異世界にも陰謀が蔓延っているようなので全力で抗います〜とある陰謀論者の異世界転移〜

鮎川重

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第一章 陰謀はいつでもすぐそばに

4.平和な世界だからこそ

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「もし、ドグ=マグさんのお宅ですかな。賢き我々が真実を告げに参りました。」

 この男は頭がおかしいのだろうか。

 先ほど待ち合わせた路地から更に数本入った、ある種秘境とも呼べそうな場所に突如として現れた古びた建造物。建造物、と呼べはするものの壁も屋根もツギハギで今にも崩れそうなその場所の玄関……らしき場所に立つ。

 カメラ付きインターホンなんてものはないはずだから新聞勧誘の真似事でもしてみようか。だが先ほど二人で例の怪しげな面を装着してしまったからもう無意味か。

 セナがそう思った矢先、隣の大男がふざけたことを言い始める。

「お、おい。もしかしてあんたはとんでもない馬鹿なのか?そんなこと言ったら殺されるに決まってるだろ!ここ、犯罪組織の本拠地なんだろ!?」
「そうは言いましても、嘘はつけません。我々の目的はただ一つでしょう?」
「それは……そうだけど!」

 駄目だ、このケベックとかいうデカブツは秘密を守ることは出来ても嘘はつけないタイプのクソ真面目だ。
 大きく肩を落とし、セナは一歩後ろに下がる。勧誘活動を頻繁に行っていたからこそ分かる。こういう状況で次に起こる出来事は、ほぼ一つだ。

「玄関前で騒がしい!!!」
「静かにせんかこの下郎ども!!!」

 玄関扉がバキバキと割れ、それが付いていた周囲の壁も含めてかなりの量の木板が爆音と共に吹き飛び、ケベックの顔面に直撃する。
 巨漢を大きくのけぞらせたかと思うと、すぐに土煙の中から一本の太い足と細く大きな刀がその身を表し、今度はケベックの胴体が大きく歪んでいった。

 蹴りと斬撃。

 どう見てもセナが喰らえば即死級の攻撃を正面で受け止め、ケベックの足が一歩二歩。
 腹と口から血を流しつつ後ずさった後、ケベックはにこやかな笑みを浮かべ、正面の二人組に言葉を投げていく。

「良かった、ご在宅でしたか。初めまして、我々はリバタリアという組織の者です。貴方方にお伝えしたいことがあって参りました。諸事情で筆談の必要がありますので、中へ入れていただけますかな?」
「お、おい。アイトヴァ、お前手を抜いたんじゃなかろうな。」
「何を言うかザルティス。吾輩はいつだって全身全霊じゃ。」

 改めて見てみると、建物から出てきた二人組は凄まじい強面だ。どちらもそこそこの高齢のようだが、蹴りを入れた方は大柄で筋肉質、切りつけた方は細身だが凛とした殺気に満ち溢れている。
 異世界人だから、と言われればそれで終わりだが、どうにも人間離れした雰囲気の二人組。だがそんな彼らが何も出来ず驚くほどに、ケベックは強引だった。

「では失礼しますよ。やぁやぁ皆さん初めまして。私は……おっと名乗ってはいけないんでした。失礼、お好きにお呼びください。私は厄介な呪いを抱えていませんからね。」
「な、なんだこのデカブツ!?おい、双角!なんなんだこいつは!」
「襲撃者以外の何者でも無かろうが!お前らも加勢せい!」

 威風堂々。双角と呼ばれた二人組を両手で押し退けて建物内に闖入したケベックは明朗な挨拶を放ち、それに返答するかのように中にいた男達が一斉に飛びかかる。
 流石は巨大犯罪組織。ただの下っ端のような風貌でも皆雄々しい体つきだ。こうしてただ遠くから眺めているだけのセナとはまるで違う、戦う事を生業とする者達。
 そんな彼らの襲撃を、ケベックは変わらずものともしない。

「おやおや、またこうなってしまうのですか。やはり広報活動は骨が折れますな。」

 なるほど、どうにもアルルの歯切れが妙に悪かったのは、こいつがいるからか。
 ケベックは自分に飛びかかってきた男達の中から適当な一人の足を掴み、ブルブルと振り回し始める。圧倒的な腕力で犯罪組織を壁ごと破壊していく。

 セナは全てを理解し、絶望しながら都合よく転がっていた木箱の陰に身を隠す。

 恐ろしいほど真面目で、恐ろしいほど丈夫な狂人。

 どうしてこんな奴が広報活動を行っているのか、三日三晩問いただしたい気分だ。
 だが何だかんだ丈夫そうだし、放っておいても大丈夫だろう。どうせ自分に出来ることなど何もない。仕事は陰謀を暴くこと、戦うことはそもそも計画に入っていない。

 しかし、そんなセナの背中には巨大な影が落ちていた。

「これそこの小童。お主はあの男の仲間であろう?お主ら……一体誰を敵に回しているか分かっておるのか。」

 最初に襲いかかってきた双角の一方。大きな刀を持った方の老人から肩に手を置かれ、背筋どころか足先から頭のてっぺんまで全てが凍りつくほどの寒気が体を駆け抜けていく。

 終わった。

「ち、違うんです!私達はただ暖かいお布団をご紹介に来た無垢な販売員でして……!」
「理由などどうでもよい。お主の仲間が、吾輩の仲間を傷つけたことだけが問題じゃ。」

 適当な言い訳を並べてはみたものの。やはり戦闘を生業とする異世界人とセナでは全ての格が違う。
 老人が振り下ろした鞘がセナの肩を砕き、右腕の感覚が吹き飛ぶ。ただでさえ細腕の弱者が腕一本奪われればそれは本当に無力。項垂れた体を老人が担ぎ上げ、ケベックが暴れている室内へと米俵がごとく運ばれていく。

「はっはっは!皆さん血気盛んですな!中々にいい運動ですぞ!」
「そこまでじゃ。一歩でも動けばこの小僧の首を切り落とす。」
「おおっ!でかしたぞアイトヴァ!相変わらず剣士とは思えん卑怯さだ!」

 大きな声でへらず口を叩いた同胞に鞘を投げつけ、老人は抜き身の刀を担いだセナの首元へそっと添える。
 ケベックは良くも悪くもクソ真面目な人間だ。流石に仲間を人質に取られれば暴れることもできないようで、ハッと目を見開いた後硬直。

 だが、こういう状況をなんとかする為のだったのだろう。

「仕方がない、排泄物さん!!!出番ですよ!!!」
「「排泄物?」」

 巨体の内側、腹の奥の内臓から響く爆発音のような大声。
 ふざけた名前が幸を奏したらしく、まさかこの叫び声が救援要請だとはこれっぽっちも思わなかったらしい。その場にいた誰もが頭に疑問符を浮かべている間に、遠くの方から例の下手くそなラップが聞こえ始める。

「呼ばれた名前。聞こえた手前、引きもせず手を貸す正義を掲げ。者共ならえ、見せなお手前。」

 九十度に曲がった猫背とだらんと垂らした青髪。幽霊のようにゆったりと現れた排泄物は、全く急ぎもせず淡々と言葉を紡いでいく。
 助けに来てくれたのは結構だが、こんな子供に一体何が出来るのか。この隙をついて自分が多少暴れた方がまだ状況を変えられるのでは。
 苦悶に満ちたセナの表情にそんな思考が一枚貼られた時、汚らしい名を背負った少女の背にはもっと禍々しい何かが姿を現わしていた。

「ホウ、中々面白イ相手ト戦ッテイルナ。良カロウ。手ヲ貸シテヤル。」
「何じゃ……?魔物?」
「よく分からんが一人増えただけだ。とっとと殺すぞ!」

 黒いモヤがかかったその体は鎧を纏っているようで、ぎこちなく呟く口をはじめとする顔面のその全ては人でも獣でもない。
 老人が言うように魔物と呼ぶのが最も相応そうなそれはニヤニヤと笑い、突撃する男に槍のような指の一本を向ける。

「ーー圧。」
「ザルティス!?」

 ケベックにも劣らない巨体が地面に減り込み、建物の床もその下の大地すらも穿ちながら沈んでいく。
 
 平和ボケした地球人にすら分かる。あれは規格外いや、理外の存在だ。
 
 戦闘なれした異世界の老人にも勿論それが理解ったらしく、セナの体をそこらに放り投げ、老剣士は音も立てずにその場から消える。
 突風と共に排泄物の背後、つまりその化け物の背後にまで周った老人は素早く剣を振るが、その斬撃は何にもぶつからず空を切っていた。

「……実体がない!?」
「流石ニ早イナ。オイ奴隷。伏セテイロ、壊レルゾ。ーー歪。」

 排泄物がスッと疼くまり、老人の体がSの字に歪んでいく。いや歪んでいるのは本当に老人なのだろうか。セナのボヤけた視界に映る全てが歪んでいくように見え、周囲で立ち尽くしていた他のドグ=マグ構成員すらも力無く倒れていった。

 まともに意識を保っているのはリバタリアの三人だけ。地に足を付けて立っているのはその中でもケベックただ一人。そして霞に消えていく化け物がただ一つ。

「此処カラ先ハ、手ヲ出サヌ方が面白ソウダナ。踊レ、奴隷ヨ。」
「え、あ、は、はいぃ……。」

 苦しそうな表情と共に排泄物が蠢き、背の化け物が完全に消失する。
 何が何だか全く分からないが、犯罪組織は取り敢えず壊滅したのだろうか。だとすればもう大人しく家に帰りたい。そもそも戦いに来たつもりがないというのに、先ほどから続け様に血が流れすぎだ。右腕は相変わらず動かないし、もう何も考えたくない。
 セナが流した涙と漏らした液体が地面に小さな池を作った頃、半壊した建物の奥からは軽やかな足音が聞こえて来る。

「注意、戦うのは無理。見捨てられました私達。ここで消えてく轍、無力な私。得られぬ勝利。」
「どうやらそのようですな。頼みましたぞ、新人殿。今日の私はここで退場のようです。」
「は……?何、何、どういうことなんだよ!?」

 まだ姿も見えていないというのに、勝手に諦めた様子で排泄物とケベックが肩を落とす。
 確かにあの半端なく強い化け物はどこかへ行ってしまったが、あのどう見ても強キャラ風の二人組も他の構成員も全滅している訳で、この足跡の持ち主一人ぐらいケベックだけでどうにかなるんじゃないか。

 そんなセナの訴えは、世に放たれるより早く血飛沫と共に棄却されていく。

 ブチィ……。

 銃弾のような何かが耳元を掠め、視線の先で立っていたケベックの頭がいつの間にか地面についている。
 コンマ一秒にも満たない今の間に何が起きたのか。聞こえた肉肉しい音は何なのか。
 その解はセナの頭部に振ってきた巨大な足と、遠くに見える下半身を失った仲間が示しきっていた。

「お前ら……あたしの仲間に、何した?」

 凛然と立つ一人、いや一匹。細く長い足に真紅の鱗を生やし、腰からは大きな尾を垂らし。

 やはりここは平和に陰謀を訴えられるような世界ではない。

 異世界を象徴するかのような容貌の人間の足には、ケベックの千切れた右足が引っかかっていた。
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