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懐妊編
報告
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翌日。
これ以上ないくらいの上機嫌さでセイラムが華麗に執務を終えていく。
「これでいいか、ジェス」
「あぁ、はい。本日午前中の執務はここまでになります」
「よし!リリアナとの昼餉までまだ時間があるな。王宮図書館へ向かうぞ!」
今日はいつも以上に本を借りそうだ。カートを準備させねばな。
ジェスは外套を準備しながら、すでに出発しようとドアの取っ手に手をかけているセイラムの背に声をかけた。
「殿下」
「ん?」
「陛下には本日ご報告されますよね?」
「・・ああ」
「今の時間であれば、陛下も予定が空いていると思いますが。今行かれますか?」
「いや、いい。・・わざわざ陛下の時間を頂くほどのことでもないだろう」
「午後の報告会の後になさいますか?」
「そうだな、人払いを頼む」
「御意」
午後の報告会は、先日リューグレンで行われた万国博覧会の模様や、グロース王国のブースの評判などを取りまとめたものだった。
会議室の一番高い場所にある玉座には、この国の王が座している。
厳格そうな表情に、ガッチリとした肩幅。この会議室に居る誰よりも背も高い。
体格も相まって、思わず頭を垂れてしまうような威圧感がある。
「報告、ご苦労だった」
王が労い、報告会は解散となった。
会議室から自分達以外の全員が退出したことを見届けて、セイラムは正面に向き直った。
「して、報告とは何だ」
目線はこちらにではなく、手元にある会議の資料に向けられている。
いつも、こうなのだ。
父であるギリアン王は、その紺の瞳をセイラムに向けることはない。
それに憤っていた頃もあったが、今や何も感じない。
父に向かう時、自分は至って平坦な気持ちだ。
何の起伏も、溝もない。
だからセイラムは、業務連絡をさっさと終えて、早くリリアナの元へ向かおうと思っていた。
「リリアナが、懐妊いたしました」
ガタッガタガタッドンっ!
大きな音に驚いて見やると、そこに座っていたはずの王が居ない。
王の側近であり、ジェスの父でもあるバイスが慌てたように駆け寄る。
「陛下!どこかお怪我は!?」
「…大事ない」
王はテーブルにつかまりながらゆっくり立ち上がった。
何だ?椅子からずり落ちたのか?
王にしては珍しい失態だ。
セイラム自身も視線を逸らしていたので、椅子から落ちた場面は見ていなかったが…
王は席に戻ると、オホン、と咳払いした。
「大丈夫ですか?」
「…うむ」
王がもう一度咳払いをして、少し沈黙が流れた。
…行くか。
立ち去る前の会釈をしかけたところで、王が口を開いた。
「して、何ヶ月なのだ」
話は続いていたらしい。
「確定ではないですが、まだ2ヶ月ではないか、とのことです」
王は頷き、チラチラとこちらを見ながら、また口を開いた。
「妃の体調は?」
「特に不調というほどのものでは…」
「食べれるのか」
「食事は、特に問題なくとれています」
「では、何だ」
セイラムは内心驚いていた。
こんなに会話が続くのは、いつぶりだろう。
執務のことで言葉を交わすことはあったが、基本は側近を通して話を詰めていたので、会話という会話はなかった。
「日中も眠気が強いようです」
「眠気か…」
思案顔になった王は、髪色と同じホワイトブロンドの髭を撫でる。
「無理をさせると他にも不調が出てくる。少しでも休ませてやりたいが…」
この反応は…何だというのだ。
ジェスもバイスも目を見合わせている。
奇妙に思っているのは自分だけではないのだろう。
「セイラム、これから定期的に妃の体調を報告するように」
「定期的に…ですか」
とうとう、王はセイラムの目を真っ直ぐと見据えた。
「週に1度、お前自ら報告に来なさい」
唖然としている内に、王は腰を摩りながら退室した。
これ以上ないくらいの上機嫌さでセイラムが華麗に執務を終えていく。
「これでいいか、ジェス」
「あぁ、はい。本日午前中の執務はここまでになります」
「よし!リリアナとの昼餉までまだ時間があるな。王宮図書館へ向かうぞ!」
今日はいつも以上に本を借りそうだ。カートを準備させねばな。
ジェスは外套を準備しながら、すでに出発しようとドアの取っ手に手をかけているセイラムの背に声をかけた。
「殿下」
「ん?」
「陛下には本日ご報告されますよね?」
「・・ああ」
「今の時間であれば、陛下も予定が空いていると思いますが。今行かれますか?」
「いや、いい。・・わざわざ陛下の時間を頂くほどのことでもないだろう」
「午後の報告会の後になさいますか?」
「そうだな、人払いを頼む」
「御意」
午後の報告会は、先日リューグレンで行われた万国博覧会の模様や、グロース王国のブースの評判などを取りまとめたものだった。
会議室の一番高い場所にある玉座には、この国の王が座している。
厳格そうな表情に、ガッチリとした肩幅。この会議室に居る誰よりも背も高い。
体格も相まって、思わず頭を垂れてしまうような威圧感がある。
「報告、ご苦労だった」
王が労い、報告会は解散となった。
会議室から自分達以外の全員が退出したことを見届けて、セイラムは正面に向き直った。
「して、報告とは何だ」
目線はこちらにではなく、手元にある会議の資料に向けられている。
いつも、こうなのだ。
父であるギリアン王は、その紺の瞳をセイラムに向けることはない。
それに憤っていた頃もあったが、今や何も感じない。
父に向かう時、自分は至って平坦な気持ちだ。
何の起伏も、溝もない。
だからセイラムは、業務連絡をさっさと終えて、早くリリアナの元へ向かおうと思っていた。
「リリアナが、懐妊いたしました」
ガタッガタガタッドンっ!
大きな音に驚いて見やると、そこに座っていたはずの王が居ない。
王の側近であり、ジェスの父でもあるバイスが慌てたように駆け寄る。
「陛下!どこかお怪我は!?」
「…大事ない」
王はテーブルにつかまりながらゆっくり立ち上がった。
何だ?椅子からずり落ちたのか?
王にしては珍しい失態だ。
セイラム自身も視線を逸らしていたので、椅子から落ちた場面は見ていなかったが…
王は席に戻ると、オホン、と咳払いした。
「大丈夫ですか?」
「…うむ」
王がもう一度咳払いをして、少し沈黙が流れた。
…行くか。
立ち去る前の会釈をしかけたところで、王が口を開いた。
「して、何ヶ月なのだ」
話は続いていたらしい。
「確定ではないですが、まだ2ヶ月ではないか、とのことです」
王は頷き、チラチラとこちらを見ながら、また口を開いた。
「妃の体調は?」
「特に不調というほどのものでは…」
「食べれるのか」
「食事は、特に問題なくとれています」
「では、何だ」
セイラムは内心驚いていた。
こんなに会話が続くのは、いつぶりだろう。
執務のことで言葉を交わすことはあったが、基本は側近を通して話を詰めていたので、会話という会話はなかった。
「日中も眠気が強いようです」
「眠気か…」
思案顔になった王は、髪色と同じホワイトブロンドの髭を撫でる。
「無理をさせると他にも不調が出てくる。少しでも休ませてやりたいが…」
この反応は…何だというのだ。
ジェスもバイスも目を見合わせている。
奇妙に思っているのは自分だけではないのだろう。
「セイラム、これから定期的に妃の体調を報告するように」
「定期的に…ですか」
とうとう、王はセイラムの目を真っ直ぐと見据えた。
「週に1度、お前自ら報告に来なさい」
唖然としている内に、王は腰を摩りながら退室した。
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