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6章 氷界は草原に憧れる

81話 生垣に隠れながら

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 リティナが何者であるか。信用できる人財かどうか。
 私とレーヴェンス王太子の持つ疑念が解消のためにも、彼女に接触しなければならない。
「難しい…………」
 今日の授業が全て終わった放課後、中庭のベンチで生徒達とリティナが談笑している。女子3人、男子2人の計5人は楽しそうに笑顔を浮かべている。
 私には、あの雰囲気に割って入る勇気がない。今は、綺麗に整えられたツツジの生垣に隠れながら、彼らの様子を窺うしかなかった。

「今日のところは、監視に留めた方がよろしいかと」
「うん。明日の朝に挨拶をして、自然な形で輪に入った方が有効かな」

 私と同じく、生垣に隠れる様に身体を屈めるニアギス。
 シャーナさんが、もしバレそうになったら即座に逃げられるように、とニアギスを護衛に着けてくれた。牙獣の王冠での空間転移の有能性は、身に染みる程に理解している。ありがたく、助力してもらう事にした。

「転入生は注目を集めやすいけれど、ここまで人気なのかな?」

 ゲーム上の学園ルートとなれば、条件次第で攻略対象同士の喧嘩イベントが発生してしまうので、単独が基本。本編前と分かっていても、昼間の食堂での出来事も含めて、彼女の周りに人が常にいるのは不思議に思える。
 見た当初は〈ゲームっぽい〉と面白く思ったが、レーヴァンス王太子の話を聞いて、一気に現実に引き戻された。

「殿下とシャーナお嬢様であっても、あれ程の規模はありませんでした。ある視点から発言をするならば、〈平民の女相手に、皆が好意的に接するのは怪しい〉と言えるでしょう」
「うん……理解は出来るよ」

 差別や偏見は良くない。でも学園には、様々な思考と価値観が集まっている。貴族が平民を、平民が貴族を、時に同類同士で、後ろ指を刺し、陰口を言うなんて良くある事だ。
 今日の授業が終わるまでの間、リティナに関する話を小耳に挟んできたが、全て好意的な内容だった。陰口を言わずとも、静観し距離を置いている人すらいなかった。
 皆が彼女を褒め、仲良くなりたいと口を揃える。
 不気味だと思った。

「今日はこの位にして、ロクスウェルに会いに行こうと思う」
「発明家の少年ですね。わかりました」

 ここで歩き出しては隠れているのがバレるので、ニアギスに空間転移で少し移動をお願いしよう。
 言いかけた時、私の肩を誰かが叩いた。

「サ、サジュ!?」

 振り返り、私は目を丸くする。
 サジュがいつの間にか私の背後に立っていた。

「びっくりさせないでよ」
「ごめんね。また植物を見ていたのかい?」
「う、うん」

 気づくと、ニアギスは隣にいなかった。残っていたのは植物の図鑑と育て方についての本だ。
 どうやら、渡り廊下の柱でニアギスの姿が隠れて、サージェルマンから見えなかった様だ。即座に本を置いて去ってくれた彼に、内心感謝する。

「庭師さんは、どんな風に手入れしているのかなーって」

 私は本を手に、立ち上がった。植物を育てる趣味があると理解するサジュと本があれば、理由付けになる。悪い方向へは転ばない筈だ。

「サージェルマンさん。そちらの方は、どなたですか?」

 さっそくリティナが声を掛けて来た。
 あれ? もうサジュと面識がある?

「君とは初めて会ったけれど……」

 サジュが少し戸惑っている。レーヴァンス王太子の時も、同じ状況だったと改めて理解する。

「あっ、失礼しました! 私と同じ日に転入してきた方がいると聞いて、友達から教えてもらっていたんです」

 同じ時間に食堂にいたのだから、リティナが他の生徒から話を聞いて、サジュを遠目から見ていても不思議では無い。
 でも、レーヴァンス王太子の話を思い返すと、以前から知っているのを誤魔化している様に見える。

「急に友人の様に接してしまい、申し訳ありません。私は、今日中等部に転入してきたリティナと申します」

 リティナは立ち上がり、深々と頭を下げる。
 素直に非を認めて、謝る姿はとても悪い子には見えない。

「あぁ、僕も聞いているよ。中には怒る人もいるから、気を付けてね」
「はい!」

 サジュは優しい声音で注意し、リティナは大きく頷いた。

「そちらの方は、どうして生垣に隠れていらしたのですか?」

 生徒の一人が、私を睨んだ。やっぱり、そう見えるよね……

「隠れていたんじゃないよ。この生け垣を見ていたんだ。彼女は昔から自分の手で育てる程に、植物が大好きなんだ」
「生垣の幹や根元を観察していた時に、別方向から皆さんがいらして、ここで立ち上がったら気まずいと思って、行くに行けなかったんです……」

 サジュのフォローに乗る形で私は言った。
 どんなに小さな中庭も、最低三方向から入れるように道が用意されている。彼女達から丁度死角になる場所に私が座っていた、と理由づければより説得力があると思った。

「あっ……そうだったんですね。変な事を言って、すいません」
「いえ、こちらこそ勘違いさせてしまって……」

 訊いて来た生徒は、私の持っている本に気づいた様子で納得をしてくれた。

「ねぇ、あなたも同じ中等部の生徒ですよね? お名前を伺っても宜しいですか?」

 リティナは、気を取り直してと言う様に明るい声音で、私に訊いて来た。

「ミューゼリアと申します」

 一瞬、彼女の口がピクリと動いた様に見えた。

「霊草シャンティスを発芽させた女の子!? わぁ! 凄い! 会ってみたかったんです!」

 目を輝かせながら私に歩み寄り、右手を力強く握った。
 嬉しそうに笑顔を浮かべるリティナは本当に可愛らしいが、私は怖いと思ってしまった。
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