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第六章 試練の迷宮

113.作り物の連携

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「ゆ、ユンさん達は、大丈夫でしょうか。」

 試練の迷宮二層。魔物を蹴散らしながら、キュキュが不安げに呟く。試練の迷宮二層といえど、こちらは魔族契約者二人と黒曜等級冒険者二人、そして魔族が一匹。苦戦する要素などどこにもなく、戦いながら会話するぐらいは序の口である。

「大丈夫だと思いますよ。ユンはやる気さえ出せば強いですし、ハクアもガジュと同じく環境を選ぶタイプですがあれだけ魔物の死体があれば十分戦えるでしょう。」
「そうとは限らない。あの、ユノ様の紛い物、明らかに力を失ってる。」
「失ってる?どういうことだいジュノ。」

 魔物の死体を弄びながら放たれたジュノの呟きに、一同の足が止まる。

「さっき腕を掴まれた時に思った。ずっと紛い物からただよっていた魔族の匂いが消えてる。」
「魔族の匂い?何ですか、ユンってもしかして魔族と契約してるんですか?」
「知らない。けどそれは違うと思う。契約してる人はもっと匂いが薄い。なんていうか、私の匂い。」

 私の匂い。その言葉を聞き、更に頭の疑問符が増えていく。
 魔族であるジュノと同じ匂い。正確な意味はわからないが、多分彼女の直感は当たっている。シャルル達はそれだけを確信し、踵を返す。

「シャル達は一応ユンを助けに行きます。三人は三層に降りる階段の辺りで一度待って下さい。ガジュに加えてユンまで戦闘不能に陥るような事があれば流石に攻略続行は不可能です。シャルのスキルで一旦帰還しましょう。」
「分かった。任せたよ。」
「は、はい!い、行きましょうシャルルさん!」

 相手がユンとなるとキュキュのやる気も違う。二人は歩いて来た道を逆行し、仲間達の救援に向かっていく。

◇◇◇

「障壁。」
「おっ、ナイスハクア!」

 一方試練の迷宮一層。サンとムーンと対峙していたユン達は、苦戦を強いられていた。

「はっはっは!流石だぞ我が弟よ!俺達が二人集まれば無敵!」
「う~んめんどくさいなぁ……。時間があんまりないっていうのに。
「こいつらの連携力は凄まじいな。このままだとジリ貧だぞ。」

 神出鬼没、自分の幻影を出し続けてユン達の目を欺いているムーンと違い、サンは直立不動。奥にいるサンを殴ろうとしても、ムーンに邪魔をされ、ムーンを殴ろうとすると幻影で上手く躱される。それだけならただ疲労するだけだが、気を抜くとサンが高火力のレーザービームを放ってくるから回避も全力である。
 ユン達の身体能力とハクアの魔法があるから何とか耐えれているが、決定打はないままだ。

「よし、ここは定石通りに行こう。連携には連携。ハクア、僕のことをガジュだと思って戦ってよ。」
「確かに俺とガジュの連携ならこいつらの連携を上回れるだろうが、そんなこと出来るのか?君は身体能力こそ高そうだが、火力はガジュに劣るだろ。」
「本気を出すから大丈夫。まぁ、こいつを倒した後に僕がぶっ倒れてたら介抱して欲しいけどね。多分、僕はこれが最期だから。」
「最期……?」

 ハクアの問いかけなど気にも止めず、ユンは目の色を変えて突撃していく。その体からは煙が吹き出し、後ろ姿で分かる程の殺気を放っていた。

「まず一匹。」
「ぐふっ!」
「弟!?大丈夫か!」

 そしてその数秒後。ユンの拳はムーンの幻影に命中し、そこから暴風が吹き荒れる。発生した暴風は幻影を吹き飛ばし、奥で嘲笑っていたムーン本体の体をも打ち砕いていく。

 全てを制圧する圧倒的な力。ハクアは、ユンの小さな背中に幼少期にずっと追いかけていたガジュの面影を見出していた。

「何が何だかわからないが……これなら合わせられる。閃光。」

 ユギ村にいた頃はハクアが、村を出てからはガジュが。互いに雑魚同然の時期があったが故に、この二人がまともに連携を取って戦った事はほとんどない。だが経験がないからこそ、ずっと想定していた。
 ガジュはいい意味でも悪い意味でもパワーだけの存在。攻撃が当たりさえすえばどんな敵だろうと打ち砕けるし、攻撃を多少食らっても無傷で拳を振り抜ける。
 そんなガジュに最も必要なサポートは囮役。ハクアはそう思考し、体を高速化させて走り出す。

「あぁ嘆かわしい!我が弟を……!我が弟をぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!」
「反射。」

 片割れを失ったことで狂乱し、レーザービームを乱射するサン。ハクアは咄嗟に魔法で反射してみたが、あまりにも無秩序な攻撃故に軌道はぐちゃぐちゃ。ありとあらゆる方向へと光線が飛び交い、狭い迷宮内は激しい光に包まれていく。
 ここまで視界がごちゃつけば、圧倒的パワーでゴリ押せる。

「二匹目っと!」

 乱反射するレーザービームを完璧に回避しながら、光に紛れて現れたユンがサンの腹部を殴り飛ばし、ハクアの前には二匹の魔族が瀕死で横たわる。

「はぁ……いい感じに二人ともボコれたね。よし、後はこいつとガジュを契約させよう。」
「あ、あぁ。それで、どっちと契約させるんだ。」
「う~んどっちでもいいけど、せっかくだし片方はハクアが契約したら?サンとムーンがニコイチ、ガジュとハクアもニコイチ。丁度いいじゃん。」

 とにかくガジュを連れてこなければ話は始まらない。ハクアが奥に寝かせていたガジュを拾い上げ、倒れた魔族の横に転がす。そしてその横では、いつになく息を荒げ、髪色より青ざめた顔のユンがヘラヘラと笑っていた。

「無事に契約出来るならそれでもいいが、本当に出来るのか?脅迫すると言っていたが、もうこいつらに意識はないぞ。」
「だいじょーぶだいじょーぶ。完全無欠な僕にかかれば余裕よ。おいサンとムーン、お前はガジュとハクアとそれぞれ契約しろ。言っておくが拒否権はない。これは……世界ワールドからの命令だ。」

 その言葉と共に二匹の魔族は煙と化し、ハクアとガジュと同化していく。

 そしてもう一つ。

 ユンの体からも煙が吹き出し、起き上がったガジュの代わりに一つの抜け殻が転がっていた。
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