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第四章 犯罪者共は学をつける

86.卑劣な策

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「ガジュ、シャルちゃん相当キレてたけど放置して大丈夫?」
「大丈夫じゃないだろうな。この非常時だから聞き入れてくれたが……終わったら間違いなくボコられる。」

 棍棒を振り回しながら【投獄】で消えていったシャルルを見送り、ガジュは青ざめた顔でチャリオットに向かい合う。
 我ながら酷い作戦を思いついたものだが……勝つにはああするしかなかった。ここでチャリオットに勝利しても明日シャルルに殺される気がするが、今そんな未来を憂いても仕方ない。

「俺達がすべき事は、シャルルの策が成功するまでの数分間こいつの相手をする事だ。というわけで……ユン、悪いな!」
「グボッ……!な、何?なんで急に僕は殴られたの……?」
「あれのためだ。お前は俺に殴られた程度じゃくたばらない割に、反応がいいからな。」

 そういってガジュが後方を指差し、その先でいつもの光景が始まっていく。

「あぁ……私はなんと愚かな事か!仲間の暴走すら止められず、愚かにも立ち尽くし。贖罪を、贖罪、贖罪をぉぉぉ!!」
「お、落ち着いてください!!!た、戦うなら目の前の化け物にしてください!」
「本当に自分と喧嘩しだしたなあいつ……。まぁいい、とにかく頑張れよ!キュキュ!っと、キュキュ……らしき奴!」
「贖罪!魔に染まった暗愚の化け物を蹴散らすのみ!」

 贖罪モードへと切り替わり、【凶化】を使ったキュキュが手近にいたチャリオットに突撃していく。これでチャリオットのニ槍流を加味しても二対三。こちらの手数の方が上回り、ガジュの少ない火力が上手くカバーされる。
 まぁキュキュがガジュにも攻撃してくるのは難点だが、それぐらいは仕方がない範囲だろう。

「ふっはっはっ!!!実に面白い人の子らだ!!!復讐に駆られるもの、悲嘆に暮れるもの、全てを隠すもの。良い、良いぞ貴様ら!我が同胞達が気に入りそうだ!」
「お前らみたいな化けものに気に入られても嬉しかねぇんだよ!とっととくたばれ!」
「僕の本質を秘密だと思ってるのが間違いだね!僕はもっと完璧な存在なんだから!」
「罪を贖う事に些事は必要ない!!!ただ、滅ぼすのみ!」

 例の犬戦車を乗り回しながら槍を振るうチャリオット。縦に横に、凄まじい速度で繰り出される攻撃の数々をガジュは必死で回避し、横の二人が容赦なく反撃を行なっていく。
 そろそろ、そろそろ限界だ。
 ユンは相変わらず最低限の攻撃しかしていないし、キュキュの【凶化】による攻撃も決定打になっていない。そろそろ何かが起きなければ、勝利は訪れないだろう。

 ガジュがそう思いながら上を見ると、黒い雲が空を埋め尽くし始めていた。それと同時に、背後から鼓膜を裂くような爆音が響く。

「正義に反する行いをして!!!自我が保てないので叫ばせてもらいまーーーーす!!!!ガジューーー!!!!仕事はしました!!!!後はそっちで頑張ってくださーーーーー!!!!」
「うるせぇぞシャルル!だが上出来だ!これで、全部ぶっ壊せる!!!」

 今回の作戦立案において重要な点は大きく二つあった。

 一つはガジュがフルパワーを発揮すること。チャリオットを倒すには間違いなくこれを達成しなければならないと、ガジュはここしばらくの戦闘で確信していた。

 二つは『クリミナル』の人間だけで事の決着をつける事。魔族討伐の成果を他人に渡すわけにはいかない。何としてもこの四人だけの力で魔族を討伐しなければ、後ろで治癒を受けている男への復讐が更に遠のいてしまう。

 この二点を考慮した結果生まれた作戦が、『虚構の化け物大作戦』だ。

 シャルルに【投獄】で山中を駆け巡らせ、山中にいる冒険者学校の生徒や教師達に「突如ハクアの仲間が暴走し、投射機のカメラが壊された。奴は光を糧としているから、魔道士は全員闇魔法を空に放ってくれ。」という指示を出す。

 勿論前半は大嘘だが、この嘘は決してバレる事のない嘘だ。レザがハクアだけを治療し、重傷のジュノを放置しているところからしても、あの少女は何か後暗いものを抱えている。それ故にハクアはこの話が嘘だと大手を振って弁解する事もできないし、実際傷だらけのジュノもいるわけだから生徒達に疑われる事もない。

 ジュノには少し申し訳ない気もするが、ハクアの仲間な時点でガジュからすれば恨み辛みの対象。むしろ濡れ衣を着せられるぐらいで済むのだから感謝して欲しいぐらいだ。

 そして何よりこの方法であれば、生徒他教師陣は「暴走したジュノ」という架空の存在を倒すのに協力しただけで、目の前にいる魔族については何も関与していない事になる。
 ジュノにせよチャリオットにせよ、『森に現れた強力な魔族』を討伐したという実績さえ得られれば同じことだ。

「いやー中々の名案だと思うよ?チャリオットの存在は一瞬しか投射機に映ってないし、実際ジュノは僕の前で暴れてるしね。僕の方のカメラに映ったのが第一形態、ガジュの方に映ったのが第二形態って事にすれば話は上手くいくでしょ。」
「そこら辺の辻褄合わせはお前に任せる。俺はそっちで何があったか知らないしな。俺の仕事は……暴れるだけだ。」

 空を完全に覆い尽くした黒い雲。ユンが放ったモヤモヤと同じ魔法でも、学園にいる魔道士全員が放ったとなれば効果は絶大だ。太陽も月も、ありとあらゆる明かりが闇に包まれ、ガジュの体は躍動していく。

「これで終いだ。チャリオット!!!あの世で復讐でも誓っとけ!!!!」

 回避される心配もないほどの速度で右腕が稼働し、ガジュの拳がチャリオットの鎧を打ち砕く。果てしない爆音と衝撃が鳴り響き、長い祭りは終わりを迎えるのであった。
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