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三章
36話
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収集品の置かれた部屋を出た二人は、近くの中庭に辿り着いた。
中庭と言っても、かなり小さい規模だ。木が一本とその周りにピンクと白の花が植えられ、3人掛けのベンチが一脚置かれている。
神殿にはかつてエンティーが清掃をしていた小さな噴水のように、人気があまりない場所が幾つか存在する。一時期人目を避けていたシャングアはそういった〈穴場〉をよく知っているので、そこへエンティーを抱えて移動したのだ。
「どれを貰う?」
お互いにベンチへ座り、籠の中を見る。
籠の中に瓶詰の果肉の入ったゼリーは8個入っている。桃、葡萄、マスカット、オレンジ、苺、二種のメロンが各1個。そして、フルーツポンチのように数種の果物が入ったゼリーが2個だ。
「俺は……桃を貰おうかな」
「うん。わかった」
シャングアは桃のゼリーの瓶を取り、蓋を開けるとスプーンと一緒にエンティーへ渡す。
「ありがとう!」
エンティーは礼を言い受け取ると、早速ゼリーの中へとスプーンを差し入れる。
柔らかな透明のゼリーと一口サイズに切り分けられた桃を一緒に掬い、口へと運ぶ。するりと滑らかなゼリーの舌触り。香り豊かであり、柔らかな果肉の甘みと歯応え。
誓約の儀で食べさせてもらって以降、エンティーは桃が気に入っている。
「美味しい!」
気分が良くなり、頬がほんのりと赤くなるエンティーは感想を述べる。
「良かった。父様が聞いたら喜ぶよ」
シャングアはそう言いつつ、スプーンを使い半分に切られているマスカットの果肉を食べる。
マスカットは芳しさと、しっかりとした弾力がありながら直ぐに解けるように切れる果肉がとても美味しい。思わず、シャングアの口が綻ぶ。
「シャングアのも美味しそうだね。俺のゼリーを一口あげるから、そっちの一口分けてくれないかな?」
その様子を見ていたエンティーは、余程美味しいのかと興味をそそられ提案をする。
「えっ」
思ってもいなかった提案にシャングアは少し目を見開く。
「ダメ?」
「あっ、いや、駄目じゃないよ。ど、どうぞ」
断れば悲しんでしまうと思い、慌ててシャングアはゼリーの入った瓶をエンティーへ差し出す。
「ありがとう!」
エンティーは嬉しそうに自分の使うスプーンを瓶へと差し入れ、マスカット一欠片とゼリーを掬い取る。
「こっちも美味しい!」
一口食べたエンティーは嬉しそうに笑顔を見せ、シャングアへと自分の持っている瓶を差し出す。シャングアは少し戸惑いつつも、エンティーと同じように桃一欠片とゼリーを少量掬い取る。スプーンを口へと運び、桃とゼリーを味わおうとするが、焦りからか何も感じられない。
「う、うん。こっちも美味しい」
飲み込んだシャングアは、なんとか笑顔を見せる。
「そうでしょう! 陛下に後でもう一度お礼を言わないとね」
「そうだね」
嬉しそうにするエンティーにシャングアは同意しつつも、胸がざわついていた。
エンティーはリュクを含めたかつての友人たちと、このように分け合い食べていたのだろう。しかし、シャングアは初体験であり、その相手が彼ただ一人だ。
相手が口にしたものを、自分の口へと入れる様な、何とも言いが無い緊張感。そして、その逆の高揚感に近い何か。
意識が逸れ始めていた筈が、ぶり返してしまいシャングアは、今にも手を出してしまいそうな衝動を堪える。
「ねぇ、シャングア」
「あ、え、何?」
挙動不審になり始めている自分は心底気持ちが悪い、と再びシャングアは思う。
「気になっていたんだけれどさ、飛竜の騒動の時、シャングアはどうやって俺に追い付いたの?」
「あぁ、僕が走り出したのはエンティーよりもかなり遅かったけれど、奇蹟を使って肉体強化を使って加速させたんだ。それと、破損している廊下から進行方向を予測して、神殿の秘密通路をいくつか使って近道したんだ」
神殿は初代聖皇の時代からずっと平和が続いていたわけではない。外界の大航海時代には度重なる侵略行為を受けた。時には外殻との内戦を繰り広げた時代も存在する。神殿の中を迷路のように張り巡らされた秘密通路は、聖徒達の逃亡経路となり、時には騎士達の奇襲する為の活路となる。
シャングアは見合いからの逃亡の際には、建物をよじ登るだけでなく、秘密通路を度々利用して追っ手を撒いていた。
「俺も避難経路でいくつか教えてもらったけれど、そんな風にも使えるんだね」
エンティーは感心をした様子で言う。
「うん。色んな使い方があるよ。悪さをする人もいるから、通路の全貌を知っている人は皇族の中でも、ごく僅かなんだ」
「シャングアはどれくらい知っているの?」
「僕でも……半分くらいかな。中には老朽化が進んで通れない場所もあるらしいから、行けるところしか教わっていないよ」
「シャングアでも半分かぁ。相当な数があるんだね」
歴史の長い神殿は毎年どこかで修復作業が行われている。しかし、迷路のような秘密通路の修復まで手が回っていない。修復が行われるのは、避難経路として使われている主な通路だけだ。今回の飛竜の暴走と墜落によって、何本か秘密通路は潰れてしまった事だろう。
「半分でも色んな所へ行けて面白いよ。今度、浜辺を案内してあげる」
「浜辺って、あの砂地の……!」
何気なく言ったシャングアに対し、エンティーは目を輝かせる。
神殿に召し上げられた聖徒達は、許可が下りない限りは外へ出る事を許されない。気軽に浜辺に行くなんて、出来ないのだ。
「きっとエンティーも気に入ってくれると思う」
「シャングアが言うなら、絶対気に入るよ! 楽しみにしているね!」
エンティーの無邪気な笑顔に、シャングアは静かに見惚れる。
中庭と言っても、かなり小さい規模だ。木が一本とその周りにピンクと白の花が植えられ、3人掛けのベンチが一脚置かれている。
神殿にはかつてエンティーが清掃をしていた小さな噴水のように、人気があまりない場所が幾つか存在する。一時期人目を避けていたシャングアはそういった〈穴場〉をよく知っているので、そこへエンティーを抱えて移動したのだ。
「どれを貰う?」
お互いにベンチへ座り、籠の中を見る。
籠の中に瓶詰の果肉の入ったゼリーは8個入っている。桃、葡萄、マスカット、オレンジ、苺、二種のメロンが各1個。そして、フルーツポンチのように数種の果物が入ったゼリーが2個だ。
「俺は……桃を貰おうかな」
「うん。わかった」
シャングアは桃のゼリーの瓶を取り、蓋を開けるとスプーンと一緒にエンティーへ渡す。
「ありがとう!」
エンティーは礼を言い受け取ると、早速ゼリーの中へとスプーンを差し入れる。
柔らかな透明のゼリーと一口サイズに切り分けられた桃を一緒に掬い、口へと運ぶ。するりと滑らかなゼリーの舌触り。香り豊かであり、柔らかな果肉の甘みと歯応え。
誓約の儀で食べさせてもらって以降、エンティーは桃が気に入っている。
「美味しい!」
気分が良くなり、頬がほんのりと赤くなるエンティーは感想を述べる。
「良かった。父様が聞いたら喜ぶよ」
シャングアはそう言いつつ、スプーンを使い半分に切られているマスカットの果肉を食べる。
マスカットは芳しさと、しっかりとした弾力がありながら直ぐに解けるように切れる果肉がとても美味しい。思わず、シャングアの口が綻ぶ。
「シャングアのも美味しそうだね。俺のゼリーを一口あげるから、そっちの一口分けてくれないかな?」
その様子を見ていたエンティーは、余程美味しいのかと興味をそそられ提案をする。
「えっ」
思ってもいなかった提案にシャングアは少し目を見開く。
「ダメ?」
「あっ、いや、駄目じゃないよ。ど、どうぞ」
断れば悲しんでしまうと思い、慌ててシャングアはゼリーの入った瓶をエンティーへ差し出す。
「ありがとう!」
エンティーは嬉しそうに自分の使うスプーンを瓶へと差し入れ、マスカット一欠片とゼリーを掬い取る。
「こっちも美味しい!」
一口食べたエンティーは嬉しそうに笑顔を見せ、シャングアへと自分の持っている瓶を差し出す。シャングアは少し戸惑いつつも、エンティーと同じように桃一欠片とゼリーを少量掬い取る。スプーンを口へと運び、桃とゼリーを味わおうとするが、焦りからか何も感じられない。
「う、うん。こっちも美味しい」
飲み込んだシャングアは、なんとか笑顔を見せる。
「そうでしょう! 陛下に後でもう一度お礼を言わないとね」
「そうだね」
嬉しそうにするエンティーにシャングアは同意しつつも、胸がざわついていた。
エンティーはリュクを含めたかつての友人たちと、このように分け合い食べていたのだろう。しかし、シャングアは初体験であり、その相手が彼ただ一人だ。
相手が口にしたものを、自分の口へと入れる様な、何とも言いが無い緊張感。そして、その逆の高揚感に近い何か。
意識が逸れ始めていた筈が、ぶり返してしまいシャングアは、今にも手を出してしまいそうな衝動を堪える。
「ねぇ、シャングア」
「あ、え、何?」
挙動不審になり始めている自分は心底気持ちが悪い、と再びシャングアは思う。
「気になっていたんだけれどさ、飛竜の騒動の時、シャングアはどうやって俺に追い付いたの?」
「あぁ、僕が走り出したのはエンティーよりもかなり遅かったけれど、奇蹟を使って肉体強化を使って加速させたんだ。それと、破損している廊下から進行方向を予測して、神殿の秘密通路をいくつか使って近道したんだ」
神殿は初代聖皇の時代からずっと平和が続いていたわけではない。外界の大航海時代には度重なる侵略行為を受けた。時には外殻との内戦を繰り広げた時代も存在する。神殿の中を迷路のように張り巡らされた秘密通路は、聖徒達の逃亡経路となり、時には騎士達の奇襲する為の活路となる。
シャングアは見合いからの逃亡の際には、建物をよじ登るだけでなく、秘密通路を度々利用して追っ手を撒いていた。
「俺も避難経路でいくつか教えてもらったけれど、そんな風にも使えるんだね」
エンティーは感心をした様子で言う。
「うん。色んな使い方があるよ。悪さをする人もいるから、通路の全貌を知っている人は皇族の中でも、ごく僅かなんだ」
「シャングアはどれくらい知っているの?」
「僕でも……半分くらいかな。中には老朽化が進んで通れない場所もあるらしいから、行けるところしか教わっていないよ」
「シャングアでも半分かぁ。相当な数があるんだね」
歴史の長い神殿は毎年どこかで修復作業が行われている。しかし、迷路のような秘密通路の修復まで手が回っていない。修復が行われるのは、避難経路として使われている主な通路だけだ。今回の飛竜の暴走と墜落によって、何本か秘密通路は潰れてしまった事だろう。
「半分でも色んな所へ行けて面白いよ。今度、浜辺を案内してあげる」
「浜辺って、あの砂地の……!」
何気なく言ったシャングアに対し、エンティーは目を輝かせる。
神殿に召し上げられた聖徒達は、許可が下りない限りは外へ出る事を許されない。気軽に浜辺に行くなんて、出来ないのだ。
「きっとエンティーも気に入ってくれると思う」
「シャングアが言うなら、絶対気に入るよ! 楽しみにしているね!」
エンティーの無邪気な笑顔に、シャングアは静かに見惚れる。
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