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6章 氷界は草原に憧れる

80話 王太子からの頼み事

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 リティナが転入してきたが、隣の3組だった。
 2組の教室で身構えていた私は、一気に脱力した。

「なぁ、隣のクラスに可愛い子が転入したって」

 1、2と授業が進み、小休憩が挟まる。男子生徒たちは、身分に関わらず年相応に異性に興味を持ち、転入してきたリティナを見に行く。私もそれに連なる形で、3組の教室を覗く。
 生徒たちの輪の中心に、目を惹く少女がいる。14歳のリティナだ。
 柔らかく波立つ金色の長い髪に、まつ毛に彩られた茜色の瞳は星の様に輝きを秘めている。白い肌とピンク色に染まる頬。あどけなさの中に、ふと見せる大人びた表情は人々を惹きつける。
 ゲーム上で見る彼女とほぼ同じ。まるで人形に命が吹き込まれたかのように、完成された可愛らしさを持っている。

「想像以上に可愛い」
「挨拶して来いよ」

 男子生徒達が色々と言っている。今は皆が彼女に興味津々で、すぐには交流が出来そうにない。強引に行っては、敵視される恐れもある。ほとぼりが冷めるのを待とう。
 そうしてさらに授業が進み、昼の休憩になった。
 食堂に向かったが、少々嫌な展開が発生した。

「すいません。今日はやけに賑わっていますが、何かあったのですか?」

 食堂の前に長蛇の列ができ、私は最後尾の高等部の女子生徒に訊いた。

「転入生よ。中等部にも来たでしょう? 2人の後ろをついて回る生徒が、大人数で押し寄せたせいで、満員なのよ」

 食堂は中等部と高等部が利用するので広い構造であり、購買部はサンドウィッチ等の軽食が豊富な品揃えだ。中には、寮の調理場を借りてお弁当を持参する人もいる。その為、点在する中庭で食事を摂る人も多く、食堂の席が全て埋まるなんて滅多にない。
 今までダンジョンに調査に向かったり、お父様の稽古を受けたり、ゲーム的展開が皆無だったので、若干面白い。でも、昼食は逃したくない。

「休憩時間にも限度があるし、並ぶのをやめる事にするわ。あなたも、考えた方が良いわよ」
「はい。そうですね」

 ため息を着いた女子生徒は列を離れて購買部へ行った。
 私もそうしようかと思った時、肩を軽く叩かれた。

「ミューゼリア」
「シャーナさん」

 珍しくシャーナさんは、取り巻きの御二人を連れない。

「一緒に昼食はどうかしら?」
「はい! 食堂は無理そうなので、購買部に行きませんか?」
「こちらで用意しているから、心配はいらないわ。こっちにいらっしゃい」
「? はい」

 手招きされるがまま、私はシャーナさんの後を追った。




 高等部の中庭。白と薄紫のバラが咲き、繊細な彫刻が彫り込まれた大理石のガゼボが中央に鎮座している。ガゼボの中にはテーブルと椅子が並べられ、そこでレーヴァンス王太子が待っていた。

「やぁ、ミューゼリア」
「殿下」

 挨拶をしようとしたが、レーヴェンス王太子は制止をする。

「ここは城ではないから、〈こんにちは〉か〈ご機嫌麗しゅう〉位にしてもらえるかな?」
「はい。えと、こんにちは。殿下」
「うん。こんにちは」

 レーヴェンス王太子は、にこやかに挨拶を返してくれた。

「今日は、生徒会の許可を頂き、貸し切りの状態なんだ」

 生徒会長になれるのは、二年生からだ。まだ高等部一年のレーヴァンス王太子は、王家であっても生徒会には入れない。何か特別な理由があって、わざわざ貸し切りにしたのが伺える。

「ニアギス。食事を用意しなさい」
「かしこまりました」

 するりと現れたニアギスが、空間魔術を使ってテーブルをセッティングし、その上に料理を並べていく。
 チキンのソテー。チーズ入りのオムレツ。季節の彩り豊かなサラダ。コーンスープ。焼き立ての丸いパン。食堂に出てきそうなバランスの取れたメニュー。どれも満腹になり過ぎず、午後の授業にも支障のない適度な量だ。

「食べながら話すとしよう」
「はい」

 食事が始まり、他愛ない会話が交わされていく中、頃合いを見計らう様にレーヴァンス王太子が私を見据える。

「実は、ミューゼリアに内密の頼みがあるんだ」

 張り詰めてはいないが、空気が変わった様に思える。

「頼みですか?」
「うん。君の学年に転入してきたリティナについて、調べて欲しいんだ」

 彼女の素性はレーヴァンス王太子も知っている筈だが、思いもよらない頼みで、私は目を丸くした。

「どうしてですか?」
「彼女が昨日、放課後に図書室を訪れ、シャーナと共にいた僕に会いに来てね。その時、妙な行動と発言があった」
「先ほどのミューゼリアの様に、学園であっても、誰もが殿下にきちんと挨拶をするわ。けれど、彼女はそれをせずに、親し気に殿下へ近づいたの」
「え? そんなことしたら、護衛の方々が動くのでは?」

 今、中庭には3人しかいない様に見えるが、実は6人程の護衛が周囲に待機している。
 学園であっても、王太子ともなれば所構わず反対勢力に狙われる。ゲームでレーヴァンス王太子が語り、時にイベントで登場していた。

「そうだよ。すぐに捕らえられた。彼女は城で遠巻きに度々見ていたので、すっかり知り合いだと思い込んでいた、と言ったので、忠告をして解放をした」

 城の中には巨大な書庫があり、魔術の研究施設もある。師匠と共にリティナが出入りしていても、おかしくはない。だが、ゲーム上のリティナには、王太子と会わない・関わらないルートも用意されている。出会いイベントはいくつかあり、わざわざ会いに来るのは、妙である。

「それが妙な行動ですね。発言はどの様なものですか?」

「彼女は僕を発見した際、〈やっぱり、ここにいらしたのですね〉と言った」

 やっぱり? 
 予測していたってこと?

「人から居場所を聞いた口振りでは無かった。目撃者の話を聞く限り、まるで見取り図が頭の中に入っている様に、迷いがなく図書館へ向かって歩いていたそうだ」

 入学した際に、簡易の見取り図を貰うが、すぐに覚えて行動に移すのは難しい。新学期の新入生、転入生が学園で迷子になるのは通例行事になる程だ。
 覚えが良い人でも、初めは確認しながら移動する。私は既に知っていたが、周囲に不審な目で見られたくなかったので、見取り図と案内板を交互に確認する振りをしながら、当初は過ごしていた。
 王室付魔法使いの弟子として、入学より前に予め貰っていたとも考えられるが、リティナが最初から知っている可能性も拭いきれない。

「彼女が安全なのか、確かめて欲しいんだ」

 レーヴァンス王太子の視点からすれば、今のリティナは迷いなく一直線に飛んできた初対面の少女だ。警戒心を抱くのは仕方がない。たとえ王室付魔法使いの弟子であっても、信頼できるとは言い切れないのだろう。

「わかりました。可能な限り調べてみます」
「頼んだよ」

 レーヴァンス王太子は静かに微笑んだ。
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