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三章 夏霞の2人

25.言葉足らず

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「何だ、急に」
「まだ俺は何の神であるか分かりません。レガーナから冥界の成り立ちを聞いた時、もしかすればシャルシュリア様のように俺も選択をするかもしれない、と思ったので参考にさせていただきたいと常々思っていたので」

 半分はシャルシュリアの事を深く知る為、もう半分は今後の自分自身の為にゼネスは訊いている。
 信仰される存在と成れるかは、今のゼネスには分からない。だが、必ずどこかで自分の力がこれであると確信を持つ時が来る。それが両親より劣っていても、自分が何者であるか自覚しなければならない。

「私の話は、全く持って参考にならない。画家や音楽家に訊いた方が、マシなくらいだ」
「どうしてですか?」
「三人兄弟の中で私しか務まらないと確信したから、冥界の王になったんだ」

 コップをテーブルへ置いたシャルシュリアの目が、昔を懐かしむようにゼネスは感じた。

「あいつらなりに慈愛や正義感があるのは理解している。だが……おまえも知っている筈だ。片や粗野で乱暴さが目立ち、片や女好きで浮気性。どんなに力が強くとも、冥界では不適合だ」

 ゼネスは察したが、天神達を悪く言えるのはシャルシュリア位であり、同意の言葉は出せなかった。
 天神が女好きなのはかなり有名な話だ。女神や人間の女性の間に、多くの子を設けている。神々の数が増える事で世界を取り巻く力は満たされ、才能あふれる半神たちの活躍によって人間は繁栄したが、その反面では大きな悲劇や騒動を引き起こしていた。
 天神の正妻は結婚や育児、安産の女神である為、浮気はすれば即座に知られてしまう。彼女は嫉妬深い性格をしており、夫だけでなく、時に被害者でもある愛人とその子供達に怒りを向け、苛烈な罰を課してきた。
 海神は戦いに関する逸話が多い。愛人関連の話もあるが、天神に比べればまだ少ない。彼は気性が荒い性格であり、戦争ではその強さを遺憾なく発揮されている。時折、傲慢な人間へと罰を下したが、その大半は個人ではなく共同体である都や町にまで及んだ。海神の信仰は海沿いに集中し、漁業や貿易などが盛んである為に、個人よりも共同体としての祈りと願いの在り方が強かったからだ。嵐や高潮のような自然現象、海に住まう巨大な怪物を嗾ける時もあれば、船を石化させる等と規模は広く、英雄の活躍の場になる時もあれば、あまりの激昂ぶりに天神が諫める場合もあった。

「ただ破壊するだけが解決ではない。美しい女だからと囲い込んではいけない。あいつらは自分の感情に正直すぎるきらいがある。たとえ悲劇的であっても公平でなくてはならない。国勢、周囲の人間関係やその動き、そして死者の人格。生前のありとあらゆる情報を考慮し、判決を下す必要がある。それがあの2人に出来るとは、到底思えない」

 貧困によってやむを得ず行った窃盗。被害者やその身内による加害者への復讐。
 それ自体は犯罪であっても、環境や立場、人間関係、様々な要因によって歩むべき選択枠は乏しく狭くなる。それでも生きる為に選ばなければならない局面が存在する。
 罪は罪として数えても、慎重に判決を下さなければならない。

「死者は罪人だけでは限らず、悲惨な死を迎えた者もいる。彼らに向ける言葉には注意が必要だ。性別に囚われて過去に苛まれないように、英雄を除き亡霊の姿を共通にしたのもその為だ。あの大雑把共にそれが出来るかどうか……」

 病死や老衰だけでなく、事故や相手に殺されて冥界へとやってくる亡霊がいる。
 中にはそれを鮮明に記憶し、死後も苦しみ続ける者もいるだろう。死んだことを自覚できず、冥界に辿り着いてようやく理解し、地上に戻りたいと泣き叫ぶ者もいるだろう。
 罪なき彼らに下される判決。死者から亡霊へと変わる為に、自らの死を見つめ受け入れさせるためのものでもある。

「愚痴の様になり、すまなかったな」
「いえ。貴重な話を聞かせていただき、ありがとうございます」

 このまま話し続けても長くなるばかりだとシャルシュリアは言うのをやめ、ゼネスは素直に感謝を述べる。
 地上では神々を信仰するが、人間は自分達の社会を構成し、生活を営んでいる。四季や気候、それぞれに変化を続ける世界の中には人間だけでなく、生きとし生きる多くのモノ達が生息し、管理するなんて到底できはしない。人間ですら星の数ほど存在し、神をも騙せる思考の持ち主が生まれる程だ。
 彼らに崇拝され、信仰の対象になるには、強い意思と輝かしい程のカリスマ性が必要だ。

「面白味は無かっただろう」
「そんな事はありません。シャルシュリア様が天神と海神を想っての選択だと分かりましたから」

 シャルシュリアもまた本来は地上に生まれた神だ。狭く暗い冥界よりも、光り輝く広大な地上の世界に居たいと言う思いはあっただろう。だが、弟達の性格をよく理解し、自分の為すべき事だと選んだ。
 後戻りは出来ず、二度と地上へと帰らない程の覚悟を持った選択。
 誰にでも出来る事ではない。
 その覚悟は。その心は。

「貴方は、とても美しいです」

 シャルシュリアは目を見開き、硬直した。
 ゼネスは、どうしてそんなに驚くのかと不思議に思ったが、言葉の足りなさに徐々に気づき始め、顔を赤くする。
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