良いから、俺と一緒にもっと強くなっていこう!」
「師匠と……一緒に……?」
「ああ!」
不安げに顔を上げたフィルの若草色の瞳に、ザインの笑顔が映り込んだ。
「それに、カノンだってフィルを嫌いになった訳じゃないと思うぞ? もしカノンが本当にフィルを嫌いだって言うんなら、フィルを守って戦えなんてエルに頼むとは思えないからな」
「あっ……」
本心からフィルをどうでもいい相手だと思っているのなら、フィルがここで死のうが構わないはずだ。
探索者がダンジョンで命を落とす事など、珍しくもない。
実力不足で魔物に殺されてしまうのであれば、それは自己責任だと切り捨てて、彼女は次のステップへ向かうだけだ。
……しかし、カノンはそんな女性ではない。
ここでフィルを死なせる訳にはいかない。そう思っているからこそ、彼女は先程「早死にしたくないのならダンジョンを出ろ」と告げたのだから。
「そもそも俺の弟子は、こんな所で根を上げるような男じゃないさ。そうだろ? フィル」
「……はいっ、ザイン師匠!!」
目尻に涙を煌めかせながら、フィルは大きく頷いてザインに笑い返した。
まだまだ不安定で、未熟で、時には涙して。
それでも叶えたい願いがあるが故に、若き探索者達はその歩みを止める事は無い。
そうして突き進んでいった夢の果てにこそ、彼らが望む未来が待っているのだから──
第一階層……岩山の裂け目からダンジョンに突入したザイン達を待ち受けていたのは、洞窟の名に相応しい暗闇であった。
入り口から射し込む日光は、ザイン達の背中を照らすばかりだ。この先に何があるのか、人間の目ではその暗闇の中を見通す事は出来ない。
「ここは普通に洞窟型のダンジョンなんだな」
「ええ、真っ暗ですね……」
「『スズランの花園』では、ダンジョンに入ったら真夜中でも明るい空の下でしたよね? やっぱりこういうのも、それぞれのダンジョンの特色なんでしょうか」
ダンジョンとは、膨大な魔力によって組み上げられた特殊空間だ。
そこは迷宮に潜む魔物達が好む、特別な環境に作り替えられている。
フィルが言ったように、『スズランの花園』では常に日の光に恵まれた青空が続く春の楽園が。
そしてこの『カピア洞窟』では、このような暗く狭い空間を好む魔物達に合わせたダンジョンが構築されているのだ。
「そうよ。つまりこのダンジョンには、こういった環境を好む魔物が多いという事。だから……ライト!」
フィルの疑問に答えながら、カノンが右手の上に白い光の球を出現させる。
彼女が生み出した球体は、小さいながらも辺りを充分に照らしてくれる、魔力によって維持される明かりだ。
「こんな風に魔法で光を作り出すか、ランタンなんかを持って行かないとまともに攻略出来ないダンジョンでもあるのよ」
すると、カノンの魔法を見たエルが目を輝かせて言う。
「ライトの魔法……という事は、カノンさんは光属性を扱えるのですね! 人間族では滅多に適性を持てないとされているという、あの……!」
「あら、よく知っているじゃないの。光属性持ちは、主にエルフ族に多いと言われているものね。この国では珍しい属性だろうから、あまり見る機会も無いでしょう?」
ザインやカノン、エル達は人間族と呼ばれる人類種の一つに数えられる。
人類種には人間やエルフ、ドワーフ等の種族が挙げられ、それぞれが得意とする技能や身体能力にも様々な特色がある。
人間族は主に基本六属性──その中でも特に、地水火風のいずれかの魔力属性を持って産まれる者が多いのだ。
そして新生属性に分類される雷属性持ちのエルと、氷属性持ちのフィル……そして人間の中では希少な光属性持ちのカノンが揃ったこのメンバーは、かなり特殊な面々であると言えるだろう。
ただし、基本六属性の全てに適性を持つザインという存在が、彼らの中において圧倒的に規格外な人物ではあるのだが……。
「そういえば、ワタシ以外にライト系の魔法を扱える人は居るのかしら? 光か火……後は雷属性なら、これと似たような事が出来るはずだけれど」
「姉さんが雷属性持ちですよ!」
「光源として使う機会はそれ程ありませんでしたけれど……やろうと思えば、わたしにも使えますね」
姉弟の発言を受けて、カノンはちらりとザインに目をやった。
ザインの手に握られているのは、カノンが尊敬する探索者の一人であるガラッシアより譲り受けた武器──風神の弓だ。
元はエルフの国が管理していたとされる、風の神の力を宿す伝説級の武器である。
(あれをガラッシア様から託されたという事は、きっとザインの魔力属性は風なんでしょうね。それなら、戦闘面以外ではあまり役立ちそうにもないかしら……)
そんな事を胸の内で呟きながら、カノンはザインから視線を外したのだった。
────────────
カノンが先頭に立ち、洞窟内を進んでいく。
例のメモの情報通りであれば、セッカに頼まれた竜翡翠があるのは、最下層の第四階層が最も多いのだという。
彼らが今移動している第一階層には、仮にあったとしても豆粒程度の石がちらほらあるのが精々らしい。
持ち込んだ食料にも限りがあるうえに、このような洞窟内では、木の実や魚も調達出来ないだろう。
なのでザイン達は、なるべく早く下の階層へと到達しなくてはならないのだった。
すると、ザイン達は少し開けた空間に出た。
ゴツゴツとした大きな岩がいくつか転がっており、その奥には下階へ続く階段らしき穴が遠くに見える。
それを指差して、フィルが嬉しそうに笑って言う。
「あっ、師匠! あそこに階段っぽいものがありますよ!」
「おお、そうみたいだな」
「……でも妙よね? この状況」
「え……?」
階段らしきものを発見したものの、警戒を解かないカノンにフィルが首を傾げた。
けれども、彼女の意見にはザインも内心で賛同していた。
ザイン達はダンジョンに入ってしばらく歩き続けてきたが、これまで一度も敵に遭遇していないのだから。
それにはエルも気付いていたらしい。手にした長杖を両手でギュッと握り込みながら、声を抑えて囁いた。
「ここに来る少し前から、嫌な気配を感じます……。この気配は、魔物のものでしょうか……?」
「……うん、そうだろうな。それも一つだけじゃなく、あちこちから殺気を感じるよ」
言いながら、ザインはクッと弓を構えて攻撃体制に入る。
身体の奥から魔力を引き出し、いつでもそれを矢の形にさせて発射出来るよう意識を集中させていく。
それとほぼ同時に、エルとカノンもそれぞれの武器を握り直していた。
けれどもフィルはというと、そんな三人の様子を見てもあまり実感が湧いていないようだった。
そんな空色の髪をした少年を叱るように、カノンが横に立って戸惑うフィルを一睨みして言う。
「殺気の類いを感じ取れないのは、剣士としては三流以下よ。魔法が出来ないからアナタは剣の道を選んだのでしょうけど……敵の魔力感知も出来ず、殺気も読めないなら、アナタはまだここに来るべきではなかったわね」
「……っ!」
その発言にショックを受けるフィルを無視して、カノンはフロアの中央にライトの魔法で生み出した光球体を放った。
球体はそのまま地面の上で静止し、周囲を照らしている。
それが放たれたのを合図にして、散らばる岩の陰から次々と何者かが飛び出して来る。
細長く動きの素早い小さな体躯をしたそれは地底蛇と呼ばれ、主に洞窟系ダンジョンに生息する魔物達であった。
「行くわよ、ザイン! エルはフィルに魔物が寄らないように、注意して戦いなさい!」
「はいっ!」
指示を飛ばしながら駆け出したカノンは、白いポニーテールを揺らしながら自慢の愛剣を振るう。
その剣は瞬く間に地底蛇を両断し、噛み付く隙すら微塵も与えない。
「そこだっ!」
麗しの女剣士が舞うすぐ横を風の矢が走り抜け、ザインの矢は見事に敵を貫いた。
カノンの剣の及ばぬ範囲から飛び掛かろうとする地底蛇達は、ザインによる正確な遠距離射撃からは逃れられない。
単純な剣の腕前ではカノンに劣るザインだが、彼が放つ矢の正確さは、ブロンズランクの探索者だとは到底思えない匠の技術だ。
これは正しく、その域までザインを鍛え上げた母ガラッシアの熱心な指導と、そんな厳しい訓練の日々を耐え抜いたザイン自身の努力が実を結んだ賜物である。
そんなザインとカノンの手に掛かれば、地底蛇の群れはたちまち骸と化していく。
「これで……最後よっ!」
大きく口を開き、そこから地属性魔法を放とうとしていた地底蛇に剣を振り下ろすカノン。
魔法発動までの隙を狙われた子蛇は、そのまま……。
待ち伏せていた魔物を全て倒し終えたカノンは、刃に付着した血を払って階段へと歩いていく。
「さあ、早く次の階へ向かうわよ」
カノンは呆然とするフィルに背を向けたまま、更に言葉を続ける。
「……油断は死を招くわ。早死にしたくないのなら、ザインに頼んで先にダンジョンを出る事をお勧めするわ」
そう言い残して、彼女は一足早く第二階層へと降りていった。
階段前のフロアに残されたフィルが、ザインが静かに問い掛ける。
「師匠……ぼく、きっとカノン先輩に嫌われちゃいましたよね。魔物が隠れていた事にも気付けないのに、探索者になんてなるべきではなかったんじゃ……」
「それは違うよ、フィル」
「ど、どうして……どうしてそんな事が言えるんですか!? だってぼくは──」
「最初から何でもかんでも完璧にこなせるような人なんて、どこにも居ないさ」
目に涙を溜めてザインの服を掴んだフィルの頭を、ザインはくしゃくしゃと撫でながら笑って返した。
「俺だって子供の頃は弓も剣も下手くそで、兄さんにいつも一歩届かなかったんだぞ?」
「し、師匠にもそんな頃があったんですか……?」
「あるに決まってるだろ~? それでもいっぱい練習して、雨が降っても外に出てこっそり訓練して……思いっ切り風邪引いて、母さんに叱られたりしながらさ。そうやってちょっとずつ強くなろうとして、何だかんだで今に至る……って感じだな!」
すると、服を握っていたフィルの手が少しだけ緩む。
「だからさ、フィルもそうやって……ゆっくりでも良いから、俺と一緒にもっと強くなっていこう!」
「師匠と……一緒に……?」
「ああ!」
不安げに顔を上げたフィルの若草色の瞳に、ザインの笑顔が映り込んだ。
「それに、カノンだってフィルを嫌いになった訳じゃないと思うぞ? もしカノンが本当にフィルを嫌いだって言うんなら、フィルを守って戦えなんてエルに頼むとは思えないからな」
「あっ……」
本心からフィルをどうでもいい相手だと思っているのなら、フィルがここで死のうが構わないはずだ。
探索者がダンジョンで命を落とす事など、珍しくもない。
実力不足で魔物に殺されてしまうのであれば、それは自己責任だと切り捨てて、彼女は次のステップへ向かうだけだ。
……しかし、カノンはそんな女性ではない。
ここでフィルを死なせる訳にはいかない。そう思っているからこそ、彼女は先程「早死にしたくないのならダンジョンを出ろ」と告げたのだから。
「そもそも俺の弟子は、こんな所で根を上げるような男じゃないさ。そうだろ? フィル」
「……はいっ、ザイン師匠!!」
目尻に涙を煌めかせながら、フィルは大きく頷いてザインに笑い返した。
まだまだ不安定で、未熟で、時には涙して。
それでも叶えたい願いがあるが故に、若き探索者達はその歩みを止める事は無い。
そうして突き進んでいった夢の果てにこそ、彼らが望む未来が待っているのだから──
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