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三章 夏霞の2人
26. 初めて名を呼ばれた喜び
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「い、あ、すいません!! こ、言葉が足りませんでした!」
椅子から立ち上がり、ゼネスは大慌てで弁解する。
「俺が言いたいのは、弟を想い、行った事もない地へ赴き王となるその覚悟が美しいと思ったんです!!」
「わ、わかったから、座れ」
余りの慌てように気圧されたシャルシュリアは、ゼネスを落ち着かせようとする。
まだ顔の赤いゼネスは右往左往した後、大きく深呼吸するとソファへ座り直す。
「言葉って難しいですね……お恥ずかしい……」
「声に出す前に考えろと言いたいが、この調子では無理そうだな」
シャルシュリアは苦笑し、再びカップを手に取ろうとしたが、中身はすでに空だった。
「地上では注意なんて受けたことが無いので、どこかで失言していないか心配になりました」
「以前の注意を除けば、慣れない環境の中でも軽蔑や罵倒の言葉は出ていないのだから、大丈夫だろう」
「本当ですか?」
「嘘を言って何になる。短い期間ではあるが、おまえの心根は私にもよく伝わっている」
「嬉しいです……ありがとうございます」
地上と冥界の神々には互いに偏見がある。
冥界から見て地上の神々は、感情的で大雑把、行き当たりばったりだ。
地上から見て冥界の神々は、陰湿でいつも小さな事ばかりにこだわっている。
その両側を行き来するのは、忘却の神エーデ、死の三女神、伝令の神、そして魔術の女神とごく少数であり、情報共有が難しい。
神と成らない限り魂に例外は無く、地上の神々がどんなに気に入った人間であっても、死すれば冥界へと収容される。神の中には、恋人を地上へと戻して欲しいと頼む者もいたが、シャルシュリアは〈自ら冥界を下り、見つけられたならば考える〉として、それ以上は取り合わなかった。その神は幾度も冥界を訪れたが、同じ姿の亡霊達の中から愛する人を見つけ出せず、最後にはエーデの力を借り忘れる道を選んだ。
冥界における掟は、簡単に曲げることはできない。シャルシュリアは、かつて妻を取り戻そうと冥界を下った英雄の様に、神にもまた試練を与えたのだ。
無慈悲で冷酷だと言う意見もあれば、公平に取り持ったのだと言われた。
それがきっかけなのか、冥界と地上の神々は互いが仄かに嫌い合い、無意識に距離を置き始めた。
当初ゼネスもそのきらいがあるのではと思っていたシャルシュリアだが、予想に反して彼は誰に対しても敬意と友好を持って接した。綻びの、気の緩みも無く、今も変わらず素直で裏表のない。
過去を知る事は良いが縛られ過ぎて、今を見失うのは難点だ。
「反省をするのも大事だが、自分の長所を潰さぬよう気を付ける事だ」
「俺の長所……?」
よく分かっていない様子ゼネスに、シャルシュリアは手を差し出した。
「ベッドへ戻りたい。手伝ってくれ」
「はい」
ゼネスは立ち上がり、シャルシュリアの手を取ると、立ち上がりから歩行まで補助をする。
先程とは打って変わり、2人の間に会話は無い。けれど、ゼネスは何処か満ち足りていた。
「また明日、お伺いしますね」
ベッドへと腰を掛けたシャルシュリアから手を離し、ゼネスは挨拶を済ますと部屋を後にしようとした。
「ゼネス」
シャルシュリアは、ゼネスを呼び止める。
「どうかなさいましたか?」
胸を打つ様な大きな衝撃をゼネスは身体の内に感じる。
名前を初めて呼んでもらえた。ゼネスはその喜びを今は抑えつつ、平静を保ちながら問いかける。
「花を楽しみにしている」
「はい!」
その一言に抑えきれず喜びが溢れ出し、ゼネスは満面の笑みを浮かべる。
椅子から立ち上がり、ゼネスは大慌てで弁解する。
「俺が言いたいのは、弟を想い、行った事もない地へ赴き王となるその覚悟が美しいと思ったんです!!」
「わ、わかったから、座れ」
余りの慌てように気圧されたシャルシュリアは、ゼネスを落ち着かせようとする。
まだ顔の赤いゼネスは右往左往した後、大きく深呼吸するとソファへ座り直す。
「言葉って難しいですね……お恥ずかしい……」
「声に出す前に考えろと言いたいが、この調子では無理そうだな」
シャルシュリアは苦笑し、再びカップを手に取ろうとしたが、中身はすでに空だった。
「地上では注意なんて受けたことが無いので、どこかで失言していないか心配になりました」
「以前の注意を除けば、慣れない環境の中でも軽蔑や罵倒の言葉は出ていないのだから、大丈夫だろう」
「本当ですか?」
「嘘を言って何になる。短い期間ではあるが、おまえの心根は私にもよく伝わっている」
「嬉しいです……ありがとうございます」
地上と冥界の神々には互いに偏見がある。
冥界から見て地上の神々は、感情的で大雑把、行き当たりばったりだ。
地上から見て冥界の神々は、陰湿でいつも小さな事ばかりにこだわっている。
その両側を行き来するのは、忘却の神エーデ、死の三女神、伝令の神、そして魔術の女神とごく少数であり、情報共有が難しい。
神と成らない限り魂に例外は無く、地上の神々がどんなに気に入った人間であっても、死すれば冥界へと収容される。神の中には、恋人を地上へと戻して欲しいと頼む者もいたが、シャルシュリアは〈自ら冥界を下り、見つけられたならば考える〉として、それ以上は取り合わなかった。その神は幾度も冥界を訪れたが、同じ姿の亡霊達の中から愛する人を見つけ出せず、最後にはエーデの力を借り忘れる道を選んだ。
冥界における掟は、簡単に曲げることはできない。シャルシュリアは、かつて妻を取り戻そうと冥界を下った英雄の様に、神にもまた試練を与えたのだ。
無慈悲で冷酷だと言う意見もあれば、公平に取り持ったのだと言われた。
それがきっかけなのか、冥界と地上の神々は互いが仄かに嫌い合い、無意識に距離を置き始めた。
当初ゼネスもそのきらいがあるのではと思っていたシャルシュリアだが、予想に反して彼は誰に対しても敬意と友好を持って接した。綻びの、気の緩みも無く、今も変わらず素直で裏表のない。
過去を知る事は良いが縛られ過ぎて、今を見失うのは難点だ。
「反省をするのも大事だが、自分の長所を潰さぬよう気を付ける事だ」
「俺の長所……?」
よく分かっていない様子ゼネスに、シャルシュリアは手を差し出した。
「ベッドへ戻りたい。手伝ってくれ」
「はい」
ゼネスは立ち上がり、シャルシュリアの手を取ると、立ち上がりから歩行まで補助をする。
先程とは打って変わり、2人の間に会話は無い。けれど、ゼネスは何処か満ち足りていた。
「また明日、お伺いしますね」
ベッドへと腰を掛けたシャルシュリアから手を離し、ゼネスは挨拶を済ますと部屋を後にしようとした。
「ゼネス」
シャルシュリアは、ゼネスを呼び止める。
「どうかなさいましたか?」
胸を打つ様な大きな衝撃をゼネスは身体の内に感じる。
名前を初めて呼んでもらえた。ゼネスはその喜びを今は抑えつつ、平静を保ちながら問いかける。
「花を楽しみにしている」
「はい!」
その一言に抑えきれず喜びが溢れ出し、ゼネスは満面の笑みを浮かべる。
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