白銀の城の俺と僕

片海 鏡

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二章

20話

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 一人用の寝台を6台設置しても余裕がある広さの部屋。二人並んで寝られるほど大きな寝台の上には天幕が張られ、脇に置かれた小箪笥の上に燭台が置かれている。2脚の椅子と机は真新しい。壁沿いに置かれた衣装箪笥と化粧台、布の材料を収納する棚とその中に裁縫箱が置かれている。そして、窓際にはエンティーが頼んでいた機織り機が設置されていた。窓には白いカーテンが付けられ、少し開けられ、心地よい風が入ってきている。
 そんなエンティーの部屋へと次々と運ばれてくる箱が山を生み出す。
 赤や黄色のリボンで飾られた可愛らしい箱から、外殻や海外の銘柄が記された重厚感のある箱まで大小様々だ。これら全て、誓約の祝いの品である。

「全てエンティー様宛です。これからの生活に不自由が無いように、と皇族の方々から計236品が贈られてきています」
「そんなに!?」

 ヴァンジュの話にエンティーは驚き、シャングアに確認する。

「うん。兄さん達は両家から贈られていたから、もっと多かったし……俺は事前に要らないって言ったから、少ない位だと思う」
「その通りです。足りないようでしたら、追加で贈ると陛下が仰っていました」
「うそでしょ……」

 平然と言うシャングアとヴァンジュに、さらにエンティーは驚く。

「驚く必要はないよ。これは、エンティーの今後の財産になる品なんだ」

 講師から一通りエンティーも教わっているので、シャングアの話は理解している。
 αと同じくΩは希少。かつて、αの家からΩの家へと結納金を治めていた。そして、その金を元手にΩの家は、出ていく我が子へ持参財を持たせる。それが歴史と共に、結納金は時に共同事業へ、持参財は祝いの品へと変化を遂げて行った。
 しかしそれは、貴族同士、もしくは相手が皇族だから成立するものだ。エンティーは平民であり、孤児も同然。財を与えても、子供を産む以外利益はゼロに近い筈だ。
 エンティーは内心不安になる。

「エンティー。贈られて来たものの中身を見てみようか」

 そうこうしている内に、楽器と思われる大きな箱が二人掛かりで部屋へと持ち込まれていく。このままでは、箱で部屋が埋め尽くされてしまいそうだ。

「う、うん。そうだね」

 エンティーは頷き、シャングアと共に箱を開けていく。
 金の耳飾り、宝石が散りばめられた首飾り、朝顔柄の被せガラスのランプ、楽器のハープ、4色のガラスを重ね浮彫が施された風景文水差、上質な絹糸、真珠、黄金狼の毛皮、珊瑚の置物等。今まで見た事が無い芸術品や高価な品が箱から次々と出てくる。
 そして、一際大きな箱に入っていたのは、脚が蜻蛉の彫刻の机。

「楽器はまだ分かるけど、机はどうして」
「凄い格好いい」

 シャングアには予想外に好評で、エンティーは戸惑う。蜻蛉の羽の細部まで美しく高い技術の彫刻がされているのは確かではあるが、《格好良い》まではエンティーには理解できなかった。

「誓約のお祝いだから、シャングアが貰う?」
「いいの?」
「うん。俺の部屋には新しい机があるから」
「ありがとう。大事にする」

 シャングアは素直に頷いた。どうやら、虫に関する物が好きなようだ。
 要らないと言ったが、こっそりとシャングアの為に誰かが贈ったのだろう。静かに喜ぶシャングアの様子に、エンティーは嬉しくなる。

「ん? 」

 ウキウキとした気持ちになりつつ、エンティーは箱を開けると紐が出てきた。
 平行に並ぶ二本の紐の中央には、くびれのある小さな布が縫い付けられている。箱の中には、同様の構造の物が色を変えて複数枚は入っている。レースや刺繍が施され、高級なものだがが、エンティーは初めて見る品だ。

「シャングア。これ何?」
「どうし」

 言いかけたシャングアは、エンティーの持つ物を見て眉間に皺をよせる。

「……それと入っていた箱を貰える?」
「うん」

 よく分からずエンティーは素直に箱と紐を渡し、さらにシャングアはそれをヴァンジュに渡した。ヴァンジュもまた、先ほどのシャングアと同じような顔をすると、箱を持って退室をする。媚薬や2人にはまだ早い物がいつくか潜んでいるとシャングアは思い、予めヴァンジュと対策を練っていた彼だが、皇族の一部は小さな隙間を抜けて物を贈っていたようだ。

「えっ、あれは何だったの」
「気にしないで、箱を開けていこう」
「わ、わかった」

 よくなかった物だと一応理解したエンティーは、作業を再開する。
 外国の紅茶、希少なお香、銀の食器。まだまだふたの開けられていない箱が山を作っている。

「! あった!」

 シャングアが何かを見つけ、エンティーの元へ持ってくる。

「どうしたの?」
「僕からキミに贈ろうと思って、買ったんだ」
「シャングアから?」

 エンティーは差し出された箱を受け取る。箱はやや重く、蓋を開けると本が6冊入っていた。

「本?」
「うん」

 取り出した本には、黒い表紙には丸い円が描かれている。
 エンティーは第二の性が発現するまでは最低限の教育を受け、文字の読み書きも出来る。しかし、簡単なもので終わっていた。それ以上はΩには必要が無いとされて来たからだ。
 読めるのだろうか、と心配になりつつエンティーは好奇心が勝り、本を開く。
 そこには、世界地図が記されている。そして、翼を持ったトカゲや一本の角を生やした馬、様々な見た事が無い生き物が描かれている。説明書きは分かりやすく、専門用語についても解説もしっかりと記載せれている。

「どうかな? 機織り以外にも、何か楽しめるものがあった方が良いと思って……」

 遠慮がちに言ったシャングアは、エンティーの様子を伺う。
 以前の生活でエンティーは、シャングアに本を貸そうかと何度か聞かれた事があった。興味があり、シャングアの読んでいる本はどれも面白そうだと思っていたが、年上のβ達に破られてしまう可能性があり、全て断っていた。

「ありがとう! 大切に読むよ!」

 嬉しくなったエンティーは他の箱の事を忘れて、本を読み進めて行く。
 箱はまだ開けて確認しなければならないが、エンティーの嬉しそうな様子にシャングアは微笑ましく思う。

「いたっ」

 本のページを捲っている最中、エンティーは紙で指先を切ってしまう。傷口から赤い血が溢れ球を作り、思わずエンティーは口に含む。シャングアは慌てて部屋に置いてある救急箱を探す。
 その時、ズルリ、と重いものが動く音がした。

「えっ?」

 振り返ると、衣装箪笥クローゼットの上半分が斜めにズレ落ち始めている。

「何が起きたの?」
「誓約、発動してしまったみたい……」

 小箪笥チェストの中から救急箱を見つけてきたシャングアは、顔を引きつらせる。
 衣装箪笥が上と下に綺麗に別れ、中に入っていた服も綺麗に二つに分かれしまった。衣装箪笥は丈夫な木材で作られ、剣であっても切り口が歪み、ささくれや亀裂が生じる。しかし、二つに分かれた衣装箪笥の切り口は、まるで柔らかいものを切ったかのように滑らかだ。

「ど、どういう条件なの?! あの威力は危険だよ!」

 エンティーは声を上げ、戻って来ていたヴァンジュは何度も頷く。彼女すら、これほどのモノは見た事が無いようだ。

「外部からの攻撃への抵抗のつもりが……ごめん。初めての事だから、うまく誓約の守りの調整出来てなかった」

 これでは、エンティーが不注意で何かに衝突してしまった時や、転倒した際にまで発動してしまう。しかし、その様に見せかけて相手の罠である場合も存在する。過剰と欠乏の間、丁度良い具合の誓約の効果はかなり難しいとシャングアは実感する。

「う、うん。今度は敵が攻撃してきたら吹っ飛ばすとか、もう少し柔らかい抵抗にしたらどう? いつか死人が出ちゃうよ」

 ヴァンジュは他の従属と共に、二つに分かれた衣装箪笥の片付けを開始する。

「そうだね。あれは流石に、危険だから……」

 エンティーの指先を手当てしつつ、シャングアは頷いた。|
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