狂い咲き

広越 遼

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  ■ ■ ■ ■ ■ ◆ ◆

 私は黄君を呼んだ。彼の知らなかった最後の七不思議が、これだけでかでかと書かれているのだ。充分だろう。


「里沙、見つかったの?」

 黄君は図書準備室に入ると懐中電灯を消した。
 私は彼から懐中電灯を受け取り、彼の手を再び握った。

「自分で読みたい? 私が言う?」

 黄君が自分で読みたいと言ったら、無惨にも私が言ってやるつもりで聞いた。

 黄君はしかし何も答えず、私の手をほどいて五年前の桜号を読み始めた。
 黄君は無言で新聞を読む。そして五年前の新聞を棚に戻して、四年前の引き出しを開けた。

 なんか言えよ。

 私の心の中を無視し、黄君が一昨年の新聞までを読む。

「見つかったよ」

 そして静かにそう言った。



  ■ ■ ■ ■ ■ ◆ ◆

 色々突っ込みたいところがあったが、そのあとすぐに警備員さんが見回りに訪れた。図書準備室の明かりが見られてしまったのだ。

 警備員がいるとは知らなかった。

 当然めちゃくちゃ怒られた。特に私への風当たりが強い気がする。
 黄君は困ったように笑うだけで、警備員さんに詰められはしなかった。

 警備員とは先生でも警察でもないので、厳重に注意されただけで私は釈放された。しかしなぜか黄君は釈放されず、私一人で帰らされた。

 次の日私は早めに登校した。母と姉がうるさかったためではない。黄君に会って文句を言ってやりたかったのだ。

 しかし中庭にも屋上にも、彼の姿は見当たらなかった。

 誰も登校していない学校はやることがない。

 仕方ないので、私は教室の自分の席で突っ伏していた。

 その私にそろりそろりと何者かが忍び寄る。そして突然後ろから抱き付いてきた。

 こんな破廉恥なことをするのは一人しかいない。千代だ。

 しばらく放置してみようかと思ったが、なかなか離れそうにないので声をかけてやった。


「何してんのよ?」

「幸せのお裾分けぇー」

 へぇそうかい。

「流れ込んできたぁぁぁっ!」


 私が言うと千代が大爆笑した。変化を求めていた私なのに、この関係が変わっていなくて嬉しかった。

 千代は当然ながら、イブはできたての彼氏とデートだったらしい。

「手ぇ繋いじゃったぜよ」

 ピュア。

 まあ絶対そこで終わらせたはずはないが、私は可愛い千代の頭をなでた。

 千代は嬉しそうだ。今日なら屋上から突き落としても喜ぶだろう。

「そういや千代の男ってなんて名前なん?」

 千代は気持ち悪くげへへと笑った。下品な上に気持ち悪いとは、さすがは千代だ。脱帽だ。

「少し変わった名前なんだけどね、黄色の黄でおう君っていうんだぜよ」

 今日は土佐弁の日なのか? いや、それよりも今なんて言った?

 私はふざけようとする頭を無理やり切り替えた。

 しかし考えたくない。いや、考えなければ。

 黄色の黄でおうなんて名前が、一学年に二人もいるだろうか? いるはずがない。だけど黄君は昨日私と一緒にいたのだ。

 あれは六時半くらいまでだ。

 あのあとすぐに解放されたなら、千代と会う時間は充分にある。


 え?
 どういうことだ。


 私はできの悪い頭で必死に考えた。元々の悪さに加えて、大混乱で何も考えはまとまらない。

 別に黄君とはなんの約束もした訳じゃない。手は繋いだけど、恋人だって訳でもない。だから彼はただの後輩君なのだし、気にする必要なんてない。

 私は自分に落ち着くように言い聞かせる。

 そもそも彼と千代の恋人が同一人物とは限らないし、同じだったとしても私には関係がない。

 そんな矛盾を内包した私の強がりは、少しも私を落ち着かせてはくれなかった。

 私は自分の気持ちに押しつぶされそうになる。

 どうしていいのか分からなくなり、戸惑う千代を置き去りにして、屋上に走った。



  ■ ■ ■ ■ ■ ■ ◆

 屋上のドアを開け放つ。これから朝のホームルームが始まって、それからすぐに終業式だ。屋上には当然彼しかいなかった。

 そうだ。彼はいたのだ。

 金一色の髪が揺れ、緑の瞳が私を振り返る。
 何を言ったらいいのか分からなかったが、彼の姿を目にした途端、私の心が落ち着いた。

 私は後ろ手でドアを閉めて、彼に近寄る。


「よお屋上少年」

 声をかけると彼は笑った。

「里沙。昨日はごめんね」

「警備員さんに捕まるなんて、私が思いもしない何かだったわ」


 私はどんどん歩み寄っていき、そのまま彼の肩に頭を付けた。戸惑うように彼が息を止めるのが分かった。そして私の背中に、彼の腕が回された。


「ねえ、私の友達に黄君っていう彼氏ができたの。どうして嘘をついたの?」

 彼の名前は黄じゃない。先ほど彼の姿を見たとき、私は確信していた。だからそう尋ねた。

 私の問いに彼は答えなかった。

 そのとき屋上のドアを叩く音がした。同時に千代の声も。


「里沙! 里沙! どうしたのっ?」

 ガチャガチャとドアノブが回される。鍵は向こう側にあるはずなのに、ドアを開けられないらしい。

「開かずの屋上だね」

 彼が言った。

 まさか信じられない。本当に開かなくなるなんて。しかしそれ以外にどう説明を付けようか。


 開かずの屋上。愛し合う二人が……


 これじゃあメルヘンティックというより呪いだ。

 告白もしていないのに、私の気持ちは彼に知られてしまった。素直じゃなかった主観的な半面も、これには言い訳ができない。

「里沙、行ってあげて。後で中庭で会おう」

 彼はそう言うと、私の体を押し戻す。

 私は言われた通りにドアを開けに向かった。ドアは私が近づくと、呪いが解けたように突然開いた。
 駆け込んできた千代が涙目で私を見て、ほっとしたように微笑んだ。


 何をそんなに慌てていたのか。

「飛び降りるのかと思ったよぉ」

 私は千代には儚げな少女に見えるようだ。めがねが壊れたのだろう。

「そんなわけないじゃん」

「じゃあ急にどうしたの? あ、そっか。宇宙と交信しにきたの?」

 察しがいい。

「そういうこと。彼に会いに来たのよ」


 私は千代の目線を誘導するように振り返った。私の目に、彼のいない屋上の風景が飛び込んできた。



  ■ ■ ■ ■ ■ ■ ◆

 私は終業式をサボることにした。千代を教室に帰らせて、私が向かったのは図書準備室だった。

 もう一度桜号を見ようと思ったのだ。

 彼は五年前の新聞には興味を示さず、そのあとの新聞を読んで「見つかった」と言ったのだ。

 図書室には普段司書の人がいたが、運良く奥の本棚で作業中だった。私は図書準備室に忍び込む。

 四年前の桜号を取った。号外を合わせて十三枚。七不思議の記事はなかった。

 次の三年前の新聞には夢の木と忘れ物の妖精以外が書かれていた。

 考えてみたら、七不思議は十年も前から変わらず存在していたのだ。桜号が数年話題にしないこともあったのに、七不思議は十不思議にはならず、常に七つだった。

 噂なんて不確かなもの、時間が経てば変化していくものだ。
 なのに変化をしないなんて、七不思議よりも不思議なことだ。

 そして実際に開かずになった屋上。

 私は七不思議が迷信じゃないのではと思えてきていた。

 そして一昨年、私が入学する直前の三月号にその記事はあった。


『七不思議まとめ』


 そう題が書かれた記事は、七つ全ての七不思議が載っていた。

 全部の七不思議が書かれているのは初めてだった。忘れ物から始まって、オレンジ色の校舎で終わる記事だ。読み飛ばしたが、全てに簡単な説明まで書いてある。

 だがその中には夢の木がなかった。そのかわりに私の知らない七不思議が一つ。



『☆夢の友達☆
 誰も知らない友達。どうして夢の友達と言うのか。それは夢の木が作り出した幻だから』



  ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■

 なんだか全てが腑に落ちた気がした。

 私は急いで屋上に向かった。しかしそこに彼の姿はなかった。
 それから中庭に向かってみた。そこにも彼はいなかった。

 中庭から出ると、終業式が終わった先生たちに見つかってしまった。担任の受け持ちがない先生たちだ。

「あら永井さん。こんなところでどうされたの?」

 大嫌いな前田に連行されて、私は教室に戻った。

 担任に引き渡された私は、悪い見本として紹介された。


「冬休みだからってはめを外しすぎたら、永井みたいになるからなー」

 担任は私がこの程度で辱められる人間ではないと熟知していた。

 私はとりあえずモンローのポーズでウインクをした。千代だけが声を殺して爆笑していた。

 ホームルームのあとに千代が言った。


「そういえばさ、金曜日に最後の七不思議聞いてきたよ。最後の七不思議は忘れ物なんだってさ」


 私はすでにそれを知っていた。しかも千代の知らない夢の木の真実もだ。雷に打たれた夢の木は七不思議ではなくなり、今は夢の友達になっているのだ。

 しかしせっかく調べてくれた千代に申し訳ないので、私は興味があるふりをした。


「めっちゃ興味深々がぽーる」

「説明しがいがあるわー。最後の一つはね、全部の七不思議を知ったあと、次の日になると七不思議が思い出せなくなるんだってさー」

 私は肝を冷やした。忘れ物の妖精はどこにいった?

「私一個も忘れてないけどね」

 夢の友達を知らない千代はそう言って笑った。



  ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■

 男のいる女友達の約束は当てにならない。

 私がたった今作った格言だ。覚えておいてほしい。千代は終業式のあと私とどこかへ行く約束だったが、それには一切触れずに帰った。私も何も言わずにそれを見送った。

 私は中庭に来ていた。まだ彼は来ていないらしい。先生や他の生徒に見られると嫌なので、私は桜の木の陰に隠れた。

 スカートが汚れるのも気にしないで地べたに腰を下ろす。私を隠す桜に寄りかかる。

 終業式は午前中に終わったので、まだかなり明るい時間だ。


 後で中庭で会おう。

 彼はそう言っていた。本当に彼は適当だ。後というのは一体いつのことなのだろう。

 待てど暮らせど彼は来ない。

 このまま待ち続けるなんて、私のプライドが許さない。そうも思うが、すでに三時間も待ってしまっている。

 本当に日が暮れるぞ。

 私は空を見上げた。コの字型の中庭で見た空は四角い。空にはぶ厚い雲が覆い、次第に赤くなってきている。未確認バスは降りてこないようだ。っていうか雪が降りそうだ。

 それからさらにしばらくすると、中庭が薄暗くなってきた。


 そして空が段々と、……紫色になっていく。


 驚いた私が立ち上がる。その私の目に焼き付くようなオレンジ色が突き刺さる。

 校舎がオレンジ色に染まっているのだ。

 淡いオレンジ色の光の中で、突然中庭の桜に変化が起こった。

 音がしそうなほど急激に、枯れていた桜が満開の花を咲かせたのだ。……
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