暗き冥界の底で貴方の帰りを待つ

片海 鏡

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六章 霧に消える別れ結びの冬

60.事態の終息を迎える

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「ゼネスー? 意識保てているか?」

 怒涛の勢いで事が進んだために、エーデはゼネスを心配する。

「……はい。大丈夫です」
「無理をなさらない様にね。こんなにも多くの事実を突き付けられては、受け入れる事に時間が掛りますから」

 力のない返事に、ニネティスは彼を気遣う。

「……そうだ。ニネティス様。転生の剣をシャルシュリアに返していただけますか?」

 シャルシュリアの力によって生み出された剣。その強大な力は、地上に在ってはいけない。そう思ったゼネスは、ニネティスに差し出した。

「いいえ。貴方が持っていてください」

 彼女は小さく首を振る。

「自分が早く死んでしまった際にゼネスの助けになる様に、残したものです。地上で扱っても問題が無いよう、シャルシュリアの手によって剣の力の一部は削ぎ落されています。その剣は、もう貴方のものです」
「……ありがとうございます」

 再び会えた日に、彼に直接感謝の言葉を伝えよう。ゼネスはそう思いながら、転生の剣に視線を送った。
 
『ゼネスの覚醒により、冬の緩和を観測。熱帯、温帯の地域に発生した氷海の消滅を確認。天候不順、異常気象の消滅を確認』

 アギスは天を見上げ、金の目で世界を見通す。

「俺の力が、既に世界に影響を?」
「えぇ。ゼネスは四季を操る力を持っています。貴方が覚醒した事で暗雲は消滅し、アギスはメネシアの最後の足掻きを阻止出来ました」

 あの時、巨大な茨へと迸った光線。あれはアギスによる一撃だった。

「こちらこそ、ありがとうございます。アギス様がいなければ、俺とシャルシュリアは助からなかった」
『四季の神の消失は、世界にとって由々しき事態。救助は当然である』
「ごめんなさいね。アギスは照れているだけですから」
『ニネティス』

 アギスに咎められるニネティスだが、嬉しそうに目を細める。

「……やっぱり、母上には季節を操る力は無かったのですね」

 冬を止めてくれと頼んだ時、彼女はアギスに原因があると言った。
アギスの御業によって、雪崩が発生しようとした際、メネシアは必死に阻止した。
冬を操れるならば、その雪すらも影響が及んでいる筈だ。しかし雪は彼女の意思を介さず、自然現象になりかけた。

「そうだ。あいつには、四季を操る力は元々ない。季節は大地から生まれない。どっちかって言うと、冷気や熱気を連れて移動を続ける流れの様なもんだからな。ずっとゼネスがあのクソに隠されていたせいで、俺達もそれが分からなかった」

 予言紙は常に賜れるわけではない。エーデも情報収集を行い続けているが、限界がある。

「もっと早くに気づけていたら、ゼネスの苦しみを少しでも軽く出来たはずだ。悪かった」
「いえ……俺は、忘れさせてもらえただけ、幸運ですよ」

 ゼネスはそう言って笑顔を作ろうとしたが、失敗をする。記憶は消えても、体に染みついた恐怖はまだ残っている。エーデは知ってか知らずか、ゼネスに微笑み返した。

「……俺は、シャルシュリアに地上で生きろと言われました」
「あいつらしいな」
「でも、俺は彼の元へ帰りたいです。だから、冬の間……俺が地上から姿を隠す時は、冥界に行っても良いでしょうか?」

 霊峰を昇る間、ゼネスは自分について考え続けた。そして自分の力について、仮説を立てた。
 地上に帰りたくないと強く思い、冥界を拠り所にしてしまった。強い拒絶の思いが四季は大きく乱れさせ、冬は厳しさを増した。下位の神々はそれを増強し、異常気象へと発展したのではないか。
 メネシアから逃走し、地面を駆け抜ける中で、世界を認識し受け入れた今は、どちらも尊いものであると理解している。だからこそ、自分の行いが世界に大きな影響を与えるのではと懸念した。

「許可を求めないでくれ。ゼネスならば、大丈夫さ」

 フォルシュアは微笑み、ゼネスの右肩に手を置いた。

「君は自分の力を自覚し、それに伴う責任を理解している。あとは、見合う行動をするのみだ」

 シャルシュリアの転生の剣。それを大事に持ちながら、泣き腫らしたゼネスを見た瞬間、フォルシュアは兄がどれほど思われているのか理解した。
 ようやく、ようやく、彼が孤独から解放されたと感激した。

「君は、私の兄様の見初めた相手だからね。無条件に信じられるよ」
「フォルシュア様……」

 ゼネスは天神に認められ、ようやく自ら神の席に着けたのだと喜んだ。


 
 アギスは再び天へと戻り、フォルシュアはこの事態を終息の為に他の神々の協力を仰ぐとして、この場に残る。
 今期の冬を安定させる為、ゼネスは地上に留まるしかない。

「山登り、疲れただろ? 送っていく」

 エーデはゼネスにそう言って、霧を発生させる。
 霊峰から地上へと伸びる霧の中には、川と一隻の小舟が現れる。

「俺の力が作り出した幻想の川だ。この船に乗れば、すぐにでも地上に着くぞ」
「ありがとうございます」

 最後の力を振り絞って登り続けたゼネスは、エーデに深く感謝する。
 先に舟守としてエーデが乗船をする。

「ゼネス」

 地下へと戻る前にニネティスは、ゼネスにどうしても言わなければならない事があった。

「ニネティス様。ありがとうございました。父に初めて会えて……とても、嬉しかったです」

「えぇ、私も嬉しく思います。事情はどうあれ、彼は貴方を我が子であると認知しました。何かあれば彼は、貴方が迷わないよう光を指し示してくれるでしょう」
「はい……」

 太陽は世界を照らし、雪を溶かし始める。
 結晶達は反射し、全てが光り輝いている。

「シャルシュリアの事をよろしくお願いしますね」

 ニネティスはそう言うと、目を細め微笑む。

「あの方が、私を頼るなんて数千年ぶりの事でしょう。貴方は、彼の心に変化をもたらしてくれた。私はそれがとても嬉しかった」
「ニネティス様……」
「貴方は世界にとって尊い存在である事を、忘れないでくださいね」
「はい! ありがとうございます」

 ゼネスは大きく頷くと、エーデの待つ船へと乗り込む。
 霧が全てを包み込むまでの間、ニネティスは2人を見送った。
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