異世界でカイゼン

soue kitakaze

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第96話 露天風呂の壁、崩壊

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 頭をわしゃわしゃと洗い、ざばざばと桶にお湯を貯める。それを手で持ち上げてどばざばっと頭からかける。シャワーが設置されていないので、それしか方法がないのだ。

 その5回目のときに、突然お湯が止まった。

 あれ? どして? あとちょっとなのに。しかし、それは俺だけではなかった。

 洗い場にいた全員のお湯が止まっていたのだ。洗い場は疑問符に包まれた。まだシャンプーを流している最中だった人にとっては、けっこうな死活問題である。
 中途半端にシャンプーが頭に残っていると、目が開けられないのだ。指でこするとますます洗剤は目の中に入ってしまう。これはけっこう痛い。

 いったいどういうことだ!? という怒鳴り声は、この旅館の経営者や管理人に向けられた言葉である。しかし、彼らがこの場にいるはずはない。

 そんなことは分かっている。だがそれでも言わずにはいられなかった。誰も、こんな場面に出くわした経験などないだけに、対処法が分からないのだ。

 だがその疑義は、あっというまに別の大問題によって上書きされた。

 目の前にあった壁が、がらがらと音を立てて崩れ落ちたのである。そして開ける視界。湯気の籠もらない露天風呂では、くっりりすっきりなにもかもがクリアに視界に入る。男湯も女湯も、である。

 壁にはお湯を流すための配管が通っていた。それをウエモンが無意識のうちに、オウミヨシとミノオウハルで壁と一緒に切り刻んでしまったのだ。

 その切れ味があまりに見事であったため、しばらくは配管の形状を保っていた。しかし、それにも限界がある。どこか1カ所で水が漏れ始めると、それは連鎖反応のように広がった。

 やがて水の圧力が高まって行き、かろうじてくっついていた配管の切れ目を押し広げようとする。圧力に耐えきれなくなった配管を、なんとか押しとどめていたのは壁材である。

 しかし壁材とて配管と同じようにウエモンに切り刻まれて満身創痍である。いつまでも持ち堪えることはできなかった。

 あちらでがらがら、こちらでぼろぼろと剥がれ落ちる壁材。そしてあちこちで吹き出す水蒸気にほとばしる水流。

 水はやがて怒濤の流れとなって壁材を浸食し、壁の本体そのものをがらがらと崩壊させたのである。


 それも俺の目の前で。

 そして見事に開けた視界の先には、頭をアワアワにしたひとりの少女が大股を開いてこっちを向いていた。目をつぶったまま。

 それも俺の目の前で(その2)。

 頭を洗っていたのだろう。少女の手は自分の頭部にあり、長い髪がその中で揺れている。

 その豊かな膨らみが手とリズムを合わせるように揺れている。あの兵士たちが、射るのをためらったほどの大規模生乳製作装置が揺れているのである。

 それも俺の目の前で(その3)。あ、右の乳首横にほくろ発見。

(こんなときに冷静だな、おいヨ)

 手を頭にあてたまま、ハルミが聞く。

「お、おいミヨシ。いまの音はなんだ? なにが起こった? お湯がでなくなったのはどうしてだ? 目を開けたくても開けられないのだ、教えてくれ」

 ミヨシはハルミの真横に呆然と立っていた。彼女はこの事態を把握している。しかし、対応できているかといえばそれは否である。かろうじて、手で自分の秘所を隠しているだけである。

 さらにその横にいるウエモンに至っては、ただの棒きれである。

 かくして、男湯と女湯は繋がったのであった。

「あ、あの。その、なんだ。ハルミ?」
「ん? その声はユウか。なんだ、すごく近くにいるように聞こえるが。いまの音がなんだか知っているのか?」

「あ、ああ。知っているというか、いま見ているというか。その、せめてその足を閉じてくれないか」

 1年前からのヘアー成長記録を含めて丸見えだから。とは言えなかった。

「あ? 閉じるってどういう? なんでユウが近くにいるような気がするんだ。まさか、ユウ。壁を登って覗いているわけじゃないだろうな!?」

「し、失礼な、覗きなんかしてないぞ! いままでだってしたことはないだろうが」

 だって登るための壁なんかもうすでに跡形も。。。。ああ、ミヨシさんの左のフトモモつけ根にもほくろ発見。

(動揺しているのか冷静に観察しているのかどっちなノだ)

「それはそうだが。しかし、旅の恥はなんとかって言うからな。万が一、覗いていたらこのミノオウハルのサビにしてくれるからな、覚えておけよ」
「それ、人は切れないんじゃ」
「そうだった。じゃあ、ニホン刀のサビにしてくれる」

 俺、ウソは言ってないよね? ニホン刀のサビになる心配なんかしなくていいよね?

 そのとき、最初に我に返ったのはウエモンであった。

「あーびっくりした。どうして壁がこんな風になっちゃのよ。ところでハルミ、いま目の前にユウがいるけどいいの? 女の子がそんなはしたない格好してちゃいけないんじゃない?」

「いいの? と聞かれても困るんだ。目が開けられないから状況が分からないんだよ。え? 目の前にユウがいる? そんなアホなことがあるわけないだろ。大人をからかうものじゃないぞ」

 大人、なんですかね? ああ、大人か。はいはい、大人ですよね。じろじろ。はいはい、大人ですね、かろうじて。

 その声で我に返ったミヨシは慌てた。ユウとハルミは、お互いが素っ裸でお見合いをしているようなシチュエーションなのだ。その距離はわずか2mほどしかない。目が開けられなくて手を頭に置いたままのハルミと、それをガン見するユウ。

 これはいけない、なんとかしなきゃ。と思った。そしてなんとかするために、ミヨシがとった行動とは。

 風呂桶を持って湯船にまで走り、それにお湯を汲んでくることだった。壁に流れていたお湯は、もはや統制を失い、乱流となって湯船に向かっている。おかげで洗い場付近にはまるで水がないのだ。

 さすがのミヨシも狼狽していた。ハルミを隠すことよりも、自分が隠れるよりも、ウエモンを逃がすことよりも、ハルミの頭のシャンプーを流すことを優先したのだ。

 人は切羽詰まったときに、あまりに非合理的な行動をとってしまうことがある。このときのミヨシがまさにそれであった。

 ミヨシはハルミの横に立っていた。俺からの距離は3mほどだ。その段階では手で隠していたのだ。しかしその距離にいるミヨシが、まず少し後ろに転がっていた風呂桶を拾うために後ろ向きでかがんだ。

 そのために、今度はミヨシの尻が俺から丸見えとなった。そこから湯船までは10mほどの距離だが、そこで身体を折って桶にお湯を汲んだことで、さらにいろいろと丸見えとなった。
 そしてお湯を汲んだ桶を両手で運ぶときには、前方も丸見えとなった。

 ざっばぁぁぁぁぁ、と爽快な音を立ててハルミの頭部にお湯がかけられる。俺にも少しかかったが、もうミヨシにとって俺など眼中にはないようだ。

 お湯がかけられたことに気づいたハルミは、急いでシャンプーを流すべく両手で頭部をこする。そのために、身体中がまったくの無防備となってまたもやいろいろと丸見えである。せめて足は閉じなさいってのに。

 そしてその横には両手に風呂桶を持って立ちすくむミヨシがいる。彼女もまた両手で風呂桶を持っているために、どこも隠せるはずもなく無防備であり丸見えであった。

 それも俺の目の前で(その4)

 さて、これまでにどれだけの丸見えが発生したことでしょうか。来年の大学入学共通テストに出題されます?

 たった1杯ではあったが、お湯でシャンプーが流せたことで、ようやくハルミはその目を開けることができた。

 そしてその目が最初に捉えたものは。

「や、やあ」

 と間抜けな挨拶をした俺であった。

「お、お、お、? おま、お前は。ユ、ユ、ユウ。な、なん、なんで、なんでそんな、近くに、そこにいる!!」

 普通はきゃぁぁと叫んだりして、必死で丸見えな部分を隠すものだと思うのだが、さすがは斬鉄の剣士である。

 すぐさま足下に置いてあるミノオウハルを手にとり、俺に切りかかろうとした。

 どうすると俺に切りかかる理由ができるんだよ! 俺が覗いていると勘違いでもしたのか。

 いや、そうではあるまい。この状況を見ればそうではないことは簡単に分かる。なにしろ男湯も女湯も無関係に、周りがぜんぶ底抜けにずんどこの筒抜けなのだから。見ているのは俺だけではないのだ。

 振り上げた拳を下ろす場所に苦労するように、ハルミは自分の羞恥心の持って行く先が見つからなかったのだ。だから俺に刀のヤイバを向けたのだ。

 なんでだよ!!

 そんなツッコみに耳を貸そうともせず、いつものように腰を落とした下段の構えをとり(あの、ますます丸見えなんですけどそのポーズ)、その姿勢からミノオウハルを。

 放り投げた。

 なんでだよ!? その2

 ハルミの手にはまだシャンプーが残っていた。その手で思い切りミノオウハルを握って力一杯に振った。

 そのために、刀を振る途中で手が滑り、左前方に放り投げてしまったのだ。

 そのことに気づいたハルミの視線は、ミノオウハルの飛んだ方に向く。しかし、足はすでに踏み出しているために体重は前にかかっている。ハルミは優れたバランス感覚の持ち主であったが、それで少し体勢が崩れた。

 それだけならすぐに立ち直ったのであろうが、さらに悪いことが重なった。

 ハルミの足下には、まだ流し切れていいないシャンプーがわだかまっていたのだ。それが踏み込んだハルミの右足の裏から摩擦抵抗を奪った。
 しかし左足は、地面の少しの水分を利用して密着を作り、いつも以上に強いケリを産んだ。

 その相乗効果により、ハルミの身体は重心を後ろに移動しながら前方にふっとんだのである。

 その勢いで仰向けとなったまま壁の残骸を飛び越えて、前方に座っていた俺にどっかーーんである。

 結果として、ハルミは俺に一撃を加えることには成功したのだ。

 ただその技はハルミの意志に反して、必殺のおっぴろげジャンプとなってしまったのであったが。

 そのときの俺が「けっこう」と言ったかどうかは定かではない。そのまま気を失ったからである。
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