狂い咲き

広越 遼

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  ■ ■ ■ ■ ■ ◆ ◆

「待ってたよ」

 いつからだよ。

 こともなげに言う黄君に、私は心の中だけで突っ込んだ。

 口に出して言わなかったのには訳があった。

 金色の髪。緑の瞳。小麦色のコートから覗く青いブレザー。朱色のネクタイ。赤茶の手袋。

 黄昏に赤黒く染まった世界を背に、色鮮やかな少年が佇んでいる。その光景は一枚の絵画のような出来映えだった。

 デリカシーなど欠片も持ち合わせがない私でも、その芸術的光景に、いらない言葉で水を差すことはできなかったのだ。


 黄君の目には昨日と同じ決意と、昨日より深い迷いが覗いていた。私はそんな黄君の目に気付いていたのに、気付かないふりをしてたずねた。


「探し物はどこにあるの?」

 迷う黄君の背を押せるように、あえて無神経に訊いたのだ。効果のほどは定かじゃないけど、黄君は軽く笑んで説明をくれた。

「学校にあるよ。僕が探してるのは、七不思議の最後の一つだから」


 七不思議の最後の一つ。

 昨日私は七不思議を全部知ってしまった。黄君が知らないという最後の一つはどれなのだろう。
 全部知っている私には、答え合わせは簡単だった。しかしそれでは今日が終わってしまう。私は知らないふりをして、黄君が続きを話すのをただ待った。

「開かずの屋上と告白の木、紫の空、オレンジ色の校舎、忘れ物、狂い咲き。
 僕が知ってるのはこの六つ。あとの一つはどこにあるんだと思う?」

「きっと職員室ではないと思う」

 なんとなく面白い気がして言った冗談に、黄君は乾いた声で笑った。

「それは僕も賛成」


 彼が知らない後の一つは夢の木だ。私は答えに気が付いていた。だけど私は答えを言わない。彼に近付き、彼が右手に付けた手袋を脱がす。奪い取った手袋を右手にはめると、私は裸になった左手と右手を重ね合わせた。

「どこから探すの?」

 私の問いに黄君はたっぷり五秒は答えなかった。私から重ねた手を感慨深げな目で見つめている。

 もう一度聞こうかと思ったとき、彼がぎゅっと手を握ってくる。可愛い見た目でも男の子の握力だった。大して力んだわけでもないのに、私の左手はしっかりと固定される。

「とりあえず職員室かな」


 おい。

 なめているのかと言いたくなったが、彼が取り出したものを見て、私は言葉を飲み込んだ。危うく恥をかくところだった。

 彼がポケットから取り出したのは二つの鍵だ。それはキーホルダーもない金属を削りだしただけの鍵だった。リングに一括りにされ、二つの鍵がぶつかり合ってかちゃかちゃ音を立てる。多分合い鍵だろう。

 考えてみたらセキュリティーのない学校とはいえ、大体の場所には鍵がかかる。戸締まりくらいはしてるだろう。彼が持っているのは、一つは昇降口の鍵で、もう一つは職員室の鍵なのだろう。職員室にはマスターキーの束がある。まずはそれを拝借しようというのだ。


「悪い奴め」

 私が言うと黄君はにやにや笑った。

 目的地は決まった。

 手をつないだまま、私と黄君は屋上をあとにした。



  ■ ■ ■ ■ ■ ◆ ◆

 冬の夕日は沈むのが早い。

 職員室から鍵を拝借するころには、外は大分暗くなっていた。電気をつければ外から丸見えになるので、私は懐中電灯を取り出す。


「悪いことしてるみたいね」

「悪いことしてるんだよ」


 こともなげに言われ、罪悪感を感じて少しくすぐったい。

 黄君は迷うことなく上の階を目指した。職員室の上は和室と図書室がある。まあ目的地は図書室だろう。

 階段を一段一段上がる。踊り場で折り返してまた一段一段。思わず数を数えてしまった。両方とも十二段ずつだった。

 図書室の前に着いた。しかしここで思わぬ問題が発生した。
 ジャラジャラ音を立てるマスターキーは、ざっと見ただけでも五十本ほどは鍵がぶら下がってる。図書室の鍵がどれか分からないのだ。何個も鍵をさしてみて、十五本目で図書室が開いた。


「里沙に問題。五十本の鍵の中から一本の当たりを探した時、十五本目で当たりが出る可能性はいくつでしょう?」

 知るか。

 センパイとして答えられない訳にはいかないので、とりあえず無視する。

 図書室は普段縁のない場所だ。紙の匂いが鼻につく。

「ここでなにすんの?」

 場違いな場所に気が引けている私が訊くと、頭のいい後輩が答えた。

「図書室のどこかに、今まで新聞部の作った桜号が全部あるらしいんだ」


 校内新聞「桜号」か。なるほど。

 見栄を張って頭の中で分かったふりをしてみたが、知ってか知らずか黄君はその先まで説明してくれた。

「七不思議が流行り始めた頃から桜号を読んでけば、全部の答えが載ってそうでしょ?」

「うんうん。七つどころか十個くらいあるかもね」

 噂なんてものは時間とともに変化するものだ。七不思議もそのときそのときで内容が変わっているかもしれない。

 私の発言は私自身なかなか真理なんじゃないかと思った。けど先輩面で黄君を見てみると、黄君は余裕の笑みで首を振った。

「ううん。七不思議は常に七つなんだよ」

 かなりムカつく笑みだったので、本の角で殴ろうかと思ったが、ちょっと意味深な発言だったのでやめておいた。

「命拾いしたわね」

 くだらない冗談のつもりで私は言った。しかし少しくだらなすぎる発言だった。二人の間に白けた空気が流れる。

 これは完璧に私が悪い。

「そんで桜号はどこにあんのよ?」

 とりあえず話題を変えた私に、黄君は乗ってきてはくれなかった。

「命拾いって?」

 掘り下げられると非常に辛い。まさかあなたの笑顔がムカついたとも言えない。

 なんとごまかそうかと黄君の顔を覗いてみると、彼はどこか不安げな顔をしていた。

 私は黄君の頭をなでた。自然にそうすべきだと手が動いたのだ。

 手は動いたが、口ではなんと言おうか。

「私の冗談に意味を求めるな」

 真理だ。
 黄君も今度はぐうの音も出なかったようで、私はなんとか窮地を脱した。

 私は図書準備室を探して、黄君は図書室全域を探した。図書準備室は中庭にしか面してないので電気を付けられる。懐中電灯は黄君に渡した。

 桜号はあっと言う間に見つかった。電気を付けてすぐ隣を見ると、桜号と書いたシールの貼られた棚があったのだ。一段ごとに一年分の桜号が保管されていた。


 私は薄べったい引き出しを開けた。とりあえず一番上だ。

 一番上は空っぽだった。未来の桜号が入る予定地なのだろう。

 次に一番下を見てみた。十四年も前の年度の桜号が入っていた。

 十二枚ぱらぱらめくってみたが、七不思議については書かれてなかった。ただ告白の木だけが、普通に学校の名スポットとして紹介されていた。


 当たりは下から五段目だった。十年前の桜号だ。三月の見出しに堂々と七不思議の文字がある。


『~七不思議~
 新聞部部長の守屋です。皆さん我が校の七不思議をご存じだろうか?』


 手書きの、絶対男子生徒が書いたのだろうと思われる文字で、その記事は始まった。


『七不思議があるという噂が流れ始めたのは、冬休みに入る少し前だ。恥ずかしながら自分は、その噂をつい先日まで知らなかった。
 七不思議は全部で七つあるらしい』


 当然だろうよ。

 それから記事では四つの七不思議を紹介していった。告白の木、開かずの屋上、狂い咲く桜、オレンジの校舎。

 そして記事は最後にこう締めくくられていた。


『残念ながら調べられたのはこの四つだけだ。続報は来月からと言いたいが、自分は今月でこの高校を卒業する。だが安心してほしい。きっと後輩たちがこの続きを調べ、全ての七不思議を解き明かしてくれることだろう』


 この記事は読んで良かった。おかげでオレンジ色に染まる校舎が不思議な理由が分かった。校舎がオレンジになる中庭は、夕日の差さない東向きなのだそうだ。

 西日が影を作る中庭は、夕暮れ時は薄暗くなるらしい。その中で校舎がオレンジ色に浮かび上がるというのだ。

 その記事ではキャンプファイヤーに照らされた様に、などと表現されていた。

 まあそれならちゃんとメルヘンティックだ。
 ちなみに校舎がオレンジ色になるのはある一時期だけらしくて、新聞部の人は見てないそうだ。


 私は三月の新聞を引き出しに戻して、次の年度の桜号を取り出した。四月号を見る。その新聞には七不思議については書かれてなかった。

 五月も六月も、結局その年度は七不思議には触れてなかった。

 部長の守屋に人望はなかったようだ。

 次に七不思議が話題に上がったのは、七年前の新聞だった。

 七月号の隅っこに、七不思議の一と書かれた記事があった。扱いはかなり小さい。

 桜の花びらがたくさん描かれた、丸い女の子文字の記事だった。

 それから毎月一つずつ七不思議が紹介されていった。

 意外にも、七不思議は今伝わっているのと同じ内容だった。


 忘れ物の妖精。
 夢の木。
 開かずの屋上。
 紫の空。
 オレンジ色の校舎。
 狂い咲き。


 十二月号までで六つの記事がしっかりと紹介されていた。この分だと最後は告白の木のはずだ。

 私は次の一月号を手に取った。

 しかしそこに告白の木の記事はなかった。

 別の七不思議が紹介されていたのではない。七不思議の記事自体が載っていなかったのだ。

 次の二月号にも、三月号にも。


 私はさらに次の引き出しを開けた。六年前の新聞だ。そこにも七不思議が書かれた記事はなかった。結局あの丸文字は行方不明のまま、また新たな七不思議の記事が始まったのだった。

 次の記事には詳細な内容は載ってなかった。ただ七不思議の名前だけが書かれている。今度はちゃんと告白の木もある。しかし二つの項目、紫の空と狂い咲きが入るはずのところは不明となっていた。

 あの丸文字を読み返せよと思ったが、千代と鍛えた突っ込みの技術も、過去にまでは届かない。


 とりあえずそろそろ黄君を呼ぶか。考えてみたら黄君はどれだけ真面目に探しても、古い桜号は見つけられないのだ。可哀想に。

 だけどそう思うと、私は少し愉快な気分になった。

 もう一年分だけ読んでみよう。

 五年前の桜号だ。五年前といえば、夢の木に雷が落ちた年だ。

 四月号、五月号と読んだ。まだ夢の木は健在なようだ。

 次の六月号は大きな一面記事で夢の木について書かれていた。だけど思っていた内容とは大分違った。


『夢の木に伝説が生まれた』


 記事の見出しはそんな文言だった。

 私はその新聞記事から目が離せなくなった。

 一体どういうことだろう。私は超能力者だったのだろうか。

 その記事はなんと、地味めがね女子が夢の木に登って、『彼女は友達が欲しいと叫んだ!』という記事だったのだ。地味めがね女子とかは書かれてなかったけど、彼女の絵がデフォルメされて描かれていた。


 私はどこかでこの話を聞いていたのだろうか。

 超能力にはたぶん目覚めてないから、そうとしか考えられない。

 だとしたら、あれは私の心のなんちゃらではなかったということだ。

 マジで良かった。

 そして次月の記事が、夢の木に雷が落ちたというものだった。


『彼女の夢を叶えた夢の木は、その役目を終えたのだろう』


 なんか感動的に締めくくられてる。
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