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五章
61話
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シャングアは3人を守る様に白い竜と対峙する。
こちらを見るばかりで竜は動かず、シャングアは警戒しながらも不思議に思う。
牙を向き唸るような威嚇行動は一切せず、傷だらけでこちらを見続ける其の姿が奇妙であった。
竜は自由自裁にこの空間を飛び回り、こちらは奇蹟の蜘蛛の糸によってようやく動くことが出来る。
自然界の頂点に君臨する竜種であれば、人間を殺すなんて造作もない。
殺す価値もないと見なされているのか。
それとも、自分を傷付けた人間ではないから牙を向かない、と強者としての矜持を持ち続けているのか。
どちらにしても、竜はこちらに興味を示しても、攻撃はしてこない様だ。
「竜を刺激しない様に、上を目指そう」
シャングアは蜂達に威嚇行動を一旦やめさせ、警戒態勢に移行させる。
「うん」
エンティーは頷き、立ち上がる。
シャングアは新たに奇蹟の蜘蛛を4匹生み出し、1匹をガンザの元へ、3匹をエンティー達へと移動させる。
「まず僕が先に行って、安全を確保する。その後、蜘蛛たちに指示を出して、皆を上へと運ぶよ」
3人は頷き、行動を開始しようとした。
だが、その瞬間に、下層部から放たれた金色の光線が、竜へと直撃する。
竜の悲鳴。砕け散る浮遊石。
咄嗟にシャングアは3人へ覆い被さり、石の破片から守った。
「シャングア。大丈夫?」
起き上がったシャングアを心配し、エンティーは問いかける。
「俺は大丈夫。でも、竜が……」
光線による直撃を受けた竜は、他の石を足場にしてその場に何とか留まっているが、鱗の一部が割れてしまい、血が流れ落ちている。竜だからこそ、あの程度の傷で済んだ。もし人間が当たっていたならば、先程の石の様に一瞬で死に至るだろう。
「シャングア!」
ガンザとは別の男の声が、下層部から聞こえてくる。
暗闇から長方形に組まれた石がゆっくりと浮かび上がり、老人とその従属4人が乗っていた。
長い髪を束ね、その面立ちはバルガディンに似ているが温和な印象を受ける。金糸の刺繍が施された白い服に金の装飾。皇族としての高貴さを持ち合わせている。
「イルディナーダ叔祖父様……」
メルエディナの弟であり、αである皇族の男イルディナータ。
シャングアは助けが来たと喜ばず、竜の時以上に警戒心を露にする。
「無事でよか」
「そうか。あなたは、ずっと地下監獄にいた」
イルディナーダの言葉を遮り、シャングアは言う。
地下監獄。最下層である地下9階に存在する重罪人が送られる牢屋。死刑と言い渡された方がマシと思えるほどに、時間の感覚を麻痺させ、無音の空間である。時折響くのは、看守たちの足音のみ。ものの3日で、罪人の心が崩壊していく。
シャングアは彼の顔を見て、ようやく思い出せた。ガンザの話をきっかけに、重かった蓋に小さな隙間が出来、そこから溢れるように記憶が流れ出す。
「母は、あなたのせいでおかしくなった」
シャングアの母アリアナは子が授かり難い体質であった。それに悩んでいた彼女の元に、イルディナーダが薬を持って来た。それを飲んだ彼女はシャングアを身籠り、彼に心酔するようになっていった。事ある毎にそれを聴かされ、時に訳の分からない液体を飲まされ、イルディナーダに合わせられた。祖母や父、兄たちの元へ行きたいと母に伝えると、彼女は恐ろしい形相で怒りを露にした。幼かったシャングアにとってそれは衝撃的であり悲しかった。自然と母の前ではそれ話さなくなったが、こっそりと薬を飲むふりをして吐き出し、部屋から抜け出すようになった。
母は、シャングアの成長と共におかしくなっていった。薬を浴びるように飲み、機嫌が良くなったかと思えば、癇癪を起して暴れていた。父バルガディンは何度も治療を試み、対話し、医者に会うよう説得するが母はイルディナータを信じるばかりであった。
「母を唆し、祖母を殺させたのはあなただ。俺を洗脳したのも、あなただ」
シャングアは全貌を知らない。だが、母が頻繁に会っていたのは番ではなく、イルディナータだけだ。父も祖母も、親戚も、誰とも会わず、彼ばかりに会いに行っていた。
そして、目の前の惨劇に放心状態になったシャングアの元へ最初に駆け寄ったのは、イルディナータだった。あの時、母からは家族3人だけで話すと聞いていた。
「あらぬ疑いだ。私は、無実の罪で投獄され、今日釈放される予定だった。こんな騒動が起こるとは思いもよらなかった」
イルディナータは冷静に答える。何も知らない者から見れば、そう思えるかもしれないが、シャングアは一切信じない。
「シャングア。アリアナさんは君の事を心配していた。自分の教育は間違っていないのか、君の成長を阻んではいないか……悩み、苦しみ、不安で眠れない日々が続いていた」
育児の悩みは親には付き物だが、後半の内容は薬物による症状の可能性が圧倒的に高い。ここに来て、エンティーに服用されていた禁止薬物の症状について調べた知識が役立つとはシャングアは思いもよらなかった。
そして、その知識と記憶が合致し、さらに竜と子供2人の共通点に、シャングアは嫌な予感が頭に浮かんでいる。
こちらを見るばかりで竜は動かず、シャングアは警戒しながらも不思議に思う。
牙を向き唸るような威嚇行動は一切せず、傷だらけでこちらを見続ける其の姿が奇妙であった。
竜は自由自裁にこの空間を飛び回り、こちらは奇蹟の蜘蛛の糸によってようやく動くことが出来る。
自然界の頂点に君臨する竜種であれば、人間を殺すなんて造作もない。
殺す価値もないと見なされているのか。
それとも、自分を傷付けた人間ではないから牙を向かない、と強者としての矜持を持ち続けているのか。
どちらにしても、竜はこちらに興味を示しても、攻撃はしてこない様だ。
「竜を刺激しない様に、上を目指そう」
シャングアは蜂達に威嚇行動を一旦やめさせ、警戒態勢に移行させる。
「うん」
エンティーは頷き、立ち上がる。
シャングアは新たに奇蹟の蜘蛛を4匹生み出し、1匹をガンザの元へ、3匹をエンティー達へと移動させる。
「まず僕が先に行って、安全を確保する。その後、蜘蛛たちに指示を出して、皆を上へと運ぶよ」
3人は頷き、行動を開始しようとした。
だが、その瞬間に、下層部から放たれた金色の光線が、竜へと直撃する。
竜の悲鳴。砕け散る浮遊石。
咄嗟にシャングアは3人へ覆い被さり、石の破片から守った。
「シャングア。大丈夫?」
起き上がったシャングアを心配し、エンティーは問いかける。
「俺は大丈夫。でも、竜が……」
光線による直撃を受けた竜は、他の石を足場にしてその場に何とか留まっているが、鱗の一部が割れてしまい、血が流れ落ちている。竜だからこそ、あの程度の傷で済んだ。もし人間が当たっていたならば、先程の石の様に一瞬で死に至るだろう。
「シャングア!」
ガンザとは別の男の声が、下層部から聞こえてくる。
暗闇から長方形に組まれた石がゆっくりと浮かび上がり、老人とその従属4人が乗っていた。
長い髪を束ね、その面立ちはバルガディンに似ているが温和な印象を受ける。金糸の刺繍が施された白い服に金の装飾。皇族としての高貴さを持ち合わせている。
「イルディナーダ叔祖父様……」
メルエディナの弟であり、αである皇族の男イルディナータ。
シャングアは助けが来たと喜ばず、竜の時以上に警戒心を露にする。
「無事でよか」
「そうか。あなたは、ずっと地下監獄にいた」
イルディナーダの言葉を遮り、シャングアは言う。
地下監獄。最下層である地下9階に存在する重罪人が送られる牢屋。死刑と言い渡された方がマシと思えるほどに、時間の感覚を麻痺させ、無音の空間である。時折響くのは、看守たちの足音のみ。ものの3日で、罪人の心が崩壊していく。
シャングアは彼の顔を見て、ようやく思い出せた。ガンザの話をきっかけに、重かった蓋に小さな隙間が出来、そこから溢れるように記憶が流れ出す。
「母は、あなたのせいでおかしくなった」
シャングアの母アリアナは子が授かり難い体質であった。それに悩んでいた彼女の元に、イルディナーダが薬を持って来た。それを飲んだ彼女はシャングアを身籠り、彼に心酔するようになっていった。事ある毎にそれを聴かされ、時に訳の分からない液体を飲まされ、イルディナーダに合わせられた。祖母や父、兄たちの元へ行きたいと母に伝えると、彼女は恐ろしい形相で怒りを露にした。幼かったシャングアにとってそれは衝撃的であり悲しかった。自然と母の前ではそれ話さなくなったが、こっそりと薬を飲むふりをして吐き出し、部屋から抜け出すようになった。
母は、シャングアの成長と共におかしくなっていった。薬を浴びるように飲み、機嫌が良くなったかと思えば、癇癪を起して暴れていた。父バルガディンは何度も治療を試み、対話し、医者に会うよう説得するが母はイルディナータを信じるばかりであった。
「母を唆し、祖母を殺させたのはあなただ。俺を洗脳したのも、あなただ」
シャングアは全貌を知らない。だが、母が頻繁に会っていたのは番ではなく、イルディナータだけだ。父も祖母も、親戚も、誰とも会わず、彼ばかりに会いに行っていた。
そして、目の前の惨劇に放心状態になったシャングアの元へ最初に駆け寄ったのは、イルディナータだった。あの時、母からは家族3人だけで話すと聞いていた。
「あらぬ疑いだ。私は、無実の罪で投獄され、今日釈放される予定だった。こんな騒動が起こるとは思いもよらなかった」
イルディナータは冷静に答える。何も知らない者から見れば、そう思えるかもしれないが、シャングアは一切信じない。
「シャングア。アリアナさんは君の事を心配していた。自分の教育は間違っていないのか、君の成長を阻んではいないか……悩み、苦しみ、不安で眠れない日々が続いていた」
育児の悩みは親には付き物だが、後半の内容は薬物による症状の可能性が圧倒的に高い。ここに来て、エンティーに服用されていた禁止薬物の症状について調べた知識が役立つとはシャングアは思いもよらなかった。
そして、その知識と記憶が合致し、さらに竜と子供2人の共通点に、シャングアは嫌な予感が頭に浮かんでいる。
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